Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百六十三話 Channeling

 

「じょ、助手?」

 

 私が、あなたの?

 ……と、戸惑った様子のタバサの手を、しっかりと握って。

 きらきらした目で彼女の顔を見上げながら、ディーキンは熱っぽく話を続けた。

 

「そうなの。タバサは、助手に相応しい人だと思う。それに、名前もいい感じだよ。頼りになる助手にぴったりだね!」

 

 彼が異世界で学んできた『裁判で勝つコツ』によると、裁判の際に頼れる助手の女の子は、概ね発音三つくらいの短く簡潔な名前であることが多いのである。

 たとえば、マヨイとか、ハルミとか、ミヌキとか。

 

 それからタバサとか。

 

「な、名前……?」

 

 わけがわからず困惑した彼女の様子を見て、ディーキンは目をしばたたかせて首を傾げ。

 それから、やや恥ずかしげに頬を掻いた。

 

「……ええと、ごめんなの。タバサみたいな頭のいい人には、バカバカしいって思われるかもしれないけどね。でも、ディーキンには裁判って、初めての経験だから。まずは、形から入るのも大事だと思うんだよ!」

 

 武道はまず基本の型を覚え、音楽は楽譜の通りに曲を弾き、料理の初心者は、きちんとレシピの通りに作る。

 まだ不慣れなうちから変に背伸びしてアレンジを入れようとするのは、失敗するもとだ。

 

「……」

 

 わけがわからず、本当に大丈夫なのかと不安になりもしたが。

 自分はこの人にどこまでもついていくと決めたのだし。

 これまでの経験からいっても、彼は裁判を成功に導くために、いま話している以上のことを密かに考えてくれているのだろう、きっと。

 タバサはそう結論を下して、こくりと頷いた。

 

 そんな二人をよそに、ウィルブレースはディーキンから手渡された二枚の通行許可証に、慎重に目を通していた。

 

「ふむ、裁判が行われるのは……。バートルの第四階層プレゲトスのアブリモク市にある、デヴィル裁判所の第十七法廷、……ですか」

 

 それは、概ね予想した通りだった。

 

 ウィルブレースの知識によれば、売魂契約の条項によって誤った有罪判決を受けたと主張する魂はみな、アブリモク市にある裁判所で判決を言い渡されるのだと聞いている。

 地獄のかなり奥まで入らねば辿り着けない場所で、バートル外から弁護に向かう代理人にとっては親切な立地ではないのだが。

 

 また、この通行許可証は第一階層のアヴェルヌスから階層をまたいでそこまで向かう特定の移動ルート上のみを、通行を許可する対象としているようだった。

 さらに、許可証が有効なのは裁判が行われている間とその前後の、さほど長くない期間のみ。

 それは当然のことで、デヴィルが望ましからぬ来客に対して快適な短い旅路を用意してくれるはずもないし、余所者が必要以上に長く自分たちの本拠地へ滞在していることを認めるはずもない。

 彼らは地獄の法と原初契約の条項に違反しないだけのものは用意しなくてはならないが、逆に言えばそれを満たすのに必要十分な最低限のものだけが、彼らから期待できるすべてなのだ。

 

「ウーン……。地獄の四番目の階層、っていうと……、遠いんだろうね」

 

 ディーキンは、そう言って眉根を寄せた。

 

 以前にボスや仲間たちと共にバートルの第八階層・カニアを旅したことはあるが、あの時は物質界から直接そこへ送り込まれたのであって、第一階層から順に歩いて向かったというわけではない。

 バートルのそれぞれの階層は、それだけでひとつの世界といってよいほどの大きさを誇っていると聞く。

 第一階層から第四階層までの移動はあまりにも長く、そして危険なものだろう。

 

「ええ。ですが、こちらも馬鹿正直に指示された通りのルートを移動することはありませんよ。ここは《次元門(ゲート)》を使って、直ちに目的地へ到着するべきかと」

 

 その呪文を用いれば、特定の次元界の指定した地点へ正確に通じる、一時的な門を開くことができるのだ。

 高度な呪文だが、プラネターである『眠れる者』ならば唱えることができよう。

 帰還の際も、裁判が終わり次第連絡を取ってハルケギニア側から同じように《次元門》を使ってもらい、それを通ってさっさと帰ればよい。

 

「ただ、デヴィル裁判所内部やその至近に直接他次元界から出入りしたのを見咎められるのは、あまり好ましくありません。そのような移動が許可されていないと難癖をつけられて、当局に拘束などされてはたまりませんから。帰路はともかく行きはアブリモク市の近辺につないで、そこからは直接移動するのがよいでしょうね」

 

 ウィルブレースのその提案に対して、ディーキンも同意した。

 

 もちろん、その際にはバートルに入り次第、なるべく早く通行許可証に指定されているルート上に乗って、後はそこを通っていくのが望ましいだろう。

 ルート外にいるのをデヴィルの警備隊に見咎められれば、おそらく不法侵入者扱いされる。

 地獄の法は、とにかく融通が利かないのだ。

 特に、そうすることでデヴィルの利益になる場合には。

 

 その一方で、タバサは困ったように軽く顔をしかめていた。

 

(『プレゲトス』……『アブリモク』に……、『ゲート』?)

 

 大まかな想像くらいはできるものの、ところどころに理解できない単語が混じっているせいで、正確な話の内容はさっぱりわからないのだ。

 もうすぐまったく未知の、危険極まりない世界であろう地獄とやらに踏み込もうかというのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか。

 もちろん、同行するディーキンにはわかっているだろうが、向こうでなにか理解できないことが出てくる度に、彼に詳細な説明を求めるというわけにもいくまいし……。

 

「タバサ、あなたのご意見は?」

「……ない。わたしには、よくわからない」

 

 話を振られたタバサは小さく首を横に振ってそう答えると、ウィルブレースの方に向き直って言葉を続けた。

 

「だから、旅立つ前に先ほどあなたが提案してくれたことをお願いする」

 

 それを聞いて、ウィルブレースは嬉しそうに目を細めた。

 

「まあ。そう言っていただけて、光栄です。ええ、それが最善でしょう」

「ウン?」

 

 ディーキンが何のことかわからずに、きょとんとして首を傾げたのを見て、ウィルブレースがくすりと微笑んだ。

 

「いえ。あなたが来る少し前に、タバサと少し手合わせをさせていただいていたのですが。私にも彼女にも、お互いにまだ知らないことがたくさんあるようでしたのでね。できれば体と心とを重ね合わせて、互いのことをもっとよく知り合えれば、と思いまして――」

 

 そう言われてもすぐにはピンとこなくて、少し考え込んだが。

 ややあって思い至った。

 

「……アア。それって、もしかして『チャネリング』っていうやつのこと?」

 

 悪しきフィーンドの中には、霊体となってクリーチャーや物体に乗り移る、『憑依』と呼ばれる能力をもつ者たちが存在する。

 乗り移ったものを変質させ、支配して、自分たちの邪な目的のために利用するのだ。

 

 善なるセレスチャルにはもちろん、そのような行為は許されない。

 だが、中には憑依と類似した能力を持ち、双方が心から合意し歓迎する場合にのみ一時的に定命の存在と一体となることで、己の力を貸し与える者たちがいるという。

 セレスチャルのもつそのような能力は、一方的に相手を支配しようとするフィーンドの憑依とは区別する意味で、『チャネリング』と呼ばれている。

 自分もまだ、実際に見たことはないのだが……。

 

「ええ、そうですよ」

 

 一般的なトゥラニ・エラドリンには、チャネリングの能力はない。

 だが、ウィルブレースは元は定命の種族のバードであり、セレスチャルとなった後も地上の英雄たちの物語をその目で見届け続けたいという思いが強かったことから、自ら望んでこの能力を習得していた。

 

 とはいえ残念ながら、さすがにタバサがエラドリンである彼女を乗り移らせたままの状態でバートルに赴き、デヴィルどもの法廷に乗り込んでゆく、というわけにはいくまい。

 そのようなことをすれば、要らぬ問題を招くだけだ。

 上位のデヴィルの中には、常に《真実の目(トゥルー・シーイング)》の疑似呪文能力を発動しておくことができるような者もいる。

 チャネリングは間違いなく見抜かれて、裁判の前に放逐されてしまうだろう。

 秩序と悪の支配するバートルの地に、最も歓迎されざる混沌と善の来訪者であるエラドリンを宿主として踏み込ませたなどということが知られれば、即座に問答無用で攻撃されてしまう可能性も高い。

 

 それでも、事前にチャネリングをしておくことで互いの記憶にアクセスし合い、現地で必要になるであろう情報やデヴィルの手口に関する知識などをタバサに与えておくことはできる。

 そうすることによって、口で説明するよりも遥かに正確に、膨大な量の情報を伝えることができるだろう。

 ウィルブレースにとっても、この世界や自分と会う前のディーキンらの冒険などについて、より詳しい知識を得ることができる機会になる。

 

 タバサにとっては、これまでたびたび翻弄されてきたディーキンの世界の魔法や、そこに住む生物の持つ特殊能力などについて、詳しく知る機会になるというのもありがたかった。

 自分が彼らに対抗できないのは、力量の不足と言うこともあろうが、知識の不足による面も大きいのではないか、と常々思っていたのだ。

 だがもちろん、自分の記憶を他人に余すことなくすべて開示することになる、という点では抵抗があった。

 が、ウィルブレースが悪意のない相手であることは間違いないのだし。

 しばし考えた結果、この提案はやはり受け入れるべきだ、という結論に達したのである。

 

 ディーキンは二人からそういった説明を聞くと、非常に興奮した様子できらきらと目を輝かせながら、ぜひやるべきだとタバサに勧めた。

 

「それは、すごくいい案だよ! それをやっておけば、間違いなく裁判に勝てるの!」

 

 ディーキンが異世界で学んできた裁判で勝てるコツ、その2。

 助手による特殊な能力、例えば自分の体に他人の魂を憑依させる等の能力の使用は、裁判において大変に有効である。

 

 

「……」

 

 ウィルブレースを、己の体に憑依……もとい、チャネリングさせたタバサは、しばしぼうっと自分の手を見つめ。

 それから、ぴょんぴょんと跳ねてみたり、そのあたりの石を拾ってみたりした。

 

 信じられないほどの力が、体に漲っている。

 

 試しに軽く意識を集中させてみると、たちどころに神秘的な防護の力を持つオーラが自分の体を包んだ。

 その次の瞬間にはふっと体が消えて、50メイルも離れた場所に瞬間移動した。

 口を開くと、自分の喉から出たものとは信じられないような天上の音楽が自然に喉から流れ出して、強力な呪歌となる。

 少し離れたところにあった岩になんとなく視線を向けると、たちまち眩い稲妻が迸って、それを打ち砕く。

 手の中にある石ころに力を注ぐと、それはリスになって、自分の手から飛び出していく……。

 

 そうして一通り試してみたタバサは、内心で軽く溜息を吐いた。

 

 さっきはこんな能力をもっている相手に挑んでいたのかと思うと、自分が滑稽に思えてくる。

 これではどう頑張っても、最初から勝てる道理がなかった。

 

(それでも、手の内がわかれば)

 

 彼女に勝つのは無理でも、下級から中級程度までのデヴィルやデーモンくらいなら、やり方次第でなんとかなりそうには思えた。

 

 ついでに、『ペプシマン』とか『ナルホドくん』とかいうのが何者かについても、(それが役に立つかどうかはさておいて)ウィルブレースを通して知識を得た。

 これまでには想像もしなかったような世界があるということを知って、なんとも言えないような気分になったが。

 とにかく世界というものが、これまでの自分が知っていたよりもはるかに広いということを、はっきりと実感できたということだけは確かだ。

 

「ねえ、タバサ?」

 

 ふと見ると、何やら悪戯っぽい笑みを浮かべたディーキンが、傍に来ていた。

 

「なに?」

「前にも聞いたけど、ディーキンが筋肉モリモリマッチョマンの“ザ・ディーキネーター”って名前にしたら、どうかな。カッコいいと思わない?」

 

 タバサは首を傾げると、ウィルブレースの記憶を探って。

 

「……あすたらびすた、べいびー。それだったら、“ディートリックス”のほうが合ってると思う」

 

 ぐっと親指を立てて見せながら、そう答えた。

 ディーキンは感心した様子で、しきりに頷く。

 

「オオ、なるほど!」

「ただ。そもそもあなたには、ディーキンが一番似合っているけど……」

 

 そう付け加えながら、タバサは微かな笑みを浮かべた。

 こうして彼の話がいくらか理解できるようになったのも、自分にとっては大きな収穫に違いない……と、考えながら。

 





チャネリング:
 セレスチャルがある種の呪文や能力によって定命の存在と一時的に一体化することを、チャネリングという。
フィーンドの憑依とは違い、チャネリングはセレスチャルと定命の存在の双方が同意している場合にのみ機能し、どちらの側であってもそれを望まなくなった時点で直ちに解除できる。
セレスチャルは、属性が善でない定命の存在にはチャネリングを絶対に許可しない。
チャネリングを行っている間、対象となった定命の存在はそのセレスチャルが持つすべての技能、超常能力、疑似呪文能力を使用でき、能力値が十分に高ければセレスチャルが取得している呪文を発動することもできる。
また、チャネリングされている最中の【知力】【判断力】【魅力】は、セレスチャルのそれよりも5ポイント低い値もしくは定命の存在の本来の値の、どちらか高い方になる。

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