Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百五十話 Container and contents

 

「悪魔どもの後ろ盾にガリアがついているという、君の推測が正しいとすれば。やつらはのらりくらりと時間を稼がせながら、かの国の内部で新たな戦力を用意しているのではないかな?」

 

 幾度目かの軍議の席で、ウェールズ皇子は同席したディーキンの方を見ながら、そんな考えを口にした。

 

 先日の戦で、敵方は『地獄の業火』とやらを使う強力な新型のゴーレムを持ち出してきた。

 あれがガリアで作られたものだとすれば、量産した上でこちらと同じく瞬間移動などを活用することで密かにレコン・キスタの本拠地へ運び込み、戦列に加えるつもりなのではないだろうか。

 

 ニューカッスル城前の戦いでは完封できたが、それはこちらが精鋭を揃え、あらかじめ準備を整えた上でのこと。

 もしも同じものが量産され、戦場の何か所もに同時に姿を現したなら甚大な被害を生じさせ得る。

 もしかすれば、他にもさまざまな兵器を開発しているかもしれない。

 

「ウーン……。そうかもしれない、けど……」

 

 ディーキンは釈然としない様子で、首を傾げて考え込んだ。

 

 デヴィルたちの背後に大国ガリアがいるというのは、タバサの屋敷で見つけたものなどからディーキンが推測したことであり、証拠はないが彼としてはその可能性は高いと踏んでいた。

 かの国は、ハルケギニア随一の大国にして魔法技術の先進国なのだという。

 ゆえにウェールズ皇子の考えたようなことも可能かもしれないし、地獄の業火を使う強力なゴーレムが量産されれば確かに大変な脅威である。

 

 しかし、それで仮に戦況を巻き返せたとしても、デヴィルたちにどれほどの利があるだろうか。

 

 デヴィルは、同じフィーンドであってもデーモンとは違うのだ。

 もちろん、どちらも純粋な悪で、善と倫理の敵対者であるという点では同じであるが、デーモンが破壊者であるのに対して、デヴィルは圧制者である。

 前者が善の勢力と戦うのは敵を憎んでいるからだが、後者は同様に暴力を愉しむことはあっても、得るものより失うものの方が大きい時には戦わない。

 デーモンは定命の存在を破壊しつくしたいと考えているが、デヴィルは定命の存在から搾取し支配したいと思っているのだ。

 

 その観点から見れば、このアルビオンでは既に、人心はすっかり王党派の方に流れてしまっている。

 レコン・キスタは悪魔の支配下にあり、人々を解放するのではなく圧制の下に置こうとしているのだと、多くの人々が理解しつつある。

 そんな状態でさらに恐ろしい力を持ち出して一時的に持ち直したとしても、人々はますますレコン・キスタを恐れ憎むようになり、力を合わせてそれに対抗しようとするだけではあるまいか。

 魂がすっかり悪に染まって死んだ後でバートルに堕ちる状態になっているのでなければ、定命の者をいくら殺してもデヴィルにとってはせいぜい一時の娯楽にしかならず、それが彼らにとって多大な労力を費やすに見合うほどの利益だとは思われない。

 

 しかし、では他にどんなことが考えられるのかと問われれば、ディーキンにも自信をもって話せるようなことは何もなかった。

 

 現状この地でデヴィルたちが人心を掴むことは、もはや戦の勝敗に関係なく絶望的になっているように思われる。

 となれば、これ以上の消耗を避けるためにアルビオンを見限り、レコン・キスタ陣営で既に地獄堕ちが確定している者だけ殺害してさっさと兵を引くなどしていてもよさそうなものだが、いまだにそんな動きはない。

 

 さまざまな占術を用いての情報収集も定期的に試みてはいるが、結果はいまひとつ芳しくなかった。

 この種の呪文では、ある程度具体的に質問の範囲を絞り込めていない状況でただ漠然と気を付けるべきことなどを尋ねてみても、あまり有用な答えが得られることは期待できないものだ。

 

「……ええと、ガリアの方でデヴィルが何をしているか調べてもらうとか、倒してもらうとかは……、できない?」

 

 ディーキンは、同じく軍議に出席していたウィルブレースにそう尋ねてみた。

 彼女はニューカッスル城での決戦の折も、敵陣に単身潜入して数々の情報を集めたり破壊工作を行ったりして、自軍を見事勝利に導いてくれた。

 もう少し敵側の情報が得られれば、占術ももっと有効に使えるだろう。

 

 しかし、ウィルブレースは自信がなさそうな顔で首を傾げた。

 

「難しいでしょうね。私にはガリアという国での土地勘がありませんし、話を聞く限りではかなり大きな国のようですから、どこからとりかかっていいものか。他のセレスチャルに手伝ってもらうにしてもこちらでの仕事もありますし……。疑いのある場所を虱潰しにすべて調べていくには、時間も人員も足りないでしょうから」

 

 ラ・ロシェールでディーキンの得た情報によれば、デヴィルたちの背後にいるのはアークデヴィル随一の慎重派で、防御戦術の達人としても知られるディスパテル大公爵であるらしい。

 ならば、重要な施設は厳重に守られていることだろう。

 ニューカッスル城での戦いを経て、デヴィルらもセレスチャルの干渉があり得ることを想定しているはずだ。

 建物にごくありきたりな《不浄の地(アンハロウ)》の効果が定着されているだけでも、その内部の調査や破壊をすることは格段に難しくなる。

 それでもなお不測の事態が起きた場合に備えて、おそらくは予備も十分に用意してあるはずだ。

 

 それに、セレスチャル総出でガリアに向かうというわけにもいかない。

 こちらにも再びデヴィルが姿を現し、何らかの工作を仕掛けてきた場合に備えて、人員を残しておかなくてはならないのだから。

 

「そうですな。残念ながら、ガリアの国力は我が国とは比較にならぬほど大きい。仮にひとつやふたつの施設を潰せたとしても、ほどなく復旧できることでしょう」

 

「それに、確実な証拠もなく他国へ、それも同じ始祖に連なる国へ、そのような破壊工作を仕掛けるわけにはゆくまい。それこそ、取り返しのつかぬ事態を招く恐れもある」

 

 ディーキンは他の同席者たちの言葉に素直に頷くと、席に腰を下ろした。

 

 

 

 その後は他の人々の意見を大人しく拝聴する傍らで、心の中で別の案を検討していた。

 

 デヴィルがガリアの内部に根を張っているとして、レコン・キスタ陣営に密かな援助を送るには、相当の資産を動かせる立場にある者を取り込んでいなくてはならない。

 ガリアの相当な重臣か大貴族か、それともタバサの叔父だというガリア王ジョゼフ本人か。

 

 と、なれば。

 するべきことは密かに宮廷内へ潜り込み、その人物を特定して、情報を引き出すことだ。

 うまくすれば、この世界に来ているデヴィルたちの首魁だというディスパテル大公爵の居場所も突き止められるかもしれない。

 いずれにせよ、最終的にはかのアークデヴィルを倒し、この世界へデヴィルたちが流入する源を見つけ出して断ち切らねば、脅威を完全に取り除くことはできないだろうし……。

 

(でも、それをセレスチャルの人たちに頼むわけにはいかないね)

 

 先ほどはウィルブレースに頼もうかと思ったが、よく考えてみれば先のニューカッスル城での戦い以降、デヴィルらも自分たちの拠点への善の来訪者の侵入に対しては十分に備えていることだろう。

 そんな場所へ単身、ないしはごく少人数でセレスチャルが乗り込んで行くのは、あまりにも危険すぎる。

 善の来訪者は悪の巣では目立つだろうし、来訪者や招請されてやってきた存在に特有の弱点というものもあって、対策が取られやすいのだ。

 

 そんな危険極まりない敵の巣窟へ、さしたる報酬も求めずにやって来てくれた彼らを向かわせるわけにはいかない。

 

(もし必要になったら、やっぱりディーキンが行くしかない……かな?)

 

 とはいえ、単身では無理だ。

 ウィルブレースのような数々の能力を備えた強大な来訪者はいざ知らず、冒険者は一人で仕事するものではない。

 誰か、頼りになる仲間についてきてほしい。

 

 もしもその時がきたなら、自分が同行してくれるように頼むことになる相手は、おそらく……。

 

 

 

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 軍議が終わると、ディーキンはタバサとの待ち合わせ場所へ向かった。

 用事の済んだら一緒に散歩をしようと約束していたのだ。

 

「お待たせなの」

 

 彼を待つ間静かに腰を下ろして本を読んでいたタバサは、すぐにその声のした方に顔を向ける。

 

 そうしてディーキンの姿を見た彼女はしかし、わずかに目を見開くと、小さく首を傾げた。

 喋り方などから間違いなくディーキン本人だということはすぐにわかったものの、なぜか今の彼は人間のものらしき体になっていたのだ。

 その姿は幼さの残る端正な顔立ちの金髪碧眼の少年で、年のほどはタバサと同じか、それよりもやや幼いくらいだろうか。

 そういえば、ニューカッスル城を発つ前夜に催されたパーティに仲間たちと共に参加し、その後も王党派の軍がアルビオンの都市を解放した折などに時折どこからともなく姿を現しては、鏡写しのような姿をした少女と一緒に歌い踊ってくれている少年によく似ているな、とタバサは思い出した。

 

 確か、『レン』とかいう名だったはずだ。

 

 どうやら彼らは、従軍して力を貸してくれているウィルブレースらとはまた違う種類の天使であるらしく、戦いには参加せずもっぱら芸能を披露して戦火に疲れた人々を慰問することに努めている。

 今のディーキンはおそらく、その子の姿を模しているのだろう。

 

「どうして、変装しているの?」

 

「これは変装じゃないの、変身なの」

 

 ディーキンはそう言うと、タバサの手をぎゅっと握った。

 

「あ」

 

 タバサの頬が、わずかに朱に染まる。

 

 同時に、彼の言った言葉の意味も理解できた。

 握られた手から伝わってくる感触はいつもの固い鱗に包まれたそれではなく、柔らかく、温かい。

 確かにこれは、よく彼が使っている《変装帽子(ハット・オブ・ディスガイズ)》によるもののような幻覚を身に帯びただけの『変装』ではなく、シルフィードの先住魔法のように体そのものを変化させる『変身』だ。

 

「話し合いの後で、ウィルブレースお姉さんにやってもらったんだよ」

 

「……どうして」

 

 タバサは、ほんの少し手を握り返しながら、もう一度質問した。

 変装ではなく変身なのはわかったが、彼の答えはなぜそんなことをしているのかの説明にはなっていない。

 

「えっと、その……、えへへ。ディーキンは、人間の体になってみたら、タバサの気持ちがもっとよくわかるかなあって……」

 

 ディーキンは恥ずかしげにもじもじしながらそう言うと、タバサの手を取ったまま彼女の顔をちらちらと見ては、はにかむように軽く頬を染めた。

 常の彼とは少し違って見えるそんな振る舞いに、タバサの胸が高鳴る。

 

「ディーキンは、なんだか恥ずかしいの……。タバサがいつもよりきれいに見えて、どきどきするよ」

 

 同じ種族の体をもてば彼女のような美しい異性に惹かれるのは当然のことであろうし、コボルドの基準から見てもなんら恥ずかしいこともないはずなのだが。

 それでもなんだか、理屈ではなく恥ずかしい感じがするのだ。

 これが人間の感じ方というものなのだろうか、とディーキンは思った。

 

「……~~っ!」

 

 どきどきするのはこっちの方だ、とタバサは思った。

 今の自分の顔は、きっとりんごの様に真っ赤なのではないだろうか。

 

「えーと。それじゃ、散歩に行こうよ!」

 

 ディーキンは照れ隠しをするようにそう言うと、タバサの手を握ったまま駆け出した。

 

 いつもは身長差がありすぎて、小さな弟の手を握って歩くお姉さんのような状態になってしまうので、手をつないで散歩をすることはない。

 しかし今は、彼の方がタバサよりも十サント以上背が高かった。

 タバサはあわてて彼の手をしっかり握ると、頬の朱を隠すように俯いて、その後へ小走りについて行く……。

 

 

 遠くの方からこっそりと、そんな二人の様子を窺っている人影があった。

 例によって、キュルケとウィルブレースである。

 

「ディー君を人間の体にするなんて、あなたもやるじゃないの!」

 

 これならタバサも心置きなく押し倒せるってものよね、と興奮気味に言うキュルケに、ウィルブレースは苦笑して軽く首を振った。

 

「いえ、そういうつもりではありませんが……。それにしてもレン君にエスコートされてデートだなんて、羨ましい限りですね」

 

 もちろん、結果的にそうなったなら、それは結構なことではあるのだが。

 

 ニューカッスルでのデート以来、密かに二人の様子に興味をもっていたウィルブレースは、会議の後でさりげなく最近彼女とはうまくいっているのかとディーキンに尋ねてみた。

 その際に、「タバサの気持ちはなんとなくわかるし、それはすごく嬉しいんだけど。ディーキンがそれに応えられるのかわからなくて」という彼の相談を受けて、ならば一度彼女と同じ人間の体になってみてはどうか、と提案したのである。

 ほとんどあらゆる種族の姿に変身することができる能力をもち、実際に定命のエルフの身であった頃からオークの姿をはじめ、さまざまな姿をとることに慣れている彼女自身の経験を踏まえた上での助言であった。

 

「肉体の外観よりもその内にある心や魂こそが重要であるのはもちろんのことですが、それらの本質もまたそれが宿る器の影響を少なからず受けるものです。違う形の器、違う立場にある器の中から見た世界は、以前とはまるで違って見えるということも珍しくありませんから」

 

 その度に自分の知る『世界』が広がっていくのだということを、ウィルブレースはよく知っていた。

 

 種族、性別、年齢はもちろん、わずかな容姿や背丈の違いでさえも世界はがらりとその姿を変える。

 醜く粗暴なオークにとって世界はどんな場所であるのかを学び、今の半分の背丈だった頃に世界がどのように見えていたかを思い出し、巨人の目から見た世界はどんなものであるかを知る。

 すべてが新鮮で、どれだけ経験しても飽きることのない無限の世界がそこにあるのだ。

 

 人間の体をもてば、ディーキンもタバサの魅力にもっと深く気が付けるかもしれない。

 それで二人の仲が深まってくれれば、もちろんそれに越したことはない。

 だが、それとはまた別に、純粋に彼らにもっと広い世界の見方があることを伝えたいとも思う。

 バードとして、またエラドリンとして、自分の見てきた美しい世界、楽しい世界のことを、他の人々にももっと知ってほしいと望むのは至極当然のことだからだ。

 

「むしろ、彼女の魅力に気が付いて押し倒すことになるのはディーキンの方かもしれませんよ?」

 

「あのディー君が? まさか!」

 

「いえいえ。彼とて、全竜族の中で最も強欲とされるレッド・ドラゴン族の血を引く若き竜。生まれて初めて特定の異性に惹かれるようなことがあれば、その時どうなるかはわかりませんよ? もちろん、邪悪な振る舞いに堕すようなことはないでしょうが」

 

 ウィルブレースは楽しげにそう答えると、今度は悪戯っぽい目でキュルケを見つめた。

 キュルケは、反射的にどきりとする。

 

「せっかくですから、あなたも新しい世界に挑戦してみませんか? そうですね、今度はあなたの方が男性になるとか、どうでしょう」

 

 

「きれい……」

 

「でしょ? 本当にきれいだよね!」

 

 小高い丘の上から眺める風景、少し赤みがかり始めた日の光の中で夕風にそよぐ木々や花々の姿は、なんともいえず美しかった。

 まるでこの地に住まう人間たちの小競り合いなど、関係ないと言わんばかり。

 

 王党派の軍と共に新しい街に来ると、ディーキンは決まってそのあたりの美しい場所を探し、暇を見て彼女を案内した。

 

 異種族であるにもかかわらず、また王族や見目麗しく信仰の対象でもある天使までもが従軍しているにもかかわらず、ディーキンはやはり兵士たちから人気があって、多くの人々と知り合って親しげに話していた。

 もちろん作戦会議などにも頻繁に顔を出して意見を言ってくれるよう求められていたし、それでもなおしっかりと使い魔としての仕事もルイズの傍で務めていた。

 そんな中でも、必ず自分との時間をもつように努めてくれているのが、タバサにもわかった。

 

(この人が自分にしてくれているのは、気遣い)

 

 あの日の、あの礼拝堂での言葉が私にとって大切な意味をもっていたことを、わかってくれているからだ。

 彼はあの時、恋をしたことはないと言っていた。

 今もしてはいないだろう、それはよくわかる。

 

(だけど……)

 

 でも彼は、あの時、「いつか自分にも恋というものを教えてほしい」と言ってくれた。

 そして今日は、こちらの気持ちがもっとよく知りたいからと言って、自分と同じ人間の体になってみてくれた。

 

(近づこうとしてくれているんだ。私に……)

 

 そう考えると、喜びでとくとくと鼓動が高鳴って、タバサはそっと自分の胸元を押さえた。

 

「……ン?」

 

 その時、ディーキンが小さくそんな声を上げて、首を傾げた。

 

 彼の視線を追って、タバサは眼下の美しい光景の端に、幾人かの人影を見つけた。

 遥か昔に水の枯れた川の底で、編みかごを手に石を梳いている人々……。

 

「あの人たちは、何をしてるのかな?」

 

「……鉱石を探している」

 

 タバサは少しだけ不機嫌そうに顔をしかめて、そう言った。

 

 ずいぶんと離れているから、あの人々にはこちらが何をしているのかなどはわからないだろうが……。

 それでも、せっかくの二人の時間に少しばかり水を差されたような気がした。

 

「鉱石? あんなところで、何か鉱石がとれるの?」

 

「そう。昔、水が流れていたころには、川底でトパーズや猫目石がとれた」

 

 タバサは以前にアルビオンの地理に関する本を読んで、そのことを知っていた。

 今は川も枯れて、鉱石もほとんどとり尽くしたはずだ。

 

「それでも、時間があるときにはああして、残り物を少しでも漁ろうとしている」

 

 人間の欲深さには際限がない。

 地表から、そしてこの空に浮かぶ大地でも、ほとんどの貴金属を既にさらってしまった。

 この美しい自然の風景を人間の欲深さが穢しているようで、そういう意味でもいい気分はしない。

 

「オオ。タバサはやっぱり、物知りだね」

 

 ディーキンは感心したようにそう言うと、彼女とは対照的に、きらきらした目でそれらの人々の姿を見つめた。

 

「えらいねえ。ディーキンはただきれいなところだとしか思わなかったけど、もっと一生懸命探して宝石を見つけたり、みんな一生懸命に働いてるんだね!」

 

「…………」

 

「やっぱり、家族のためなのかな? それとも、自分の夢を叶えるため?」

 

 ディーキンは、遠くに小さく見えるその人々の人生に思いを馳せた。

 

 コボルドも、よく鉱山で一生懸命に働いては貴重な鉱石を掘り出す。

 そうして得た財宝は概ね崇拝するドラゴンに捧げてしまうのだが、それに比べたら家族のために、あるいは自分の夢のために働くというのは、ずっと健康的で建設的なことに思えた。

 もちろん、コボルドにもコボルドの人生があるし、それを全面的に否定するものではないのだが。

 

「……そうかもしれない」

 

「あの人たちみんなに、物語があるはずなの。それをみんな歌にできたら、きっと素敵だろうねえ」

 

 ああ、そうか、とタバサは思った。

 

 いま、彼と自分とは同じ人間の体をもち、同じ作りの目で同じ光景を見ている。

 なのに、やっぱり見えているものが違う。

 彼にとっての世界は、きっと自分のそれよりもずっと明るく色鮮やかで、楽しいところなのだろう。

 何を見ても、そこに美しさを見い出せるのだから。

 

 彼の姿が眩しく見えるのは、赤く輝き始めた夕日のためばかりではあるまい。

 

「ねえ、せっかくだからちょっとやり方を教えてもらって、あの人たちと一緒に働いてみない? きっと楽しいと思うの」

 

 ディーキンはタバサの顔を真っ直ぐに見つめながら、無邪気にそう言った。

 

 以前の自分なら、そんなことをするのは時間の無駄だと断って、本でも読んでいるだろう。

 でも……。

 

(この人がいつか恋をするとしたら。その恋はきっと、砂糖菓子のようだろう)

 

 誰のものより、きれいで甘い。

 その時、彼と同じものを味わいたいと思うなら、きっと自分も変わらなければならないのだ。

 

「わかった。私もきっと、楽しいと思う」

 

 だから、タバサは少しだけ微笑んでそう答えた。

 

 彼が自分に近づこうとしてくれているように、自分も彼に近づきたいと思う。

 その目に見えている世界が、どんなに大きくて美しい場所なのかを知りたいと思う。

 

 そして、彼の傍にいたいと思う……。

 

 

 

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 鉱石採集の仕事をしていた人々は、突然見知らぬ貴族の少女とその連れらしい少年が仕事の手伝いをしたいのでやり方を教えてほしいなどと言ってきたことに、最初は戸惑った様子だった。

 しかし、例によって人懐っこいディーキンはすぐに彼らと打ち解け、快く一緒に働くことができた。

 

 タバサが最初、あさましく欲深な人々なのではないかと感じた彼らはしかし、ディーキンの思った通り、打ち解ければ親切で楽しい人々だった。

 いつかお金をためて地上に降りて働きたいという若い女性、夕方のこの仕事でもう少し追加収入を得られれば下の子に新しい靴を買ってやるのだという壮年の男性……。

 それぞれの夢を語る彼らの目は、どれも彼ら自身の探す宝石よりももっときれいに輝いていた。

 ディーキンはおそらく、今日出会った人々のためにささやかな歌を作って、いつか酒場で歌うのだろう。

 

 そして自分も、素敵な贈り物を得ることができた。

 

 それは宝石の原石、とはいえ低質で錬金で作った紛い物にも劣る、ほとんど価値のない屑石だ。

 だがそれは、ディーキンが不慣れであろう人間の体で頑張って探し、見つけて贈ってくれたもので、彼女にとっては純金の塊よりもずっと価値のある品だった。

 タバサは手の中でかすかに輝くその小さな鉱石の欠片を愛おしげに見つめながら、弾むような気持ちで自分に与えられた部屋に戻った。

 

「……?」

 

 そうして部屋に入った彼女は、あるものに気が付いて怪訝そうに眉をひそめる。

 

 それは、ベッドの上にいる一羽のカラスだった。

 どうしてこんな場所に、鳥が入り込んでいるのだろうか。

 そう思いながらも杖を振るい、そのカラスを風で絡めとって、窓から外に逃がしてやろうとする。

 

「!?」

 

 その途端、ポンっと音がして、カラスの体が左右に割れた。

 一瞬ぎょっとしたが、よく見るとそれは精巧にできた模型であった。

 おそらく、魔法人形(ガーゴイル)の一種なのであろう。

 

 その体の中にある空洞に、手紙が入っていた。

 タバサは何か罠がないか慎重に警戒しながらその手紙を開き……、文面を読んで、眉をひそめる。

 

(ガリアからの、呼び出しの手紙……?)

 

 自分がここにいることを、どうやって知ったのだろう。

 手紙には、今夜この街にある指定の酒場に向かって、使者からの指示をあおぐようにと記されていた……。

 





アンハロウ
Unhallow /不浄の地
系統:力術[悪]; 5レベル呪文
構成要素:音声、動作、物質(少なくとも(1000gp+アンハロウ化された場所に定着させる呪文のレベルごとに1000gp)の価値がある薬草、油、お香)
距離:接触
持続時間:瞬間
 特定の敷地、建物、建造物1つを不浄の土地とする。これには大きな効果が3つある。
第一に、この敷地や建造物はマジック・サークル・アゲンスト・グッド(範囲内では善属性の者による攻撃が効きにくくなり、精神制御の試みが遮断される)の効果によって守られる。
第二に、効果範囲内では、負のエネルギー放出に抵抗するための難易度は+4の清浄ボーナスを得て上昇し、正のエネルギーに抵抗する難易度は4減少する。
最後に、術者はアンハロウをかけた敷地に1つの呪文の効果を定着させることができる。この効果は、その呪文の通常の持続時間や効果や範囲に関わらず1年間持続し、敷地全域にわたって効果がある。
術者は呪文の効果がすべてのクリーチャーに及ぶことにしてもよいし、術者と信仰や属性を同じくするクリーチャーだけに及ぶことにしてもよいし、術者とは違う特定の信仰や属性のクリーチャーだけに及ぶことにしてもよい。
1年が過ぎるとこの効果は切れるが、単にアンハロウを再び発動すれば更新したり、別の効果に変更したりできる。
アンハロウをかけた敷地に定着させることのできる呪文効果にはインヴィジビリティ・パージ(透明化無効)やゾーン・オヴ・トゥルース(真実を話させる)、ディメンジョナル・アンカー(瞬間移動を封じる)などをはじめ、数多くのものがあり、この呪文をかけた範囲内で戦うならその恩恵を受けられる防御側が圧倒的に有利である。
 善の側にもハロウというほぼ同様の呪文が存在する。ハロウはアンハロウを相殺する。

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