Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第三十九話 Chat

盛大な宴から一夜明けた、『虚無の曜日』のうららかな午後。

 

ディーキンは昨夜は『魅惑の妖精』亭での演奏が終わった後、ルイズらや熱狂した観客たちと一緒に明け方近くまで宴を続けて……。

流石にみんな眠くてたまらなそうだったので、スカロンに頼んで空いている部屋を一部屋借りて、そこで全員一緒に、ぐっすりと眠った。

ディーキン以外は全員女性だが、ディーキンは子どもっぽいし何よりも亜人であるので同室でも特に問題にはされなかった。

 

まあルイズは、学生の身で夜更かししてしまった事や、部屋が汚くて狭いこと、平民やキュルケと一緒に寝ることなどにぶつぶつ文句を言ってはいたが。

何分、あまり強く不平を言ってまたディーキンに意見されるのも嫌だったし、何よりも眠気には勝てないものである。

 

そうしてゆっくり休んだ後、正午辺りになってようやくみんな起き出したので、ジェシカたちに別れを告げて街へ繰り出した。

 

ディーキンはまず、美味しそうな料理店を見繕って、みんなに昼食を奢った。

昨夜貰ったおひねりは既に半分以上は宴で消えていたが、それでも数エキューは残っていたので、学院の食堂にも劣らない豪勢な昼食を摂ることができた。

 

それから、先日貴金属等を預けた店に、換金したお金を受けとりに出向いた。

 

とりあえず当面の資金にと換金を頼んだ分は、あわせて五千エキューあまりの額になったようだった。

少々額面が大きくて貨幣だけではかさばるので、八割方はハルケギニアの基準で通用する交易用延べ棒で受け取り、残りは金貨で用意してもらった。

 

ルイズやシエスタはあまりに大金なことに驚き、キュルケも目の色を変えていたが……。

実際のところディーキンとしては、そんなに大金だとも思っていなかった。

フェイルーンでは高レベルの冒険者の買い物は高額なマジックアイテムや魔法武具などで、一度に金貨数百枚から数万枚分も支払う事がザラにある。

もちろん数万枚ともなれば全部貨幣では払っていられないので、宝石や延べ棒を使うことも多い。

 

とはいえフェイルーンでも、大半の一般人にとっては金貨五千枚といえば、生涯働いても手にすることのできないであろうほどの大金なのだが。

高レベルの冒険者というものは、一般人とは金銭感覚が相当にかけ離れているのである。格差の大きい社会なのだ。

ただし、冒険者というのはそれだけの価値を認められる、恐ろしく危険の伴う仕事だということでもある。

一般人が何十人束になっても勝てないような怪物とも頻繁に戦うのだから、一概に不公平だともいえまい。

 

「ええと、ところで……、ルイズ?」

 

「……ん? 何よ?」

 

友人の少女たちに囲まれてのんびりと王都を見物して歩きながら、ディーキンはふと思い出したことがあって、ルイズに声を掛けた。

 

「ディーキンはね、もっとルイズの役に立ちたいと思うの。

 だってディーキンは、ルイズの使い魔だからね?」

 

唐突にそんなことをいわれて、ルイズは嬉しさ半分、困惑半分といった感じで、首をひねった。

 

「……ええと、その、ありがと。

 でも、あんたはもう十分役に立ってくれてると思うし、感謝してるわ。

 なんでまた、急にそんなことをいい出すのよ?」

 

「ええと、つまり……、ディーキンは今のコボルドのバードのままで、十分ルイズの役に立てるかが心配なの。

 ディーキンは大して強くもないし、魔法の相談に乗るのだってエンセリックの方が得意でしょ?

 だから、ええと、何か……、新しい訓練を始めたらどうか、って思ってるんだよ」

 

「新しい訓練……って、何よ?」

 

今ひとつディーキンの言わんとするところがわからず、不思議そうに首を傾げるルイズ。

シエスタ、キュルケ、タバサも、興味を惹かれたようにディーキンの方を見つめる。

 

「ンー、ディーキンの一番の仕事は、ルイズを守ることなんだよね?

 いつか危ないことが起こった時にルイズを守って戦うなら、ファイターとかの戦士になるのもありかな、って思うの」

 

今のディーキンにも、肉弾戦闘ができないというわけではない。

しかし、ディーキンの戦士としての強さは主に経験と基礎身体能力の高さに依るもので、戦士としての専門的な技巧はさほどない。

もちろん戦い方の基本くらいは抑えているし、実戦経験も積んでいるが、洗練された高度な戦闘訓練を受けたことはないのだ。

 

一応戦えるというだけで、誰かを守って戦えるほどの力があるかといえば実に心もとない……。

少なくとも、ディーキン自身はそう思っていた。

 

(それにディーキンが勉強すれば、シエスタにももっとちゃんとした戦い方を教えられるようになるかもしれないしね……)

 

ディーキンとしてはシエスタにもう少し戦士としての技巧を身につけてもらいたいのだが、生憎とディーキン自身にも今のところ大した心得がない。

基礎的な訓練以上のものを教えるには、自分自身がもう少しそういった技巧を身に付けることは有益かも知れない。

 

戦士になるのではなくドラゴン・ディサイプル(ドラゴンの徒弟)としての修練をさらに続けるというのも、一応考えてはみた。

 

竜としての力を覚醒させてゆくこのクラスは、純粋な前衛戦士としてのそれではないものの、肉弾戦にも大きな力を発揮できる。

事実、ディーキンはこのクラスの修練を始めてから、コボルドの域を越えた超人的な身体能力を身に付けてきた。

他にも、魔力容量の大幅な拡張や、ブレスを吐いたり飛行したりする能力、視覚に頼らない鋭い知覚力など、このクラスの修練から得られた恩恵は大きい。

 

しかし、ドラゴン・ディサイプルとして身に付けられる力は、シエスタに訓練を施す上では、あまり有用ではありそうにない。

このクラスは戦士としての技巧を磨いて強くなるというよりは、身体能力を超人的に高めて強くなるものだからだ。

その問題を解決できないのでは、ドラゴン・ディサイプルとして修練を続ける意味は薄い。

 

自分自身の戦士としての力を高めるという点においても、これ以上ただ単に身体能力を高めようとするのが最適な方針とは思えない。

戦士として腕を磨き、現在の自分に欠けているそういった専門的な戦いの技巧を身に付ける方が、より有益だろう。

それに、ディーキンは既にドラゴン・ディサイプルとしての修練によって、己の身を半竜として覚醒させ終えているのだ。

このクラスが目的とするところは竜となる事であり、ディーキンは既にその目的を達している。

この上さらに修練を積んでも、あまり有意義な結果は得られないかもしれない。

 

「でも……、こっちのほうでは魔法使いの方が戦士より頼りになる、っていう考えなんだよね?

 それに、魔法の勉強をすればルイズの相談にも、もっと乗れるかもしれないから……。

 バードよりもっと魔法の専門家として勉強をする、っていうのもいいかもね」

 

本格的な魔法の勉強をするとなると、第一の候補はやはりウィザードやソーサラーだろう。

しかし……、今さら一からそんな本格的な専業職として訓練を積み直す、というのは現実的な選択ではないだろう。

 

戦士と魔法の両天秤でダスクブレード(黄昏の剣)などというのもあるかもしれないが、いかにも中途半端だ。

 

ダスクブレードはバードと同様魔法戦士系のクラスであるが、多彩な芸能にその才能を振り分けるバードと違い、生粋の戦闘者だ。

剣技においては純粋な戦士にもそうそう引けを取らず、単純な戦闘能力という点ではバードに大きく勝るだろう。

とはいえ、やはりいまさらバードから転向して一から修行し始めても、あまり報われるとは思えない。

 

魔法を伸ばす選択をするなら、半端なクラスを一から選ぶよりももっと特化しているクラス。

それでいて、既に習得しているバードとなんらかのつながりがある、これまでの経験を活かせるクラスを選択すべきだろう。

そうなると……。

 

「うーん、もしディーキンが今から魔法をもっと勉強するのなら……。

 サブライム・コード(崇高なる和音)になるのが、一番いいかもしれないね」

 

音楽と魔術、根を同じくするその2つの力にバード以上に深く通じる学究の徒。

時の曙に聞くことのできたという伝説の創造の歌を探求する彼らは、音楽の力を持って時をも操り、宇宙の根源のエネルギーを引き出しさえもするという。

 

ビガイラー(欺く者/楽しませる者)やウォーメイジ(戦の魔道師)なども、一応考えてはみた。

だが、どれも今ひとつピンとこないし、バードとのつながりもない。

バードとしての経験を活かし、なおかつ魔法に関する理解と力とを高めていくのであれば、サブライム・コード以上のクラスはあるまい。

 

「もちろん、ディーキンにはルイズをがっかりさせるつもりはないよ。

 もしルイズが、このままディーキンがバードを続けるのが一番だって言うなら、ディーキンはそれで幸せなの。

 どうする?」

 

「ど、どうするって、そんなこと急にいわれても……」

 

ファイターはなんとなくわかるけど、サブライム・コードってのはそもそも何よ? ……とルイズは思ったが。

まあ文脈からすれば、要するに今よりも魔法が得意な職業ということなのだろう、と理解した。

 

とはいえ、唐突にそんな事を聞かれても返答に困る。

そりゃあ、戦士と魔法使いの両方になれるんだったらハルケギニアの常識的に魔法使いの方が断然いいんじゃないか、とは思うが……。

別に現状のディーキンに不満などがあるわけでもないし、どうしたものか?

 

「その、先生はもう十分強いとは思いますけど……。やっぱり、向上心が大切なんですよね」

 

「ふうん。ディー君が今よりもっといろいろな事をできるように勉強しようってこと?

 あなたの歌はすごくいいし、このままでいてくれても全然いいとは思うけど、面白そうね」

 

「興味ある。あなたの言った職業について聞きたい」

 

他の3人も次々に口を挟む。

そうして楽しく雑談や相談などしながら、いろいろ見て回ったり買い物をしたりして、5人で楽しく休日を過ごしていた。

 

もう少し後で、昨夜から長時間にわたって放置されたシルフィードにディーキンとタバサは散々文句を言われるのだが、それはまた別の話である。

 

 

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所変わって、こちらはトリステイン魔法学院。

 

「ミスタ・コルベール」

 

「おや、ミス・ロングビル。こんなところでなにを?」

 

自身の研究室へ向かう最中に突然思いがけない人物に声を掛けられたコルベールは、間の抜けた声を出した。

ここは彼女の普段仕事をしている場所とは離れている。

それに、今日は休日だ。ここは来て楽しいようなところでもない。

 

「いえ、遠くから姿をお見かけして。休日なのに熱心に研究をしておられると思いまして……。

 他の教師の方々は大概休むか出かけるかしておられますのに、勤勉ですのね」

 

「そ、それは、どうも……。いやあ、ただ、暇人で。趣味でやっておるだけでして……」

 

照れくさそうに顔を赤くして、コルベールは相好を崩した。

 

内心、この女性秘書にいささか気があるのである。

そんな相手に御愛想程度とはいえわざわざ声を掛けられ褒められて、多少舞い上がるのも致し方ない。

 

ミス・ロングビルは、そんな彼の様子を見てにっこりと微笑んだ。

そして、多少くだけた調子になって話しを続ける。

 

「ねえ、ミスタ・コルベール」

 

「は、はい? なんでしょう?」

 

密かに懸想していた相手からそんな声を掛けられたコルベールは、跳ねるような調子で答えた。

そして彼女の次の言葉で、完全に舞い上がってしまった。

 

「もし、よろしかったら、なのですが……。

 もう少ししたら、夕食をご一緒にいかがでしょうか?」

 


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