Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第三十三話 Training

ルイズが多くの友の立会いの下で、失敗呪文改め爆発を起こす未知の超常能力の実験を済ませた、その次の日のこと。

 

「えい! やっ!」

 

早朝のトリステイン魔法学院の中庭に、シエスタの澄んだ、気合いのこもった掛け声が響いていた。

 

彼女は待ち合わせたディーキンと軽く雑談を楽しみ、パラディンとしての心構えを助言してもらった後、まずは素振りなどの基礎訓練を一通り済ませた。

そうして今はデルフを握り、彼に武器戦闘の手合せをしてもらっているのだ。

 

この時間にはルイズはまだ、寝床で夢の中である。

 

シエスタは両手で携えたデルフを様々な角度から振るい、自分の知る限りの技で懸命に攻撃を仕掛けた。

若い少女がこの大きさの剣を振るい続けられるだけでも大したものだが、剣技の方もそこそこ形になってはいる。

おそらく、そこらの平凡な傭兵に後れを取ることはないだろう。

 

だが、ディーキンは自分の体より大きい剣が唸りを上げて襲ってくるこの状況に、まるで脅威を感じていないようだ。

いつも通りの涼しい顔で、時折助言などを交えながら余裕を持って対処していた。

 

「ウーン、シエスタ。

 ディーキンみたいに小さいのを相手にするときは、もう少し剣を低く構えて、小さく振った方がいいと思うの。

 そんなに力んで剣を大きく振りかぶったら、振り下ろすより前に懐に入られて組み付かれるよ?」

 

足さばきだけでシエスタの攻撃を右へ左へとかいくぐり、立て続けに空を切らせる。

時には自分の武器を使って勢いのついた斬撃を軽く受け流し、またある時には小枝のように容易く打ち払う。

 

「……はあ、はあ……、は、はいっ!」

 

シエスタは息を切らせながらそう返事をすると、助言を考慮して剣を構え直し、また必死に打ち掛かっていく。

自分の半分ほどの背丈しかない相手に渾身の打撃をこうも軽々といなされていることに、彼女は内心舌を巻いていた。

 

もちろん、彼女には自分が『先生』と仰ぐディーキンが強いのであろうことは先刻承知していたが、実際にこうして相手をしてもらうと想像以上だった。

あの決闘の時、自分は歌の力で強くなった己に自惚れて、今の自分以上に強い剣の使い手などいないかもしれない、と考えた。

 

しかるに今、戦っているディーキンの力は、それを明らかに上回っている。

そのくらいは、シエスタにもわかった。

 

これまで自分の知っていた世界の、なんとちっぽけだったことか!

 

「ンー……、」

 

そうこうしてある程度つきあった後、ディーキンはシエスタが大分疲れてきたようだとみて、終わらせることにした。

 

彼女が幾度目かに仕掛けてきた渾身の唐竹割りを受け流さずにがっちりと受け止めると、そのまま力任せに勢いよく押し返す。

両手で握っていた武器を突然上に跳ね上げられたシエスタは、驚愕していた上に体勢を崩されて隙だらけになった。

 

ディーキンはその隙に素早く懐へ潜り込み、そのまま勢いよく彼女に体ごとぶつかっていく。

幼児のごとく小柄な体格からは信じられないほどの衝撃に、シエスタはひとたまりもなく吹き飛ばされてデルフを取り落とし、地面に転がった。

 

そのまま起き上がる暇もなくディーキンに体の上に押さえ込むように飛び乗られて、首元に小さいが鋭そうな爪をぴたりと突きつけられる。

 

「あっ……、ま、参りました……」

 

シエスタは一瞬呆然とした後、素直に負けを認めた。

それから、嬉しそうに微笑んで、自分の上から降りようとしていたディーキンを腕を伸ばしてぎゅっと抱き締めた。

 

「すごい! 先生、すごいです!」

 

もちろん、あっけなく負けたのは悔しいし、自分の未熟さを恥じる気持ちもあった。

だが今はそれよりも、敬愛する『先生』が自分が想像していたのにもまして強かったことを喜ぶ気持ちの方がずっと強かった。

 

「オオオ……? えへへ、そんなに抱き締められると、ディーキンは照れちゃうの。

 でもシエスタは、こんなことして、痛くないの?」

「平気です。……あ、あの、先生。私、誰にでもこんなことする女ってわけじゃ、ないですから。

 こ、これは、その、先生が、相手だから……」

 

シエスタはほんのり頬を染めて上体を起こすと、そのままディーキンに頬ずりをする。

確かにウロコに擦れて少し痛いが、そんなことは気にもならなかった。

胸の奥から湧き上がってくる暖かい感情に比べれば、僅かな肉体的な痛みなど些細な問題に過ぎない。

 

……なにやら脇の方からぼそぼそと呟くような小さな声が虚しく響いたが、2人とも全然気にしていない。

それは先程吹っ飛ばされたデルフが少し離れた茂みの中から愚痴る声と、ディーキンが腰に下げたエンセリックの低く呟く声だった。

 

「……おい娘っ子、俺はどうなるんでえ。

 おめーら爆発しろ……じゃなくて、いちゃいちゃしてるとこ悪いがよ、さっさと拾って泥を払ってくれよ」

 

「……羨ましい御身分ですね、コボルド君。

 そんな可愛い娘さんを乱暴に押し倒しておいて、嬉しそうに抱き締め返してもらえるとは。

 しかし、どうせ爬虫類の君では、柔らかい肌に包まれても十分には楽しめないでしょうし……。

 ここはひとつ、私を君と御嬢さんの胸の間に挟むとか、そのくらいの気を利かせてくれてもいいのではありませんかね……」

 

 

「……ねえ、シエスタ」

「はい? 何でしょうか、先生」

「王都の方に、ディーキンが演奏できそうな場所はないかな?

 ディーキンはもっといろんな人に、歌とかお話とかを聞いてもらいたいんだけど……」

 

稽古が終わって、一通り身なりを整え直して後片付けを済ませた後、ディーキンはそうシエスタに聞いてみた。

 

なお自分とシエスタの朝の仕事は、稽古の間に、影術の《従者の群れ(サーヴァント・ホード)》で呼び出した見えざる従者たちが済ませておいてくれた。

今でも雑用なんかに呪文を使うのは勿体ないと思ってはいるが、こうして使ってみるとなかなかに便利であることは否定できなかった。

お陰で自分が仕事をする手間が省けて、その時間を別な作業に当てられるのだから。

 

「え? 演奏……、ですか?」

「そうなの。ディーキンは頑張ってどこででも演奏させてもらえるようにしたいけど、ルイズたちに迷惑はかけたくないからね。

 ちっちゃなコボルドが演奏していても、文句を言われないような場所が、あったりしないかな?

 もちろん、無かったら無理にとは言わないけど……」

 

フェイルーンの普通の街なら、そんな都合のいい場所があると期待する方が間違っているだろう。

だがこのハルケギニアでは、あるいは単に運が良かっただけなのかも知れないが、召喚されて以来随分と良い扱いを受けられている。

だからちょっと欲張ってみる気になって、駄目元で彼女に聞いてみたのである。

 

ルイズらに聞いてもいいだろうが、街のことなら平民である彼女の方が詳しそうだ。

それに、なまじ権力のある貴族の少女たちに聞けば、あるいは気を遣って多少無理にでも力になってくれようとするかも知れない。

その結果彼女らの立場を悪くしたり、迷惑をかけてしまったりするようなことになるのは避けたい。

 

「……うーん、そうですね。

 私としては、先生のような方ならどこででもすぐに受け入れられるとは思いますけど……」

 

そうはいっても、確かにいきなり受け入れてもらうのは難しいかも……、とはシエスタも考えた。

 

自分だって、初めて彼の姿を見た時にはぎょっとして、外見で危険な亜人と判断して果物ナイフに手をかけてしまったのだ。

人々を落ち着かせて話を聞いてもらうことはきっとできるとは思うけれど、上手くいかずに騒ぎが大きくなってしまう危険性も否定はできない。

そうなった場合にルイズや学院の教師たちに迷惑がかかることを、彼は懸念しているのだろう。

 

王都の広場ではたまに芸人や詩人が来て商売をしているが、そんな不特定多数の人が通りがかる場所ではいつ騒ぎが起きるかも知れない。

ディーキンが安全だと広く知られるまでの間は、誰か彼の身元や安全性を保証してくれる人物が管理している場所が必要だろう。

とはいえ、亜人が役所や衛兵にかけあう……などというのは現実的ではなさそうだ。

ヴァリエール家の令嬢である彼の主人が仲介すれば別かも知れないが、それはシエスタが判断や保証をできる話ではない。

 

そうなると、どこかにいい場所はあっただろうか?

 

「………あ」

 

しばし思案していたシエスタは、ふとある場所と、そこに住む自分に近しい人々のことを思い出した。

あそこなら、間違いなく彼を受け入れてくれるに違いない。

そうすることであの人たちが迷惑を被る事もないだろう、むしろ益になるはずだ。

 

「……ン? 本当に、どこかいい場所があるの?」

 

ディーキンが目を少し大きく見開いて、そう尋ねる。

シエスタの様子から、彼女が何かいい場所に思いあたったのを察したらしい。

 

彼女は微笑んで頷いた。

 

「ええ。私の叔父さんと従姉妹が、トリスタニアで居酒屋をやっているんです。

 あの場所……、『魅惑の妖精』亭でしたら、先生を詩人として雇って、身分を保証してくれるはずですわ!」

 

それを聞いて、ディーキンはにこにこと顔を綻ばせ、手をこすり合わせた。

まさかシエスタの身内が王都で酒場を経営していたとは、何と素晴らしい偶然だろうか!

酒場は、バードが歌を披露するのにうってつけの場所のひとつだ。

 

そこでエンセリックが、横から口を挟む。

 

「ほう、酒場……? 『魅惑の妖精』亭ね。

 名前からするときれいな女の子などがいそうな感じですが、そういう場所ですか?」

 

シエスタは少し頬を染めて、ちょっと困ったように視線を泳がせる。

 

「え……と、その、はい。

 いえ、そんないかがわしいところではないのですけど、スカロン叔父様と従姉妹のジェシカは、その……、

 私とは、ちょっと考えが違って。少し型破りで……、でも本当にみんな、とってもいい人たちですから!」

「ほほう、なるほど?

 いやいや、そのようなよい方々とは是非会ってみたいので、行くときは私も連れて行ってもらいたいですね」

 

そんなシエスタのちょっと不審な様子と、エンセリックのやや浮かれたような声とに首を傾げていたディーキンだったが、少し考えて頷いた。

 

「うん、ディーキンも、是非紹介して欲しいの。

 ねえシエスタ、今夜一緒にトリスタニアまで行って、その人たちに紹介してもらえるかな?」

 

そうして二つ返事で了承してくれたシエスタとデルフにひとまず別れの挨拶をすると、ディーキンは満足したように笑みを浮かべて大きく伸びをした。

今日もまた、長く充実した、良い一日になりそうだ。

 

ディーキンはルイズを起こすべく、洗濯物を従者らに持たせると、水を汲んでから部屋へと戻っていった。

 

 

そしてその日の夜、シエスタと一緒に出かけたトリスタニアの『魅惑の妖精』亭で。

ディーキンはシエスタと同じ黒髪のアアシマールで、しかし彼女とは違って秩序の属性ではないらしいジェシカやスカロンに会って挨拶をした。

そして、毎日は無理でも、顔を出したときにはいつでも歓迎する、という言葉をもらうことができたのだった。

 

ちなみにエンセリックはというと、店で働く色とりどりのきわどい衣装を着た女の子たちを見て最初は喜んでいたようだったが……。

同じように露出が多く、型破りな姿と立ち居振る舞いをしたハーフオークのごとく逞しい中年男性のスカロン店長の姿を見てからは、口を噤んでいた。

生理的に、どうにも受け付けなかったらしい。

 

ディーキンとしてはユニークな恰好で面白いし、いい人だし、遥かにおぞましい外見の怪物なんて掃いて捨てるほどいるじゃないか、と思ったのだが。

まあ、怪物相手ならともかく、元人間のエンセリックだからこそ人間相手では受け付けない、ということもあるのかもしれない。

美しい少女たちが大勢いたにもかかわらず、次に来るときには私は連れてこなくていいですとまでいっていた。

 

さておき、この店でのディーキンの活躍ぶりは……。

それはまた、別の日のお話である。

 


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