Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百六十一話 Holy Avenger

 

(フォーム……、『アタロ』……?)

 

 タバサは、一体何の話かと怪訝に思ったが。

 

「さあ、実戦形式なのですから、どうぞご遠慮なく。大怪我を負いかねないような攻撃を仕掛けてこられても、恨みはしません」

「……わかった」

 

 ウィルブレースからそう言われると、小さく頭を振って気持ちを切り替えた。

 

 彼女やディーキンがたまによくわからないことを口にするのは、今に始まったことではない。

 ともかく、あの構え方から察するに、剣を使った戦闘の流派とかスタイルとかのことなのだろう。

 なんであれ、その戦い方をしっかりと見極めて、そこからなにかを学び取らなくては。

 

「そちらも、遠慮はしなくていい」

 

 タバサのその申し出に、ウィルブレースはにっこりと微笑んで見せただけで、何も答えなかった。

 

 さて、現時点での互いの距離は、十五メイルかそこらは離れている。

 さすがに、一足では斬り込んで来られまい。

 この間合いを保ちながら、まずは相手の出方を窺ってみる、という手もあるが……。

 相手はディーキンと同じ異世界の術の使い手、これまでにある程度はその力を見たとはいえ、まだまだ未知の部分も多い。

 好き勝手に動かせていたのでは、何が起こるかしれない。

 ここは先に仕掛けて相手を受けに回らせ、戦いの主導権を握らなくては。

 

 一瞬でそう考えをまとめたタバサは、即座に呪文の詠唱を始めた。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス……」

 

 敵に詠唱を気取られぬよう、杖を持つ手の動きは小さく、唇の動きも見せないようにして、言葉を紡いでいく。

 普通の貴族はまず使わない、ガリアからの任務をこなしていく中で身につけた、実戦的な詠唱法だった。

 

 対するウィルブレースは、剣を構えたまままったく動かず、一言も発さずに、ただじっとこちらを見つめたままだ。

 まずは相手の出方を窺おうというつもりなのだろうか。

 いずれにせよ、そのために長い詠唱を必要とする高レベルな呪文を準備するだけの十分な時間が得られたことは、タバサにとっては好都合だった。

 

「……イーサ・ウィンデ」

 

 呪文を完成させて杖を掲げるや、激しい渦巻く魔力と風が渦巻き、無数の矢がタバサの周囲を回転しながら放たれて、四方八方からウィルブレースめがけて襲い掛かっていく。

 さらに。

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・アース」

 

 間を置かずにすぐさま後方に飛びながら、再度の詠唱と共に杖を振るい、地を這う氷でウィルブレースの足を捕らえようとする。

 

 要するに、先ほどの訓練で用いたのとまったく同様の仕掛けだった。

 芸はないものの、先ほどは数本の枯れ木を同時に対象にしていたのに対して、今度はただ一人の相手に向かって同じだけの攻撃が殺到するのだ。

 枯れ木と違って動き回ることができるとはいえ、到底避けきれるものではあるまい。

 

 対するウィルブレースは、さっと周囲を見回して不敵な笑みを浮かべると……。

 逃げようとするでもなく剣をその場に突き刺して、両手を大きく広げた。

 

「無限のフォースを!」

「……!!」

 

 途端に、彼女の両の掌から青白い閃光を放つ眩い電撃が迸る。

 電撃は網の目のように拡がると、今まさに彼女に向けて襲い掛かろうかとしていた周囲の氷の矢を、地を這って迫る氷床を一瞬のうちに撃ち砕き、融かし尽くした。

 

 これはもちろん、暗黒面のフォースによる電撃……などではなくて、《連鎖電撃(チェイン・ライトニング)》の疑似呪文能力によるものだ。

 

「ふっ!」

 

 ウィルブレースは軽く体をひねりながら氷の矢がなくなった方向へ跳んで、砕き切れなかった残りの攻撃を難なく避けた。

 そうしながらさきほど地面に突き刺した剣に向けて手を伸ばすと、それはふわりと浮かんで彼女の方へ向かい、再びその手の中に納まる。

 

 タバサはそれを見てかすかに顔をしかめながらも、すぐさま杖を構え直して次の詠唱に移ろうとしたが。

 ウィルブレースはそんな彼女の方に向かって、無言で軽く腕を突き出す。

 

「!?」

 

 途端に、目に見えない、恐ろしく強い力がいきなり体に掛かって、タバサは数メイルほど後方に突き飛ばされた。

 フォース・プッシュ……、ではなく、《念動力(テレキネシス)》の疑似呪文能力によるものだ。

 

 どうにか転倒を免れて体勢を立て直した彼女は、次いでウィルブレースが凄まじい早さでこちらへ跳び掛かってくるのを見て、軽く目を見開いた。

 彼女はタバサが最初の詠唱を行っていた間に精神を集中させて身体強化のフォース……、もとい、《加速(ヘイスト)》の疑似呪文能力を引き出すことで、自らの速度と跳躍距離とを大幅に増大させていたのである。

 

「っ……!」

 

 呪文を用いた回避は、間に合わない。

 タバサは反射的に背後に跳びながら、杖とは逆の手で握った剣をかざすことで、その攻撃を受けようとした。

 

 がきぃぃん、と、金属同士が打ち合う高い音が響き、手がしびれる。

 剣士ではないタバサには、巧みに衝撃を受け流せるような高い武器戦闘の技量はない。

 それでも、なんとか無傷で防ぐことができた。

 普段のように『避け』だけでなんとかしようとしていれば、かわし切れずに剣が身体を打っただろう。

 また、その場に踏みとどまったまま『受け』ようとすれば、腕力と体格の差によって体ごと弾き飛ばされるか、剣を取り落としていただろう。

 背後へ飛びながら剣をかざす、いうなれば『避け』と『受け』との併用を選択したことで、かろうじてしのぎきれたのである。

 

 しかし、タバサが剣を構え直して反撃に転じる暇もなく、ウィルブレースは初撃が防がれるやすぐさま地を蹴って別方向へ跳躍し、再び間合いを離した。

 咄嗟に逆手の杖を振って一発だけ風の刃を放ってはみたものの、まるで当たりもしない。

 ウィルブレースは着地すると、すぐさままた方向転換し、体をひねりながら跳躍して、再び攻撃に転じた。

 それを幾度となく繰り返して、絶え間なく攻め続ける。

 

 顔の横で剣を立てるように持つ『八相の構え』を起点とし、アクロバティックな跳躍や素早く変則的な動きに威嚇と牽制を織り込むことで、相手を翻弄しながら四方八方から攻撃し、その隙を突く。

 素早く飛び掛かって一撃を加えては、反撃を受ける前に再び飛び退いて、間合いを離していく……。

 このように機動的な戦い方をするのが、光の剣を武器とする異世界の騎士団が編み出した第四のフォーム、『アタロ』の型の特徴である。

 

 まあ、こんな挙動が可能になっているのは実のところ、疑似呪文能力による身体強化と、《一撃離脱(スプリング・アタック)》の特技とのおかげなのだが、どう呼称しようとそれは本人の自由というものだろう。

 

 手合わせにそんな『ごっこ遊び』のような要素を取り入れているからと言って、別にふざけているというわけではない。

 ウィルブレースは単に、真剣に戦うことと、楽しみながら戦うこととを両立させているに過ぎないのだ。

 彼女は特に好戦的なわけではないが、いざ戦うとなればそれを楽しむし、戦いに限らずどんなことであれ、できる限り楽しもうとする。

 それがどのような分野であっても、時にはお遊びの要素も含みながら模索していくことでこそ新しい有用な技術を見出せたりするものだと、彼女は自由なるエラドリンとして、そしてバードとしての精神と経験から、そう確信しているのだ。

 

 広い世の中には、たとえば昼夜を問わず飲みまくって泥酔し、その状態のまま戦うという、一見して命のやり取りを舐めているとしか思えないドランケン・マスター(酔拳使い)なる達人もいる。

 しかも彼らは、厳しい自律と修練とを自らに課すモンク(修道者)たちから派生した一派であり、まぎれもない秩序の存在なのだ。

 他の門派の禁欲的な修道者たちは、当然のごとく酔拳使いどもの一見奔放とも見える振る舞いに眉をひそめるが、それでも、彼らのもつ確かな実力までは否定できない。

 かくのごとく、必ずしも型にはまった生真面目なやり方だけが正解に通じている、というわけではないのである。

 

 

 

「っ……!」

 

 初撃の時は危うかったものの、その後はタバサも態勢を立て直しており、体術と呪文、それに剣の受けを併用した軽やかな動きで、どうにかかわし続けていた。

 

 しかし、やはり長時間の詠唱を行う余裕はなく、詠唱の短い低級スペルによる反撃では、まるで通用しない。

 かといって剣で相手の体を捉えることも、できそうになかった。

 

(……手加減されている)

 

 彼女が本当に“遠慮なく”こちらを倒す気なら、先ほどの念動力をもっと効果的に、たとえばあの地下カジノで出会った魔物のように周囲の物を投げつけたり、杖を奪おうとしたりするのに用いてもよいはずだ。

 というかそれ以前に、あのすさまじい電撃を直接こちらに浴びせれば一瞬で終わるだろう。

 使いたくても詠唱を行う隙が無くて強力な呪文を放てないこちらとは違い、彼女らの世界の呪文や疑似呪文能力とかいうものは、強力だからといって必ずしも発動に長い時間を要とするわけではないということくらいは、既に理解している。

 なのに、念動力はこちらを突き飛ばして一瞬ひるませるのに使った程度で、電撃は攻撃を防ぐのにしか用いていない。

 つまり、向こうはおそらく剣の扱いを交えた訓練をしようとしているこちらに付き合って、基本的に剣でしか攻撃しないつもりでいると見ていいだろう。

 あるいは、加減の利きにくい術で攻撃することで、こちらに大怪我を負わせるのをおそれているのかもしれない。

 

「…………」

 

 もちろん、遠慮するなというこちらの要望を無視されたこと、つまりは下に見られたことは悔しくもあった。

 だが、そんなことをいつまでもぐちぐちと考えてみても始まらない。

 

 かつてディーキンに挑んだ時、彼女は自分の中にも伯父や従姉妹が、そしておそらくは父も抱いていたのであろう感情があることを自覚した。

 自分は優秀な人間であるはずだという驕り、そしてそこからくる、より優れた者に対する嫉妬。

 己の苦難にばかり目を向けて、他人を羨み、妬み、敵視する、賤しい心が。

 そんなものは、本当に誇り高い態度だとは言えない。

 

(もっと、強くなりたい。なってみせる)

 

 嫉妬からでも、ましてや敵意や憎悪からでもなく、タバサは心からそう思った。

 

 なんとしてでも一矢報いて見せてこそ、相手の配慮に、あるいは油断に答えることになるはずだ。

 復讐のためではなく、この手合わせを受けてくれた目の前の女性のために、いつも自分のことを案じてくれる親友や、仲間たちのために。

 そして、父や、あの人のために……。

 自分は、もっともっと強くならなくてはいけない。

 

 タバサは少しでも消耗を抑えるために成果の見込めない反撃は控え、回避に専念しながら打開策を考えた。

 

(相手の方が有利な理由は?)

 

 基本能力の差とか、いろいろあるだろうが……。

 こちらが強力な呪文を練り上げるのにある程度の時間を要するのに対し、向こうはそれよりも短時間で、詠唱などを伴わずに術を編むことができる。

 こちらが回避のためにその都度術を使い、同時に二つの術を編めない以上どうしても反撃が遅れるのに対し、向こうがおそらく使っているであろう身体能力強化の術は持続的なものらしく、いちいち術を編む必要がないから、素早く攻撃し退避することができる。

 おそらくその二つが、最も大きな要因だ。

 勝つためにはまず、その差をどうにかして埋める必要があるだろう。

 

「……」

 

 ややあって、タバサはひとつの策をまとめた。

 

 

 

(先ほどから、反撃をしてこなくなったが……)

 

 ウィルブレースはもうこれで幾度繰り返したかもしれぬ交錯を経た後に、飛び退いて距離を離しながら、そう訝しんだ。

 

 彼女はメイジであるにもかかわらず、呪文を併用した素晴らしい体捌きでこちらの攻撃をかわし続けるタバサに感嘆し、次はどんな動きを見せてくれるのかと楽しみながら剣を振るい続けていた。

 そうしながら、どんな反撃が来るだろうかと期待していた。

 しかし、最初のうちこそ低級の呪文で風の刃や氷の矢を一、二度撃ち出して、距離を放そうとするこちらに追撃をかけてきたものの、それ以降は何もしかけてくる様子はない。

 強力な来訪者を相手にその程度の攻撃では、たとえ当たったところで効果は期待できないから、それに気付いて無駄な攻撃はやめにしたのかもしれないが……。

 

(しかし、諦めたわけというではなさそうだな)

 

 常日頃から無表情で感情を読みにくい少女だが、《思考の感知(ディテクト・ソウツ)》を使うまでもなく、それははっきりとわかる。

 その目には諦観などはなく、強い意思が感じられるから。

 この手練れの異世界の魔法少女が今度は何を見せてくれるのかと、ウィルブレースは内心密かにわくわくしながら、その時が来るのを待った。

 

 そうしてついに、タバサは仕掛けてきた。

 

 これまでと同じようにウィルブレースからの剣撃を防いだ後、彼女が飛び退くのに合わせて素早く呪文を唱えながら、小さく杖を振ったのだ。

 だが、振られた杖の先からは何も飛び出さず、彼女の周囲にも変化は見られない。

 ウィルブレースは一体何をしたのかと一瞬怪訝に思ったものの、その答えはすぐに分かった。

 

「……うっ!?」

 

 着地したウィルブレースの足が泥沼に変化した地面にはまり込み、再度の跳躍が妨げられる。

 タバサが滅多に用いない、『土』系統の魔法だった。

 

(なるほど、地面を泥に変えて足を捕らえることで、こちらの機動力を封じる狙いか)

 

 相手がまだ空中にいるうちにその着地点を狙うのでかわされるおそれもなく、直接敵に向けて放つ魔法ではないから呪文抵抗力によって妨げられることもない。

 いい策だといえよう。

 

 当然、動きを封じて時間を稼いだうえでまた強力な攻撃を飛ばしてくるのだろうと、ウィルブレースは身構えた。

 だが、タバサは彼女の予想とは違う行動に出る。

 杖を構えて呪文を紡ぎはするものの、それは敵を狙ったものではなかった。

 

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

 先日、スクウェア・クラスに成長したことで用いることが可能になった呪文、『偏在』。

 

 もちろん、系統魔法の四大の間に明確な優劣はないのだが、それでもこと戦闘においては、『風』の系統こそが最強だと主張するメイジは少なくはない。

 その理由はいくつかあるが、中でも大きなもののひとつは、生ける伝説とまで呼ばれたかの『烈風』カリンをはじめとして、風の系統は歴史に名を残す強大なメイジを数多く輩出してきたという事実。

 そしてもうひとつの大きな要因が、この呪文の存在である。

 

 呪文が完成すると、タバサの体は突然二重にぶれ、本体とまるで見分けのつかない精巧な分身体が出現する。

 

「……!」

 

 こちらの世界の魔法をある程度は見慣れてきたウィルブレースも、使い手の希少なこのスクウェア・スペルを実際に目にしたのは初めてだった。

 だが、知識としては聞いている。

 これはウーイァン(巫人)が用いる《身外身の法(ボディ・アウトサイド・ボディ)》と同じように実体をもつ分身を作り出す呪文で、しかも分身は呪文を発動することさえ可能だと。

 もしもフェイルーンで同様の効果をもつ呪文を開発するとしたら、おそらくエピック・レベルになるだろう。

 

(させるか!)

 

 ウィルブレースは行動を起こす暇を与えずに消し去ってしまおうと、素早く精神を集中させて《魔法解呪(ディスペル・マジック)》の疑似呪文能力を呼び起こし、偏在に向けて放つ。

 

 しかし、何も変化は見られなかった。

 

 タバサとて、これまでの経験から学んでいるのだ。

 彼女はラ・ロシェールで、自分と同じ風のスクウェア・メイジであるワルドが作り上げた四体もの偏在を、ディーキンが《上級魔法解呪(グレーター・ディスペル・マジック)》を放ってあっさりと消滅させたのを見た。

 当然、後で彼に質問して、その時に使った呪文の名前や性質についても聞かせてもらっている。

 だから、ディーキンと同じバードであるウィルブレースも同様の手口を使ってくるかもしれないというくらいのことは、あらかじめ想定していた。

 そのために、ワルドのように偏在を同時に多数作り出すのではなく一体だけに留め、代わりにその一体により強い魔力を込めることで、容易に解呪されないようにしたのである。

 

 それでも、ウィルブレースが用いたのがディーキンと同じ《上級魔法解呪》であったなら、偏在は耐え切れなかったかもしれないが……。

 トゥラニ・エラドリンのもつ疑似呪文能力は《魔法解呪》どまりであり、あまり強力な呪文を解呪するのは難しかった。

 

「……これで、手数の不利はなくなった」

 

 タバサは小さくそう呟くと、すかざず偏在と協力して反撃に転じた。

 

 今度は、片方が呪文を唱えてウィルブレースを牽制し、その隙にもう片方が強力な呪文を編んで攻撃するか、剣で斬りかかることができる。

 これまでと同様に《一撃離脱》で攻められても、攻撃されていない側のタバサが動きの隙を突くことができる。

 しかも、ウィルブレースの足はいまだに泥沼に変化した地面に埋まったままだ。

 

 一転して不利な状況に追い込まれたウィルブレースは、先ほどの自分の選択を軽く後悔していた。

 

(解呪の試みよりも先に、泥沼から脱出しておくべきだったかな?)

 

 

 

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「オオ……」

 

 その頃ディーキンは、シエスタの故郷であるタルブの村で感嘆したような声を上げながら、目の前のオブジェを見上げていた。

 

 おみやげの『コーラ』を仲間たちに届けようと、まずは地上に向かうシエスタらと合流し、せっかくだからと一緒に彼女の故郷に向かうことにして、いまはいろいろ案内してもらっているところである。

 ちなみにシルフィードはというと、シエスタはこの村に数日は滞在する予定だと聞いて、先にモンモランシーに会いたいと言ったギーシュ(と、この村のさまざまな美味しい料理や食材、それに彼女らの分のコーラ)を乗せて学院の方に向かっている。

 もしもギーシュが上手くモンモランシーを口説けたなら、そのうちに同乗して引き返してくることだろう。

 

 さて目の前のオブジェだが……、大きさは、三十フィートほどもあろうか。

 乗り物の一種のようだが、その形状は何とも形容しがたい。

 強いて言うならば翼みたいなものがくっついたカヌーか何かといったところだが、明らかに違う。

 

「先生には、これがなにかお分かりになるんですか?」

 

 シエスタは、ディーキンが非常に興味を示している様子なのを見て、不思議そうに尋ねた。

 

 自分の曽祖父は昔、この『竜の羽衣』に乗って空からタルブにやってきたと言っていたそうだが、村のみんなが内心インチキだと思っていることはわかっている。

 厳格な聖騎士であった曾祖母は、自分の前で夫を嘘吐き呼ばわりすることを決して許さなかったし、その血を引く自分の家族もそうなので、誰も自分の前で公然と口にはしないのだが。

 どう見ても飛べそうには見えないし、マジックアイテムでもないというのだから、無理もないことだ。

 

「ウーン……、これは、『ヒコーキ』ってやつだと思うの。空を飛ぶ機械らしいけど……、羽ばたき飛行機械(オーニソプター)とは、また仕組みが違うみたいだね。使い方とか、詳しいことはわからないよ」

 

 まあ、《伝説知識(レジェンド・ローア)》の呪文やなにかを駆使して調べれば、あるいはわかるかもしれないが。

 

 ディーキンはそれから、シエスタの曾祖父の墓碑や、彼の遺品も見せてもらった。

 墓碑銘は彼の故郷である異世界の文字で書かれており、誰にも読めないとのことだったが、《言語理解(コンプリヘンド・ランゲージズ)》の効果を永続化して自身に定着させているディーキンには、手を触れただけでそれを解読することができた。

 

「『海軍少尉、佐々木武雄。異界ニ眠ル』……って、書いてあるみたいだね」

 

 シエスタはそれを聞くと、少し興奮した様子で、曾祖父の遺言でそれを読めた者に『竜の羽衣』を渡すようにと言われているのだと話した。

 しかし、その後に『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しいというもうひとつの遺言があるという話を聞くと、ディーキンは首を横に振った。

 

「なら、ひいおじいさんはディーキンに渡したかったんじゃないと思うな。いつか同じ故郷の人が来たら、その人にあげたほうがいいよ」

 

 たとえディーキンがこの飛行機……『ゼロ戦』を使うことができて、その性能も知っていたとしても、やはり受け取らなかっただろう。

 それは明らかに故人の遺志に反することだろうし、これから向かう九層地獄で、これが役に立つとも思えない。

 いくら飛び抜けた速度で飛行できようとも、危険な稲妻や火球、そしてなによりもデヴィルが飛び交うバートルの空を飛ぶのは危険すぎるし、図体が大きくて目立ってしまう。

 それに機銃にしても、いかに威力が高くとも、再生能力のある上位のデヴィルを殺すことはできないのだから。

 

 シエスタは少し残念そうな顔をしたが、無理強いはせず、続けてすぐ隣にある曾祖母の墓を示す。

 

 天使の血を引く彼女の曾祖母は、夫よりもずっと長く生きていて、曾孫のシエスタとも面識があった。

 最後には危険な亜人にさらわれた村の少女を救い出すために老齢をおして戦い、その時の怪我がもとで亡くなったという。

 村の皆は、彼女のような素晴らしい人物には悲劇的過ぎる最後だと言って悲しむが、シエスタはそうは思わない。

 善の大義のために戦い、それを全うして命を落とすことは、パラディンにとっての本懐であるはずだから。

 

 ディーキンはそこに捧げられている剣を見ると、軽く目を見開いた。

 

「……オオ? これは……」

「ひいおばあちゃんの愛用していた剣です。いつか、この家からでも、他の誰かでも、自分と同じ聖騎士があらわれたなら、その人に使わせなさいって……」

 

 シエスタは、懐かしむような目をしながらそう説明した。

 

 ディーキンには、その剣が何であるかはすぐにわかった。

 なにせ、『ボス』も持っている武器なのだ。

 それは間違いなく、パラディンのためにある武器、『降魔の聖剣(ホーリィ・アヴェンジャー)』だった。

 

「わたしがパラディンになったことを話したら、みんな祝福してくれて。……でも、いまのわたしには、この剣はまだ重すぎると思うんです。それに、デルフもいますし」

 

 シエスタはそう言いながら、ディーキンの傍に屈みこんで、そっと彼の手を取った。

 そして、曾祖母の墓前に捧げられていた聖剣を、その手に握らせる。

 瞳が少し、潤んでいた。

 

「……本当は、先生と一緒に行きたいです。先生が悪魔の巣へ向かわれるのなら、たとえ地獄の底だろうと、ミス・タバサと同じように、わたしもそばにいたい」

 

 けれど、それが迷惑になるのなら……。

 それならば、せめてこの剣だけでも自分の代わりに、一緒に持って行ってほしい。

 そして、必ず生きて、自分の元へ持ち帰ってほしい。

 

 シエスタは、心からそう願った。

 





アタロ(Ataru):
 某超有名映画シリーズ『スター・ウォーズ』の小説における設定でジェダイやシスが用いたライトセーバーの戦闘型のひとつで、第四のフォームとされる。別名をホーク=バット戦法、またはアタル、アタール、侵略の型ともいう。
全七種の中で最もアクロバティックなフォームであり、ジェダイのグランドマスター・ヨーダとシス卿のダース・シディアスが主に使用する。
ヒットアンドアウェイという言葉がまさに当てはまるフォームで、八相の構えを起点として全身の柔軟性とフォースを使っての飛び跳ねで動き回り、全方位から相手に攻撃を行う。

一撃離脱(スプリング・アタック):
 D&Dにおける特技の一種。この特技を持つ者は(移動可能な距離の範囲内でなら)近接攻撃を行う前と後の両方で移動することができるようになり、しかも攻撃対象とした敵からの機会攻撃(移動の隙を突いた攻撃)を受けなくなる。
本作のウィルブレースの場合には、素の地上移動速度が40フィート、ヘイストによる増加分が30フィートなので、1ラウンド(6秒)に合計70フィート(21メートル強)までなら移動した上で攻撃することができる(ちなみに、移動のみに専念して全力疾走した場合には、その4倍の280フィートまで移動できる)。
よって、この特技を習得していることで、たとえば35フィート離れた場所から一足飛びに間合いを詰めて剣で切り付け、反撃を受ける前にすぐさままた同じ距離まで飛び退く、といったような動作が行えることになる。
 なお、このような目まぐるしく動き回る戦闘スタイルをもって、『アタロ』の型だとか、『ガンダールヴ』の能力によるものだとか称するのは、もちろん本人の自由である。

ドランケン・マスター(酔拳使い):
 D&Dの上級クラスの一種で、主としてモンクから派生する。
現実の酔拳使いは実際には酔っているわけではないが、彼らは本当に酒を飲み、その状態で戦う。
彼らは飲むことによって思考力の低下と引き換えに身体能力を強化することができ、さらには酒を治癒のポーションに変えたり、火を噴いたり、椅子やジョッキといったありあわせのものを一流の武器として使いこなしたりすることができる。
日がな一日泥酔しっぱなしというような状態にもかかわらず、彼らはモンクでもあるためにその属性は秩序であるが……、まあ、呑兵衛には呑兵衛なりの秩序というものがあるのだろう……おそらくは。

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