Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百四十三話 Beyond the Legend

(殺さなくてはならない)

 

 そんな自分の思いに反して、ウィルブレースの体は凍り付いたように立ち尽くしたままで、なかなか動こうとしなかった。

 

 もちろん、たとえ不意を討ったにしても、楽器の中に隠せるような小さな刃ひとつで自分がこの強大なオーク王を倒せるかどうかは疑わしい。

 仮に成功したにしても、その後、周囲のオーク兵たちが怒り狂って踊り掛かってくるだろう。

 いかに多くの将兵たちの命を救うためとはいえ、あまりにも分の悪い賭けであり自殺行為でもあるのだから、躊躇するのは当然だった。

 

 しかし、自分の体が動こうとしないのはそんな理由だけではないことは、彼女にもわかっていた。

 おそらくは詩人として、また仮初とはいえこの王に仕えた身として、彼の言葉通り、この戦いを最後まで見届けたいという思いが……。

 

(何を、馬鹿なことを!)

 

 同族を含む、大勢の命が自分の手にかかっているというのに。

 

 ウィルブレースは、何度も何度も、自分にそう言い聞かせた。

 だがどれだけ自分を叱りつけても、その声はまるでどこか遠くから響いているようで、体はどうしても動こうとはしなかった。

 

 

 

 そしてついに、最後の戦いが始まった。

 

 グレイに鼓舞されたオークの戦士たちは、みな一歩も引かずに戦った。

 敵の攻撃を避けようとさえせずに、相手が斬り掛かってくるのに合わせて相討ち狙いで攻撃を繰り出し、それで傷ついても構わず戦い続け、自分が死ぬまでに一人でも多くの敵を倒そうとする。

 その恐ろしい戦いぶりに、勝勢であるはずの同盟軍の兵たちの方がたじろいだ。

 既に九割九分まで勝利を得た同盟軍の兵士たちは、臆病になるとは言わぬまでもやはり命を惜しむ。

 どうにか生きて家族の元へ帰れる、勝利の美酒を味わえるという気持ちを一度抱いた兵は、こんなところで命を落としてそれをふいにしたくないと思う。

 それに対して、敵はもはや何も恐れていないのだから、勢いが違った。

 オークの兵は一人倒れるまでに、同盟軍の兵をその数倍か、もしかすれば十倍以上も道連れにしていた。

 しかも、遠くから彼らの轟く雄叫びを聞き、その血腥く勇猛な戦いぶりを見たオークの兵たちの一部が勇気を取り戻して引き返し、グレイの部隊に加わってきさえした。

 そのために、幾度となく攻撃を繰り返してもオークの数は一向に減らず、同盟軍の兵たちは疲弊するばかりだった。

 

 そうするうちに、彼らの奮戦ぶりを見てグルームシュ神までが興味を取り戻したのか、ヴォルガフら司祭たちの呼びかけに答えて、悪の来訪者が少数ながら戦場に姿を見せ始めた。

 グルームシュの眷属であるフレイムブラザー・サラマンダーが炎の門を通って火の精霊界から次々に出現し、さらにはヘズロウと呼ばれる強力なデーモンまでもが、奈落界から空間の裂け目を通って顕現してくる。

 おぞましい魔物の姿とその恐ろしい強さとを目の当たりにして、兵士たちはたじろいだ。

 

「い、異界の魔物どもだ!」

 

 では、もしや自分たちが先ほどから戦っている悪鬼どもの群れも、こいつらと同じバケモノだったのではないか。

 そうでなければ、これほど獰猛に戦い続けられるものだろうか……。

 

 そんな疑念にとりつかれて多くの兵士たちが恐慌をきたし、浮足立っていた。

 

 

 

「……どうやら、あのオークの王は相当な英雄であるらしい」

 

 戦場に踏みとどまったまま、幾度にもわたる兵士たちの突撃や矢の雨にもまったく動じず崩れないオーク王の部隊を見つめて、スレイがそう呟く。

 

「何を寝ぼけたことを。スレイ王よ、オークどもに英雄などおらん!」

 

「サンダーヘッドよ。では君は、一人の英雄も輩出できぬ烏合の衆のために、我らがこうして同盟を組まねばならなかったというのか?」

 

 エルフの代表であるエルリーフにそうたしなめられると、サンダーヘッドはむっつりと不服そうにしながらも口をつぐんだ。

 

「この戦に志願した兵たちはみな、優れた勇士ばかりだ。そんな烏合の衆が相手なら、彼らがあれほど苦戦するはずはない。彼ら自身の名誉にもかかわることだ」

 

 エルリーフの言葉に、スレイはじっと前線の様子を見つめたまま、静かに頷いた。

 

「……オークの王ばかりではなく、彼に率いられた全員が、死を恐れぬ勇士の一団と化しているようだ。このまま戦い続ければ、勝利を収めるまでに兵の半数が犠牲となるやもしれん」

 

「仮に、それほどの命を失ったとすれば、はたしてそれが勝ちと呼べるのであろうか?」

 

「無論、違う」

 

 スレイはエルリーフの問いかけにきっぱりとそう返事をすると、剣の柄に手をかけて振り向いた。

 

「だが、今さら停戦交渉に応じる相手でもないだろう。これ以上徒に犠牲を増やさせぬために、私も前線に赴こう。エルリーフ殿、サンダーヘッド殿、こちらの指揮はお二方にお任せしたい」

 

 そう言って、自身の愛馬をここへ引いてくるようにと、側近に命じる。

 彼は王であるとともに、優れた戦士でもあった。

 

 それを聞いた周囲の者たちは、当然ながらうろたえて引きとめようとする。

 

「そんな! 王が、そのような危険を冒される必要はありません」

 

「そうです。あればかりの数の敵など、もう間もなく討ち取ってごらんにいれます!」

 

 しかし、スレイの意思は固かった。

 

「私は聖騎士(パラディン)だ。自分自身を剣として敵と戦う用意は、いつでもできている。また、そうする義務があるのだ」

 

 もちろんスレイにも、自分には同時に王としての義務もあるのだということはわかっている。

 しかし、どんな立場にあろうとも、戦うべきときに戦わぬパラディンはいない。

 世俗のどんなしがらみであっても、彼らにパラディンとしての使命を忘れさせることはできないのだ。

 戦場にデーモンまでもが姿を現すのを見た以上、奴らを倒し、その魔の手から兵士たちを救うために、自ら剣を取って戦わなくてはならない。

 

 それに本当のことをいえば、スレイは子供じみた感傷だと理解しながらも、死ぬまでに一度は本物の『悪の英雄』というものと対峙してみたいと心密かに望んでいたのである。

 

 幼い頃、物語の中の善き白騎士と悪しき黒騎士との戦いに憧れた少年は、数奇な運命の導きによって自らが聖騎士となった。

 以来パラディンとして、恐ろしく強い敵とも、狡猾極まりない敵とも、幾度も戦ったことがある。

 だが、悪なりの英雄と呼べるような相手と出会えたことは、未だになかった。

 人々に望まれて王の座を継ぎ、自ら戦線に立つこともほとんどなくなった今となっては、もはやそんな機会は訪れないだろうと諦めていたが……。

 

(あの者こそは、真に悪の英雄と呼べる男に違いない)

 

 最悪自分が死んだとしても、王の勇ましい死にざまを目の当たりにすれば兵たちも奮い立ち、必ずや勝利を収めてくれることだろう。

 後のことはエルリーフとサンダーヘッドに任せておけば、まず間違いはない。

 

 だから、このくらいのことは許されてもいいではないか。

 おそらく、もう二度とはない機会なのだから。

 

 

 

 そうして、スレイ王が自ら精鋭部隊を引き連れて前線に加わると、怖気づいていた同盟軍の兵たちは勇気を取り戻し、勢いを盛り返した。

 彼の振るう輝く聖剣の刃が屈強なデーモンの体を易々と斬り裂き、エルフの魔術師たちの唱える解呪や送還の呪文によって燃え盛るサラマンダーたちが次々と消滅していくと、兵士たちの歓声が上がった。

 

 そしてついに、新たに加わるオーク兵の数よりも、倒れる数の方が目に見えて多くなり始めた。

 グレイの軍勢は、同盟軍の兵たちが新手と交代しては突撃するのを繰り返すたびに、少しずつ数を減らしていく……。

 

 

 

「スレイ王……」

 

「なに?」

 

 ウィルブレースが前線に立つ彼の姿を認めてそう呟いたのを聞いて、グレイはわずかに目を見開いた。

 

「……そうか! あの男がスレイとかいう、人間の王だったか!」

 

 そう言って振り向いた彼の顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「ならば不足はない。つまらぬ雑兵でなくて、よかったぞ」

 

「よかった?」

 

 それはどういうことかと不安そうな顔をするウィルブレースの疑問に、グレイが嬉々として答える。

 

「詩人よ、奴が俺の最後の相手だ。グルームシュに捧げた俺の右目には、既に見えているぞ。あの男と俺とが、相討ちになって死ぬ光景がな」

 

「……!」

 

 ウィルブレースは目を見開いて、小さく体を震わせた。

 それが本当なら、同盟軍の指導者を討ち取らせるわけにはいかない。

 

(今度こそ、どうあってもこの男をなんとかしなくては)

 

 そう自分に言い聞かせて、動かない腕を無理にギターの仕込み刃に伸ばそうとした。

 

 その時、グレイが振り向いて、自分の方を真っ直ぐに見つめた。

 ウィルブレースの体が凍り付く。

 

(ついに見抜かれたのか)

 

 しかし、グレイは予想に反して、これまでになく穏やかな調子で彼女に語りかけた。

 

「詩人よ、お前には感謝しているぞ」

 

「……え?」

 

「前々からお前の話を聞いていたおかげで、俺も覚悟を決められたのだ。過去の征服王どものように逃げて無様な最期を迎えるよりも、ここで踏み止まって戦い抜く覚悟をな」

 

 それだけ言うと、きびすを返して前線の方に向かおうとする。

 

 ウィルブレースはしばし呆然としていたが、ややあってはっと気を取り直すと、今度こそ仕込み武器を手に取ろうとした。

 それを、横から伸びてきた別のオークの腕が抑える。

 ぎくりとしてそちらの方を振り向くと、見知った顔があった。

 

「……ミルグ? どうして、ここに……」

 

 いつの間にか彼女の傍に来ていたオークの詩人は、じっと戦場のほうを見つめたまま、薄く笑った。

 

「なに。スレイ王が、俺の同行を認めてくれたのだ」

 

 戦いの光景をすべてその脳裏に焼き付けるために、一瞬でも目を離したくないのであろう。

 同盟軍は当初、不具を理由に彼の協力を断ったものの、実際には彼の目はウィルブレースの口添えもあって長年エルフの集落に滞在しながら良質な治療を受け続けられていたおかげで、この頃にはもうずいぶんと良くなっていたのである。

 

「彼はなかなかの英雄だ。ならばその英雄が容易ならぬ相手だという男も、ただの征服王ではないに違いない。そう思い直したのでな、やはり、最後の旅に出ることにしたよ」

 

 そう言う彼の顔は、活力を取り戻して、いくらか若返ったかのように見えた。

 

「ミルグ、手を離して。あの男を……」

 

「やめておけ、お前や俺の敵う相手ではないぞ。英雄が、詩人に倒されるはずもなかろう」

 

 彼は首を振って、小声でそう諫めた。

 

「でも……」

 

「詩人の役目は、見届けること、語り残すことだろう。ここで死んでは、その役目は果たせん。それにな、俺はお前に、こんなところで死んで欲しくはないのだ」

 

 彼の詩人らしからぬ節くれだった無骨な手は優しく、しかししっかりと、大切なパートナーの手を抑えていた。

 ウィルブレースは彼としばらく見つめあった後、小さく頷いて、手を下ろした。

 

「……そう、そうね……。ありがとう、ミルグ」

 

 確かに、自分がここで死ねば、歌には残らなくなってしまうだろう。

 グレイのことも、他のオーク兵たちのことも。

 そして、年老いて死期が近づいてきているミルグのことも。

 戦場に踏みとどまって戦い続けているオークたちは、おそらく全員が討ち死にする。

 同盟軍の従軍詩人はいるかもしれないが、彼らは同盟軍の側のことしか知らないのだから、自分が死んだらオークたちのことを語り残すものは誰もいなくなってしまうのだ。

 

 それに彼の言う通り、心の奥底では、自分にはグレイを殺せはしないということもわかっていた。

 実力的にも、また感情的にも。

 

 だからといって、彼のために戦うこともできはしない。

 

 結局、詩人である自分にできるのは、ただ見届けることだけなのだろう。

 見つめること、伝えることが、吟遊詩人である自分の使命なのだ。

 

「いいか、あの男が人間どもの指揮官だ。奴を討ち取るぞ! 動けるものは、俺に続いてこい!」

 

 一声そう叫んで、勇んで前線に向かっていくグレイの後姿を見つめながら、ウィルブレースは心の中で彼に呼びかけた。

 

(我が王よ、もう止めはしますまい。あなたの望まれる通り、私があなた方の武勲を見届けましょう)

 

 この戦いが終わったら、スレイの傍で彼と同盟軍の動向を見守り続けていたであろうミルグと互いの情報を交換して、この戦いの全容を歌にまとめよう。

 そして、末代まで語り遺そう。

 

 このときウィルブレースは、それを決意した。

 

 

 

 踏み止まって迎え撃つのをやめ、指揮官の首を狙って敵陣の間に斬り込んでいったわずか五十人にも満たぬオークの戦士たちは、一人、また一人と倒れていく。

 それでもなお、彼らは屈服しなかった。

 それらの勇士たちは、人間の騎兵をかき分け、斬り伏せ……、ついにグレイを、スレイの前にまでたどり着かせた。

 

 スレイは、王を逃がすために命を捨ててオーク王にくらいついていこうとする近衛兵たちを制止すると、馬から降りて彼に呼び掛けた。

 

「貴君が、オーク王グレイか」

 

 それを受けて、グレイも一旦足を止めると呼吸を整えた。

 彼は既に、満身創痍だった。

 

「そうだ。貴様は、スレイとかいう人間どもの王だそうだな?」

 

「いかにも」

 

 スレイはそこで、敬意を表すように軽く頭を下げた。

 

「私は決して悪を称揚はせぬが、勇気があることは認める。彼らをこれだけの勇士に変えたのは、貴君なのであろうな」

 

「変えたわけではない。オークにならあって当然のものを、思い出させてやっただけのことだ」

 

「そうか……。貴君が人間に生まれていれば、必ずや素晴らしい指導者になれたはずだ。私は、喜んでその下で働いたことだろうに」

 

 グレイはそれを聞いて、にやりと口を歪める。

 

「ははは! これは面白い。それで、俺をほめているつもりか。人間に生まれていればとは、いかにも貴様ららしい物言いだな。自分たちはオークよりも上等だと、信じて疑っておらんな!」

 

「…………」

 

「ならば、俺も貴様をほめてやろうではないか。実際、貴様の用兵は大したものだ。もしもオークに生まれておれば、俺よりも優れた征服王になれていたかもしれん」

 

「痛み入る。私は、そうは思わないが」

 

 グレイはそこで顔から笑みを消すと、ひとつ溜息を吐いた。

 

「……人間などとは、二度と交渉したくなかったのだが。貴様を見込んで、ひとつだけ頼みがある」

 

「なんなりと」

 

「先ほどまで俺たちのいたあたりに、オークの詩人が一人残っているはずだ。やつは非戦闘員だ。この戦いのことを歌わせるために連れてきたのだ、無事に帰してやってくれ」

 

 それを聞いて、スレイは目を細めた。

 弱者を気遣うなど、オークとしては実に珍しいことである。

 彼は農民から王に成りあがったと聞いているが、そのために非戦闘員には親身になる一面もあるのだろうか。

 

 できることなら、この男とじっくりと話し込んでみたいものだと思った。

 だが、この期に及んで、それは叶わないことだ。

 

「……心得た。私の名誉にかけて、戦いを望まぬ者を手にかけたりはしない」

 

「恩に着るぞ」

 

 グレイは屈辱に耐えるように苦々しげに唇を噛みながらも、申し訳程度に頭を下げた。

 それから、血塗れの斧を構え直す。

 

「さあ、かかってくるがいい! 礼として、即死を約束してやろうではないか。貴様は俺の道連れとなって死ぬのだ!」

 

 スレイも、一礼して聖剣を構える。

 

「私としても、貴君と相討ちなら望むところだが。そうもいくまい、王としてこの戦いの後にもまだまだ仕事が残っているのだからな!」

 

 

 そうして、ついに戦いは終わった。

 

 戦いが終わった後には、夥しい数の屍と負傷者とが残った。

 もっとも、負傷者はすべて同盟軍の兵士たちで、最後まで逃げずにグレイと共に踏み止まって戦ったオーク兵たちは全員が屍となっていた。

 どの屍も、ほとんど例外なく体中に無数の傷跡があり、それが力尽きるまでの彼らの奮戦ぶりを物語っていた。

 いずれも致命傷としか思えない傷をいくつも負っている、一体どの攻撃が最終的に命を奪ったものなのか判別がつかない躯ばかり。

 何も知らないものに見せれば、痛みを感じずに向かってくるゾンビか何かだったのだと思うことだろう。

 

 グレイの予見通り、スレイは彼と壮絶な相討ちとなって倒れた。

 もっとも、戦いが終わったのを見届けるとすぐに正体を現して駆け付けたウィルブレースとミルグ、それに従軍司祭たちの治療を受けて蘇生したのだが。

 晩年、生涯を通して最も手強かった相手は誰かと問われたスレイ先王は、若き日に奈落への遠征で戦った魔大公や七度にも渡る討伐に赴いた邪龍を差し置いて、迷うことなくオーク王グレイの名を挙げたという。

 

 グレイの屍はスレイ王の許可を得て、他のオークの勇士たちと共にウィルブレースの手によって丁重に埋葬された。

 彼の魂がどうなったのかは、わからない。

 その奮戦にもかかわらず負け犬として無慈悲なグルームシュ神の怒りを買い、その存在を消し去られてしまったのかもしれない。

 あるいは新たな姿を与えられて、今でも自分の価値を証明するために、いずこかの世界で戦い続けているのかもしれない。

 

 ミルグは、それからほどなくして永遠の眠りに就いた。

 ウィルブレースのはたらきかけもあって、彼は死の床でようやくエルフの種族全体の友に贈られる“ルアサー”の称号を認められ、その躯は森の奥に埋葬された。

 

 そして、ウィルブレースは彼と、そしてグレイとの約束を守った。

 彼女がその生涯を通して仕えた王はただ一人だけで、それはオークの農民として生まれた男だった。

 今でも彼のことを我が王と呼び、その歌を歌い広めている……。

 

 

 

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 その後、ウィルブレースは数々の冒険を経て、やがて善なる神々の目に留まり、エラドリンとして新たな生を受けた。

 多元宇宙を永遠に旅し続け、英雄達の活躍を歌い続けられるように。

 

 だが、どうあれグレイと戦おうとせず、同盟軍の兵士たちとオークたちとの殺し合いを止めるための最後の努力をしようとしなかった自分に、はたして善なるエラドリンとなる資格があるのかどうか。

 そのことはずっと悩んでいたし、今でもまだ答えは出ていない。

 

 もしも彼の魂がどこかにまだ存在していて、いつか再会することができたなら、その時こそはエラドリンとして、彼と戦わなくてはならないだろう。

 そして、グレイの物語に最後の章を加えることになるのだ。

 だが、自分はその時の来るかもしれないことを恐ろしく思っているのか、それとも待ち焦がれているのか。

 それすらも、まだよくわからなかった。

 

 それでも、確かなことはある。

 

(……我が王よ。今宵も、私は約束を果たしました。あなたがいずこかにまだ存在しておられるのでしたら、どうか彼らの顔をご覧ください)

 

 想いの限りを込めて語り終えたウィルブレースは、かつての王に心の中でそう呼びかけながら、観衆たちの顔を見渡した。

 

 静かに涙を流している者もいる。

 興奮に、顔を上気させている者もいる。

 先日の自分たちの、そして敵軍の戦いと重ね合わせて、自分たちには至らぬところがあったのではないかと恥じ入っているのだろうか。

 あるいは、一度は道を誤ったとはいえ、グレイがそうだったように敗れた後の今こそどう行動するかが問われるのだと、決意を固めたりしているのだろうか。

 

 歌から何を感じ取ったのか、その感情は人それぞれだろうが、誰もが目を輝かせているのは同じだった。

 

(あなたは、人間とは分かり合えないと言われたが。あなたの戦いは、こうして今、その人間の心をも揺さぶっているではありませんか)

 

 あの日、戦場にいたオーク軍の兵士たちも、同盟軍の兵士たちも、スレイ王や、ウィルブレース自身も……。

 種族の違い、立場の違い、何を感じ取ったかの違いはあれど、彼らと同様、みなグレイの戦いに何らかの形で心を動かされたことだけは同じだったはずだ。

 

 英雄の物語は後世に伝わり、それに心を動かされた者は、我もまた英雄たらんと思う。

 時には悪の英雄の物語から、善き英雄が生まれることもあろう。

 そうしてまた、新たな物語が生まれていく。

 何百年、何千年が、そうして積み重なってゆくのだ。

 

(あの日の戦いは、その時に戦場にいた自軍の兵士たちを英雄に変えただけではない。今もなお、明日の新しい英雄を生み出そうとしているのです)

 

 会場を見渡していたウィルブレースは、ふと、きらきらした目でこちらを見つめているコボルドの少年と、いつの間にやら彼の寄り添って、おそらく無意識にしているのだろうが、その手に自分の手を重ねながら上気した顔をこちらに向けている青髪の人間の少女の姿を認めた。

 桃色の髪をした人間の少女は、そんな二人の姿に気付いて何か言おうとしたが、思い直して赤い顔をしたままぷいとそっぽを向く。

 

 ウィルブレースは、彼女らのそんな初々しい様子を見て、くすりと顔を綻ばせた。

 

(……ほら。種族の違いなんて、結局は些細なことなのですよ)

 

 ねえ、そうでしょう、ミルグ。

 





フレイムブラザー・サラマンダー:
 火の元素界に住まう来訪者・サラマンダーの中で、最も小柄で力の弱い種族。
小規模な部族社会で生活しているが、より大柄で強いアヴェレッジ・サラマンダーやそれが成り上がったノーブル・サラマンダーからは蛮族として扱われ、しばしば彼らによって無理矢理文明化させられ、配下として働かされる。
また、より強大な来訪者であるイフリートなどの奴隷にされてしまうこともある。
しかし、力こそ劣るものの、知能の程度ではアヴェレッジ・サラマンダーにも引けを取らず、決して侮れない相手である。
 彼らはまたグルームシュの下級眷属でもあり、グルームシュ信者のレッサー・プレイナー・アライの呪文によって招請される。

ヘズロウ:
 人型のヒキガエルのような姿をした大柄なデーモン。
デーモン軍の下士官であり、隊形を監督し、戦闘中の部隊の指揮をとる。
脅威度は11で、以前にタバサらがカジノで戦ったヴロックやサキュバスなどよりもさらに一回り強力なデーモンである。
 彼らはまたグルームシュの中級眷属でもあり、グルームシュ信者のプレイナー・アライの呪文によって招請される。

ルアサー:
 エルフの種族全体に対する貢献をした異種族(もしくは、他のエルフの部族に貢献したエルフ)に与えられる称号。
エルフの友、もしくは星の友と呼ばれる。
上級クラスの一種として、D&Dのサプリンメント「自然の種族」に収録されている。

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