Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第七十四話 Who are you ?

「ねえルイズ。明日、ルイズのお姉さんと会った後で、ちょっとお出かけしない?」

 

いよいよエレオノールがやってくるという『虚無の曜日』を翌日に控えた、ある日の朝。

ディーキンはルイズに、唐突にそんなことを聞いた。

 

「いいけど……。お出かけって、またあの酒場かしら?」

 

「イヤ、そうじゃないの。大体準備ができたから、そろそろタバサのお屋敷を調べに行こうと思うんだよ。

 できるだけ大勢で調べた方が、見落としがないでしょ?」

 

「え? ……ちょ、ちょっと待ってよ。タバサのお屋敷って、ガリアにあるんでしょ?

 遠すぎるわ! 虚無の曜日だけじゃなくてその翌日か、もしかしたらさらに次の日まで潰れるわ。

 授業を休まなきゃならなくなるじゃないの!」

 

それを聞いたディーキンは、首を傾げた。

 

「ンー……、そうだよ? だから、今日のうちに先生たちにお休みをもらうことを伝えておいたらいいと思うの。

 タバサも、先生たちに伝えてるかどうかはわからないけど、仕事が入ったときにはよく学校を休んでるって聞いてるの。

 それともルイズは、タバサのお手伝いをすることよりも、授業に出ることの方が大事なの?」

 

「い、いえ。そういうわけじゃないんだけど……」

 

ルイズはそう言いながらも、困ったように顔をしかめた。

 

たしかに、友人が深刻な問題を抱えている時に手助けをすることは当然で、ルイズにはそれを嫌がる気持ちなどはない。

しかし、実技が壊滅状態のルイズとしては、授業の出席点を失うことは大きな痛手だった。

 

タバサの抱えている問題の深刻さからいって、本来ならば自分の単位くらいで渋るべきではない、というのはその通りだし。

さすがに一日や二日授業を休んだくらいで、即留年などにはならないだろう、とも思うのだが……。

 

(万が一にも留年なんかしたら、公爵家の恥よ……。エレオノールお姉さまに、なんて言われるか。

 いや、その前に、母さまに殺されるわ!)

 

想像しただけで、体が震える。

 

さておき、ルイズがそうして渋っている様子なのを見て、ディーキンは思案を巡らせた。

 

なぜかは知らないが、どうもルイズは授業を休むのは非常に嫌らしい。

しかし、ルイズは自分だけが置いていかれるというのもまた嫌がるに違いない、とディーキンは確信していた。

この間も彼女を置いて、タバサと一緒に出掛けたばかりだし。

 

とはいえ、週に一日しか休日の無い学生である彼女に、授業を休ませないでガリアまで同行させるとなると……。

虚無の曜日前日の夕方、授業終了後から出かけて、虚無の曜日丸一日を使って調べてすぐ学院に戻る、というくらいしかなさそうだ。

しかも、今週はルイズの姉が訪ねてくる予定が入っているから、来週末まで待たなくてはならない。

 

早く調査を進めたいこの時に、そんなに遅れるわけにはいかない。

屋敷の方に置いてきたシミュレイクラムたちに連絡を取って調査させる、という方法もないではないが……。

それでは、調査の精度などの面で不安が残る。

 

つまらない見落としのせいで、致命的なミスを犯すようなことにはなりたくない。

ちゃんと現地へ行って、時間に余裕を持って調べたい。

と、なると……。

 

また費用がかさんでしまうが、“アレ”を使うしかないか。

まあ、使った方が調査もいくらか早く進むのだから、無駄遣いというほどのことでもないだろう。

ディーキンはそう結論を出すと、なにやら押し黙って震えているルイズに声をかけた。

 

「わかったの。じゃあ、さっき言ったことは忘れて?

 ディーキンは、ルイズが授業を休まなくて済むようにやり方を変えるよ」

 

「……え?」

 

「ルイズは、今夜は何か予定はあるの?」

 

「今夜……? い、いえ。別に無いわ。

 いつも通り、勉強とか、調べものとか……、あとは、あの『爆発』の練習とかをするくらいだと思う」

 

ルイズは、あの爆発が魔法ではなく温存魔力特技のような超常能力の一種であると教えられてから、練習の仕方を少し変えていた。

爆発が起こらないようにしようとするのではなく、規模や発生個所を的確にコントロールできるように頑張っているのだ。

杖を持たずに無詠唱で起こせる爆発となれば、使い方によっては有用な武器になる事に、ルイズもすぐに気が付いた。

 

魔法の練習に関しては、残念ながら、どうもハルケギニアの既知の魔法を使うのは現状では無理なのではないかとエンセリックに言われた。

不本意ではあるが、せっかくディーキンやエンセリックが頑張って調べてくれたことなのだから、受け容れて今後に活かすつもりだ。

なので、普通の練習は一旦中止して、代わりに図書館で何か自分の適性に関する手掛かりがないか本を調べてみたりしている。

 

虚無の曜日にエレオノールに会ったら、そのあたりの事も話さねばなるまい。

どんな反応をされるか想像がつかず不安ではあるが、かといって身内に対していつまでも伏せておくわけにもいかないだろう。

 

「じゃあ、今日ルイズの授業が終わったらすぐに出かけて、明日ルイズのお姉さんが来る前に戻るの。

 ディーキンは、ルイズが授業をしてる間に他のみんなにも声をかけておくよ!」

 

「……はあ? ちょ、ちょっと、なに言ってるのよ!

 今日の夕方にガリアへ出かけて、明日の午前中までに調べ終わって戻るだなんて、時間の余裕がなさすぎるじゃないの!」

 

正確にどれだけの時間がかかるかまでは、もちろんルイズにもわからない。

だが、タバサのシルフィードや、ディーキンのあの空を飛ぶ馬に乗って出かけるにしても……。

ガリアまでとなれば、往復するのが精一杯ではなかろうか。下手をすれば、それすら間に合わないかもしれない。

少なくとも、ゆっくり調査などをしている余裕があるとはルイズには思えなかった。

 

しかし。

 

「そこんとこは大丈夫なの、ディーキンにはちゃんとあてがあるの。

 とにかく、ディーキンを信じてくれるなら、今日の授業が終わったら出かけられるように準備をしておいて!」

 

ディーキンは意味ありげな笑みを浮かべると、胸を張ってそう請け合ったのである。

 

 

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その日の授業が終わるとすぐに、調査に参加する面々は事前にディーキンが伝えた場所に集合した。

 

参加するのはもちろんディーキン、タバサ、ルイズ。それにキュルケとシエスタである。

加えて、屋敷に詳しいペルスランやトーマス、オルレアン公夫人も、簡単な変装を行った上で集まって来ていた。

シルフィードがディーキンからお使いを頼まれて、彼らを連れてきたのだ。

 

待ち合わせ場所は、シルフィードが魔法学院近くの森の中に作ったねぐらであった。

オルレアン公夫人らを学院内にまで来させるわけにはいかない。

 

そのシルフィード自身も、人間に化けて服を着込み、参加メンバーに加わっている。

彼女の正体が風韻竜であることは、ルイズらが信頼に足ると確信したタバサの許可を得て、ここに集まった皆には既に明かされていた。

 

「きゅいきゅい、きょうはシルフィは、長いこと飛ばなくてもいいのね。

 お姉さまと楽してお出かけ、たのしーいなー……♪」

 

妙な即興歌を歌ってぴょこぴょこ跳ね回り、タバサに杖でどつかれるその姿を見て、場は和やかになった。

 

「それで、ディー君は今日は、どんなサプライズを用意してくれてるのかしら?」

 

「もったいぶってないで、風竜よりも速くガリアまで行ける方法とやらをそろそろ教えなさいよ!」

 

キュルケとルイズに促されて、ディーキンは咳払いをする。

それから、おもむろにスクロールを一枚取り出した。

 

「オホン……。それじゃみんな、こっちへ来て、ディーキンの体に手を置いて?」

 

不可解な要求に皆が顔を見合わせて戸惑っているのをよそに、タバサはすぐにディーキンの傍に屈みこんで、彼の腰に手を回した。

慌ててルイズも傍によって、しっかりと手をつなぐ。

キュルケは楽しそうにディーキンの腕をとり、シエスタはおずおずと背中に体を寄せ……。

残りの者たちも、めいめい手を伸ばして彼の体のそこここに触れる。

 

小さな体のあちこちへ大勢にひっつかれて、ディーキンはちょっとくすぐったそうに目を細めた。

一度深呼吸して精神を集中し直し、スクロールを開いて読み始める。

 

「2つの点は1つに。星幽界の守護者よ、我らをかの地と導きたまえ。

 ……《ジェニルト・フランナー》!」

 

《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》の呪文が完成すると同時に、極彩色に瞬く扉が空間に出現して、一行を呑みこんだ。

呪文の魔力は一瞬にして物質界の距離を飛び越え、術者とその仲間たちの存在を遠く離れた地点に移送する――――。

 

 

 

――――次の瞬間にはもう、一行は元の森の中ではなく、何処かの薄暗い屋内に立っていた。

呆然として周囲を見回すルイズらの腕の中からするりと抜けだして、ディーキンが宣言する。

 

「はい、ガリアに着いたよ?

 ここはもう、タバサのお屋敷の中なの」

 

そうしてから、白紙になったスクロールをくるくると丸めて荷物袋の中へ突っ込んだ。

出来れば、帰りはのんびりシルフィードに乗って帰れるだけの時間があるといいな、と考えながら。

往復で2枚もスクロールを使ったのでは、さすがに出費が激しい。

 

それともいっそ、何度でもテレポートができるようなマジックアイテムを、ヴォルカリオンの店で買うべきか?

 

「えっ? ……こ、ここがもうガリアなのですか?」

 

「まさか、いくらなんでも……」

 

「……間違いない。ここは、確かにラグドリアンにある私の実家」

 

戸惑うシエスタとキュルケに、タバサがぽつりとそう呟いた。

彼女もまた信じ難いような気分ではあったが、自分の家を見間違えようはずもない。

 

「ディーキン……。あんたって、一体何者?」

 

ルイズは、まじまじと自分のパートナーを見つめながらそう問い掛けた。

それは、この場にいる誰もが当然抱いている疑問でもあった。

 

これまでに彼が見せたいろいろな呪文にも、少なからず驚かされてはきた。

しかし、召喚の呪文とか、変装の呪文とか、治療の呪文とかいったものは、系統魔法や先住魔法にも似たようなものはある。

もし仮に、彼が魔法で風竜の十倍も速く飛んでみせたとしても、ここまでは驚かなかっただろう。

それらは所詮、既存の系統魔法や先住魔法の能力の延長線上にあるものに過ぎないのだ。

 

だが、今回のこの呪文は……。

一瞬にして空間を飛び越える呪文などというものは、彼女らの知る範囲の魔法では到底考えられなかった。

 

そんなことができるのなら、分厚い城壁も、魔法の防壁も、まったく何の役にも立たないことになるのではないか。

城郭の奥へ身を隠した王の元へ瞬時に移動し、殺害して、また瞬時に逃げることもできてしまうということになるではないか。

堅牢な宝物庫の奥の宝も、どうぞご自由にお持ちくださいと野晒しにしてあるも同然だし、各種の完全犯罪を成し遂げるのもわけはない。

 

そんなことになれば、ハルケギニアの様々な秩序や常識が、根底から覆ってしまいかねないだろう。

かくも常識外れの能力をこともなげに披露してみせた彼は、一体何者だというのか?

そういえば、メイジ3人をあっけなく蹴散らして見せたあの天使のラヴォエラでさえ、彼はとても強いと言っていた……。

 

皆からの視線を浴びたディーキンは、不思議そうに首を傾げた。

 

「ええと……、ルイズは、ディーキンのことを忘れちゃったの?

 ディーキンはディーキンだよ。

 フェイルーンからきたコボルドのバードで、冒険者で……、今は、ルイズの使い魔もしているよ」

 

ディーキンは皆の顔を見つめ返して、いつも通りにそう答えた……。

 


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