Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百五十二話 A lie reveals the truth

 

「聞いた通り、話の分かる方で助かるわ」

 

 そう言って微笑むシェフィールドの顔を、タバサは無感情な目で見つめ返した。

 

「場所は?」

「あら、このままここで話すのではいけないかしら。周りの連中に聞かれてもどうせ内容はわからないのだし、人気のない場所に行くのはかえって不安ではなくて?」

 

 お互いにね、と言って目を細めるシェフィールドに対して、タバサは少し考え込んだ後、わかったと言ってこくりと頷いた。

 それから、あらためて相手の顔をじっと見つめる。

 

「……それで」

 

 それであなたの頼みとは何なのか、と目で問いかけるタバサに対して、シェフィールドは勿体ぶるように指を組んで顎の下に置いた。

 実際には単に勿体ぶっているわけではなく、頭の中でどこまで話すべきかの最終的な検討をしていたのだが。

 

 ややあって、口を開く。

 

「……頼みというのはね、あなたが付き合っているその『虚無』の主従と話させてもらいたいの。こちらの身に危害が及ばないことを、保証してもらった上でね。ああ、もちろん逆にこちらが危害を加えることもしないし、悪魔どもに情報を漏らしたりもしないから、その点は安心なさい」

「何のために?」

「王党派に味方して悪魔どもと戦っているという、天使たちの力を貸してほしいのよ。このアルビオンとあなたの祖国であるガリアから、悪魔どもを排除するためにね。その二人が呼び出したものなのでしょう?」

 

 シェフィールドは、いたって落ち着いた声で、正直に自分の目的を明かした。

 

 ディーキンのやってきた異世界には、《嘘発見(ディサーン・ライズ)》と呼ばれる虚言を看破する呪文があることを彼女は知っている。

 よって、彼と付き合いがあるはずのタバサがそのような呪文の効果を発揮できるマジックアイテムを持たされている可能性についても当然考慮し、できる限り隠し事はしない方がいいと判断したのである。

 

 そういった感知呪文を遮断する手段もあるにはあるのだが、シェフィールドは今のところ、あえて用いていない。

 なぜなら、そうやって感知を遮断すれば相手にも呪文が防がれたことがわかってしまう可能性が高いし、そうなれば信頼を得られなくなってしまうからだ。

 隠すということは、そこに知られてはまずい秘密があるのだと教えているようなものである。

 

(魔法の防御に頼るまでもなく、《嘘発見》の呪文などどうとでも誤魔化せる)

 

 なぜなら、そういった呪文はあくまでも明確な虚言を見破るだけで、すべてを話してはいないことや、巧みに言い逃れていることまで見破れるわけではないのだから。

 どうしても知られては不都合な部分だけを、そうやって適当に伏せたりぼかしたりしておけばよいのだ。

 そのような呪文に頼ってくれているならむしろ好都合で、嘘がないと『確認』した相手からの信頼を得やすくなるというものである。

 

 とはいえもちろん、タバサのバックアップにあたっているディーキンもまた、シェフィールドと同様に《嘘発見》のような呪文の限界については理解している。

 

 そのような呪文によるあてにならない情報はかえってタバサの目を曇らせることになりかねないと判断した彼は、実際には彼女にそういった呪文の効果があるマジックアイテムを持たせてはいなかった。

 呪文に頼らずとも、タバサは観察力・洞察力に優れているし、ディーキンも《盗み聞きの硬貨(リスニング・コイン)》越しに話を聞いている。

 二人がかりで普通に情報を吟味した方が、おそらくはよい結果が得られることだろう。

 

 そうは言っても、もしも相手が《巧言(グリブネス)》のような呪文を用いていたとしたら、その偽りを見抜くことは難しくなるだろうが……。

 

 その場合は、直接シェフィールドの話を聞くことができないキュルケら周囲の仲間たちの判断が助けになってくれるはずだ。

 相当無理のある話でももっともらしく感じさせることができ、二流のペテン師でさえドラゴンに自分は飛べないと信じ込ませることができるようになるとまで言われる強力な《巧言》の呪文だが、直接術者の言葉を聞いているわけではない者にまではその影響を及ぼせない。

 明らかに妙な内容の話であれば、又聞きした彼女らがきっと気付いて指摘してくれることだろう。

 

 とはいえ実際には、少なくとも今のところはシェフィールドは嘘を言っていないので、そのような用心も無用なわけだが……。

 そんなことはわからないタバサは、わずかに不審そうに顔をしかめた。

 

「……悪魔を、排除する。アルビオンと……ガリアから?」

「そうよ」

「では、ガリア王家とアルビオンのデヴィルの間には、何かつながりが」

「ええ、あるわ」

 

 シェフィールドは、あっさりとそう認めた。

 

「……」

 

 タバサが、微かに顔をしかめる。

 以前に自分への任務を伝えに来たイザベラからの使者がデヴィルであったことからして、まったく予想していなかったというわけではもちろんないのだが、それでも母国が悪魔などと関わっているなどとはっきり言われて愉快なはずもなかった。

 

「……でも、詳しいことについては、先程の私の要求をあなたが飲んでくれない限りは話せないわね。私と、私の主の身の安全を保障するとはっきり保証したうえで会談に応じてくれるのなら、その時に」

 

 シェフィールドが、そう言いかけたとき。

 

「アー、ルイズはいまいないけど。ディーキンだけでもいい?」

 

 突然、彼女のすぐ近くからそんな声が聞こえてきた。

 

「……なっ!?」

「……ディーキン?」

 

 シェフィールドもぎょっとした様子だったが、タバサも少なからず困惑したような声を漏らした。

 それはそうだろう、魔法の感知機越しに遠くで話を聞いていたはずのディーキンが、いつの間にか少し離れた席にちょこんと腰かけていたのだから。

 

(どうして、ここに来たの?)

 

 当初の予定と違う彼の行動にタバサは一瞬うろたえたが、考えてみれば向こうは既に彼やルイズの存在について知っていたわけだし。

 この上はさっさと姿を現して、直接話をした方がよいと判断しても不思議ではない。

 あるいは、相手がワルド子爵まで脱獄させていたという事で、一人そんな場にいる自分の身を案じてくれたのだろうか。

 だとすれば、気遣われて嬉しいような、もっと頼りにしてほしいような、複雑な気持ちだが……。

 

 なんであれ、信頼し仕えると決めた彼がそうするべきだと判断したのであれば、タバサに異議はなかった。

 さりげなく席を立って、彼の隣に寄り添うように移動する。

 

「……これはこれは。話が早くて助かるわ、『ガンダールヴ』」

 

 シェフィールドはすぐに立ち直ったようで、不敵な笑みを彼の方に向ける。

 

 いきなりのことだったのでさすがに一瞬は面食らったものの、この場所で待ち合わせたいと事前にタバサに通達した以上は、仲間がどこかで様子を窺っているかもしれないというくらいのことは当然想定していた。

 異世界の魔法、ないしは『虚無』には空間を飛び越えるものがあるのだから、突然現れるのもなんら不思議なことではない。

 ディーキンは人目の多い場所であることを考えて人間の姿に変装していたが、もちろんそんな程度のことで戸惑ったりもしなかった。

 

「つまり、あなたはあなたの主人から、この件に関しては任されているということでいいのかしら?」

 

 シェフィールドの問いに対して、ディーキンはこくりと頷いた。

 

「そうなの。ディーキンは、もしもお姉さんが約束通りにデヴィルを追い返すのに力を貸してくれるなら、ルイズやセレスチャルの人たちに、あんたたちを殺したり捕まえたりはしないでってお願いするよ。もちろん、ディーキンもそんなことはしないって約束するの」

「その約束が、確かに守られるという保証は?」

 

 そう聞かれて、ディーキンはンー、と考え込む。

 

「ディーキンは別に、何に誓ってもいいよ。イオでも、バハムートでも、カートゥルマクでも、ブリミルさんでもね。だけど、お姉さんが心配してるのは、ディーキンがウソつきかもしれないってことだよね?」

「あなたは正直そうには見えるけれど、初対面ですもの。特に、知恵のある韻竜で、普段から無害そうな亜人の姿を装っているような相手は油断ならないものでしょう、『ガンダールヴ』?」

 

 そう言って目を細めるシェフィールドの顔を、ディーキンは気を悪くするでもなく真っ直ぐに見つめ返した。

 実際、彼女のささやかな誤解をわざわざ訂正するような親切な真似はしていないのだから、自分がまったくの正直者だと主張するわけにもいくまい。

 

「そうかもね。でも、そんな風に用心深くしてるなら、あんたは《嘘感知》の魔法とかを使ってるんじゃないのかな?」

「ええ。でも、そういった魔法は防がれることもあるものでしょう?」

「アア、やっぱり。それなら話は早いの。要するに、ディーキンがそんなことはしてないって証明すればいいんでしょ」

 

 ディーキンはそう言ってひとつ咳ばらいをすると、わざとらしく厳かな顔を繕って、片手を上げる。

 

「オホン……。ディーキンの言うことは信じてくれていいの。なぜなら、ディーキンは生まれてこのかた、一回も嘘なんかついたことはないからね!」

 

 シェフィールドはそれを聞くと一瞬、戸惑ったような顔になった。

 だが、すぐに得心がいった。

 

(『ガンダールヴ』は今の戯言で、自分が《嘘感知》の効果を遮断するような防護策を何も取っていないと示してみせたのだ)

 

 シェフィールドは自ら認めたとおり、タバサやディーキンとは違って、着用しているマジックアイテムによっていつでも《嘘感知》の呪文の恩恵を得られるようにしていた。

 弱点もあることは重々承知しているものの、ひとつの判断材料にはなるからだ。

 完全な善であるという天使たちはともかく、『虚無』の使い手やその使い魔が嘘をつかないという保証はないのだし、自分たちの身の安全にかかわる重要な事項である以上、相手が本心からそう言っていることは可能な限りの手段を用いて確認しておかなくてはならない。

 

 先ほどディーキンが自分やジョゼフに危害を加えないと誓ったとき、その呪文は反応を示さなかった。

 しかし、その後のあからさまな嘘に対しては、直ちに頭の中に不快な警告音を鳴り響かせて、それが明らかな虚言であることを伝えてきた。

 もしも《嘘感知》の効果が遮断されているのならば、そのような現象は起こらない。

 つまり、ディーキンはわざと一度あからさまな嘘をついてみせることで《嘘感知》の効果が正常に働いていることを証明し、自分の最初の誓言が嘘ではないことを証立てたというわけである。

 

「どう、お姉さん。これで安心してくれた?」

「ええ、安心したわ」

 

 シェフィールドはそう言って軽く肩をすくめ、微笑んでみせたものの、内心ではまったく警戒を解いてはいなかった。

 確かに嘘でないのは間違いないだろうが、ワルドからの情報にもあったとおり、見た目にそぐわずかなり頭の回る使い魔らしい。

 

(話し過ぎてこちらの計画の要らぬところまで見抜かれぬよう、気をつけねばなるまい)

 

 一方ディーキンの方も、そんなシェフィールドの反応を観察していた。

 些細な表情の変化などは、さすがに音声のみの魔法の感知機越しでは捉えることができない情報だ。

 

(やっぱり、この人は何か隠してるね)

 

 シェフィールドが明らかにまだこちらを警戒している様子なのを見てとって、ディーキンはそう確信した。

 もしも彼女が正真正銘デヴィルを排除したいだけで何も裏がないのなら、同盟相手が嘘を言っていないことが確かめられたのだから、それで安心なはずである。

 

 とはいえ、デヴィルを排除したいという事自体は、おそらく嘘ではあるまい。

 虚言を見抜くような呪文に頼る者は、相手が同じ呪文を使うことも当然考えるはずで、呪文による感知にひっかかるようなあからさまにでたらめな嘘はまずつかないだろう。

 それに、こちらを騙すだけの目的でこんな場所へ足を運んで会談するというのは、リスクが高すぎる。

 

 彼女には確かに、これだけの危険を冒してでも成し遂げたい何らかの目的があるのだろう。

 ただ、それがなんなのかについては、まだすべてを正直に話してはいないに違いない。

 それを率直に尋ねるべきか、それともそ知らぬふりをしておくべきかについては、話しながら様子を見て判断していくしかないだろうが……。

 

(……ンー)

 

 ディーキンは、少し離れた場所にいるワルド子爵の様子を、ちらりと窺ってみた。

 

 彼はこちらの方を見てはいたが、態度は平静そのものだった。

 自分を一度は打ち倒して牢に送った相手が目の前にいるのだから、もう少し敵意なり憎悪なり動揺なり、なにがしかの反応があるだろう、最悪この場でひと騒動あるかもしれない、というくらいのことは覚悟していたのだが。

 自制心で内心の感情を押し殺しているのかもしれないが、それよりもこのシェフィールドという女性に何か精神的な操作でも施されたと考える方が自然か。

 

 だとすればつまり、この女性は自分の目的のために他人を操り人形にするくらいのことは平気でやる人間ということだ。

 ますます、油断はできない。

 

「マスター。カクテルの『サンセット』と、ダボフィッシュの唐揚げをお願いするの。こっちのお姉さん二人と、そっちの席のお兄さんにもあげてね?」

 

 しかし、そんな様子をおくびにも出さず。

 ディーキンはいつも通りの人懐っこいにこやかな笑みを浮かべながら、ますは飲み物と軽食を注文した……。

 





ディサーン・ライズ
Discern Lies /嘘感知
系統:占術; 4レベル呪文
構成要素:音声、動作、信仰
距離:近距離(25フィート+2術者レベル毎に5フィート)
持続時間:精神集中、最大で術者レベル毎に1ラウンドまで
 術者は毎ラウンド呪文の距離内にいる対象1体に精神を集中することで、意図的かつ故意の嘘をついた際に生じるオーラの乱れを感知することができる。
この呪文は真実を明らかにするわけではなく、意図せずに間違ったことを言ってもそれを指摘することはない。
また、必ずしも言い逃れを見抜くこともない。
この呪文は占術を妨害するある種の呪文などによって防ぐこともできる。
 この呪文はクレリックにとっては4レベル、パラディンにとっては3レベルの呪文である。

グリブネス
Glibness /巧言
系統:変成術; 3レベル呪文
構成要素:動作
距離:自身
持続時間:術者レベル毎に10分(解除可)
 この呪文によって術者の言葉は超常的なまでに能弁なものとなり、他者からの信用をきわめて得やすくなる。
術者は、他人に自分の言葉が真実だと信じさせるための<はったり>の判定に+30のボーナスを得ることができる。
これは、まったくのド素人でさえ世界屈指の超一流詐欺師と同等もしくはそれ以上に口が回るようになるほどのボーナスであり、この呪文の恩恵を受けた者の<はったり>は事実上ほぼ看破は不可能である。
しかも、この呪文は術者自身に作用するものであって他人にかけるものではないため、呪文に抵抗して無効化するという事もできない。
また、嘘を見破ったり、真実を話すように強要したりする呪文でさえ、その術者が(15+グリブネスをかけた術者の術者レベル)を難易度とした術者レベル判定に成功しない限りは効果を発揮しない。
直接戦闘に用いられるようなものではないが、非常に強力な呪文だと言える。
 この呪文はバード専用である。

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