Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia   作:ローレンシウ

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第百三十五話 Premature victory

 

(最初の数秒が勝負になる)

 

 決戦を目前に控えて、オルニガザールはそう判断していた。

 強大な呪文の使い手を相手にする場合、勝負の趨勢は瞬く間に決まってしまうことが多い。

 大抵は完勝か完敗、そのどちらかだ。

 

 作戦としては、まず雑兵どもは適当に突撃させ、敵の目と攻撃を引き付けるおとりに使う。

 その間にめぼしい戦力になる者たちは、雑兵どもと共に攻撃に巻き込まれぬようテレポート、もしくは散開して、敵を包囲するような配置につく。

 そして雑兵どもの背後から、“新兵器”に敵全員を巻き込むようにブレスを吐かせるのだ。

 

(立ち上がりで連中が悠長に構えているようであれば、こちらが勝てる。そうでなくても相手の意表を突き、先手を打てれば、勝機は十分にある)

 

 前情報のとおりならば、あのゴーレムのブレスには、強力なセレスチャルにも十分な打撃を加えられるだけの威力があるはずだ。

 雑兵どもなどは、立ち上がりで敵の攻撃を引き付けておく的にさえなれば、後はセレスチャルどもの最初の一撃で壊滅しようと、背後からゴーレムのブレスに蒸発させられようと一向に構わない。

 その後はゴーレムに突撃させ、自分たちも加わって、敵が痛手から立ち直らぬうちに擬似呪文能力と近接戦闘の一斉攻撃で畳み掛ける予定である。

 

(理想的には、それで連中に考える間を与えず押し切りたいところだが……。敵が粘るようであれば、あるいは初撃が功を奏さぬようであれば、後は臨機応変に相手の出方や能力を見ながら対応する以外にないな……)

 

 無論、その場合は既にどうあがいても勝ち目がなくなっている可能性の方が高いかもしれないが、今からそんなことを言ってみても始まらない。

 オルニガザールはひとまず、主戦力となる部下たちにテレパシーで呼びかけて、最終的な行動の確認をしていった。

 

『かしこまりました、バートルのために!』

 

『ディスの鉄塔に鎮座まします、我らが主ディスパテル卿のために。彼奴らの首を捧げましょうぞ』

 

『そして我らは、ルビーより美しく甘い天上の血を啜る幸運に預かれるというわけですな。キキキ』

 

 次々に返ってくる部下たちの返答からは、彼らの士気が衰えていないことが感じられる。

 オルニガザールはそのことに、いくらか安堵を覚えた。

 

『よし。誰一人として出遅れるなよ』

 

 戦闘に向けて全体の隊形を整えながらゴーレムをさりげなく、比較的密集している敵方全員を呑み込めるようじりじりと前の方に移動させておく。

 だが、この時点で既に計画に綻びが生じているということには、さすがの彼も気付いてはいなかった……。

 

 

『……と、いうことだ。敵は初手で、こちらを包囲する計画のようだな』

 

 デヴィルが今まさに確認している計画の概要を、『眠れる者』がこちらもテレパシーを使って、仲間たちに説明していく。

 

 オルニガザールと部下たちの会話は、彼が密かに使用した《テレパシー盗聴(テレパシー・タップ)》の成聖呪文によって筒抜けになっていたのである。

 長年に渡って想い人をバートルで待ち続けた彼は、何事においてもあらかじめ入念な計画を立てるデヴィルのやり方を熟知しているのだ。

 愚かな雑兵のメレゴンやスピナゴンなどはいざ知らず、知性に優れるゲルゴンら上位のデヴィルが、突然セレスチャルとの戦いという予定外の事態に巻き込まれて事前に戦術を話し合わないはずがない。

 よって、これから戦わねばならない相手が目の前に出揃った時点で必ずやテレパシーによる作戦の立案が行われると踏み、山を張ってこの呪文を使用しておいたのだ。

 

 もちろん、成聖呪文は悪の術者が使えるものではないため、逆にデヴィルらによってこちらの会話が盗聴されるという心配はなかった。

 

『ウーン……。つまり、あのゴーレムはブレスを吐くの?』

 

 ディーキンはじいっと敵方のゴーレムを観察して、小さく首を傾げた。

 

 ブレスを吐くゴーレムというのは、普通のアイアンゴーレムなどもそうだし、それ自体は特に珍しくもないのだが……。

 よくよく見れば、装甲の隙間からちらちらと、不気味な白い輝きが漏れ出しているのがわかる。

 それに、デヴィルが製作に関係しているらしいことからすると……。

 

『ねえ? もしかして、あれは……』

 

 ディーキンからの問いかけに、ウィルブレースも肯定の意を返してきた。

 

『ええ、おそらくは。あの白くまがまがしい炎の輝き……、あれは“地獄の業火”に間違いないでしょうね』

 

 それは、魂さえも凍てつくという地獄で最も寒冷なカニアの地で生み出された、あらゆる世界で最も熱い炎よりもなお熱く、火の精霊も魂ですらも焼き尽くす白い炎である。

 

『やっぱり、お姉さんもそう思う?』

 

 するとあれは、地獄の業火を体内に宿す強力な人造、『ヘルファイアー・エンジン(地獄の業火の兵器)』の亜種のようなものなのだろうか。

 ディーキンはバートルで、何度かその強大な人造と戦った経験があった。

 デザインはかなり異なっているが、おそらくは天使らしく見せかけるために、わざとそう作ったのだろう。

 

『……ですが、奴らはディスパテル大公爵の配下なのでしょう?』

 

『ああ、先ほど、ディスパテルを主と呼んだデヴィルがいた。まず間違いないだろう』

 

『そうなると、少し妙ですね。地獄の業火のマスターであるアークデヴィルは、メフィストフェレスのはずですが……』

 

 かつてディーキンがボスや仲間たちと共に戦ったカニアの大公、メフィストフェレスこそが、地獄の業火を作った張本人であることはよく知られている。

 それ以外のアークデヴィルが、果たしてヘルファイアー・エンジンを組み立てられるほどの技術を有しているものだろうか。

 

 そこで、黙って聞いていたタバサが口を挟んだ。

 

『もしかしたら、レコン・キスタのメイジに協力させて作ったのかもしれない』

 

 ラ・ロシェールでも、反乱軍の派遣した傭兵たちの中に、その地獄の業火とやらを使う男が混ざっていたと聞いている。

 つまり、どんな力なのか詳しいことは知らないが、この世界のメイジにも習得し得るものだということだ。

 火系統や土系統の優秀なメイジをある程度の数揃えて技術を学ばせ、研究させて組み立てさせたのかもしれない。

 

『……そうなのかもしれませんね……』

 

 そう答えながらも、ウィルブレースは釈然としないものを感じていた。

 

 ディーキンによれば、デヴィルがこの世界に来てから、おそらくまだ二、三年程度だろうという。

 彼らにとってはまったく未知の世界であるこの物質界について学び、環境に慣れ、土台を整えて研究に取り掛かり、人材を集めだすまでにもかなりの時間を要しただろう。

 この世界のメイジたちにできることをあまり詳しく知っているわけではないが、それにしても地獄の業火などという極めて扱いの難しいエネルギーを内包する人造を、早々に組み立てられるようになるとは思えなかった。

 

(それが可能だったとすれば、彼らが味方につけた人物の中には余程に優秀な、あるいは特異な能力をもつ人物がいたのか?)

 

 それに、豊富な資金、資源、人材を十分に用意し使用できる環境も必要だろう。

 ディーキンは、デヴィルの背後にはもしかしたら大国がついているかもしれないのだといっていたが、さもありなんといったところか……。

 

「……では、そろそろ始めようか? そちらが怖気づいたのでなければね」

 

 テレパシーであれこれと話し合っていたところに敵将のル・ウールがそう呼びかけてきたので、ディーキンらはひとまず考えるのを切り上げた。

 詮索は後回しにして、今はまず、目の前の敵を倒さなくてはならない。

 

『じゃあ、とりあえずあのゴーレムは、ディーキンが何とかするよ』

 

 ヘルファイアー・エンジンはまともに戦えば上位のセレスチャルたちですら命がけとなるほどの強敵であり、それを好き勝手に暴れまわらせておけば被害は甚大なものとなるだろう。

 自分のもつ炎に対する耐性も地獄の業火を防ぐ役には立たないし、あんな熱いブレスだの拳だのを食らう危険は二度と冒したくないのだが、仲間たちの身を守るためであれば是非もなかった。

 

「承知した」

 

 そんな『眠れる者』の返事は、ディーキンとル・ウールの両方に向けられたものだった。

 

「よし。……そうだな、先だってこの場所で行われた決闘の合図は、そちらの城内からだった。今度はこちらの陣から、開始のラッパを吹かせようか?」

 

 ル・ウールのその提案をディーキンらが承諾すると、両陣営の戦士たちは戦いに備えて各々が身構えた。

 レコン・キスタ軍の兵たちも、ニューカッスル城の兵たちも、みな静まり返って、固唾を飲んで戦いの行方を見守る……。

 

 

 

 しばしの沈黙ののちに、ついに開戦を告げる大きなラッパの音が鳴り響いた。

 

 

 

 それと同時に、ル・ウールを初めとするデヴィルらは、事前の打ち合わせ通りの行動に移ろうとした。

 ある者は突撃しようとし、ある者は散開しようとし、またある者は、超常の力を引き出そうと精神を集中させる。

 そして彼らの背後から、デヴィルの新兵器であるところのゴーレム『ヘルファイアー・ヨルムンガンド(地獄の業火の精霊巨人)』が前進し、白熱した口を大きく開き始めた。

 

 ディーキンらの側もまた、素早く行動を開始した。

 『眠れる者』は精神を集中させて詠唱を初め、ディーキンとウィルブレースも各々、予定している行動に取り掛かる。

 

 しかし、その場にいる誰よりも素早く行動したのは、タバサであった。

 

 風系統のメイジには身のこなしの軽さ、素早さを誇る者が多いが、タバサはその中でもとりわけ素早い部類に属していた。

 しかも今は、ディーキンから一時的に借りた装備品や事前に城内のセレスチャルらにかけてもらった《戦闘準備(コンバット・レディネス)》などの強化魔法のおかげで、その敏速さになお一層の磨きがかかっているのだ。

 彼女が愛用の長い杖……今は《変装帽子(ハット・オブ・ディスガイズ)》の効果で、細身の剣杖のように見えているが……を敵陣に向けて素早く振り下ろすと同時に、事前に既に詠唱を終えてその杖の中に蓄えておいた呪文が解き放たれる。

 

「ぬうっ!?」

 

「ぐ、これは……」

 

 たちまちデヴィルらの周囲の空気が渦を巻き始め、彼らの動きを妨げだした。

 それは『ストーム』と呼ばれる風の渦を作り出すごく単純な呪文であったが、その風力はかなりのものだ。

 しかも、タバサはかなりの精神力を注ぎ込んで効果範囲を目いっぱいに広げていたため、すべてのデヴィルが一度にまとめてその渦の中に捕えられた。

 

 しかし……。

 

「……ふん、小賢しい! こんな涼風ごときで!」

 

 雑兵のスピナゴンやメレゴン、ヘル・ハウンドなどの多くは立ち往生しているようだが、より上位のデヴィルたちには大した効果はないようだ。

 何体かのデヴィルは、構わずそのまま擬似呪文能力を発動させて姿を消した。

 もちろん、巨体とそれに相応しい膂力を誇るゴーレムの動きも、ほとんど鈍ってはいない。

 

 だがもちろん、そんなことはあらかじめ想定済みだ。

 姿を消したデヴィルらがどのあたりに瞬間移動したのかということも、事前に彼らの立てていた作戦からわかっている。

 

「《リリルグ・スアコー・ボーンズビィ》」

 

 続けて、『眠れる者』が呪文を完成させる。

 

 途端に、風の勢いが急激に、それまでとは比較にならぬほどに激しさを増した。

 渦巻く強風は暴風となり、台風となり、ついには竜巻となって、ディーキンらの周囲を守るように渦巻き始めた。

 自然の諸力を制御する信仰呪文《風の制御(コントロール・ウィンズ)》が、タバサの巻き起こした風の威力をさらに強め、荒れ狂う竜巻を呼び起こしたのだ。

 

「!!?」

 

「う、うおぉぉおっ!?」

 

 上位のデヴィルらもこれには耐え切れず、たちまち宙に吹き飛ばされた。

 まだ行動を完成させていなかった者たちも既に終えた者たちも同様に、まるで木の葉のようにすさまじい渦の中に巻き上げられ、翻弄される。

 

 同じ周囲を取り囲むにしても、もしも上位のデヴィルらがディーキンたちのすぐ近くに瞬間移動して近接戦を挑んできていたならば、味方も巻き込まれてしまう恐れがあるためにすべてを一網打尽にすることはできなかっただろう。

 それどころか、比較的脆いタバサなどを狙われたなら深刻な被害が出たかも知れず、それを癒したり庇ったりするために他の敵に対応するのが遅れれば、混戦となった可能性もある。

 率先して危険を冒すことを嫌ってまずはゴーレムのブレスを使うことにし、それに巻き込まれないために距離を置いて包囲しようとしたこと、しかもその作戦が筒抜けとなってしまっていたことが仇になったのだ。

 

 それを待っていたウィルブレースが、竜巻に沿うようにしてくるくると宙に浮き上がった。

 そうして、竜巻のなかに巻き上げられまとめられたデヴィルらに対して、滝のように流れる電撃を次々と浴びせていく。

 トゥラニ・エラドリンのもつ、強力な《連鎖電撃(チェイン・ライトニング)》の擬似呪文能力である。

 

 さまざまなエネルギーに対して優れた抵抗力をもつデヴィルであるが、電気に対する耐性は備わっていない。

 おまけに彼女らの使うそれは通常のウィザードが唱える《連鎖電撃》よりも遥かに威力が高く、しかもフィーンドに対してはさらに威力を増すように『浄化』されているのだ。

 

「ぐげっ!!」

 

「ギッ!」

 

「ウギャアァァッ!?」

 

 強烈な電撃に体を貫かれたデヴィルらが、次々と断末魔の悲鳴を上げる。

 もっとも、ごうごうと爆音を立てて荒れ狂う剛風のために、その声は周囲にはまったく聞こえることはなかったが……。

 

 

 

「……お、おぉぉっ!?」

 

「あ、あれが、伝説の『烈風』なのか……。なんと恐ろしい、聞きしに勝る!」

 

 レコン・キスタの兵たちは、一瞬にして自軍の“天使”たちを残らず飲み込んでしまったすさまじい竜巻を見て、強い畏怖の念と興奮とを覚えていた。

 あの伝説の英雄が今、こうして実際に自分たちの目の前に姿を現しているのだ。

 

「うむ……」

 

 しかし、三十年前に本物の烈風を見た古参の准尉は、それほど興奮した様子はなかった。

 

 確かに、かの『烈風』以外の誰にも、あれほどの竜巻は起こせまい。

 だが、自分が思い出を美化しすぎているのでなければ、過去に見たそれと比べるといささかスケールダウンしているように思えた。

 それを補うためなのか、ただの『ストーム』ではなく複数の系統を組み合わせて用いているようで、竜巻のあちこちで激しい稲光が走っているのが見える。

 ある意味では進歩したとも言えるだろうが、昔日の『烈風』は他の系統などに頼らず、風だけでどんな相手でも吹き飛ばして見せたものだった。

 

「……あの『烈風』も、さすがにいささか年老いたと見えるな……」

 

 彼がぽつりと呟いたその言葉に、兵士たちは青ざめて顔を見合わせた。

 

(あれで、全盛期よりも衰えていると?)

 

 だとすれば、不死身の兵だ天使の兵だと舞い上がっていた自分たちは、とんだ道化、井の中の蛙だったというわけだ。

 つい昨日までは無敵と信じていた連中も、あれほどの英雄を前にしてはただのまがい物、とるに足らぬ子供だましの力でしかない。

 

 目前に見えたと思ったレコン・キスタの勝利など、所詮は儚いうたかたの夢でしかなかったのだ……。

 

 

 

(ぐおおぉぉっ!? な、なんだこれは、どうなっているのだ!?)

 

 ル・ウールは逆巻く竜巻の渦中でなすすべもなく翻弄され、焦っていた。

 予想外の攻撃を受け、一体何が起こったのかさえ完全には理解できていなかったが、自分が危機的な状況にいることは間違いない。

 

 超常的な強靭さと再生能力を備えたその体はいかな烈風を受けようとも致命傷を負うことこそなかったが、とはいえ早くここから脱出しなくては、程なくセレスチャルどもにとどめを刺されることは目に見えている。

 だが、体が宙に浮いていてはどんなに膂力があっても踏ん張りは効かないし、こんな風の中では飛ぶこともまともにできようはずがない。

 瞬間移動で脱け出そうにも、擬似呪文能力の使用には精神を集中させる必要がある。

 絶え間なくぎしぎしと体がきしみ、もみくちゃにされている今のような状況では、まともに使用できるかどうか怪しいものだ。

 

(だ……だが! こちらにはまだ、あの“新兵器”があるッ!)

 

 ル・ウールは、必死の思いで下のほうに目を向けた。

 

 ヘルファイアー・ヨルムンガンドはアルビオン産軽量鉄を使用しているためにオリジナルのヘルファイアー・エンジンよりもかなり軽いが、それでも超大型の鉄製のゴーレムであることに違いはない。

 烈風に耐えるために体を折り曲げ、かがみ込んで地面を掴み、半ば打ち倒されたような態勢になってはいるものの、さすがに吹き飛ばされてはいなかった。

 ギシギシと体を軋ませながらも敵の方に顔を向け、事前に与えられた命令通りに地獄の業火のブレスを吐こうとしている。

 それがいまいましい敵どもを残らず焼き払ってくれることを、ル・ウールは願った。

 

 しかし、それに対処するために、まだ行動を起こしていない輝く竜……ディーキンが控えている。

 

 ついに、宙を舞うデヴィルどもの下でかろうじて踏み止まっていたまがまがしい天使めいたデザインのゴーレムの口が、異様に大きくぱかっと開いた。

 その奥から、まるでマグネシウムを燃やしたようなまばゆい白い、炎の奔流が噴き出す。

 それは大きく拡がり、一瞬にして竜巻の渦の中心、安全な“目”の部分に密集していたディーキンら全員を覆い尽くした。

 

(く……くく!)

 

 ル・ウールは、にやりと唇を歪めた。

 

 脆弱な人間など一瞬にして骨まで蒸発するような、超々高熱のブレスにまともに呑まれたのだ。

 ドラゴンに跨った人間のメイジはもちろんのこと、セレスチャルどもやあのドラゴンも、まず無事では済むまい。

 

 しかし、閃光が消えたその奥から先ほどとまったく変わらぬ無傷の敵が現れたのを見ると、彼の笑みは一瞬にして凍り付いた。

 

 ブレスが炸裂する直前に、ディーキンが指にはめた『指揮官の指輪(コマンダーズ・リング)』……魔法の指輪は着用者に合わせてその大きさを変えるので、ドラゴンの指にでもはめられるのだ……を用いて、オルレアン家の戦いでも使った《力場の壁(ウォール・オヴ・フォース)》をゴーレムと自分たちとの間に立てたのである。

 いかな地獄の業火といえども、無限の強度をもつ力場の壁を破壊することはできないのだ。

 アルビオン産軽量鉄を用いることでオリジナルよりは軽快に動けるようになっているものの、所詮はゴーレム、その動作はお世辞にも素早いとは言えない。

 あらかじめブレスが来ることを知ってさえいれば、先手を打ってそれに対処するのは造作もなかった。

 

 後は、敵と自分たちとの間に立てた壁を維持しつつ、どうやってあのゴーレムに攻撃を加えて倒すかということだが……。

 

『タバサ、あのゴーレムは冷たいのに弱いと思うの』

 

 ディーキンがテレパシーで、タバサにそう情報を送る。

 あのゴーレムの性質がヘルファイアー・エンジンとほぼ同じだとすれば、冷気に対しては脆弱なはずだった。

 

『わかった』

 

 とはいえ、竜巻の渦中にいる相手に対して、得意の『ウィンディ・アイシクル』や『ジャベリン』を叩きつけることはできない。

 氷の矢などが、あの風の中でまともに飛ばせるはずがないからだ。

 それに、正面から攻撃するには、先ほどディーキンの立てた力場の壁が邪魔になる。

 

 だが、それならそれで、他に攻撃のやりようはいくらでもあるというもの……。

 

『……手伝ってくれる?』

 

『もちろんなの!』

 

 ディーキンは力強く頷くと、いつもより低く重々しいドラゴンの声で、フーケのゴーレムを破壊するときにも用いた《調和の合唱(ハーモニック・コーラス)》の詠歌を歌い始めた。

 あの時はキュルケをサポートしたが、今度はタバサとの共同作業である。

 

 旋律に乗ったディーキンの魔力が自分の体を包み込むのを感じたタバサは、ほんの少し目を細めて、かすかな笑みを口元に浮かべた。

 杖を指揮棒のようにすっと掲げて宙に躍らせながら、彼と合唱するようにして、自分も呪文を唱え始める。

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ」

 

 ゴーレムのいるあたりを中心に、凍てつく冷気と氷の粒を発生させて、既にある竜巻の中に織り込んでいく。

 普通の人間ならば巻き込まれればたちまち肌が裂けて傷口から体の芯まで凍結し、十秒ともたずに死に至るであろうほどのすさまじい冷気の渦が、ゴーレムの周囲に吹き荒れた。

 

 ヘルファイアー・ヨルムンガンドの強固な体は打ち付ける氷の礫にはびくともしなかったが、なにせ体内に常軌を逸した超々高熱を封じ込めているのだ。

 外部の急激な温度低下と内部に封じ込められた自らの熱との板挟みにあって装甲が脆くなったところに、ゴーレム自身が吹き荒ぶ烈風に抗って無理に動こうと自ら体に負荷をかけ続けているのだからたまらない。

 ほどなくして、その体を覆う分厚い装甲板がみしみしと軋みを上げ始めた。

 

『オオ。さすがはタバサなの、バッチリ効いてるみたいだよ!』

 

『……このままいけば、倒せる』

 

 タバサは、そう判断した。

 

 あのゴーレムはこうして竜巻で身動きを妨げたまま、力場の壁でブレス攻撃を防ぎつつ氷雪嵐で弱らせていけば、時間の問題で破壊できるだろう。

 他のデヴィルらは竜巻によって残らず宙に巻き上げられ、身動きもままならぬ状態だ。

 超常的な強靭さや再生能力を備える連中は竜巻だけでは倒せないだろうが、そのためにウィルブレースが竜巻の周囲を飛び回りながら、内部に捕えられたデヴィルたちに電撃を浴びせてくれている。

 彼女が仕留めきれないうちにどうにかして渦中から逃れてくる者もいるかもしれないが、そういった連中には他の面子で対応して、その都度撃破していけばよい。

 もちろん気を抜いていい相手ではないが、それでも下手なことさえしなければ、大勢は概ね決したと言えそうだった。

 

 しかし、自分の背後に姿なき凶手が迫りつつあることに、彼女はまだ気が付いていなかった……。

 





成聖魔法:
 術者が払う犠牲(一時的な能力値ダメージから、術者自身の生命まで)からその力を引き出す、強力な呪文の体系を指す言葉。
悪の術者は、たとえ魔法のアイテムを使用したとしても成聖呪文を発動することができない。
ウィザードやドルイドなどが成聖呪文を使う場合はあらかじめ準備しておかなくてはならないが、クレリックだけはいつでも自分の準備した別の呪文のスロットを成聖呪文に置き換えて任意発動することができる。

テレパシー・タップ
Telepathy Tap /テレパシー盗聴
系統:占術; 3レベル成聖呪文
構成要素:犠牲(1d3ポイントの一時的【筋力】ダメージ)
距離:自身
持続時間:術者レベル毎に1ラウンド
 術者は、自身を中心とする半径が術者レベル×10フィートの効果範囲内で他のクリーチャーが行うテレパシーによる会話を盗み聞くことができる。
この呪文には動作要素も音声要素もないために周囲で見ている者は呪文が使われたことにまず気付けないし、盗み聞かれている者が抵抗を試みることもできないため、盗聴に気付く手段はほとんどない。
ただし、マインド・ブランクの呪文で守られているクリーチャーの行うテレパシー会話は盗み聞きできない。
 デヴィルやデーモンなどのフィーンドはよくテレパシーによって仲間内だけで密かに情報をやり取りするため、この成聖呪文はそれに対抗することを意図していると思われる。

コンバット・レディネス
Combat Readiness /戦闘準備
系統:占術; 1レベル呪文
構成要素:音声
距離:接触
持続時間:術者レベル毎に1分
 この呪文の目標となったクリーチャーは、イニシアチブ判定(D&Dの戦闘では、この判定結果が大きかったものから順に行動する)に対して術者レベル3レベル毎に+1(ただし最小でも+1、最大で+6)の洞察ボーナスを得る。
また、この目標を挟撃している相手は、通常なら得られる攻撃ロールへのボーナスを得られない。
これは主として戦闘が予想される場合にあらかじめかけておき、イニシアチブ判定で優位に立つことで、敵に対して先手を打つための呪文である。

コントロール・ウィンズ
Control Winds /風の制御
系統:変成術[風]; 5レベル呪文
構成要素:音声、動作
距離:術者レベル毎に40フィート
持続時間:術者レベル毎に10分
 術者は、術者レベル毎に半径40フィート、高さ40フィートまでの円筒形の範囲内に吹く風の力を変化させ、風力を増減させたり、風の吹く方向や吹き方を変えさせたりすることができる。
十分な術者レベルがあれば、そよ風を竜巻にしたり、逆に竜巻を鎮めてそよ風にしたりすることができる。
呪文の持続時間内であれば、風の吹き方を最初に指定したものから呪文の力の許す範囲内で変更することもできる。
望むなら、術者は効果範囲の中心に直径80フィートまでの風の穏やかな“目”を作ることもできる。
 竜巻(時速175マイル以上の風速)を吹かせた場合、効果範囲内にある補強構造のないあらゆる建物は破壊され、木々は根元から倒される。
範囲内では飛び道具は攻城兵器も含めてすべて使用不能になり、火は消え、吹きすさぶ暴風以外の音はまったく聞こえなくなって会話は不可能となる。
難易度30の頑健セーヴに失敗した大型以下のサイズのクリーチャーは竜巻に巻き上げられ、それ以上の大きさのクリーチャーであってもまともな身動きは取れなくなってしまう。

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