Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

63 / 163
第六十三話 Three Lazy Orcs

 

ディーキンはタバサから彼女の願いと大まかな事のあらましとを聞くと、あっさりと助力を承諾した。

 

タバサに深々と頭を下げられて、忠実な従者のような礼をとられたのにはいささか困ったが……。

ひとまず頭を上げてもらい、一眠りして体を休めた後、トーマスやシルフィードも含めて全員で彼女の実家へ向かおう、と取り決めた。

 

そうしてから、ディーキンは寝る前に、事前にいろいろと現地での方針を練っておこうとタバサに提案する。

 

力を貸すこと自体には何のためらいもないが、頼まれた仕事の重大性について軽く考えているわけではない。

下手なことをすれば、タバサやその母親をはじめ、自分の周囲にいる人々の身の安全が脅かされることになるかもしれないのだ。

となれば、そうそう暢気に構えているわけにもいくまい。

 

彼女が同意してくれたので、早速確認しておきたいことを順に質問し始めた。

 

「ええと、タバサのお屋敷には、今は見張りとかはいるの?」

 

「いない」

 

「じゃあ、スパイが紛れ込んでたりとかは?」

 

「しない。家には今、母様の他には昔からの執事が一人いるだけ。

 彼の忠義は保証する」

 

「ンー……、魔法で監視とかもされてない?」

 

「ない」

 

タバサはディーキンのそれらの質問に、明確に即答した。

自分の家のことなのだから、変化があれば気付かないはずがない、という自信を持っているのだろう。

 

それから続けて、自分の意見を述べた。

 

「……だから、あなたが母を救ってくれても、それがすぐに王家に知られることはないはず。

 私はすぐに母と執事のペルスランとを、どこか安全な場所に連れていく。

 危険なお願い。だけど、母さえ救ってさえくれればそれ以上はあなたたちに迷惑が掛からないように、なんとかしてみる……」

 

「ウーン……」

 

ディーキンは、しばし眉根を寄せて考え込んだ。

 

タバサは優秀なメイジであり、その見る目は十分に信頼のおけるものだ。

彼女がそう言うのなら、本当に監視はされていないのかもしれない。

 

しかし……、絶対にそうだと断言できるものだろうか?

 

いかにタバサが優秀でも、彼女にとってフェイルーンの技術が未知のものであり、しばしば想定外であることは既に実証されている。

ハルケギニアには存在しないフェイルーンの呪文を用いた監視には、彼女も気が付けないかもしれない。

そして、ガリア王家内部にデヴィルが存在している疑いがある以上、そういった呪文が用いられている可能性は十分にあるのだ。

 

たとえそうでなくとも、ハルケギニア有数の伝統と力を持つというガリア王家に、どんな未知の魔法技術があるかわかったものではない。

タバサにも、そしてディーキンにも気がつけないような代物が存在していたとしても、何ら不思議ではないはずだ。

 

それに、本当に監視の目などは無く、すぐには露見しないとしても、流石に定期的な視察くらいはしているだろう。

となれば、タバサの母が正気に戻ったり館からいなくなったりすれば、即時ではないにせよ、遠からず露見することは避けられない。

それどころか、フェイルーンの呪文を向こうが使える可能性を考慮するならば……。

どこへ隠れたとしても、《念視(スクライング)》や《クリーチャー定位(ロケート・クリーチャー)》で見つかってしまう恐れがある。

タバサも、それに彼女の母親や身の回りの人間も、だ。

 

気が付いた時点で、誰がやったのかということをガリア王家は調査し始めるだろう。

真っ先に嫌疑をかけられるのは、当然ながらタバサのはずだ。

それを逃れるには、彼女自身も学院から姿を消して、どこかに身を隠しでもするしかない。

あるいは、ガリアからの刺客を真っ向から迎え撃つかだが、いずれにせよ非常に危険が大きいと言わざるを得ない。

 

タバサとて、それは承知の上であろう。

 

その上で、周囲の者に迷惑が掛からないように「なんとかする」と言っているわけだが……。

それは自信というよりは、強がり、ないしは悲壮な決意だという方が近いだろう。

とにかく母を救えさえすれば、その後は自分は父の仇と刺し違えてでも、とでも思っているのか?

 

いずれにせよ、ディーキンにとってはタバサの案をそのまま素直に受け入れるのは危険なように思えた。

自分が頑張って対処法を用意することもできなくはあるまいが、様々なマジックアイテムこそあれど、バードの身では少々心もとない。

現在ではサブライム・コードになるために、より深く魔法の勉強をしている最中とはいえ。

 

最悪、ボスたちに助力を求めるなどして、なんとかできないこともないだろうが……。

 

「……ねえエンセリック、あんたも聞いてたでしょ。どんなことに気を付けておいたらいいと思う?」

 

何かと愚痴の多い元魔術師にも話を振ってみた。

また文句を言われることだろうが、大事なことなのだから相談相手は多いほうがいい。

 

「あー、そうですね。いざという時に備えて私の手入れをもっと頻繁にすることをお勧めします。

 あと、戦いのときはしっかり握って、思い切り振り回してくださいね」

 

「ンー、そう? ありがとう、じゃあそうするよ」

 

「どういたしまして、それでは――」

 

そんなとぼけたやり取りをしただけで終わりにしようとする漆黒の剣を、タバサが黙って杖で小突いた。

 

「……何をするのですか、お嬢さん」

 

「真面目な話」

 

「私は真面目に言ったつもりですが……。

 やれやれ、どいつもこいつも、どうして剣なんかに有益な助言ができると思うんですかね?」

 

エンセリックはひとつ溜息を吐いた後、投げやり気味に付け加えた。

 

「……そうですねえ、ダークパワーの宿っていそうな黒っぽい剣の私なんかに聞くよりも、神様にでもお伺いしたらどうですか?

 あなた方のやることが上手くいきそうかどうか、神様に神託でもなんでもお頼みになればいいでしょう!」

 

それを聞いたタバサは、むっとしたように僅かに顔をしかめた。

こっちは真剣だというのに、またふざけたことを……、と思ったのだ。

 

しかし、ディーキンの方は得心がいったような顔で頷いた。

 

「オオ……、確かにそうなの。

 こういう場合はまず、神様に聞いてみるのもいいかもしれないね」

 

「そうでしょう。どんなにくそったれな神でも、剣よりはマシですよ。おそらくはね」

 

いささか困惑したような様子を見せるタバサをよそに、ディーキンはスクロールケースを探り始めた。

すぐに一枚の巻物を取り出すと、集中しやすいように一旦タバサの傍から離れてそれを広げ、長い詠唱を始める。

 

「《アルラウ・ゼド・ディーキン……、ルエズ・デルファウリ・デルファウルト・イオ――》」

 

「……彼は、何を?」

 

タバサは途方に暮れて、エンセリックに説明を求めた。

 

「はあ……、さっきの話を聞いておられなかったのですか、お嬢さん?

 言ったでしょう、神託ですよ。あの詠唱からすると、どうやら相手は竜族の主神、イオのようですね」

 

「神託……」

 

そう呟くと、タバサはじいっとディーキンの様子を見つめた。

 

どう見ても彼が詠唱に集中する様子は真剣そのもので、声をかけることも憚られる。

目の前の漆黒の剣も、答えるのも面倒そうなやる気のない態度ではあるが、嘘や冗談を言っているようには思えなかった。

しかし……。

 

「……本当に、そんなことが?」

 

タバサは半信半疑といった様子で、ディーキンとエンセリックとを交互に見つめた。

 

ハルケギニアでは始祖ブリミルに対する信仰が盛んだが、司祭が始祖から力を授かるというようなことはない。

魔法を使う司祭はいる。だが、それはその司祭がメイジだからであって、彼らの魔法は系統魔法とまったく同じものである。

始祖のお言葉を聞いたと主張する者は時折出るが、それが真剣に受け取られることは滅多にない。

 

彼女は、ディーキンのすることはもちろん信頼している。

しかし、タバサのこれまでの常識では、神託に基づいて行動するなどというのは茶葉占いや星座占いの結果を信じるのと同じようなものだ。

気休め以上のなにかではなく、そんなことに大事の方針を真剣に託そうなどというのは、およそ馬鹿げた話だった。

 

「まあ……、確かにあなたがたのお国では、そういうことがないというのは伺いましたがね……」

 

エンセリックは、うんざりしたような様子で溜息を吐いた。

 

フェイルーンにおいては、敬虔なるクレリックが神から力や言葉を授かれることは子どもでも知っている常識である。

そんなことを一から説明するのは、実に面倒だった。

 

「彼が神の眷属たる天使を呼び出して頼みごとを聞いてもらったことは、すでにあなたも知っているでしょうに。

 天使を呼べるのならば、神託を授かることもできるとは思いませんか?」

 

「…………」

 

ここへ来る前に学院で見たラヴォエラのことを思い出して、タバサは押し黙った。

そう言われてみれば、確かにその通りだが……。

 

「まあ、論より証拠です。いいから黙って見ておいでなさい、あと数分もあれば済みますよ」

 

タバサは少し考えた後、黙って頷いて一旦自分の疑問を引っ込め、ディーキンの詠唱を見守ることにした。

 

「《――ルエズ・ガルア・ズガ……、シーイール・ディア!》」

 

ディーキンが10分にも及ぶ長い詠唱の最後の音節を紡ぐと同時に、スクロールの文字が一瞬強く輝き、煙を残して消滅する。

その芳しい香の匂いのする煙を吸い込んだディーキンはしばし入神状態となり、神との精神的な交信が形成された。

 

神の存在を感じたディーキンがスクロールから顔を上げると、目の前には雲突くばかりに大きな竜の影が姿を現していた。

正確に言えば、それは彼の心の中にのみ存在するものであったが、決してただの幻覚ではなかった。

その影は、巨竜かと思えば次の瞬間には細身の翼竜のそれとなり、ふと気がつけば猫のように小さな妖精竜のシルエットに変わっている。

 

これこそすべての竜族の相を持ち、それを守護するとされる偉大なる竜族の主神、イオの顕現に間違いなかった。

いつの間にか周囲も安宿の部屋ではなくなり、眩い財宝に覆い尽くされた、竜族の宝物庫に変わっている。

 

ディーキンは再び顔を伏せると、まずは感謝の意を伝えた。

 

『調和の竜、大いなる永遠の転輪、影を呑む者……、一にして九なる竜族の創造主、偉大なるイオよ。

 この度の呼びかけに答えてくれたことに、ディーキンは感謝してるの』

 

イオの影は、時に重々しく低く響き、時に子どものように高くなる奇妙な声で、それに答える。

 

『我が一族の末子よ、愛おしき者よ。

 仰々しい挨拶をするには及ばぬぞ、汝の得意ではなかろう。

 早々に願いを言うがよい、あまり長くはそなたに時間を割いておられぬのでな』

 

ディーキンはちょっとお辞儀をすると、目当ての質問を神に伝えた。

 

『ディーキンはこれからタバサと一緒にお屋敷に行って、タバサのお母さんを助けようと思うの。

 それって上手くいくかな、どんなことに気をつけたらいいと思うか教えて』

 

それを聞いたイオの影は、心なしか、少し笑ったように思えた。

ややあって、回答が伝えられる。

 

『――――いかな人間の王とて、地獄の悪魔とて、どうして竜族の宝物庫に及ぶほどの守りを成し得ようか。

 竜族の詩人たる汝は既に、十分な対策を知っておるはずだ。

 ……そうよな、さしあたっては赤竜フィロッキパイロンの宝を奪わんとした、不埒なる三匹のオークの逸話を思い出すがよいぞ――――』

 

それで、神との交信は終わりだった。

ディーキンは目の前のイオの影が薄らぎ、その存在が急速に自分の精神から離れて行くのを感じた。

 

次の瞬間にはもう、神の影はすっかり消え失せて、ディーキンは元の部屋の中で白紙になったスクロールを握りしめていた。

 

「どうやら、終わりのようですね。

 《神託(ディヴィネーション)》の首尾はどうでしたか?」

 

もう声をかけてよいものかどうかと迷うタバサの横で、エンセリックが先に質問をした。

 

「うん……。イオは、ちゃんと答えてくれたの。

 ディーキンたちは、『赤竜と三匹のオーク』のお話を参考にしたらいいってさ」

 

その後の寝るまでの時間は、概ねディーキンがタバサらにその物語を披露して、解釈について考えることに費やされた。

 

 

 

 

 あるところに、三匹のぐうたらオークの兄弟がいた

 母さんオークは無駄飯食いの三匹をとうとう家から叩き出して、自活しろと言った

 

 三匹の兄弟は、不満たらたら

 けれど手柄を立てれば自分たちも見直されると考えた兄弟は、大胆な計画を立てた

 なんと近隣で有名な赤竜のフィロッキパイロンの巣穴から、宝物を盗んでこようっていうのさ

 

 最初に一番上のお兄さんオークが、ドラゴンが熊を食べに出かけた隙に、巣穴に忍び込んだ

 彼はこう考えた。「盗んじまえばお終いさ。見られなきゃ、誰が取ったかなんてわかりっこないもんな」

 彼はでっかい宝石のたくさんついた像を盗み出して、うんしょうんしょと引っ張っていった

 

 けれどドラゴンは戻ってすぐに、像がなくなっていることに気が付いた

 彼は怒って巣を飛び出すと、空の上からあたり一帯を見回した

 そうして重たい像を一生懸命運んでいるオークに気がつくと、一飲みに食べてしまった

 

 次に次男のオークが、フィロッキパイロンが生意気な真鍮竜を追いかけている隙に、巣穴に忍び込んでいった

 彼はこう考えた。「兄貴はデカすぎるのを盗んだからばれたんだ。ちっこいのを盗めばいい」

 そこで小さな宝石や金貨を宝の山のあちこちからちまちまあつめてポケットをいっぱいにし、巣穴を悠々と立ち去った

 

 けれど何日か経ってから宝物を数え直したドラゴンは、数が足りないのにちゃんと気が付いた

 とても怒った彼は呪文を使って、すぐになくなった宝物の場所を探し出した

 こうして次男も、ドラゴンに引き裂かれて食べられてしまった

 

 最後に三男のオークが、慎重にフィロッキパイロンのことを調べ上げた

 彼はこう考えた。「疑われたらおしまいだ。幸いあいつは目ざとく宝を集めてるが、その価値には詳しくないらしい」

 そこで仲間に芸術品の精巧なレプリカをいくつか作ってもらった彼は、ドラゴンの巣穴に忍び込んで、そいつを本物と取り換えた

 

 ドラゴンは数が変わっていないので、本物の宝が偽物と変わった事には気が付かなかった

 けれど何年も何年も経って、もう安心と思った彼は、酒を飲んだ夜にそのことをぺらぺらと自慢してしまった

 彼の成功をねたむ告げ口オークが、そのことをこっそりドラゴンに教えた

 火山みたいにおこったドラゴンは、三男のいるオークの集落にやってくると、みんなまとめて焼き殺して食べてしまった

 

 こうして結局、三人の兄弟も、母さんオークも、告げ口オークも、みんないなくなってしまったんだってさ

 

 ……

 

 





ディヴィネーション
Divination /神託
系統:占術; 4レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(香とその神に相応しい捧げものを最低25gp分)
距離:自身
持続時間:瞬間
 術者はこれから1週間以内に達成しようとする目的や起きる出来事、活動等について神に質問をし、有益な助言を得ることができる。
ただし、術者の属するパーティがその情報に従って行動しなかった場合には状況が変化し、神託が役に立たなくなる可能性もある。
この呪文で得られる助言は短いフレーズ1つだけの簡潔なものか、もしくは謎めいた詩や言葉にならない前兆のような形をとる。
 助言の内容が正しい可能性は、基本的には70%+術者レベルごとに1%(最大で90%)である。
ダイス・ロールの結果失敗したとしても、術者には呪文が失敗したということはわかる。
ただし、誤情報を与えるような何らかの特殊な魔術等が働いている場合は除く。
 この呪文を同じ内容に関して何度も試みたとしても、得られる結果は最初に試みた時と同じになる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。