Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百六十話 Gift and souvenir

 

 ディーキンらがシャルルと束の間の接触を取り、その場でバートルでの裁判の約束を取り付けてから、既に数日の時が過ぎていた。

 

「どうしても、あたしは一緒に行けないのかしら?」

「きゅい、悪魔の巣にいこうだなんて! いくらお兄さまがご一緒でも、二人だけじゃ危ないのね!」

「仮にもパートナーなのに、ディーキンと一緒に行けないだなんて……」

 

 アルビオンで王党派の拠点に留まっているキュルケやシルフィード、ルイズらは、不満と不安の入り混じった様子だった。

 

 タバサは母親やジョゼフと共に地獄の裁判で役に立つかもしれない材料を集めようとあれこれ話し合って意見を出し合ったり、それに基づいてあちらこちらを訪ね歩いたり、その合間にどこかで訓練をしたりしているようで、しょっちゅう出て行ったり戻ってきたりしている。

 ディーキンは彼女らとは別行動をとっていて、どこで何をしているのかはっきりとはわからないものの、こちらも忙しく動き回っているらしかった。

 そしてまだ、デヴィル側から裁判の日時に関する連絡はない、……と思う。

 その連絡を受け取ることになっている当のディーキンが現在アルビオンにいないので、正確なところはわからないのだが。

 

 キュルケもルイズも、当然ながらたとえそれが地獄の底であろうと、彼らと共に行ってやりたかった。

 けれども地獄の通行許可証とやらは当事者であるタバサ本人と、あと一人分しか発行されず、それはディーキンのものに既に決まっているらしい。

 さすがに、彼から取り上げるというわけにもいかないが……。

 

「なにも、悪魔の出す許可証なんて受け取らなくたって。わたしたちみんなでその地獄とやらに乗り込んで、タバサのお父上を助け出してあげるわけにはいかないのかしら」

 

 自分の『虚無』ならば、その気になれば一軍を吹き飛ばすことさえもできるはずだった。

 もちろんルイズは、そんな力を人間相手に使おうなどとは思ったこともない、それは恐ろしいことだ。

 

 けれど、相手が悪魔ならば。

 こんな時に、大切なパートナーや友人のために使わなくて、何のための力だろうか。

 

「まあ、ルイズ。あまりそう、無茶なことを言うものではありませんよ?」

 

 横合いからウィルブレースが、たしなめるようにそう口を挟んだ。

 

 彼女や眠れる者といったセレスチャルの仲間たちは、アルビオンでこれまでどおりの活動を継続していたが。

 空いた時間にはバートルの地理についてあれこれと調べたり、目的地への移動コースを検討したりと、ディーキンとタバサの旅を成功させるためにできる限りのことをしてくれているようだった。

 

「そんなことができるものなら、我々エラドリンはとっくにそうしているでしょう。ですが、残念ながら地獄のすべてを敵に回して戦うなど、到底誰にも叶わぬことなのです」

 

 たとえそれが、神々であってさえも。

 

 対立する奈落界アビスのデーモンたちに比べればはるかに小規模とはいえ、それでもデヴィルの軍勢には無限と思えるほどの数がある。

 そして、その頂点に君臨するアスモデウスは、上級神格にさえ匹敵、もしくは凌駕する実力を備えていると噂されていた。

 事実、バートルには悪竜の女王ティアマトやコボルドの主神カートゥルマクをはじめとして、セト、セコラ、ドルアーガといった高名な悪の神格の数々が領土を構えているにもかかわらず、誰一人としてデヴィルから地獄全土の支配権を奪い取ろうとはしないのだ。

 彼らでさえも、アスモデウスの力と支配に多大な敬意を払っているのだという、何よりの証である。

 

 まあ、裁判所までの道中で遭遇するすべてのデヴィルを蹴散らす程度なら、ここにいる皆で力を合わせればできるかもしれないが……。

 多大な危険を冒してまで、そんな無用な戦いをすることもないだろう。

 

「それに、せっかくの二人きりのご旅行ですし。ディーキンから彼女のお父君への、顔見せの機会でもあるのですからねえ」

 

 初心な子供でもあるまいに、友人の同行など無粋というものだろうと。

 不満げなルイズとキュルケに向けてにっこりと微笑みながら、ウィルブレースはどこか楽しげにそう付け加えた。

 

「おうよ。なあに、聞くところによると、たかだか地獄の四丁目までだそうじゃねえか。相棒のお師匠さんにとっちゃあ、ちょいと刺激的なデートコースみてーなもんだろうぜ!」

「さすがに、そこまで暢気でもないでしょうがね。まあ、感情的にあまり深刻にならないのが、あのコボルド君のスタイルのようですから」

 

 近くに置かれていたデルフリンガーとエンセリックも、さして心配した様子もなくそう言った。

 

「ええ。彼にとっては、バートルは初めてというわけでもありませんし……」

 

 まあ、極寒地獄のカニアと焦熱地獄のプレゲトスとでは、だいぶ勝手は違うだろうが。

 

「楽観的ねえ。……まあ、確かにディー君も、そんな感じのことを言いそうだけど」

 

 バードってみんなそうなのかしら、とキュルケは苦笑したものの。

 生真面目な性格でパートナーや友人の身を心から案じているルイズは、彼女らのあまりに緊張感がない態度にいささか顔をしかめた。

 

 ウィルブレースは、そんな彼女に優しげな目を向ける。

 

「……ルイズ、あなたが彼らの身を案じるのはわかりますし、その気持ちは高貴な心から生じたものです。でも、あなたのパートナーはいつも楽観的で、人生を楽しんでいます。きっと、地獄に向かう時にもそうするでしょう。あなたは彼のことを、笑って送り出してあげるべきです」

 

 なぜならば、地獄の底にさえも希望の光を灯すという偉業を成し遂げることなど、自分自身が不安に暗く塞ぎ込んでいるような者には到底叶わないから。

 極寒のカニアに送り込まれてさえも希望を失わずに前進を続け、ついには大悪魔メフィストフェレスを打ち破って地上への帰還を果たした当代の英雄を間近で見ていたディーキンにも、それがわかっているはずだ。

 

「彼らを信頼してその成功を疑わないこと、そして自らはこの地で自分の果たすべき役目を全うすること。それが、今のあなたがたにできることなのではありませんか」

「……」

 

 それでルイズも黙り込んだものの、シルフィードはまだ不満そうにしていた。

 

 果たすべき役目と言われても、自身の戦力も貴族としての伝手などもあっていろいろなことが出来得るルイズやキュルケと違い、彼女にはタバサから離れてするべきことには何も心当たりがないのだ。

 彼女は万が一にもジョゼフ、ないしはデヴィルの手の者があらわれた時に備えて、ここ最近はずっとオルレアン公夫人の傍についていたのだが……。

 それも、もうあまり必要はなくなっていた。

 

『お前の母親と会って、シャルルの件について話したい。裁判で勝つ手掛かりが、なにかつかめるかもしれんからな』

 

 ジョゼフはオルレアン公夫人が、おそらくはディーキンかその主人の介入によって、既に快復しているであろうことを見抜いていたのだ。

 そうでなかったら、どうして姪が自分との交渉を成立させたにもかかわらず、大切な自分の母親の件について一言も話題に出さないなどということがあろうか。

 率直に頼まれて、タバサは少し迷ったものの、これ以上隠してもメリットはないと考えて母に連絡を取ることにした。

 夫人は事の次第を聞くと、少し驚きはしたものの特に抵抗も示さず、彼と直接会うことを受け入れたのである。

 

 そんなわけで、シルフィードは護衛のお役目から解放されて、久しぶりに主人と再会できて喜んだのだが……。

 その直後に、近いうちに地獄に行くなどというとんでもないことを彼女から告げられて。

 ならば当然使い魔である自分も一緒にと、悪魔が恐ろしいのもこらえて食い下がったのだが、それはできないと断られてしまったのである。

 二人の逢引きの邪魔……という冗談はまあ、さておくとしても。

 いかに使い魔といっても、シルフィードの分の通行許可証は発行されないし、彼女の本来の姿は大きくて目立ってしまうにもかかわらず、その姿でないとほとんど無力である。

 よって、同行させるメリットよりも、デメリットのほうがはるかに大きいのだ。

 

「きゅい……」

 

 ああ、危ないことは嫌だけど、蚊帳の外ってのも辛いことなのね……と、シルフィードは切なげに溜息を吐いた。

 ウィルブレースは、そんな彼女ににっこりと笑いかける。

 

「ああ、シルフィード。そういえばシエスタとギーシュが、あなたに一緒に出掛けないかと言っていましたよ。地上まで連れて行ってほしいそうです」

 

 ここでの滞在がかなり長くなったのもあって、シエスタは一度学院に戻って同僚への挨拶や自室の整理などをしておきたかったし。

 久し振りに故郷のタルブ村に帰って家族に会ったり、いろいろと持ち出したりしたいものもあった。

 ギーシュは彼女に同行したがったのと、あとはできることなら久し振りにモンモランシーに会いたいと考えたのである。

 普段ならディーキンに頼んだだろうが、あいにくと彼は不在だし、いたとしても忙しい。

 

 ちなみにシルフィードの正体は、ジョゼフとも話が付いた今となってはもはやそう厳しく隠しておく必要もないだろうということで、タバサの身の回りにいる仲間たちの概ねに既に明かされていた。

 

「えー、シルフィは運び屋じゃありません。行ったり来たりは疲れるし……」

「なんでもシエスタの故郷はブドウなどの作物の出来がよくて、おいしい郷土料理もあるとかで」

「すぐに行くのね!」

 

 それであっさりと気が変わったシルフィードは、喜び勇んで飛び出して行った。

 

(本当に素直な、いい子たちだ)

 

 ウィルブレースは微笑ましくそう感じながら、自身も席を立った。

 

「さて、私もそろそろお暇します。ディーキンはまだ戻らないようですし、彼に代わって、少しあの子の様子を窺ってみませんと……」

 

 

 

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 その頃タバサは、ただ一人で誰もいない平原にたたずみながら、目を閉じて精神を集中させていた。

 

 ややあって、ひとつ深呼吸をしてから前方を見据える。

 その視線の先には、枯れ木が数本。

 

「…………」

 

 すっと杖を掲げると、その先が青白く輝き、彼女の周囲を無数の氷の矢が回転した。

 タバサの短い青髪が、彼女を中心に発生した竜巻と膨れ上がった魔力の波とによって激しくなびき、凄まじいスピードと威力の氷の矢が、四方八方から枯れ木を串刺しにせんと襲い掛かっていく。

 いまやスクウェア・クラスのメイジとなった彼女は、風の二乗、水の二乗の魔力を込めることで、得意とする『ウィンディ・アイシクル』の呪文をさらに強力なものに進化させたのだ。

 

 にもかかわらず、それだけでは十分でないというかのように、タバサは呪文を発動させるや一瞬の間も置かずにすぐさま姿勢を低くして横に飛びながら、再度の素早い詠唱と共に杖を横なぎに振るった。

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・アース」

 

 途端に地面を何筋もの氷が走っていき、目の前の枯れ木すべての根元に絡み付く。

 枯れ木を生きて動く敵に見立て、その移動を封じたのだ。

 直後に、周囲から殺到した氷の矢によって串刺しにされた枯れ木たちが、崩れ落ちることも許されずに一瞬でその場に氷結する。

 

 タバサはそれでもまだ満足しないのか、地面を蹴って方向転換すると、風の呪文によって跳躍の飛距離と速度を増しながら、その木のうちの一本に猛然と向かっていった。

 

 そうしながら杖を左手に持ち替え、右手で腰に差した小剣を引き抜く。

 それはディーキンが、デヴィルと戦う場合の備えとして彼女に渡しておいたものだった。

 銀の刀身が聖なる力を帯びて、ほのかに清浄な白い輝きを放っている。

 

「っ!」

 

 小さな体ごとぶつかっていくようにして、凍り付いた木を勢いをつけて刺し貫いた。

 鋭い刃は、まるでバターでも切るかのようにたやすく氷に食い込んでいく。

 それを横に払いながら引き抜くと、木は真っ二つに折れて地面に崩れ落ち、ばらばらに砕け散る。

 

 その直後に、タバサははっと目を見開くと、杖を構えて飛び退りながら、右手のほうに向き直った。

 

「お見事です、すばらしい」

 

 いつの間にか瞬間移動してきていたのだろう、そちら側の少し離れたところにウィルブレースが立っていた。

 

「……」

 

 微笑みながら拍手を送る彼女の姿を見て、タバサは軽く息を吐いて杖を下ろす。

 

 訓練とはいえ本当に見事な戦いぶりだったといえようが、その割には本人の表情が冴えなかった。

 その様子を見て、ウィルブレースは小首を傾げる。

 

「いまの技にご不満なのですか?」

「十分とは言えない」

 

 タバサは呟くようにそう答えたきり、じっと自分の杖と、手にした剣とを見つめていた。

 胸中では、父とほんの一時再会したあの日のことを、そしてその時に出会った巨大なデヴィルのことを、思い返していた。

 

(もう一度あの悪魔と戦ったとしたら、いまの攻撃で倒せるだろうか)

 

 戦うために行くのではないとはいえ、なにせ場所は地獄であり、相手は信用のおけぬデヴィルどもなのだ。

 どこかで戦闘に巻き込まれることは十分に考えられるし、その場合、少なくともディーキンの足手まといになるわけにはいかない。

 

 考えるまでもなく、魔法では倒せないことははっきりしている。

 

 ピット・フィーンドという名前らしいあの悪魔に対しては、スクウェア・クラスに至った自分の魔力もまるで通用しなかった。

 それどころか、ジョゼフが放った『虚無』のエクスプロージョンでさえ、その命を奪うことが出来なかったのだ。

 

 だから、タバサは呪文を囮と足止めに使い、デヴィルにも通用する武器としてディーキンが渡してくれた剣を用いて普段ならば避けようとする近接戦を挑むという、新しい戦い方の訓練をしていた。

 

 自分は体格にも体力にも優れておらず、敵の一撃が致命傷になってしまう。

 接近戦で強敵と渡り合えるだけの、武器戦闘の技量もない。

 それゆえに、まずは呪文で敵の足を止め、その隙を狙ってあえて危険な突撃を敢行することで最大限に威力を高めた攻撃を見舞い、一撃で片をつけるというスタイルを考えてみた、のだが……。

 

「…………」

 

 所詮、相手は動かぬ樹木。

 はたして、あのような巨大でおそろしい悪魔を相手に、実戦で通用するものだろうか。

 一撃で致命傷を負わせられなければ、自分が死ぬだけだ。

 

 タバサは、これまでに近くで見てきた、ディーキンの剣を振るって戦う姿を思い返してみた。

 

 地下カジノでは、一瞬の交錯のうちに強靭な魔物を斬り捨てた。

 ラ・ロシェールでは、いまの自分と同じスクウェア・クラスのメイジであり、戦闘訓練も十分に受けていたはずの魔法衛士隊の隊長を、まるで歯牙にもかけなかった……。

 

(あの人と肩を並べて、他に誰の手助けも得られない地獄の底で戦っていけるだけの力が、わたしにあるのだろうか)

 

 そう自分に問いかけながら、その大切な人から贈られた手の中の小剣を、ぐっと握りしめる。

 

 自分の使う『ブレイド』の呪文にも勝る、素晴らしい切れ味の武器だった。

 こうして手に持っているだけでも、込められた強い魔力のために皮膚がちりちりする。

 

「……これ。どのくらいの値が付くものか、わかる?」

 

 気になって、目の前のウィルブレースにそう尋ねてみた。

 彼はほんのちょっとしたプレゼントという感じであっさりとこれを譲ってくれたのだが、もしかすると相当に高価なものなのではあるまいか。

 

 ウィルブレースは剣を受け取ると、それを切っ先から柄頭までしげしげと眺めてみた。

 

「いいものですね。これは、ディーキンがあなたに?」

「そう」

「なるほど……」

 

 ウィルブレースはひとつ頷いて、じっくりとそれを検分していった。

 

 ベースは高品質な錬金術銀製の小剣で、一般的な武器強化の魔力に加えて『ホーリィ』の特殊能力を付与してあるようだ。

 それに加えて、『イーヴル・アウトサイダー・ベイン』の能力まで持っている。

 

(確かにこれは、ディーキンが今回の旅に備えて、この子のために用意したものらしい)

 

 この剣ならばタバサのような非力な者が使っても、デヴィルに相当な深手を負わせることが出来るだろう。

 あのジンの次元間商人、ヴォルカリオンの店で購入したものだろうか。

 

「そうですね。まあ、大雑把に言って……。彼の故郷であるフェイルーンの市場で買うならば、金貨で数万枚、といったところでしょうか」

「……数万……」

 

 それを聞いて、タバサは安易に尋ねたりしなければよかったと後悔した。

 

 自分の現在の身分であるシュヴァリエの給金は五百エキュー、つまり、金貨にして五百枚に過ぎないのだ。

 ハルケギニアで金貨数万枚といったら、ちょっとした城が買えるような額である。

 それほどまでに高価なものを、彼はその価値には一言も言及せずにあっさりと与えてくれたのか。

 彼が見た目よりも遥かに金持ちであることは知っていたが、金銭感覚がまったく違うというのを痛感させられる。

 

 しかし、考えてみればこの世界でも、高名なメイジが鍛えた真の名剣と呼ばれるような武器ともなれば、城に匹敵するほどの値が付くとされるのだ。

 伝説の『虚無』でさえ殺せなかった悪魔を滅ぼし得るほどの武器ともなれば、そのくらいの値が付いて当然かもしれない。

 

(それを、わたしに……)

 

 ろくに剣で戦った経験もない、この自分に。

 彼の好意は嬉しいものの、これまで以上のプレッシャーを感じて、タバサは頭を抱えたくなった。

 

「……ずいぶんと、思い悩んでおられるようですね。もうすぐバートルに赴こうというのですから、いくら訓練を積んでみても不安だというのはわかりますが……」

 

 ウィルブレースはそんなタバサの顔を覗き込むようにしながら、気遣わしげに声をかけた。

 

「もしよろしければ、私が稽古のお相手を務めましょうか? おそらく、枯れ木やカカシよりは、いくらかお役に立つでしょうから」

「……。お願いする」

 

 タバサは彼女の顔を見ながら少し考えると、こくりと頷いた。

 

「では、まず何をすればいいでしょう。呪文や剣の的になるような、動き回るターゲットでも用意しましょうか?」

 

 ウィルブレースの質問に対して首を横に振ると、杖を持ち上げてみせる。

 

「できれば手合わせを。……実戦、形式で」

 

 訓練ならば、相手がいた方がいいに決まっている。

 しかも彼女は、今回想定するべき敵であるデヴィルの手口について詳しく、彼らと同じような能力を用いることもでき、その腕前のほども確か。

 より確かな強さを得なければというプレッシャーをひしひしと感じていた彼女にとっては、願ってもない相手だった。

 

「模擬戦……ですか? ええ。お望みでしたら、構いませんが……」

「感謝する」

 

 ウィルブレースは頷くと、瞬間移動で少し距離を離した。

 それから、右手をすっと差し上げると虚空から光り輝く長剣を取り出して、目の前に構えたが……。

 

「……いえ、これはやめておきましょう」

 

 この『ブリリアント・エナジー』の長剣では他の武器と斬り結ぶことができないので、武器戦闘を含めた技量を鍛えたいと思っているであろう彼女との模擬戦にはあまり向いていないだろう。

 ウィルブレースは代わりに手近にあった岩に対して《物体変身(ポリモーフ・エニイ・オブジェクト)》の疑似呪文能力を使用することで刃を潰した即席の模擬戦用ロングソードを造り上げると、片手でそれを目の前に構えて軽く一礼した。

 

「健闘を祈ります。お互いに、何かを得られる戦いでありますように」

「この杖と、そして剣にかけて」

 

 タバサも大切な杖と剣とを掲げて、それに答える。

 その挨拶を見届けてから、ウィルブレースはもう一度目礼して、戦闘の態勢に入った。

 

「では……、光り輝かぬ、いささかみすぼらしい剣にて失礼をいたしますが……」

 

 そう言って剣を八相に構えると、わずかに腰を落とす。

 

「私がかつて異世界のグランド・マスターより教わったフォーム、『アタロ』の型をご披露いたしましょうか」

 

 

 

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 その頃、ディーキンは久し振りに、アルビオンの仲間たちの元へ顔を出していた。

 

「おかえりなさい、ディー君。しばらく顔を見なかったけど、どこで何をしてたのかしら?」

「ただいまなの、キュルケ。ディーキンはちょっと裁判の勉強をしに、遠くの世界を覗きに行ってたんだよ」

 

 彼はそう言って、何やら奇妙な短い金属の筒が氷と一緒に詰め込まれた、ひんやりする箱をルイズらに差し出した。

 

「これ、おみやげなの。この筒の中にはね、『コーラ』っていう飲み物が入ってるんだよ。キンキンに冷えてやがるでしょ? そうしておかないと、おいしくないんだって!」

 

 できればエルミンスターが好きだと本で読んだ『マウンテンデュー』とかいう飲み物がほしかったのだが、見つからなかったのである。

 まあ容器だけなら、オスマンが昔彼からもらったというものを見せてもらったことがあるが。

 

 少しばかり自慢げに胸を張りながら説明するディーキンをよそに、彼女らはその筒を手に取ってしげしげと眺めつつ、怪訝そうに首を傾げた。

 

「変な容器ね。中に飲み物が入ってるって、どうやって開けるのかしら?」

「まわりに、なんだかおかしな文字とか記号みたいなものが、いっぱい書かれてるわねえ。でも、魔力は感じないわ。このしましまとか、何かのおまじない?」

「開けるにはこうするの。その模様は品物の値段をあらわしてて、特別な装置で読み取れるらしいんだけど……。なんで普通に値段を書いといて店の人がそれを読まないのかは、ディーキンにもよくわからないよ。もしかしたら、あっちの人たちは算数が苦手なのかも……」

 

 ディーキンはそんな調子で、(自分の理解している範囲で)簡単に説明をしてやった。

 

「ところで、二人だけなの? みんなの分を運んできたのに。早く飲まないと、おみやげが温くなっちゃうの」

 

 そうしてウィルブレースらがちょうど行き違いで出かけたところだと聞いたディーキンは、話もそこそこに残りのコーラを詰め込んだクーラーボックスを担ぐと、またとてとてと去っていった。

 

「あわただしいわねえ、ディー君も」

「こんな変なの、一体どこで買ってきたのかしら?」

 

 二人はそんな感想をもらしながら、栓を開けた缶を口に運んで……。

 

「……ぶっ!?」

 

 飲み慣れない強烈な炭酸の刺激に不意討ちを食らって、思いきりむせたのだった。

 





錬金術銀(アルケミカル・シルバー):
 主として武器の製造に用いられる、D&D世界の特殊な物質の一種。
冶金学と錬金術に関する複雑な処理を用いることで、鋼鉄に銀を接合(銀引き)したものである。
これで作られた武器は銀が含まれているために通常の鋼鉄よりもやや脆く、切れ味も鈍くなるが、ライカンスロープや一部のデヴィル、ガーディナルなどが持つダメージ減少能力や再生能力を克服することができる。

ホーリィ:
 D&D世界で魔法の武器に付与されることがある、特殊能力の一種。
この能力をもつ武器は善の属性を帯びるため、それに対応した(一部のフィーンドなどが持つ)ダメージ減少能力や再生能力を克服することができる。
さらに、この武器は悪の属性を持つすべての者に対して、2d6点の追加ダメージを与える。
悪属性の者がこの能力を付与された武器を用いようとすると、負のレベルが1レベル付いてしまう。

ベイン:
 D&D世界で魔法の武器に付与されることがある、特殊能力の一種。
この特殊能力をもつ武器は、それぞれがドラゴン・ベイン(竜殺し)、ファイアー・アウトサイダー・ベイン(火の来訪者殺し)といったように、特定の種別もしくは副種別のクリーチャーに対応している。
該当するクリーチャーに対して用いられた場合のみ、武器の有効強化ボーナスが2段階上昇すると共に、2d6点の追加ダメージを与える。

ブリリアント・エナジー:
 D&D世界で魔法の武器に付与されることがある、特殊能力の一種。
この能力を付与された武器は刀身や鏃などの主要部分が光で置き換わっており、生命のない物質を通り抜けるため、鎧や盾によるアーマー・クラスへのボーナスを無視する。
要するに某映画のライトセーバーのような外見だと思われるが、おおよそ何でも切断できるあちらとは違い、この能力をもつ武器はその性質のゆえに物体を傷つけることはできず、アンデッドや人造にもダメージを与えられない。
 なお、ウィルブレースのようなトゥラニ・エラドリンは回数無制限で一瞬のうちに+4の強化ボーナスを持つブリリント・エナジー・ホーリィ・ロングソードを作成する能力をもっているが、この武器はそれを作ったトゥラニ自身から離れると直ちに消滅する。

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