Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第八十六話 Where you are ?

「……もう! 隊長どのは、こんな夜中にどこへ出かけたっていうのよ?」

 

 キュルケは魔法学院の廊下を歩きながら、ぶつぶつと不機嫌そうにぼやいていた。

 

 日中の歓迎式典で久し振りに口説き甲斐のありそうなよい男を見かけたキュルケは、王女の一行が今夜は学院に滞在すると知ってさっそくアプローチをかけに行ったのだ。

 まずはシエスタに会って王女の一行が学院のどのあたりに滞在しているかを尋ね、次にその場所で適当に目についた王女の従者を捕まえて、昼間自分が見染めた男についてさらに詳しいことを聞き出す。

 その結果、件の男が魔法衛士隊の中でも特に枢機卿の覚えめでたいグリフォン隊の隊長でワルドという名の子爵であることと、彼の滞在している部屋がどこであるかということが分かったので、張り切って訪問していった。

 が……、こんな夜中だというのにその隊長どのはあてがわれた部屋にはおらず、近くの部屋の者に聞いてみてもどこに行ったかは知らないといわれた、というわけである。

 

「まさか、誰かに先を越されたってことはないでしょうね……」

 

 キュルケは眉根を寄せて、悔しげに爪を噛んだ。

 

 この国の貴族たちはおおむね情熱よりも体裁を優先するお上品な者たちばかりだが、何せ相手は王室付きの魔法衛士隊の隊長。

 あのルイズまでも頬を染めて見入っていたようだったし、この機会にアプローチしようと考えていたのは自分だけではなかったということは十分にありうる。

 

 もしくはその逆で、あの隊長どのの方から誰か適当な女を見繕ってその部屋に転がり込んだのか。

 あれだけの美丈夫で才能も地位もある男らしいのだから、旅先で見目の良い使用人なり下級貴族なりの女と後腐れなく一夜を共にするくらいは慣れたものかもしれない。

 

「……ふん、面白いじゃないの」

 

 キュルケは気を取り直すと、不敵に微笑んで胸を張った。

 

 このキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーが、先を越されたくらいのことで諦めるものか。

 どっちから声をかけたのだか知らないが、そんな女よりも自分の方がいいと思い知らせてやる。

 

「さあて……、そうなるとまずは、どうやってあの隊長どのの居場所を探すかよね?」

 

 片っ端から生徒や教師や使用人の部屋を調べて回るというのもひとつの方法だろうが、時間がかかる。

 キュルケとしては手っ取り早く行き先を突き止めて、さっさとそこへ乗り込んでいきたかった。

 しかし、そんなうまい方法は……。

 

 キュルケはそこまで考えて、ふと閃いた。

 

「そうだわ! ディー君なら……」

 

 彼なら、きっと何とかしてくれるのではないか。

 別に確証はなかったが、最近キュルケは大抵のことなら彼に頼めばなんとかなりそうだと思えてきていた。

 仮に無理でも、自分の情熱のほどを訴えて頼めばあの人のいい子のことだ、たぶんなにがしかの方法で手伝ってはくれることだろう。

 

「ええと、この時間にディー君がいそうなのは……?」

 

 シエスタの部屋には、さっき行った時はいなかった。

 そうなると、彼のパートナーであるルイズの部屋か、懇意にしているタバサの部屋、というのが一番ありそうか。

 

 この時間帯には王都の『魅惑の妖精』亭へ出かけていることもあるが、彼はあそこに行くときには大抵自分たちにも声をかける。

 特に、母親があそこで世話になっているタバサにはまず必ず同行しないかを訪ねるはずだ。

 

「……となると。最初にまずタバサの部屋をチェックして、それからルイズの部屋ね!」

 

 そうと決まれば善は急げだ。

 キュルケは勇んで、タバサの部屋へ向かって駆け出していった……。

 

 

「ディー君、ルイズー」

 

 キュルケがコンコンとルイズの部屋の戸をノックした。

 

 彼女の後ろには、タバサもいる。

 せっかく行くんだからあんたも来なさいよと、キュルケが先に部屋を訪れた折に誘い出したのである。

 タバサは別段抵抗するでもなく、素直についてきていた。

 

 しばらく待ったが、返事はない。キュルケは顔をしかめた。

 

「留守かしら?」

 

 しかし、彼女がノブに手をかけて回すと扉はあっさりと開いた。

 部屋の中を覗き込むと、確かにディーキンはいないようだったが、ルイズはベッドに腰掛けて枕を抱いている。

 

「なによ、いるんなら返事くらいしなさいな」

 

 キュルケはずかずかと部屋の中に上がり込んで、ルイズに文句を言った。

 

 が……、どうも様子がおかしい。

 ルイズは枕を抱いてぼやーっとしたままで、キュルケが部屋に入って来ても、目の前でひらひらと手を振ってみても、反応がない。

 まるで心ここに在らずといった感じだった。

 

「この子、どうしたのかしら?」

 

 タバサはちょっと首を傾げると、小声でルーンを呟いて軽く杖を振った。

 光の粉が杖から飛び出してルイズの体に降りかかるが、特に反応は見られない。

 

「……魔法の影響はないみたい」

 

「じゃあ、単にぼけっとしてるってことね。……ちょっと、ルイズー!」

 

 キュルケがルイズの肩を掴んで激しく揺さぶる。

 それでもなお反応しない彼女に対して、タバサが『レビテーション』をかけてベッドの上でポンポンと激しく跳ねさせてやると、ようやくルイズは我に返った。

 

「……な、何よあんたたち。人の部屋に、黙って……」

 

 キュルケはそれを聞いて鼻を鳴らすと、腰に手を当ててルイズを見下ろした。

 

「何言ってんの、何度も声をかけたしノックもちゃんとしたわよ。

 あんた、その調子じゃ部屋に鼓笛隊を引き連れた泥棒が入って、目の前で根こそぎ家具を運び出そうが気が付かないわね」

 

「あの人は、どこ?」

 

 タバサは2人が言い合いを始める前に、さっさと用件を切り出した。

 

「……は? あの人、って……」

 

「ディーキン」

 

「え? ディーキンなら、そこに……。あ、あれ?」

 

 ルイズはそう言われて初めて、ディーキンがいつの間にか部屋からいなくなっていることに気が付いた。

 慌ててきょろきょろとそこらを見回し始めるルイズの様子を見て、キュルケが呆れたように肩を竦める。

 

「何をぼんやり考えてたのかは知らないけど、出ていったのにも気が付かないなんて。それでよく彼のパートナーが務まるわね?」

 

「う、うるさいわね! もう、何も言わないで出かけるなんて……」

 

「彼が言ったのをあなたが聞いていなかっただけなのは確定的に明らか」

 

 タバサにまで冷ややかな調子でそう指摘され、ルイズは頬を染めて口篭もってしまった。

 

「……う、うー……」

 

 確かに、幼い頃の憧れの相手に思いがけず再会してぼんやりと物思いに耽ってしまっていたとはいえ、パートナーが出かけたのにも気付かないとはメイジとして不覚と言わざるを得ない。

 タバサも言うとおり、ディーキンはおそらくどこに出かけるとかちゃんと説明してから出ていったに違いない。

 自分はそれに上の空で生返事でも返していたのだろうが……さっぱり覚えていなかった。

 

 良くも悪くもひとつのことに集中し始めると他のことが目に入らなくなるのが、長時間の詠唱のために多大な集中力を要求される『虚無』のメイジとしてのルイズの素質ゆえ、やむを得ない面もあるのだが……。

 

「あ……、ひょっとして、オールド・オスマンから借りたっていう部屋で作業でもしてるんじゃないかしら?」

 

 ルイズはふと、ディーキンがそんなことを話していたのを思い出した。

 タバサの屋敷から回収してきたものやなにかを保管したり、いろいろな品物を作ったり、訓練をしたりするのに自分用の部屋が必要だから貸してもらったのだ、と。

 

 しかし、その部屋は使用人の住む区画にあり、貴族であるルイズらはそのあたりの間取りについて詳しくない。

 闇雲に探し回るよりは、シエスタに聞く方が早いだろう。彼女ならきっと場所を知っているはずだ。

 

 そう結論した3人は、ひとまずシエスタと合流して案内してもらおうと決め、ルイズの部屋を出ていった……。

 

 

 

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 さて、その頃のディーキンの方はというと。

 演奏や食事が一段落して、アンリエッタらが自分たちの望みについてディーキンに一通りの説明をしているところだった。

 

「ンー……、お姫さまたちの頼みたいことはわかったよ。

 つまり、あんたたちは天使に力を貸してもらって、その……アルビオンっていう国の王様と戦争をしている敵の軍隊をやっつけたい、ってことなんだね?」

 

 客人たちに食後の菓子などを勧めながら、ディーキンはそれまでの話を簡潔にまとめて確認を取る。

 

「ええ、そうなのです」

 

 アンリエッタは、そういって頷いた。

 

「オールド・オスマンから、あなたは天使様と親交のある方だと伺っていますわ。

 私にも、先程からの歓待の素晴らしさを見て、あなたがただの亜人ではないことはよくわかりました」

 

 食卓に並んだ美酒美食は、単に豪勢なだけではなく、口にするたびに不可思議な活力が体にみなぎって来るかのように感じられた。

 それらはまるで戦乙女のような凛々しく美しい給仕と相まって、ヴァルハラで英霊たちが囲むという饗宴を王女らに思い起こさせ、それを用意したディーキンが天上の諸力と通じていると信じさせるに十分なものだった。

 加えてディーキン自身の弾き語りも王宮の宮廷音楽家たちのそれにもまして素晴らしいもので、彼が只者ではないと思わせるのに一役買っていた。

 

「どうか、あなたの方から天使様に、お口添えをいただけますよう……」

 

 アンリエッタはディーキンに向かって丁重に頭を下げた。

 枢機卿のマザリーニもまた、彼女にならう。

 

 ディーキンはしかし、2人のそんな恭しい態度を見て、困ったように目を泳がせた。

 

「……アー、なんていうか、その、そんなに……改まらないで?

 ディーキンは、なんだか恥ずかしいの」

 

 見下されずに敬意を払ってもらえることはもちろん嬉しいのだが、あまり丁重過ぎてもかえって困惑してしまう。

 いくらなんでも、コボルドにそんな扱いが相応しいとは思っていなかった。

 

 それに、はたして本当に彼女らの期待に添えるかどうかも、まだわからないのだ。

 ディーキンは小さく咳払いをすると、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

 

「ええと……、ディーキンは、お願いしてみるのは構わないよ。

 だけど天使の人たちは、その……たぶんだけど、そんなことはしてくれないんじゃないかな?」

 

「え?」

 

 それを聞いたアンリエッタは、意外そうに目をしばたたかせた。

 彼女の後ろでは、マザリーニも顔をしかめている。

 

「……それはまた、なぜですかな。

 天使といえどもやはり、1人や2人で戦の趨勢を変えるような力は持っていないということかね?」

 

「アア、いや、そういうことじゃないの」

 

 ディーキンはふるふると首を横に振った。

 

 確かに、ラヴォエラのようなごく一般的なデーヴァ(天人)にはそれほどの力はまずないだろう。

 しかし、天使の中にはプラネター(惑星の使者)やソーラー(太陽の使者)のように、彼女よりも遥かに大きな力を持つ者たちもいる。

 何よりも、この世界の住人は天使をはじめとする来訪者の存在を知らず、したがってその能力も知らないはずだ。

 そのあたりの事情を考えれば、高位のセレスチャルやフィーンドならば、やり方次第では単身で軍隊にだって対抗できるかもしれない。

 

 とはいえ実際のところ、力があるかないかなどということは、天使が手を貸してくれるかどうかという点についてだけ言えば何の問題にもならないだろう。

 善の大義に完全にその身を捧げている彼らが、力不足を言い訳にして助力の嘆願を拒むことなどありえないからだ。

 善なる者を見捨てるという悪を犯すことよりも自分が死ぬことの方を怖れる天使がいるなどというのは、林檎が空に向かって落ちるよりもありそうにない話である。

 たとえ最弱の天使であろうとも、支えるべき大義のためならば躊躇することなくその身を捧げるものだ。

 

 しかるにディーキンが今の場合に問題だと考えているのは、まさにその“大義”という部分なのだった。

 

「つまり……、天使っていうのは、善いことをするのが仕事な人たちなんだよ。

 けど、相手の軍隊を皆殺しにするなんていうのは、あんまり善いことだとは思えないからね。

 だからきっと、そんなことを頼んでもだめだと思うの」

 

 善なる者といえど、必ずしも暴力と無縁ではいられない。

 ディーキン自身、これまでに多くの敵と戦い、それを打ち倒して……つまりは、殺してきた。

 それは確かだ。

 

 しかし、フェイルーンでは善の名において揮われる暴力は、少なくとも“大義”を持たなくてはならない。

 

 大義とはすなわち、その力は原則として悪に対して揮われるものであり、またその悪による犠牲を食い止めるために必要なものでなくてはならない、ということである。

 ただの利害のために揮われる暴力や、相手が悪であるという以外に何の理由もない暴力、もしくは復讐のための暴力といったようなものは、決して善の名の元に正当化されることはない。

 

 そのような観点から見た場合、同じ種族同士での殺し合いなど、どう控えめに見ても大義のある正しい行為だとは思えない。

 天使たちに『自分たちの側に味方して敵方の軍隊を皆殺しにしてください』などと頼んでみたところで、憤然と拒否された上に猛烈な説教を食らわされるのがオチだろう。

 純粋な善の使徒である彼らがそんな行為にさしたる理由もなく同意するわけがないし、ディーキンだって嫌である。

 

 とはいえ自分たちも、アンダーダークではドロウ同士の戦争に巻き込まれてその内の一方の側に味方したし、その際には天使であるラヴォエラも個人的にとはいえ加勢してくれた。

 だがそれは、味方した側がただ自由を得てアンダーダークから地上へ逃れることだけを望む善神イーリストレイイーの信徒たちであり、相手はそんな無害な者たちに対して大悪魔メフィストフェレスの力を背景にビホルダーやイリシッド、アンデッドの教団までも味方に付け、一方的な蹂躙を繰り広げようとする暴君の軍勢であったからだ。

 絵に描いたような“善と悪の戦い”は、フェイルーンではさして珍しいものでもないのである。

 

 しかし、善神の啓示も悪神の誘惑も届くことはなく、天使も悪魔も伝説の彼方の存在となっているこのハルケギニアでは、おそらくそうではないのではないか。

 人間という種族は特に善にも悪にも偏っているわけではないし、純粋な善、純粋な悪の存在の影響を受けることのないこの世界では、片方の軍だけがほとんど完全な善や悪だというような事態は考えにくい気がする。

 悪かどうかもわからず、縁もゆかりもない見知らぬ相手を殺しに行くだなんて、少なくともディーキンにとっては狂気の沙汰だとしか言いようがなかった。

 

「……む……」

 

 ディーキンの返事を聞いたマザリーニは、眉根を寄せて黙り込んでしまった。

 しかし、アンリエッタは納得がいかない様子である。

 

「なぜですか! だって、反乱を起こしたのは彼らのほうなのですよ?」

 

 眉をひそめてそう言い放つと、椅子から立ち上がってディーキンの方を真っ直ぐに見据えた。

 

「なにも悪いことをしていないかわいそうな王様に暴力を振るって、始祖から続く王権を力づくで奪い取ろうとしている不埒な者たち!

 それを成敗して戦争を終わらせることが、どうして善いことではないなどというのですか?」

 

「ンー……」

 

 ディーキンは困ったように首を傾げながら、アンリエッタの方を見つめ返して質問に答えた。

 

「……だって、ディーキンは相手の人たちからはまだ話を聞いてないんだもの。

 お姫さまの言い分だけを聞いてそっちが悪いんだって決め付けるなんて、ええと……革命軍? とかいうのの人たちに、失礼じゃない?」

 

「なっ……」

 

 アンリエッタはしばし絶句して、次いでさっと頬を紅潮させた。

 

「あ、あなたは……、わたくしが、でたらめを言っているとでもいうつもりなのですか!」

 

 王族である彼女には、そんな物言いをされた経験などなかった。

 自分は仮にも伝統あるトリステインの王族なのだ、面と向かってそんな侮辱をされては黙っていられない。

 

「アア、いや! そんなつもりじゃないの!」

 

 ディーキンはびくっとして、慌ててぺこぺこと頭を下げると申し訳なさそうな声で弁解し始める。

 昔の経験から、怒られるのはやはり苦手だった。

 

「その、ディーキンは……、お姫さまに申し訳なかったの。

 ディーキンには、あんたに失礼なことをいう気なんて少しもなかったんだよ。

 だけどその、やっぱり、他の人にも失礼をするわけにはいかないし……、これは、大事な話だと思うから……」

 

 なるほど姫殿下の説明を聞いている限りでは、アルビオンの王族に対して最初に攻撃を仕掛けたのは革命軍とかいう連中の方らしい。

 だとすれば確かに、そいつらは何もしていない王族に突如反旗を翻し、いわれのない暴力を揮って、権力を力づくで奪おうとしている悪漢どもの集まりであるかのように思える。

 

 しかし、彼女はアルビオン王家の血縁であるから身内として、もしくは王族同士の付き合いの関係から味方をしたいという心情もおそらくはあるはずだ。

 あるいはアルビオンの王族が悪政を敷いていて、前々から民衆の不満が募っており、反乱が起こったのは必然であったのかもしれない。

 聞くところによれば反乱軍は数万を数える軍勢だというのだから、少なくとも現王家を倒して新しい体制を打ち立てたいという者がそれだけ多かったということは確かなのではないか。

 

 なんにせよ、自分は革命軍が攻撃を仕掛けた理由に正当性があるかないか、それ以前の状況はどうだったのかといったようなことを自信を持って判断できるほどには、ここの人間たちの事情をよく知らないのである。

 だというのに、一方の話だけを鵜呑みにしてそちらの側に加担し、もう一方の側を壊滅させるなどという真似ができるはずもないだろう。

 まあもちろん、仮にそんなことができるほどの力が自分にあったとしても、という話だが。

 

「あ……、その……」

 

 キャンキャンと子犬の鳴くような声で哀れっぽく訴えるディーキンを見て、今度はアンリエッタの方が困惑する。

 

 もし口応えでもしてこようものなら、あるいは型通りの謝罪でも返そうものなら、アンリエッタは憤然毅然、冷然とした態度を取り続けたことだろう。

 だが、宮廷作法に基づいた形ばかりの謝罪などではないごく自然で素直な態度で、しかも子どもっぽく怯えたような様子で謝られてしまうと、どうしていいものかわからなかった。

 こんな小さな子がぺこぺこと謝っているのに冷淡な態度を取るなど後ろめたくてできたものではないし、かといって宮廷作法に則って鷹揚に赦す旨を伝えるというのも、なんだか場違いな気がするし……。

 

「……その、わたくしを疑われたのでないというのなら、それでいいのですよ。

 どうぞ、顔を上げてくださいな?」

 

 アンリエッタは居心地悪そうに視線を泳がせながら、そう伝えた。

 

「……オオ、ディーキンの失礼を許してくれるの?

 ありがとう、ディーキンは感謝するの。お姫さまはすごくいい人だよ!」

 

「い、いえ……そんなことは」

 

 アンリエッタは、ぱっと顔を輝かせて満面の笑みを向けてくるディーキンから視線を逸らした。

 王族としていろいろな相手に応対することにも、民衆にいい顔をしてみせることにも慣れているはずなのだが、どうもこの子と話していると調子が狂う。

 

 そんな彼女に代わって、マザリーニが小さく咳払いをして話を戻した。

 

「……ああ、いいかな。先程、君は姫殿下を疑っているわけではないが、革命軍の連中の言い分も聞かねばならない、といったか。

 そうでなければ、天使も納得してくれるはずがない、と……」

 

「そうなの」

 

「なるほど、もっともな言い分だと思う。しかし、現実的には連中から話を聞くことは難しいだろう。

 それに、聞くところによればレコン・キスタと名乗る革命軍の者どもは、オーク鬼やトロル鬼、オグル鬼といった野蛮な亜人とも結んでおるらしい」

 

 それらはいずれも人間を愉しんで虐殺し、その肉を喰らう残忍で邪な種族である。

 人間という種族全体の敵と言ってもいいような連中で、枢機卿に言わせればそんな者たちと手を組む組織がまともなはずがなかった。

 ハルケギニアの大半の人間も同じ意見だろう。

 

「……そのことは、天使が奴らと戦ってくれる理由にはならないかね?」

 

 

 

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 その頃、ルイズらをディーキンの部屋へ案内していたシエスタは、ふと使用人の区画には場違いな人物を見つけて首を傾げた。

 

「……あら? ミスタ・グラモン、どうしてここに?」

 

「おや、ミス・シエスタじゃないか!」

 

 ギーシュがシエスタに気がついて、丁寧に挨拶した。

 先の決闘以来、ギーシュはシエスタには貴族の令嬢に対するのと同等の敬意を払って接している。

 

「ギーシュ! あんた、何でこんなとこにいるのよ?」

 

「モンモランシーにフラれたもんだから、平民の女の子にでも手を出すつもりなのかしら?」

 

 ルイズとキュルケにそんなことを言われて、ギーシュは少しむっとしたように薔薇の造花を弄くった。

 

「ぼくがそんなことをするものか。……ここに来たのは、アンリエッタ姫殿下の姿を見かけたからさ」

 

「え? 姫さま?」

 

 ギーシュはうっとりしながら頷くと、芝居がかった調子で話を続けた。

 

「ああ、薔薇のように麗しいそのお姿を、ぼくはたまたま外でお見かけしたんだが……。

 学院長や枢機卿と一緒にどこに行かれるのかと思って見ていたらこんなところへ向かわれるものだからね、気になるだろう?」

 

「で、後をつけたってわけね?」

 

「ああ。でも、なんてことだ! 見失ってしまって……。

 それで今は、どこに行かれたのかとこのあたりを見て回っているところってわけさ」

 

「ふーん、姫殿下がこんなところに、ねえ……」

 

「あんたの見間違いじゃないの?」

 

 キュルケは気のない調子で、ルイズは疑わしそうな様子でそういった。

 シエスタは、思いがけない名前にきょとんとしている。

 タバサは何も言わなかったが、アンリエッタの名が出てきた途端に本のページをめくる手が止まった。

 

「とんでもない、ぼくがあの麗しいお姿を見紛うものか!

 ……それよりも、君たちこそなんでこんなところにいるんだね?」

 

 ルイズらはギーシュにディーキンを探しているのだという旨を簡単に伝えると、彼も連れて行くことにした。

 キュルケも人探しを頼む予定だったので、ならばついでに姫殿下のことも彼に捜してもらえばいいだろう、というわけである。

 

 そうして、一行はディーキンとアンリエッタらのいる部屋の方へ向かったのだった……。

 


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