Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百五十四話 Shall we talk about days gone by

 

「……これまでの話を聞いてくれていたのかしら、『ガンダールヴ』?」

 

 一時の衝撃から立ち直ったシェフィールドは、小さくかぶりを振ってそう尋ねた。

 

「ン? もちろんなの。もう一回、確認したほうがいいかな?」

「いえ、結構よ」

 

 そう言って、こめかみのあたりを押さえながら溜息を吐く。

 

「それなら、当然わかってもらえていると思ったのだけどね……。いい? この計画は、あの方には伏せて進めていることなのよ。もちろん、今日あなたたちにこうして会うことも伝えてはいないわ。それなのに紹介するなんてことができると思って?」

 

 ディーキンは、首を横に振った。

 

「難しいのはわかるの。でもディーキンは、本人が知らないところでナイショでやってもだめだと思うな。やっぱり、ジョゼフさんに考えを変えてもらわないと、デヴィルをみんな追い払うのは無理なんじゃないかって」

 

 ジョゼフがルイズと同じ『虚無』の使い手だというのなら、彼にもルイズと同様に、異世界からの召喚の才能があるはずだ。

 

 目の前にいるシェフィールドは、見たところこの世界の人間らしい……少なくとも、雰囲気からして自分と同じフェイルーンの出身ではなさそうだ。

 が、しかし、この世界に相当数のデヴィルが既に侵入してきているという事実がある。

 いくらかは最初にデヴィルをこの世界に呼び込んだというシャルル大公によるものだったりデヴィル自身による召喚だったりいするかもしれないが、シャルル大公は『虚無』の使い手ではなかったのだからあまり大々的な召喚はできないだろうし、デヴィルは強力な超常能力や疑似呪文能力、呪文抵抗力等を備えてはいるものの、それだけに本当の魔法の使い手は多くない。

 ジョゼフ本人か、それとも彼の召喚したシェフィールドがミョズニトニルンとやらの力でマジックアイテムを使ったのかはわからないが、いずれにせよ多くのデヴィルをこちらに呼び込んだことには、何らかの形で『虚無』が関わっているに違いあるまい。

 

 デヴィルとしても、おそらくはガリアの国主であり権力を恣にできる人間だからという以外に、そういう理由もあって彼に近づいたのであろうと推測される。

 

 この世界に最初のデヴィルを呼び込んだのがジョゼフの弟でありタバサの父でもあるシャルル大公だったということは、既に突き止めてある。

 そのシャルル大公が、兄を『虚無』の使い手だと気付いていたということも。

 ならば召喚者である彼を通して、デヴィルもまたそのことを知っていたとしても、何の不思議もないだろう。

 

 ジョゼフがそうした『虚無』の使い手である以上は、たとえ今現在この世界にいるすべてのデヴィルを始末し、かつ彼を権力の座から追い落とすこともできたとしても、それで安全だとは断言できない。

 

 ジョゼフはいずれ、この世界に自力でデヴィルの大群を、あるいはそれ以上に危険な存在を呼び込めるような力に、また新たに目覚めてしまうかもしれない。

 たとえばイリシッドとか、邪神とか、あるいは『彼方』の住人とか。

 彼が淀んだ己の心を振るわせてくれるかもしれない大きな破滅をもたらしたいと望み、それに執着し続けている限りは、安心とはいえまい。

 

 逆に言えば、彼を説得できたなら、状況はかなり良くなるわけだ。

 

 デヴィルが未だにただの人間であるジョゼフやその使い魔を権力の座に留めたまま、支配もせずに自由にさせているのは、おそらく『虚無』の能力を十全に代替できるようなものを彼らがまだ手にしていないからに違いない。

 下手に精神操作などを及ぼすことによって、その貴重な才能が損なわれてしまうことを恐れているのであろう。

 つまり、少なくとも現時点ではまだ用済みではなく、失われると困る人材だと言うこと……デヴィルには彼の助力が必要だということである。

 

「だから、話し合わないとね」

「……で? 話し合いがうまくいかなかった時は、その場であのお方を始末でもするつもり?」

 

 シェフィールドはそう言って、口元に笑みを浮かべる。

 もっとも、その目は少しも笑っておらず、ディーキンを冷たく見下ろしていたが。

 

 ディーキンはそんな彼女の視線にも動じず、ふるふると首を横に振った。

 

「そんなことは絶対にしないって、ディーキンはイオとボスの名に誓って約束するよ」

 

 もちろん、事が済んだ後でジョゼフとシェフィールドとを裏切って始末してしまうなどという選択も、ディーキンにはない。

 

 倫理的な問題もあるし、それにジョゼフがデヴィルに協力し、成したことのいくらかは、彼自身の協力を得ることでしか解決できないかもしれないのだから。

 たとえば、契約者である彼だけが送還できるデヴィルの群れがどこかにいるかもしれないし、彼の意思でのみ閉鎖できるようなバートルへ続くポータルがあるかもしれない。

 

「それなら、どうやって説き伏せようというの? このままではいつか悪魔どもに寝首を掻かれる、とでも進言しようと?」

 

 シェフィールドは、そう言ってふんと鼻を鳴らした。

 

「そんなことを言ってみても、それならそれで面白いと笑われるだけよ。あの方は、この世界が破滅しかねないほどの災厄をお望みなのだと言ったはず」

 

 それが決して虚勢でも虚言でもないことは、シェフィールドにはよくわかっていた。

 

「あの方は、自分の保身など最初から考えてはおられないわ」

「今は、そうかもしれないね。でもディーキンは、最初からそうじゃなかったと思うの」

 

 ディーキンはそう言うと、タバサの方に向き直る。

 

「ねえ、タバサ」

「……何?」

「タバサなら、知ってると思うの。ジョゼフさんは、ええと、お父さんが死ぬ前は……、彼と、仲良くしていたんじゃない?」

 

 いきなりそんな話を振られて、タバサは困惑した。

 

 仲良くしていた?

 父を殺した男が、自分が殺した弟と。

 

「……」

 

 尋ねたのがディーキンでなければ、ありえないと冷たく切り捨てて終わりだっただろうが、彼には何か意図があるのだろう。

 だから、彼女も真剣に考えてみた。

 

「……仲は、良かったように見えた」

 

 ややあって、ためらいがちにぽつりとそう答える。

 

 確かに、父の死の知らせが届いたあの呪わしい日に、親シャルル派の貴族たちが伯父のジョゼフによる謀殺だと騒いでいるのを耳にするまでは、自分も父と彼の仲が悪いなどとはおよそ考えたこともなかった。

 それ以前にもそんな噂をしている人々を見たことは何度かあったが、いつもあの人たちは何も知らないのだわ、と憐れに思っていた。

 

 だって、自分は家での、本当の彼らの姿を見ていたのだから。

 

 ジョゼフはよくオルレアンの屋敷を訪れては、中庭のポーチで父とチェスを指したり、酒を飲んだり、談笑したりして、いつも和やかに過ごしていた。

 そんな彼らの姿を見て、どうして不仲であるなどと信じることができようか。

 

 けれど……。

 

「表向きは、そう見えた。今は、当時の自分に見えていたことがすべてだったとは思わない」

 

 どうあれ、彼が父を殺させたことに、疑問の余地はない。

 そうでなければ、どうして父の死後に自分たちを呼び出し、心を壊す薬を飲ませようなどとするだろうか。

 

 だからきっと、当時の自分の考えは浅く、間違っていたのだ。

 

「ウーン、そうかも……。でも、見えてたことがまるっきりの嘘だったとも、ディーキンは思わないの」

 

 だって、タバサは二人の近くで、ずっと過ごしていたのだから。

 

 思うに、彼女は当時の自分が何も知らず、無力で臆病だったがゆえに長年母を苦しませることになってしまったのだと悔やむあまり、父の死以前の自分をその生活も含めて過当に低く評価し過ぎているのではないだろうか。

 確かに当時のタバサには無知ゆえに、あるいは無垢であるがゆえに見えていなかった面もあったかもしれない。

 だがしかし、それゆえにこそ見えていたこともあったはずだと、ディーキンは思うのだ。

 

「タバサのお父さんはきっと、お兄さんのことが大好きだったはずなの。お兄さんのほうも、そうだったんじゃないかなって」

「……どうして、そんなふうに思うの」

 

 かすかに眉をひそめてそう尋ねるタバサの声は、無理もないことだろうが、少し刺々しかった。

 

 ディーキンももちろん、彼女の母であるオルレアン公夫人から、夫のシャルル大公が兄に対する劣等感を抱き、彼を出し抜いて国王の座に着くためにあらゆる手を尽くしていたという話は聞いている。

 タバサの実家に隠されていた秘密の地下室から見つけた資料も、その話を裏付けるものだった。

 シャルル大公が兄に対して抱いていた嫉妬心は、聡明さをたたえられていたという彼が悪魔との契約に手を出してしまうほどに根深いものだったのは確かだろう。

 

 にもかかわらず、ディーキンはシャルル大公が決して兄を嫌いなばかりではなかったはずだとも確信していた。

 

「だってディーキンは、タバサのお家にある、古い二段ベッドを見たもの」

「……二段ベッド……?」

「そう。昔、タバサのお父さんが、お兄さんと一緒に使ってたものなの。二人の名前が彫ってあったよ」

 

 唐突な話に少し困惑したものの、そう言えばそんなものがあったな、とタバサは思い出した。

 

 確かに、昔は二人でそこに寝ていたものだと、父からも聞いた覚えがある。

 使わなくなって一度は解体したものを王城から運び出し、オルレアンの屋敷で組み立て直して保管していたらしい。

 

「あれは、タバサのお父さんにとって大事なものだったはずなの。きっと、ジョゼフさんにとってもね」

 

 タバサの実家に滞在して彼女の母親の心を癒したり、隠された地下室を探し出したりする合間に、他にも何か手がかりがあるかもしれないという期待と純粋な好奇心とから、ディーキンは館の他の部分もいろいろと見て回っていたのである。

 そうする中で、彼はタバサの父であるオルレアン公シャルルの遺した品々を目にした。

 オルレアン家が不名誉印を受けた後にも王家に没収されなかった、他人にとってはさしたる価値もないささやかな物ばかりだったが、それらの中には彼の兄であるガリア王ジョゼフとの思い出の品と思しきものがいくつも含まれていたのだ。

 

 ディーキンはコボルドであるから、人間の使う寝床のことには詳しくはないが、それでも本来なら王族ともあろうものが二段重ねの寝台などと、そんな狭い家に住む平民のためにあるような代物を使う必要はないはずだということはわかる。

 それぞれが自分の部屋と、豪華な寝床を与えてもらえるだろう。

 

 にもかかわらず、二人は上下に連なった同じ寝床で寝ることを選んだのである。

 それもおそらく、ベッドのサイズや傷み具合、密かに二人が彫り込んだものらしい背比べの跡などからして、かなり大きくなるまでそうしていたのだ。

 そして、それを使わなくなっても捨てることなく、わざわざ城から運び出して組み立て直してまで、大切に保管していた……。

 

「お互いのことを嫌いだったなら、どうしてそんなことをするの? だからディーキンには、二人が憎み合ってたなんて信じられないな」

 

 そこでシェフィールドが、やや苛立ったような調子で口を挟んだ。

 

「……それで? ご高説は結構ですけれど、この話をする意味はあるのかしら?」

 

 そう言って首を横に振る。

 

「昔どうだったかなんてことは、今のあの方には関係ないでしょうに! どうあれ、あの方は弟君を……」

「殺したの?」

 

 ディーキンの率直な問いに対して、シェフィールドは一瞬ためらった様子でちらりとタバサの方に視線を走らせた後に、頷きを返した。

 

「ええ。当時まだ召喚されていなかった私は見てはいないけれど、否定されたことはないわ。もちろん暗殺者を派遣したのであって、ご自分の手で、というわけではないでしょうけどね」

「…………」

 

 タバサはさすがに少し顔を歪めたものの、何も言わなかった。

 

「でもそれは、王さまになるためじゃなかったんでしょ?」

 

 オルレアン公夫人は、世間が何と噂していようと先王が死の床で次の王に選んだのは長男のジョゼフであり、それがために前々から王の座に執着していた彼女の夫は激しい失望に駆られたのだ、と言っていた。

 シャルル大公自身が妻にそう話したというのだから、間違いはないだろう。

 

 だとすれば、ジョゼフには弟を殺さねばならぬ理由などはないように思える。

 

「じゃあ、どうしてなの?」

 

 単に彼が狂っているからだ、というのでは説明にならない。

 それまでは弟と仲良くしており、狂気めいたところなどなかったという兄が、どうして急にそんな狂った行動をし出したのか、ということが問題なのだ。

 

「……さあ? 私はそんなことには興味がないし、お尋ねしたことはないわね……」

 

 それは、半分は嘘だった。

 

 興味は大いにある。

 とはいえ、その理由は概ね想像がついていた。

 それを彼の口からはっきりと聞きたくはなかったので、あえて尋ねなかったのである。

 もしも聞いてしまえば、既にこの世に存在しない、壊してやりようのない相手に対する、浅ましい嫉妬の炎に焼き焦がされずにはいられないのがわかっていたから。

 

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ディーキンは話を続けた。

 

「ディーキンはね。きっとなにか、行き違いがあったんじゃないかなと思うんだ。そこのところを、ジョゼフさん本人から聞いてみたいんだよ」

 

 そう言って、またタバサの方を見る。

 

「ねえ、タバサはディーキンが前に話した、ええと……ほら。あの、王様と従兄弟の話を覚えてる?」

「……覚えてる」

 

 タバサは、そう言って頷いた。

 それは、母から事の真相を聞かされ、自分が復讐を続けるべきかどうかといった話になったときに、彼が聞かせてくれた物語だった。

 

 

 

------

 

 

 

 ある国の国王は、反乱の首謀者であった従兄弟を捕らえ、数々の拷問にかける。

 それでも彼は頑として、反乱に協力してくれた者たちの名を吐かない。

 

 ついに、国王はその従兄弟の勇敢さに敬意を表し、これ以上苦しませず一思いに楽にしてやるよう命じる。

 だが、処刑される寸前に、従兄弟は悲鳴を上げて命乞いをする。

 

『やめろ! 話すから!』

 

 実は、口を割ったが最後、用済みになった自分はすぐに殺されてしまうとわかっていた彼は、勇敢さではなく命惜しさのために口をつぐんでいたのである。

 

 しかし手遅れで、斧は振り下ろされ、彼は死んでしまう。

 国王は彼に敬意を示すつもりが、かえって従兄弟にとってもっとも望ましくない選択をしてしまったのである。

 

 

 

------

 

 

 

「本当に相手のことがわかっていないうちは、どうするのが正しいかも判断できない……」

「そう。それが、あの話の教訓なの」

 

 だから、軽率な判断を下す前にジョゼフ王の本当の気持ちが知りたいのだ、とディーキンは言った。

 でなければ、物語の中の二人のように、そしておそらくはジョゼフ王とシャルル大公のように、自分もまた致命的な間違いを犯してしまいかねないから。

 

「ディーキンはきっとね、話せばわかってくれる人だと思うんだよ。だって、タバサのおじさんなんでしょ?」

「希望的観測ね」

 

 対するシェフィールドの声は、どこまでも冷たい。

 タバサはいざ知らず彼女にとっては、そんな意見は所詮、世間知らずな楽天家のそれだとしか感じられなかった。

 

 こいつはドラゴンらしいから、頭はある程度回るのか知らないが、人間の世の中のことなどろくにわかりもせずに自分の能力を過大評価しているに違いないというのが、彼女の見解である。

 

「要するに、具体的な方策もなく思い込みと楽観的な見込みだけであの方と会って、成り行き任せのいきあたりばったりで話そうということでしょう。それで首尾よくいかなければすべての予定が台無しになるのだと、あなたはわかっているのかしら?」

 

 しかし、当のディーキンの側としては、最善の結果を得るにはそれより他に方法はないだろうと思っている。

 だからやるしかないというだけのことであって、この期に及んで現実的に難しいだのなんだのといった言わずもがなの話をして、悲観的になってみても仕方がない。

 

 そもそも成功率の低い試みだなんて、そんなのは地獄送りになった上で生還してアークデヴィルを倒すだとか、そういった叙事詩的な冒険行を成し遂げてきた冒険者にとっては今さらな話でしかないのだし。

 

「ねえ。お姉さんはきっと、ジョゼフさんのことが大好きなんだよね?」

 

 シェフィールドは、直球でそんなことを聞かれたことに、やや戸惑った様子を見せた。

 

「……何を今さら? もちろん、私は使い魔として、あの方には忠誠を……」

「だったら、彼に本当に幸せになってもらいたいとは思わないの?」

 

 そう言って、ディーキンは真っ直ぐにシェフィールドの顔を見上げた。

 

「お姉さんのやり方でうまくいっても、きっとジョゼフさんは満足しないと思うんだよ。もちろん、デヴィルのやり方でもね。人間や天使や、ディーキンたちを皆殺しにできたとしても……」

 

 本人の求めるものをただ請われるままに与え続けることが、必ずしも本人にとって良いというものではないだろう。

 たとえば、麻薬中毒者に好きなだけ薬物を与えるのは、助けることにはならないはずだ。

 

 大体、戦争や虐殺なんてものは要するに原始的で未熟な娯楽で、無駄に壮大で派手なだけで、大して面白くもなんともないだろうとディーキンは思っている。

 

「そこで、試しに一度、ディーキンに任せてみてほしいの。人に喜んでもらえるような娯楽を提供するのは、ディーキンのが専門だからね!」

 

 そう言って手にしたリュートを見せながら、自信ありげにぐっと胸を張る。

 

 納得してもらうためになんだかんだと細々とした理由をあげて説明はしてきたが、つまるところディーキンの最大の動機はそれであった。

 どうにかして心を震わせたいという人がいて、そのために虐殺だの何だのといった野蛮な娯楽に益もなく興じているというのなら、もっと上等な楽しみを提供しに行かずにいられようか。

 相手が犯罪者だろうが狂人だろうが、バードにとってそんなことは問題ではない。

 

「……娯楽……ね」

 

 シェフィールドは、苦々しげな顔をしながらも考え込んだ。

 

 もちろん、ジョゼフは大国ガリアの王である。

 戦争を起こすなどという狂った遊戯に興じ出したのは、その権力でもって味わえる、あらゆる娯楽にも満足できなかったからだ。

 宮廷お抱えの楽士たちが奏でる素晴らしい音楽の数々にも、ドラマチックな演劇にも、とうに飽いてしまっている。

 

 だから、普通に考えて今さら、ありきたりのつまらぬ娯楽などに心が揺さぶられようはずもない。

 ましてや人間の心についてろくに知りもせぬであろうドラゴンなどに、戦うことばかりが専門のはずの『ガンダルーヴ』などに、何を期待できようものか。

 

 ……と、頭ではそう思うものの。

 

 なぜか、このちっぽけなドラゴンの目を見て、その声を聞くと、もしかすれば何かこの状況を改善してくれるのではと期待したくなるような気持ちになる。

 魔法などは、使われていないはずなのだが。

 

(ええい、流されてどうする?)

 

 とはいえ、あまり無下に突っぱねて、同盟を拒否されても困る。

 あの方は最終的に大惨事が見られさえすればいいのであって、悪魔どもを裏切ることなどなんとも思わないはずだし。

 悪魔どもに知られぬよう、密かにこいつと会わせるくらいはどうにかなるか……。

 

 しばらく考えた後に、口を開いた。

 

「では、証拠は? 私に、あなたの見解が正しいかもしれないと納得させられるような。そして、あの方に興味を持たせて、わざわざ悪魔どもに隠して足を運ぼうと思わせられるような何かを、あなたはもちろん、この場で提示できるのでしょうね?」

 

 今度はディーキンが、少し考え込む番だった。

 

 確かに、この場ではまだ何も用意できないというのでは、ジョゼフ王を呼んできてくれればなんとかするなどと言っても説得力がないだろう。

 で、実際に何かあるのかと言われれば、あるにはある。

 オルレアン家の地下で手に入れたシャルル大公の密かな研究資料や、彼が結んだ売魂契約の書面などは、おそらくジョゼフ王が知らなかった弟の一面で、彼に足を運びたいと思わせられるであろう代物だ。

 

 しかし、それらを一時でも手放すことは、絶対に避けたかった。

 何かの間違いでデヴィル側に回収されてしまいでもしたら、非常に拙い事態になる。

 

(……ウーン、他に何か……)

 

 ディーキンはそこでふと、ある呪文のことを思い出した。

 

 それは、《水晶占いの窓の創造(クリエイト・スクライング・ウィンドウ)》と呼ばれるものだった。

 本来はフェイルーンの外にある世界の呪文であるらしく、自分も実際に使ったことはおろか、使われるのを見たことさえもない。

 ただ、バードとして伝え聞いたことがあるだけだ。

 

 それでも、その呪文が聞いたとおりの、期待通りの効果を発揮してくれたならば。

 自分の推測が本当に正しいかどうかを確認することができるし、ジョゼフ王にも間違いなく興味を持たせることができるだろう。

 

「……ウン。じゃあ、やってみるよ」

 

 ディーキンはそう言って、自分の指にはめた《ギルゾンの指輪(リング・オヴ・ギルゾン)》をそっとなぞった……。

 

 

 呪文によって出現した、モザイク模様を描くように並べられた色とりどりのガラスの中央に収まっている、小さな覗き窓。

 それを通して見える数十年前のヴェルサルテイル宮殿の一角では、二段ベッドの端に腰かけた二人の兄弟が、仲睦まじげに遊んでいた。

 

「どう? ディーキンの言ったとおりだったでしょ?」

 

 得意気に胸を張るディーキンの言葉に対して、食い入るようにその光景に見つめたまま、タバサは小さく頷いた。

 いろいろな思いで胸がいっぱいで、目が離せず、言葉が出てこない。

 

 これまでにも彼の使う魔法には幾度となく驚かされてきたが、今度はまさか、過去を見る術とは。 

 もはや、奇跡の類としか思えない。

 再び生きて動いている、それも今の自分よりも幼い頃の姿の父を見ることができようとは。

 

(うらやましい……)

 

 タバサは目の前の光景を見て、素直にそう思った。

 

 窓の向こうにいる父と伯父とは、とても心を通わせ合っているように見える。

 自分にはあんなふうに気兼ねなく遊べる、兄弟も友人もいなかった。

 トーマスのことは半ば兄のように思ってもいたが、対等の間柄として付き合うことはできなかったし、母の与えてくれた人形のタバサが一番の遊び相手だったのだ。

 

(あの二人が、どうして?)

 

 そう考えると、胸が締め付けられるようだった。

 伯父を憎い仇、狂人だと思う気持ちはどこかに消えてしまって、ただ自分もディーキンと同じように、その理由を知りたい、聞いてみたいと思った。

 

「ねえ、お姉さん。これを見せればきっと、ジョゼフさ――」

 

 タバサの反応に満足して、今度は彼女の少し後ろに立つシェフィールドの方に注意を向けたディーキンはそこで、ぎょっとして言葉を途切れさせた。

 

 彼女は己の内心を押し隠すことも忘れて、ディーキンがこれまでに一度も見たことないような表情を露わにしていたのである。

 それは、およそまっとうな善人が浮かべられるようなものではなく、かといって情愛に乏しいフィーンドやドロウのような悪の種族も、まず浮かべることのないものだった。

 

 窓の向こうの幼気な二人の少年に向けられた、おぞましいまでの情念に歪んだ顔……。

 





王様と従兄弟の話:
 本作の第七十三話で登場した話。
 なお、原作「Neverwinter Nights」の拡張版で、同じ話をディーキンがボスに聞かせるイベントがある。

クリエイト・スクライング・ウィンドウ
Create Scrying Window /水晶占いの窓の創造
系統:占術; 4レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(覗きガラスと、その周りにモザイク模様を描くように配置する98枚の色ガラス)、経験(750xp、オリジナル版では不要)
コスト:6ポイントの【判断力】ダメージと1d3ポイントの正気度(D&D版ではどちらも不要)
距離:0フィート
持続時間:永続
 この呪文はガラスに魔力を付与することで、それを過去を覗き見ることができる窓に変える。
ただしその覗き窓の中でも、時間は進み続けている。
つまり、作成した時点で「50年前の光景を映し出す」ように設定した鏡は、その一月後にもやはり“その時点から”50年前の光景を映しているのである。
鏡に映し出される場所は術者がいつでも自由に移動させることが可能であるが、移動させる距離100マイルにつき5分の時間がかかり、さらに6ポイントの【判断力】ダメージを追加で受ける。
なお、ある程度以上の【知力】をもつ者は、やや難度は高いものの、この窓によって監視されていることに気付く可能性がある。
この窓を通して、『ディテクト・マジック』および『メッセージ』の呪文を未来から過去へ、あるいは過去から未来へ向けて発動することもできる。
 この呪文は本来「コール・オブ・クトゥルフd20」に収録されているものであるが、同じd20システムを用いているD&Dのキャンペーンに取り込んで使用することもできる旨が、同ルールブックに記載されている。
主として近現代の地球に生きるコール・オブ・クトゥルフの探究者がこの呪文を用いれば正気度を失ったり能力値ダメージを受けたりすることになるが、ファンタジー世界に生きるD&Dの冒険者はもちろんこの程度の呪文を使ったくらいでいちいち発狂などせず、その代わりに経験点を消費することになる。
なお、この呪文の発動には窓の作成などで本来は1日の時間がかかるが、本文中のディーキンは指輪の『リミテッド・ウィッシュ』による効果再現を用いているため、1標準アクションで発動している。

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