Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第三十七話 Maid cafe

しばらくの後、一行は『魅惑の妖精』亭についた。

 

この店は一見ただの宿屋兼居酒屋だが、実は可愛い女の子が際どい格好で飲み物を運んでくれるという、少々いかがわしい趣のサービスで人気を博している。

背中の大きく開いたドレスや胸元の開いたワンピース、丈の短いスカートなどといった、色とりどりの派手な衣装に身を包んだ給仕の女の子たち。

彼女らはあちこちのテーブルへ料理を運んで忙しく働きながらも、疲れた様子ひとつ見せずに微笑みながら、男たちに酌をして回っていた。

とはいえ、この店はそれらの給仕にこっそりと金貨の数枚も握らせれば寝床を暖める仕事もしてくれるとかいった類の場所ともまた違う。

普段は健全な世界に生きている者が少しばかり羽目を外して、夢見心地で楽しみたい時に訪れる店、とでもいったところだろうか。

 

当然、客の中には給仕の少女たちに向かって下品な野次を飛ばすものや、体を触ろうとするもの、無法ないやらしい要求をしてくるものなどもいる。

彼女たちはそんな時でも笑顔を崩さず、何をいわれても、されても怒らずにいる。

それでいて何もかも言いなりになるわけでもなく、お触りやサービスの枠を超えた要求には応じないのだ。

 

触ろうとする手を露骨に叩いたり払いのけたりはせず、優しく握って触らせない。

嫌な要求をされても顔をしかめたりはせず、そのまますいすいと会話を進めて相手を誉めそやし、いい気分にさせつつ話をそらす。

そのため客は拒まれても気分を害する事もなく、むしろそんな娘たちの気をひこうとして、さらにチップを奮発するのだ。

彼女らはみな、かなり巧みな接客術を身に付けているらしい。

 

このくらいの場所の方が一般人にはウケがいいのか、それとも店主であるスカロンのやり方が上手なのか、店は連日繁盛しているようだった。

羽振りのいい客も多く来ており、そういった客から少女たちは毎日結構な額のチップをもらっている。

特に人気のある子などは、もらったチップの合計額が一日にエキュー金貨数枚分にもなることもあるようだ。

 

マジックアイテムの類を使用した美しい照明や音楽で、店内には華やいで落ち着いた雰囲気が作り出されており、食事もなかなかに美味い。

女の子が美人でサービスがよいという以外にも、こういった設備面でも充実し、あらゆる面から見て居心地の良い店であることが人気の秘訣らしい。

平民が店主を務める店でこれだけの設備を用意できるところを見ると、やはり相当稼げているのだろう。

稼げているからこそたくさんの女の子を雇え、設備も充実させることができる。

そうすれば、それによってさらに稼ぎが増える、というわけだ。よいサイクルである。

 

「……か、仮にもヴァリエール家の使い魔ともあろうものが、こんないかがわしい場所で……」

 

これまでディーキンがどんな場所で働くのか詳しく知らなかったルイズは、テーブルで周囲の様子を見まわすと、目を吊り上げて顔を赤くしていた。

由緒正しき貴族家の令嬢で世間知らずなルイズにとっては、この程度の店でも不埒極まりない場所に感じられるようだ。

 

シエスタがそんなルイズに反論しつつ、店や自分の身内の良さについて弁明し、宥めている。

 

「そ、それは、あまり品のいい所じゃないかもしれないですけど……。

 でも、いかがわしくなんてないです!

 ここは、私の親戚が働いているお店なんですから!」

 

「あ、あんたの親戚って……、あの、入り口で私たちに声を掛けたおかしな革の胴着の男……?」

 

キュルケはそんな2人をむしろ楽しそうな様子で眺めながら、さっそく店員にお勧めを聞いて料理や酒を注文した。

 

「あら、私は楽しそうなお店だと思うわよ。

 それに、人の身内に対してヘンだなんて、失礼じゃありませんこと?

 トリステインの貴族は礼儀がなってないのねえ。

 向こうはあんたみたいなお子様にも、店の子が霞むくらい綺麗だなんてお世辞をいってくれてたじゃないの」

 

そんなことを言ってルイズをからかったりしつつ。

仕事の準備に向かったディーキンが姿を現すのを、寛いで待っている。

 

「大勢楽しんでいる。それに食事もおいしい。それで十分」

 

そう短くコメントしたタバサはというと、キュルケの横で静かに本を読みながらも、料理が届くたびにひょいひょいとつまんで口に運んでいる。

こんななりで、なかなかに大食いらしい。

 

もちろんシルフィードも一行に同行したがっていたのだが、ルイズらには正体は秘密だからとタバサが却下したのである。

しばらくきゅいきゅいとごねていたが、ディーキンからお土産に何か御馳走を用意すると約束されてどうにか落ち着いた。

 

そのうちに、それまで店内に流れていた、店の備品である魔法人形たちの奏でる音楽が止まる。

 

この店でのディーキンの仕事は、言うまでもなくバードとして店の客に音楽や詩吟などの娯楽を提供することだった。

いよいよ酒場に設けられた舞台の上にディーキンが姿を現し、一礼すると、周囲から喝采が巻き起こる。

 

ディーキンは先日既にこの店で一度演奏を披露しており、大好評を博したのだ。

喝采を送っているのはその時に居合わせた客と、従業員の少女たちである。

もちろんその時のことを知らない客たちは、いきなり奇妙な亜人が舞台に現れて戸惑った様子であった。

だが彼らも、周囲の客が大勢喝采を送っているのを見ると、疑問や文句の言葉を一旦引っ込めて、成り行きを見守ることにしたようだ。

 

ディーキンは誇らしげに胸を張って周囲の騒ぎが収まるのを待つと、もう一度、目を細めて御辞儀をした。

 

「こんばんは。ディーキンは、みんなに歓迎してもらえてすごくうれしいの。

 ……今夜は、どんなお話を歌おうかな?」

 

リュートの弦を軽く調整しながらそう問うと、先日居合わせた人々から、次々にリクエストの声が上がる。

 

「よーし坊主、こないだの英雄の話の続きをしてくれ!

 あれだけすごい冒険をしたって英雄ならよ、他にも武勲があるんだろ?」

 

「いや、英雄の話も聞きたいが……。

 演奏の後で言ってた、恐ろしい白い竜の話を聞かせてくれないか」

 

「それより、おめえがこれまでしてきたっていう、旅の話を聞かせてくれよ!」

 

つい先程まで給仕の少女たちに鼻の下を伸ばしていた中年、壮年の男たちが、まるで少年のように期待に目を輝かせて壮大な物語を求めてくる。

給仕の少女たちも、立場上自分たちでリクエストをしてくることはなかったものの、表情を見る限りでは同じ気持ちのようだ。

もちろん、先程部屋で冒険譚の続きをねだっていたルイズたちも、おおむね同じような気持ちである。

 

「ンー……、どうしようかな……」

 

ディーキンはそれらの要望を聞くと、少し困ったような笑みを浮かべて、首を傾げた。

 

もちろん、自分が得意なのはそういった種類の物語である。

先日ここで歌ったのもそうだったし、リクエストに答えてまた披露したい気持ちも大いにある。

 

しかし、ディーキンの演奏について何も知らない初見の客たちは、見るからに困惑した様子であった。

こんな奇妙な子どものような亜人の演奏に、なぜ周囲が異様な盛り上がりを見せているのか。

どうしてこういう店で、そんな店の雰囲気に明らかに合わない少年向けのような物語をリクエストするのか、と不審がっているのだ。

 

そうした初見の客たちの不審そうな様子を見て、ディーキンはいつものように歌いたい気持ちをぐっと押さえ込んだ。

今日は、違う種類の物語を……、もっとこの店の雰囲気に合いそうな物語を、披露するつもりで来たのだから。

 

「ええと……、この間は、そう、英雄の物語を聞いてもらったね。

 でも、ディーキンはみんなに、他にもいろいろな話を聞いてもらいたいからね。

 みんなのリクエストも考えて今日はね、英雄の冒険だけじゃなくて……、ロマンスの物語もしようと思うの」

 

別に恋の要素などを入れなくても、リクエストされたような英雄譚や冒険物語などを歌って、観客を惹き付ける自信がないわけではない。

実際、この間は大好評を博したのだから。

 

フェイルーンにおいて、バードは冒険者としての力ではやや頼りないと思われがちな反面、一般大衆にとっては大変な人気者だ。

民衆は突然見知らぬ魔道師が町に姿を現すと往々にして恐れおののくが、バードが町にやってくるとしばしばお祭り騒ぎの大歓迎をするのである。

 

バードには魔道師のように、疫病をもたらしたり悪魔の群れを呼び出したりといった、大破壊をもたらす危険はまずない。

そして何よりも、力ある魔法に満ちた新しい歌と物語、音楽に舞踊といった、素晴らしい娯楽の数々。

それらをもたらすバードの技は、聴衆にしばしの間、人生の悩みや苦しみを忘れさせる。

優れたバードが寂れた村の安酒場で歌えば、その場にいる者たちはみな、最下層の労働者でさえも、一時ながら王者の娯楽を味わえる。

短い間ではあるが、安酒に酔いつぶれた時などとは比べ物にならない、豪奢な夢心地の気分に酔いしれることができるのだ。

 

貴族や王族といった権力者にとっても、魅力的で機知に富み、多芸多才なバードは歓迎すべき存在だ。

そこそこの腕前でしかないバードであってさえ、王宮の門を叩けば数曲の歌と引き換えに宴会の末席に加わり、一夜の宿を得ることができる。

中には有力な貴族の信頼を勝ち得てお抱えの芸人として、あるいは顧問や密偵、子女の家庭教師などとして、長期的に召し抱えられる者もいるほどだ。

そういった者たちは彼らから家族同然の待遇を受け、多大な権力と名誉を勝ち得ているという。

 

そしてディーキンのバードとしての技量は、間違いなくフェイルーンでも屈指だ。

おそらくどんな大国の宮廷にも、彼に匹敵するだけの腕を持つ宮廷詩人はいないであろう。

コボルドであるというフィルターを外して見てもらえさえすれば、観衆が彼の芸に熱狂するのは至極当然。

たとえ場の雰囲気に合わない歌でも、それを覆して観客の気持ちをそちらに惹き付けられるだけの技量は十二分にある。

 

それに、英雄譚や冒険物語にも往々にしてロマンスはつきものだとはいえ、ディーキンにとっては人間の恋の話などは専門外なのだ。

 

コボルドは爬虫類であり、卵生であり、部族の単位で生活する。

人間は哺乳類であり、胎生であり、家族の単位で生活する。

ゆえに両者の間には、恋愛観や性生活や貞操観念などに、あまりにも大きな開きがあるのだ。

 

例えば、人間にとっては恋愛沙汰と性交渉を持つことの間には通常、強い結び付きがあるらしい。

だがコボルドにとっては、基本的に両者はほとんど無関係である。

 

コボルドにとって繁殖行為は種の生存と繁栄に直結する種族的な義務であり、部族の全ての個体が参加して、複数の相手と関係を持つのが普通だ。

そこには恋愛がどうのこうのといった感覚が入る余地など、全くないといってよい。

食べたり寝たりするのと同じで、それは単に、必要なことなのだ。

 

したがって、人間でいう結婚のような男女間の結びつきも、種が存続する上では不必要である。

実際、生涯そのような相手を持たないコボルドの方が多い。

 

逆に言えば、必要というわけでもないのにあえてそのような結び付きを求めるということは、それだけ互いの情愛が深いことの証でもある。

それは人間でいう恋愛感情のようなものの場合もあるし、強い信頼で結ばれた親友同士のような間柄である場合もある。

いずれにせよ、そういった結び付きはほとんど常に、相互の間に何らかの種類の強い愛情がある場合にのみ求められる。

人間のような種族にそれを話すと、コボルドのような野蛮な種族の間にそんな純粋な愛情があるのは意外だといって、よく驚かれるのだが。

 

ディーキンは典型的なコボルドの生活には馴染めなかった異端児であり、どちらかと言えばむしろ人間の生活の方に惹かれている。

とはいえ、やはり生まれ育った環境の違いから身に染みついた、常識や観念の違いというものはある。

人間の恋愛物語などを読むと、たびたび登場人物の心理がさっぱり理解できない部分があって頭をひねったものだ。

 

『ウーン……、ねえボス。ちょっと聞いてもいい?

 この話に出てくる男の人はなんで、好きな女の子が他の男と寝ただとか、そんなことですごーく怒ってるの?』

 

『ナシーラ、あんたたちドロウは、ええと……、一緒に寝たり、結婚したりするときにも陰謀を企んだりするんでしょ?

 じゃあちょっと教えてほしいんだけど、この本に書いてある“政略結婚”とかってのは何なの?

 愛し合う2人以外で結婚することで、お互いに何か得があるの?』

 

そんなような質問を、事ある毎によく仲間たちにした。

そのたびにボスやデイランやヴァレンには困ったような顔をされたり、苦笑されたり、居心地の悪そうなしかめ面をされたり……。

トミやシャルウィンやナシーラには笑われたり、からかわれたり、艶話や陰謀飛び交う愛憎劇(すべて実話らしい)を聞かされたり、したものである。

 

まあその甲斐あって、今ではおおむね理屈は把握しているつもりではある。

だが、感情的には未だに共感できない部分も多いし、ちょっと自信がない。

ゆえにこれまでは、あまりそういった、恋愛がらみの題材は詳しく取り扱ってこなかったのだ。

 

しかし、何を歌っても観客を熱狂させられるだけの技量があるとしても、やはり場に合った歌というものはあるだろう。

ディーキンは先日のここでの演奏で、その事に思い至ったのである。

 

大好評を博して演奏を終えた、その時にはただ満足していた。

だが、自分の演奏によって客の気分をすっかり変えてしまったらしいことに、後になって気が付いた。

客たちはみな、演奏が終わると瞳を輝かせ、上気した満足そうな顔でそのまま店を出ていった。

歌によってすっかり気分が変わり、それ以上酒を飲んだり、女の子といちゃついたりという気持ちではなくなってしまったらしいのだ。

 

別に給仕の少女たちや、店のオーナーであるスカロンやジェシカが、迷惑だったと言ってきたわけではない。

それどころか、自分たちもまた聴きたいと、口々に演奏を褒めてくれた。

それでも、その日のそれ以降の店の売り上げや、少女たちがもらうはずだったチップの額を、自分が減らしてしまったのは確かだろう。

 

自分だけの演奏会なら、それでもいい。

だが、せっかく雇ってもらったというのに、店の売り上げや従業員仲間の稼ぎに悪影響を及ぼすようではいけない。

長い目で見れば自分の演奏を目当てに来てくれる客なども増えるのかもしれないが、そんな先のことより、当面の改善をする努力をしなくては。

だから、今日はもっとこの店の雰囲気に合っていそうな、恋の話とかそういうのにも挑戦してみよう、と決めていたのだ。

 

このハルケギニアへ来てから、自分はずいぶんあっさりと一般の人間にも受け容れてもらえるようになった。

そのためか、受け容れてもらうことがまず大事でその後のことは二の次だった以前には気付かなかったことにも、色々と気付くようになった気がする。

 

そして、新しくいろいろなことにも挑戦できる。

これまでは数少ない人前で歌う機会に、わざわざ専門外の題材を披露しようと考えることは決してなく、挑戦してみる機会もなかった。

けれど、バードとして芸の幅や深みを増すことは、大切なことだろう。

 

本当にここへ来てよかったと、ディーキンは改めて、ルイズをはじめとするいろいろな人々や、運命の導きというものに感謝していた。

しばらくそんな感慨にふけった後、咳払いをすると、ちょっと気取った感じで胸を張る。

 

「オホン……、それでは。

 今宵は、ディーキンが竜退治の英雄のお話をいたしましょう。

 偉大な英雄、宿敵たる龍、英雄の帰りを待つ姫君、姫君を守る血塗れの騎士、そして知恵深き魔女の織り成す物語を――――」

 

彼なりに、壮大な叙事詩に似合いそうなおごそかな調子を装ってそう語った。

そうしてから、いよいよリュートを手に取ると、物語形式の詩歌を演奏し始める……。

 


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