Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第二十八話 Weapon Shop

 

武器屋の店内は、そろそろ夕方ということもあってだいぶ薄暗かった。

 

まあ、日当たり自体が悪い立地なので、昼間でもあまり明るくはなさそうだったが。

天井にひとつランプの灯りがともされており、普通の人間でもいちおう視界に困らないくらいの光量はある。

夜目が利くディーキンならば、このくらいの光があれば昼間と同様に何の支障もなく物を見ることができた。

 

店の壁や棚には所狭しと武器類が並び、立派な甲冑や紋章入りの盾なども飾られている。

 

ルイズは武器や防具に興味はないようで、それらをちょっと一瞥しただけであとは見向きもしない。

キュルケはふーん、というような顔で、煌びやかで高価そうな装飾付きの武器や防具を適当に眺めている。

タバサは意外とこういった物にも関心があるのか、本を閉じると手近な物を手に取ってじっくりと調べてみたりしていた。

 

「ン~……、」

 

ディーキンも、店内の様子を一通りきょろきょろと見渡して確認してみる。

 

一見すると結構な品揃えのようだが、少し注意して観察すると、どうにも胡散臭い店のように思えた。

まるで商品の細部を細かく観察して欲しくないかのような、乏しい明かり。

煌びやかで手入れのよい目立つ場所の展示品とは裏腹に、埃っぽい隅の方にはきちんと分類もせずに乱雑に積み上げられた商品の山。

 

なんというか、ウォーターディープのいかがわしい地区によくある、怪しい出自の品や違法すれすれの品を売る店のような雰囲気だ。

店が大通りから外れた、辺鄙で一般的な人の目の届きにくい場所にあるあたりもよく似ている。

 

よく考えたらただでさえ戦士の評価が低いらしいこの世界で、戦いと縁遠い修行中のメイジであるルイズが武器屋の質なんて判断できるとは思えない。

いやそれ以前に、彼女は多分この街の武器屋はここしか知らず、それも偶然知っていただけで入った事もないらしい雰囲気だった。

これだけ大きな街なのだから他にも武器屋はあるだろうし、後日自分でも他の店を探したりもしてみるべきかもしれない。

 

まあ、とはいえ……、こんな店にはろくな品がない、と決めつけるのは早計だろう。

 

こういう店だからこそ、思わぬ掘り出し物が見つかったりするかもしれない。

それにここは異世界なのだし、フェイルーンでの感覚に基づいた自分の判断が正しいとも限るまい。

そうでなくとも、今回はこの世界にはどんな武器や防具があるのかを見てみたいというのが主目的で、別に無理に何か買おうというわけではない。

大体まだ自分はお金を持っていないのだし、ねだればルイズが買ってくれるにせよあまり高い品に手を出すわけにもいかない。

 

ただ、無理に買う気はないとはいっても、商品の価値をしっかり見定められなくては困る。

しかるに自分の<鑑定>の腕前は、初めて訪れる異世界の、このような胡散臭い店で試すには、少々心もとないものだ。

 

(ウーン、ちょっともったいない気もするけど……)

 

ディーキンは少し迷ったが、密かに荷物の中から一本のワンドを手に取ると《鑑定の接触(アプレイジング・タッチ)》の呪文を解放した。

この呪文の効果さえあれば、そんじょそこらの胡散臭い店くらいでそう心配する必要もあるまい。

 

使い終わったワンドはそのまますぐに荷物の中に戻した。

1レベル呪文のワンドは使用回数50回で市価750gp(金貨750枚)だから、これで1回分、15gpの出費になったわけだ。

まあガラクタをバカ高い値で売りつけられるリスクを考えれば、このくらいは仕方のない必要経費だろう。

 

店の奥の方でパイプをくわえながら窓に鎧戸を下ろしている五十がらみの男が、どうやら店主らしい。

彼は来客に気付いてそちらを振り向き……、ぎょっとした様子でパイプを落とした。

学生とはいえ貴族が三人も、しかも得体の知れない亜人を伴って店に入ってきたのを見て、何か良からぬ事態を想像したらしい。

 

ますますもっていかがわしい店だ、とディーキンは思った。

何かやましい事がなければ普通、そんな過敏な反応はしないだろう。

 

さておき、店主はすぐに気を取り直してパイプを拾い上げると、ルイズらの方にずいと近寄ってドスの利いた声を出した。

 

「貴族の旦那方、言っときますがこう見えてもうちはまっとうな商売をしてまさあ。

 お上に目をつけられるようないわれはありやせんぜ」

 

ルイズは眉を顰めると、腕組みして胸を張った。

 

「何を勘違いしてるの。客よ」

「む……、こりゃあまた、貴族の方々が剣を?」

「違うわ。この子」

「はっ? へ、へえ……、こちらの、……亜人、の方で?」

「そう。私の……、使い魔よ」

 

紹介されたディーキンはとことこと店主の前に進み出ると、会釈して挨拶する。

 

「はじめまして、ディーキンはディーキンだよ。

 今日はちょっと武器とかを見せてもらいたくて来たの」

「………え、ええ、構いやせんとも。

 忘れておりました、最近は貴族の使い魔も剣を振るようですな」

 

店主は予想外のことで少し面食らっていたようだが、やがて気を取り直すと商売っ気が出てきたのか、そんなお愛想を言った。

ルイズはちょっと首を傾げてディーキンに質問する。

 

「私は剣のことなんか分からないけど、あんたはどうなの、ディーキン。

 武器は持ってるみたいだけど、良し悪しは分かるの?」

「うん、ディーキンは少しは分かってるつもりだよ。

 たくさんあるみたいだから、ちょっと見て回ってみてもいい?」

 

それを聞いた店主はほくそ笑んだ。

 

金をたんまり持っていそうな世間知らずの貴族のお嬢様たちと、自分では武器に詳しいつもりらしい亜人のガキが相手ときた。

これはいいカモだ。見てくれだけの御飾りか何かを、目一杯高く売りつけてやるとしよう。

 

「どうぞどうぞ、ごゆっくりと。

 ですが、よかったらこちらからもお勧めを紹介しやすよ。

 そこらに飾られてるような品物じゃあ、貴族の方の従者には不足かもしれやせんからね」

「そう? じゃあ、それもお願いするわ」

「へえ」

 

店主はルイズの了解を取り付けると、ぺこりと頭を下げてからいそいそと奥の倉庫に向かって行った。

キュルケはその後ろ姿を目を細めて見送ると、ふんと鼻を鳴らした。

 

「……何だか胡散臭い店主ね。大方、ろくでもないガラクタを奥から持ってきて売りつける気じゃないの?」

「あら、ゲルマニアの貴族は金にうるさいだけあって卑しい発想をするのね。

 トリステインにはそんないかがわしい店はそうそうないわよ」

 

キュルケはそれを聞いて呆れかえった。

この娘は純真というか、おめでたいというか。まったく世間知らずなことだ。

 

「ルイズ、あなたねえ。……まあいいわ、もう」

 

この様子ではどうせルイズに言っても逆効果だろうし、いざとなったらあの子の方にアドバイスしてやろう。

そう思ってディーキンの様子を窺うと、彼はいつの間にかルイズの傍を離れて、目立つ場所に飾られた大きな斧を調べながら首を傾げていた。

どこから取り出したのやら虫眼鏡などを使って子細に観察しているその様子がなんとなくかわいらしくて、キュルケはくすりと笑う。

 

「ウーン……」

「あら、ディー君。その斧が気に入ったの?」

 

そう話しかけながら、自分も近くにいって同じように斧を眺めてみる。

じきにルイズとタバサも気が付いて、同じように近寄ってきた。

 

ルイズはディーキンが調べている斧を見ると、露骨に顔をしかめる。

 

「ちょっとディーキン、斧持ちなんて格好悪いわ!

 確かにそれは大きくて立派な感じだけど、どうせ買うなら剣とかにしなさいよ」

 

ルイズの感覚では、斧などを使うのは蛮族かさもなければ樵である。

ゆえにおよそ平民の武器としても立派なものだとはいえない、と思っているのだ。

 

キュルケもそれにはおおむね賛成であった。

実用性はいざ知らず、いかんせんイメージ的に野暮ったいのは否めない。

そして大概の平民が用いる武器の『実用性』など、メイジにとっては誤差の範囲というのが、ハルケギニアでのごく一般的な常識だ。

である以上は、一流の貴族の身辺を守る使い魔が持つ武器であるならば、美しさ優先で選んだ方がよいであろう。

 

「そうね。それに、ディー君にはちょっと大きすぎないかしら?」

 

見たところ、この斧は普通の人間の男であっても両手で扱わなければならないくらいのサイズだ。

幼児くらいの背丈しかないディーキンにとっては大きすぎるだろう。

それにサイズの問題を別にしても、刃が大きくて分厚く、とても重そうである。

キュルケには自分がこれを持ってもまともに武器として振り回せるとは思えなかったし、ましてやディーキンのような小柄な者には……。

 

「イヤ、別にこれを買いたいってわけじゃないの。

 ただちょっと、変わった斧みたいだから気になったんだよ」

 

ディーキンは無造作に片手で刃の部分を掴んで斧をひょいと持ち上げると、ひっくり返したりして色々な角度から眺めてみた。

それを見て、キュルケはびっくりして目を丸くする。

 

この子には、外見に反して凄い腕力があるのか?

それともこの斧が、見かけよりも大分軽いのだろうか?

 

「………。その色、何かの魔法?」

 

斧とディーキンを交互に見つめていたタバサが、少し考え込んでそう聞いた。

 

この斧は変わった色合い……、美しい光沢のある漆のような黒色をしている。

自分は『土』のメイジではないので鉱物にそう詳しくはないが、普通の鉄などとは明らかに違った、風格を感じさせる色だ。

そういった点に興味を惹かれたのかと思ったのである。

ディーキンがこの重そうな斧を軽々と持ち上げられた理由も、特別な材質や魔法によるものだとすれば説明が付く。

 

タバサが試しに触れてみると、斧からは僅かな魔力が感じられた。

魔法の品であれば、タバサ程の使い手ならディテクト・マジックを使わずとも僅かな魔力は感じられる。

とはいえ何らかの魔法が掛かっているのは間違いないが、それが特別な魔法なのかどうかまでは触れただけではわからない。

少し上等な武器にはよく施されているただの固定化なのかもしれない。

 

ディーキンはそれに対して、首を横に振る。

 

「ううん、違うと思う。ディーキンも最初はそうかもって思ってたけどね。

 ディーキンが今気になってるのは、形の方なの」

 

ディーキンは最初、この斧の高級そうな漆黒の色合いを見て、もしやアダマンティン製かと興味を持って調べ始めたのだ。

しかし実際に近くで見て触ってみると、材質は赤銅(しゃくどう)であることがすぐに分かった。

赤銅は銅と金の合金であり、主に装飾などに用いられるものである。

 

そのような実用本位とは言い難い金属で作られている以上、これが実戦的な目的の品とは思えない。

ゆえに、威力や命中精度を強化するような魔法も付与されているとは考えにくい。

少なくともフェイルーンでは、元が高品質な武器でなければわざわざ魔法を施して強化したりはしないものだ。

一応永続化してある《魔法感知(ディテクト・マジック)》で調べてみたが、ひとつだけかけられている魔法の強度はごく弱いものだった。

オーラの強度や系統からみて、おそらく大した腕ではないメイジによって、固定化とやらが施されているだけだろう。

 

それきり興味を無くしかけたが、一応もう少し調べてみた所、品質はいざ知らず何やら変わった造りの斧だということに気が付いた。

明らかに両手持ち専用の大斧だが、戦闘用にしては随分と扱いにくそうな形状と重量バランスをしているし、かといって伐採用の斧でもないようだ。

 

それで今は、一体どんな用途に使うものなのか、何か手がかりがないだろうかと調べまわしているところである。

 

「………ン?」

 

ディーキンはふと、斧の中央部辺りにやや不格好で周囲と不調和な、奇妙に盛り上がった部分があるのに気が付いた。

 

虫眼鏡で注意深く眺めてみると、どうやら文字か何かがそこに彫られていたのを、後から金属を流し込んで埋めた跡のようだった。

しかし埋め方がぞんざいで、虫眼鏡で細かく見ていくと部分的に判読できる箇所が残っている。

 

「――――『神の名において……汝ら罪なし』、……?

 ウーン、どういう意味かな?」

 

ディーキンが何をそんなに熱心に調べているのかと怪訝そうに見ていたルイズが、それを聞いて首を傾げた。

 

「何よそれ、お祈りの言葉みたいね」

「お祈り……?」

 

それを聞いて、ディーキンはぴんと閃いた。

 

「……オオ、お祈り! 

 それだね、おかげでよくわかったの。ありがとう、ルイズ」

「はっ?」

 

きょとんとしているルイズをよそに、ディーキンはウンウンと頷いた。

 

つまりこれは、処刑台に固定された罪人の首や胴に振り下ろし、両断するための処刑用の斧に違いあるまい。

台に固定されて動かない罪人に対して振り下ろし、間違いなく一撃で切断することだけに特化しているから、他の斧とは造りが違っていたのだ。

動き回る敵と戦う分には重量バランスが悪く重すぎて扱いにくいが、無防備な標的に対し振り下ろす分には大きな威力が出せる。

 

赤銅で作られているのは処刑を見世物として映えさせるためか、あるいは罪人の最後を飾ってやろうと言うせめてもの慈悲ゆえといったところだろうか。

斧に彫られた祈りの言葉は、処刑人ないしは罪人のために捧げられたものか。

そして忌まわしい血糊に長々と触れるのを嫌う処理係が多少処理を疎かにしても錆びついたりしないよう、最低限の固定化を施してあるのだろう。

 

……しかし、元は処刑に使われていたような斧をどこからか引き取ってきて、細工をして出自をごまかして売るとは。

やはりここは、少々いかがわしい店であるらしい。

まあディーキンとしては出自が多少不穏であるくらい大して気にはしないのだが、この分では他の商品にも油断はしない方がよさそうである。

 

そんなことを考えている間に、店主が奥から品物を持って戻ってきた。

ディーキンは斧を元に戻すとルイズと一緒にそちらの方にてってっと移動していった。

 

 

ディーキンが店主の方に向かうと、キュルケとタバサはそそくさと斧の傍に寄って、重さを確かめてみた。

 

おおむね、外見から予想できる通りの重量だった。

キュルケにとっても振り回すには重すぎるし、小柄で非力なタバサでは相当力を込めてやっと持ち上がる代物だ。

 

2人は顔を見合わせる。

 

「やっぱり見た目通りすごく重いわね、コレ」

「重い」

「ディー君てあんななりで、すごい力持ちだったのね。

 よく考えたら亜人なんだから、人間よりずっと力持ちでも不思議はないけど」

「……そうかもしれない」

「それに、さっきの斧を熱心に見てる様子なんてかわいいだけじゃなくて知的な感じもあったわ。

 本を読んでる時のあなたといいい勝負かも。

 まあ、あなたのお相手が頼りになる男の子で、私も安心ね?」

 

からかうようにそう言うキュルケに対して、タバサは若干苛立ったように眉根を寄せて首を振る。

 

「……勘違い」

 

そう、勘違いだ。

そうにきまっている。

 

タバサは内心で、自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。

 

 

少し離れた場所でのそんなやりとりをよそに、店主は持ってきた商品をルイズに紹介し始める。

ディーキンの体格に合わせて小さめの武器をいくつか見繕ってきたようだ。

 

最初に彼が見せたのは、一メイルほどの長さの細身の剣だった。片手持ち専用らしく柄が短く、護拳が付いている。

分類としては細剣(レイピア)にあたるだろう。急所を突く戦い方に適した、片手持ち専用の軍用武器だ。

 

「昨今は『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊がここらの貴族の方々のお屋敷に度々襲撃をかけてはお宝を盗みまくっておるそうで。

 宮廷の貴族の方々の間でも、警戒して下僕にまで剣を持たすようになってきておるようですな。

 そういった方々がよくお求めになるのが、このようなレイピアでさあ」

「ふうん……」

 

ルイズは特に興味のない話に気のない相槌を打ちつつ、その武器をじろじろと眺めた。

武器を買うこと自体にあまり気乗りはしないが、どうせ買ってやるならいいものを持たせたい。

 

もちろんルイズには、武器としての良し悪しなどがわかるわけではない。

彼女としては、どうせ使う機会などそうそう無いだろうし余程の魔剣か凄腕のメイジ殺しでもなければ武器など大して頼りにはならない、と考えている。

別に少しばかり切れ味が良かろうが悪かろうが大差ないのなら、貴族として恥ずかしくない見た目かどうかを吟味すればよい。

 

まあもちろん、自分が気に入ってもディーキンが嫌なら仕方がないわけだが……、

ちょっとは主人らしくアドバイスしてやれたら、と思っているのだ。

 

さて、ルイズが見たところ、このレイピアにはなかなかきらびやかな模様がついている。

それなりの身分の貴族が近衛に持たせても、恥ずかしくなさそうな綺麗な剣だった。

少なくとも、ディーキンが今持っている武器よりも見た目は確実にいい。

この子には少し大きめかも知れないが、刀身が細く、軽くて扱いやすそうだし、なんとかなるのではないか。

 

そこまで考えてから、ルイズは剣を手に取ってしげしげと眺めているディーキンに声を掛けた。

 

「どう、ディーキン。その剣は気にいった?」

「ン~……、ダメ。これはディーキンには使えないよ。もしもお芝居とかで使うのなら、綺麗でいいけどね」

 

それを聞いた店主はぴくりと眉を動かし、ディーキンの方へ身を屈めて、ずいと顔を突きつけるようにして話し掛ける。

 

「お客さん、お言葉だが、剣と使い手にゃあ、相性ってもんがある。

 その剣は力のない者でも軽くて扱いやすい、だからお客さんみたいな小さい方にはよく合うと思うんですがね。

 一体何が駄目だってんで?」

 

ディーキンは少し首を傾げると、間近の店主の顔をじっと見つめ返しながら返答する。

 

「いや、別に剣が悪いんじゃなくて、ディーキンはあんたたちよりも小さいからダメってことなの。

 その剣は片手で持って、敵の急所をさっと突き刺す武器でしょ?

 けどディーキンがその長さを持つのは、片手じゃ無理だよ」

 

腕力的には片手でも、もちろん問題なく持てる。

 

だが、どんなに腕力があろうと、長さや体積の問題はそれとはまた別だ。

ディーキンの体格だと、この剣は片手持ちでは身体の大きさと武器の長さとのバランスが悪すぎて、まともに扱えない。

レイピアの扱い方自体はディーキンも心得ているが、小型サイズの種族用のもっと短い物でないと駄目だ。

 

また、調べた限りでは、武器としての作りもごく平凡なようだった。

魔力もやはり、固定化とかいう物が掛かっているだけだ。

 

先程言ったとおり、お芝居の小道具として使うなら見栄えがするのでいいかもしれないという程度か。

ディーキンはバードなので芝居で使うというのもそうそうありえない話ではなく、その意味では買っても悪くはないかもしれない。

ただしそれは金に余裕がある時ならであって、今買ってもらうような代物ではあるまい。

 

「………。ですが、体が小さい分、手も小さいはずですぜ?

 普通の人間ならたしかにこの長さの柄は片手持ち専用ですが、お客さんなら両手で持てるでしょう」

「イヤ、柄の長さとか手の大きさとかだけの問題じゃないの。

 そんな細い剣を両手で振り回して叩きつけたり、思いっ切り突き刺したりしたら、すぐ折れると思うの。

 もし両手持ちで使うんだったら、槍みたいにもっと丈夫なつくりでないと」

「む……、」

 

店主は渋い顔で少し考えていたが、やがてゆっくりと体を起こして軽く頭を下げた。

 

「……なるほど、そいつは気付きやせんで失礼しました。

 どうもお客さんみたいに体の小さい方は初めてだったもんで、うっかりしとったようです。

 では、こちらはいかがで?」

 

店主はそう言って、奥から持ってきた荷物の中からまた別の武器を取り出した。

先程のレイピアと同じくらいの長さで、丁寧に装飾された、鳥を模したような優雅で美しいデザインの両刃の長剣(ロングソード)だ。

 

これもルイズは、一見してなかなか気にいった。

それに、確かにこれならば、両手で持って振り回してもそうそう折れたりはしなさそうに見える。

 

「どうです、綺麗でしょう?

 だがこいつはただ見てくれがいいってだけじゃねえ、滅多に無い業物でさあ。

 ちょっと持ってごらんなさい、他の武器との質の違いが分かることでしょう」

 

ディーキンは店主の言葉に頷いてそれを受けとると、ちょっと首を傾げて、しげしげと観察してみた。

それから剣先を指でトントンと叩いてみたり、軽く振ってみたり、していたが……。

 

やがて、首を振って剣を返した。

 

「ンー……、駄目。

 これは、ディーキンが小さいからとかじゃなくて、本当にお芝居用の剣だよ。戦いには使えないと思うの」

「……。そりゃあ、また、どういうことで?」

 

また顔をしかめて、少し苛立ったような声で問い質す店主。

 

タバサは興味を持ったのか、つと近寄って、自分もその剣を手に取ってみた。

なるほど、確かに店主の言ったとおり、持つと並みの剣と違って、手にしっくりくる感じがする。

とても取り回しやすく、自分のように小柄で非力なものでも扱えそうだ。

 

だがディーキンは、これは駄目だ、お芝居用の剣だと言っていた。

 

「……なぜ?」

 

端的に問い掛けるタバサに、ディーキンはちょっと首を傾げて、理由を説明していった。

 

「この剣が手にしっくりくるのは、重心が下の方にあるからだよ。

 剣先の方が凄く軽いから振り回しはしやすいけど、こういう剣だったらふつう、重心はもう少し上の方にあるものなの」

 

この剣を持ってすぐにそういった違和感を感じたディーキンは、まずは軽量化などの特殊な魔力が掛かっているのかどうかを確認してみた。

だが、かかっている魔力はやはり先程のレイピアと同じで、微弱な固定化だけのようだった。

 

そこで次に剣先を指でトントンと叩いてみると、どうやら刀身が鋼ではなく何か非常に軽い金属でできている上に、中空であるらしいことが分かった。

こんな刀身では、叩き斬ろうとしても力が乗らずまともなダメージを与えられないだろう。

それどころか、刀身の方が曲がったり折れたりしてしまうかも知れない。

 

さらに加えていえば、この剣の一見美しいデザインや形状も、おおよそ実戦向きの剣とはかけ離れていた。

 

そこまで確認すれば、結論を出すのには十分だ。

この剣は明らかに実用品ではなく、舞台での見栄えを考慮して美麗なデザインを施し、非力な役者でも持てるように刀身を軽くした演劇用。

さもなければ、壁にでもかけておくための展示用であることは明らかだった。

そういった意味での用途なら駄目というわけではないが、やはり今買いたいというような物ではない。

 

その説明を聞いて、納得した様子で小さく頷いたタバサ。

いささか意外そうな、感心したような様子で、横で聞いているルイズとキュルケ。

 

そして、内心で悪態をつきながら、渋い顔をしている店主。

 

(……クソッタレが。このガキ、思ったより手強いじゃねえか!)

 

ガキっぽい亜人のくせに、予想外に武器に詳しいようだ。

 

だが、絶好のカモを目の前にしてこのまますみすみ引き下がるわけにはいかない。

確かに予想外だったが、相手は所詮はガキ、こっちはプロなのだ。

 

こいつらの財布の中身は絶対に掠め取ってやるぞ……と、さらに闘志を燃やして。

店主はまた、このガキを上手く騙すことのできそうな代物はなかったかと、持ってきた商品の束を物色し始めた。

 

(フンフン? まだ何か、面白いのが出てくるのかな?)

 

一方ディーキンとしては、せっかく来たのだから、この店をもっと楽しんでやろうと言う気分になってきていた。

 

最初は胡散臭い店だと思っていたし、今も思っているが……。

買う買わないはともかく、いろいろと変わったものが出てきて結構面白い。

冒険中に遺跡の一室を何かないかと探し回っている時のようなワクワク感があった。

そういうのはたとえお宝はなくても往々にして当時の面白い小物や住人のメモ帳なんかが出てきたりして、やってるとなかなか楽しいのだ。

 

そして、そんな彼の様子を、乱雑に積まれた武器の陰からじっと窺う“物”がいた……。

 





アプレイジング・タッチ
Appraising Touch /鑑定の接触
系統:占術; 1レベル呪文
構成要素:音声、動作
距離:術者
持続時間:術者レベル毎に1時間
 術者は呪文の持続時間の間、接触している物体に対する直観的な洞察を得ることができる。
対象の物体に接触している限り、術者はその物体の価値を判断するための<鑑定>の判定に+10洞察ボーナスを得る。
また、たとえこの判定に失敗したとしても、術者が対象の物体の価値を±50%の範囲を超えて誤って見積もることはなくなる。
この方法で価値を鑑定するには、調べる対象1つにつき2分の時間がかかる。

アダマンティン(Adamantine):
 隕石の中や魔法的な土地に稀に見られる鉱脈などでしか発見されない、光沢のある美しい漆黒色の希少な金属。
かの有名なミスラルさえ凌駕する地上最硬の金属で、その強度はアメリカ陸軍主力戦車M1A2エイブラムスの装甲にも匹敵(参考:d20モダン)するとされる。
この金属を用いて作成された武器には、より劣る物体の硬度を無効化することができる天然の能力が備わる。
また、この金属で作成された鎧は着用者にダメージ減少の能力を与えてくれる。
アダマンティンの硬度は20(ミスラルは15、鋼鉄は10)で、厚さ1インチごとに40(ミスラルおよび鋼鉄は30)ヒット・ポイントを持つ。
アダマンティンの刃にかかれば、鋼鉄はおろかミスラルでさえも紙のように容易く斬り裂かれてしまうのだ。
 アンダーダークのドロウの中には、この優れた金属でできた武器を使用しているものがかなり多い。
しかしそれらは地上のアダマンティンとは違い、陽光に晒されると次第に脆くなっていき、ついには崩壊してしまうという奇妙な特性を持っている。
有名な『ダークエルフ物語』の主人公ドリッズト・ドゥアーデンも、アンダーダークで暮らしていた頃には2本のアダマンティン製シミターを持っていた。

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