Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia 作:ローレンシウ
「おのれ……!」
「クソが!」
ファルズゴンのクロトートとインプのイガームとは、悪態をつきながらも素早く敵を迎え撃とうとした。
両者とも2人の敵から離れるように飛び退いて散開すると、精神を集中させて己の内から魔力を引き出していく。
次の瞬間、イガームの姿はふっとかき消え、クロトートの方はなんと6体にも分身した。
それぞれ《不可視化(インヴィジビリティ)》と《鏡像(ミラー・イメージ)》の疑似呪文能力である。
「……!」
タバサはそれを見てほんのわずかに眉をひそめたが、動揺はしていなかった。
同様の手管は、学院に姿を見せた別のインプや地下カジノで遭遇したヴロックなども使っていたからだ。
敵の正体と能力を既に把握しているディーキンの方も、もちろん動揺はしていない。
しかし、どちらの敵に向かうべきかで少し迷った。
強さで言えばファルズゴンの方が上だが、不可視化したインプをタバサに任せるのは危険かもしれない。
姿が見えないとはいえ彼女がそうそうインプなどにやられたりはしないと思うが、正確な場所をつかめない以上扉をすり抜けられて外に逃れられてしまう可能性はあるだろう。
万が一にもここで取り逃して、背後の組織に情報を持ち帰られるわけにはいくまい。
素早く結論を出すと、ディーキンは扉の前に陣取ったタバサに指示を飛ばしつつエンセリックを抜いてインプに飛びかかってゆく。
「タバサ、まずは扉をしっかり閉めておいて!」
「ち……」
クロトートはハーフドラゴン・ハーフコボルドの魔法戦士らしき男がまっすぐにイガームの方へ向かっていくのを見て舌打ちしたが、すぐにタバサの方へ注意を向け直した。
コボルドは概して脆弱な種族だが、あの男は初手で自分の防護を貫いて攻撃しこちらの逃走手段を封じたことからするとなかなかの手練れらしい。
そんな相手に襲われた部下が助かるなどとは微塵も思っておらず、既に完全に見捨てていた。
(それよりも、奴が襲われている隙にどうにかしてこの場を逃れることだ!)
そのためには、扉の前に陣取っている相手の方を速やかに排除しなくてはならない。
こちらは、見たところではどうやらこの世界の貴族らしい。
一見するとずいぶんと貧弱そうな小娘だったが、連れのコボルドの腕前からすると油断はできぬ。
クロトートは膿汁に濡れた短剣の鞘に手をかけながら、ディーキンの指示を受けたタバサが扉を閉ざしてしまう前に……あるいは扉を閉ざそうとしている隙に、始末できぬものかと考えた。
だが、タバサの行動は素早かった。
彼女はクロトートがダガーを抜くよりも早く、素早く呪文を紡いで扉に『ロック』をかけた。
そのまま間髪をいれずに跳ねて飛び上がると、クロトートから距離を取って杖を構え直し、敵を迎え撃つ態勢を整える。
(く……)
クロトートはその様子を見て顔をしかめたが、闇雲な攻撃に出るのは避けて次の手を考えた。
やはり、こいつもかなり手強そうだ。
少なくとも、一手や二手で排除できる相手ではあるまい。
自分がこの小娘を仕留める前にイガームは始末されてしまうだろうし、その後二対一の状況になっては勝ち目はない。
そうなると、どうにかして敵の手をすり抜けて逃げ出す以外にはないわけだが……。
呪文で扉を閉ざされてしまったのが痛い。
扉を閉ざした呪文それ自体は自前の疑似呪文能力で解呪することが可能だが、その間敵が指をくわえて見ていてくれるわけでもあるまい。
(……どうする……?)
「ギャアァァァッ!!」
クロトートがそうして急いで考えをまとめている時に、耳障りなうめき声がした。
顔をしかめてちらりとそちらに目を向けると、インプの姿は見えないものの件のコボルドが虚空に刃を振り下ろしており、そこからどす黒い血が噴き出している。
おそらく、あの敵には透明化したイガームの姿がはっきりと見えているのだろう。
(役立たずめ)
クロトートは一片の哀れみもなく内心でそう吐き捨てたが、見ればコボルドは自分の方へすぐに踵を返すのではなく、その場で再度剣を振り上げようとしていた。
さすがに一太刀で完全に仕留めきるには至らなかったようだ。
噴き出す血の量から見ておそらく次の攻撃をイガームが生き延びることはあるまいが、逆に言えばあと一手の猶予はあるということ……。
(その一手で、この状況をどう覆すか?)
それができれば、自分にもまだ助かる望みはある。
自前のダガーや《ヴァンパイアの接触(ヴァンピリック・タッチ)》の疑似呪文能力による攻撃では、目の前の娘を一撃で仕留めうるとは思われない。
よしんばそれができたとしたところで、その後に扉の封印を解いて逃げ出すまでの間に、イガームをとどめたコボルドに背後から襲われるのがおちだ。
(ならば……、この小娘を手駒にかえるしかあるまいな)
目の前の敵を殺すのではなく、味方につけてもう一人の敵の足止めをさせるのだ。
その隙に扉を開いて逃げ出す以外に、この窮地を脱する手段はない。
クロトートにはチャームやドミネイトの能力はないが、ちょうどそのような用途に役立ちそうな代物を懐にひとつ持っていた。
とはいえ、敵の手強さの度合いからいって上手くいく見込みは薄いだろうということは彼も認識している。
しかし、文字通り地獄の生存競争を生き抜いてきたクロトートには諦めるつもりなど毛頭なかった。
命惜しさに降伏して敵にむざむざ情報を引き渡すなど、その後に待ち受けるバートルの懲罰のことを思えば問題外だ。
百回狂ってなお終わらぬほどの永く苦しい拷問の果てに、すべての尊厳と功績を剥ぎ取られて惨めなヌッペリボーの身に堕とされるくらいならば、この場で討ち取られる方が何万倍もましというもの……。
(なに、この程度の窮地など、俺は飽きるほど乗り越えてきたではないか!)
その自分が、今さらこんな辺境世界の定命者ごときに躓かされてたまるものか。
クロトートは自分にそう言い聞かせると、懐に潜ませていた薬瓶を密かに手にとって仕掛けるタイミングを慎重に窺いながらタバサの方に向かっていった……。
6体のクロトートと対峙するタバサには、動揺はなかった。
先程武器を抜こうとしていたあたりからすると、敵は近接戦を挑んでくるタイプだろうか。
それならば、そこそこの広さがあるこの室内でなら、安全な距離を保ち続けながら戦うことはおそらくそう難しくはない。
クロトートが短剣に添えたのとは逆の手で何かを取り出したのも、タバサは見逃さなかった。
見たところ、小さな瓶のようなものだったが……。
「…………」
形状からすれば、自分で飲むかもしくはこちらに向かって投げつけるかして使うものだろう。
おそらくは目潰し、ないしは毒か酸のようなものだろうか。
もしくは、何らかの魔法のポーションだということも考えられる。
タバサは詠唱を悟られぬように、姿勢を低くしてさりげなく口元を隠しながら呪文を紡いだ。
氷の刃を浮かべたり杖にまとわせたりすれば攻撃の準備をしていることは明らかになってしまうので、風の刃を使うことを選択する。
もしも自分で飲むのなら、そのときに隙が生じるはずだ。
それに合わせて打ち込める限りの風の刃を放ち、本体を捕らえられればそれでよし、そうでなくとも分身体を何体か減らすことができるだろう。
こちらに向けて投げるのなら、なお好都合である。
投げようとする瓶の軌道からどれが本体なのかを見抜くことができようから、その個体に向けてすべての風の刃を集中させればよい。
ついでに瓶の方もそれらの刃のうちの一本で迎撃して、逆に中の液体を向こうに浴びせてやる。
しかし、敵は瓶を掌の内側に隠したまま、こちらに向けて駆け出してきた。
(至近距離で叩きつけるつもり?)
それはいかにも無謀な戦い方だと思えた。
だが、こちらとしてもすでに攻撃呪文を準備し終わっているので、それを解放しなければ別の呪文を唱えて宙に逃げることはできない。
タバサは咄嗟に迫ってくる敵の像のいくつかに用意した風の刃を放つと同時に、後ろに跳んでできる限り距離を離そうとした。
しかし……。
「……!?」
なぜか、敵に対して呪文を解き放つことができなかった。
杖を振り下ろそうとした腕が、まるで目に見えない何らかの力に押さえつけられたように動かない。
それはファルズゴンの身を守る、“守られし罪人”の能力によるものだった。
ディーキンはファルズゴンの正体を事前に看破してはいたが、敵がこちらの存在を疑って部屋を調べようとしたために直ちに戦闘に突入してしまい、その能力について彼女に伝えておくだけの時間的な余裕がなかったのだ。
予想もしなかった事態にタバサは狼狽し、次の行動に移るのが遅れた。
以前にカジノで戦ったヴロックがそうだったように、敵が呪文に耐えるかもしれないという程度のことは彼女も想定していた。
その場合でも、風の刃を当てれば一瞬動きを鈍らせる程度の効き目はあろうから、素早く飛び退けば瓶を回避できる程度の距離は離せるという読みだった。
だがまさか、何の動作もなしで攻撃すること自体が阻止されるなどとは思いもしなかったのだ。
迫ってくる敵の姿にはっと我に返って後ろに跳び退いたものの、タイミングの遅れに加えて呪文による補助なしの状況では攻撃を回避するのに十分な距離を置けない。
近距離から投げつけられた小瓶を避けきれず、咄嗟に杖で防ぐのが精一杯だった。
薄く脆い硝子は堅い木製の杖に当たってあっけなく砕け、タバサは飛び散った内部の液体をもろに浴びてしまう。
(しまった……!)
タバサが薬瓶の中身を浴びたのを見て、クロトートはどうやらうまくいったとほくそ笑んだ。
薬瓶の中に入っていたのは、この世界の水魔法とやらによって作られたポーションをアレンジしたものであった。
ベースにしたのはなんでも禁制品の『惚れ薬』とやらで、似たようなものは他の世界にもあるがこちらのそれはかなり効力が強く、しかも飲用させると長期に渡って体内に残留して効果を発揮し続けられるようだ。
その効力に目をつけたデヴィルが研究、改変し、持続時間は短くなるものの、皮膚や粘膜からの接触でも体に吸収されて効果を発揮するようにした代物である。
これでこの小娘は効果の続く限り盲目的に自分を愛し、害しようとするものはたとえ仲間であろうとも全力で阻止してくれることだろう。
先ほどのコボルドに破られた“守られし罪人”の能力が、目の前の小娘に対して有効に働くかどうかは賭けだった。
しかし、たとえ守りを貫かれて攻撃されたとしても、クロトートはそれを甘んじて受けて強引にでも瓶の中身を浴びせてやる覚悟でいたのである。
一発くらいならまず耐えられるだろうし、最終的な敗北に至らぬ手傷などデヴィルにとっては重要な問題ではない。
「『やめろ』! 俺を生かしておけば、………ウギャアアァァァッ!!!」
背後からイガームの断末魔の絶叫らしき声が響いてきたが、クロトートはもはやそちらに見向きもしなかった。
おそらくは切羽詰まって《示唆(サジェスチョン)》の能力でコボルドの攻撃を止めようとしてしくじったのだろう、双方の実力の差を考えれば当然の結果だ。
(まあ、そんなことはどうでもよいがな)
とにかく最低限の時間稼ぎの役には立ったのだし、インプごときにそれ以上は望めようはずもない。
バートルへ帰還した折には、失態の弁護くらいはしてやろうか。
その時自分が暇で、気が向いたならだが。
後はこの小娘が、あのコボルドの魔法戦士から自分の背を守ってくれるはずだ。
貧弱なインプなどよりもよほど頼れる手駒だろう。
これでどうにか、こちらにも望みが出てきたというもの……。
(俺が逃げる間しっかりと盾になってくれよ、お嬢さん!)
クロトートは心の中でそう呼びかけながら、速やかにタバサの脇をすり抜けて扉に向かおうとする。
背後のコボルド相手にこの手駒がどれだけ持ちこたえられるものかわからないのだから、もたもたしている余裕はなかった。
だが、その時。
「……うっ!?」
飛んできた液体から顔をかばいながら、クロトートの方を睨みつけるタバサと目が合った。
その視線には強い敵意とわずかな怒りが篭っており、自分のとりこになどなっていないのは一目瞭然だった。
(こ、この小娘! まさか、毒か精神作用の効力に対する耐性を事前に得ていたのか……、あのコボルドの仕業か!)
この世界のメイジにはその手の防御呪文がないと思って油断していたが、あのコボルドは明らかに自分たちと同じ世界に通じる者らしい。
あわてて体をひねって飛び退こうとしたが、それよりも早く杖が振るわれた。
先程クロトートの身を護ってくれた“守られし罪人”の契約は、彼が瓶を投げつけてタバサに攻撃を加えたことによって無効になっており、もはや彼女の手をとどめるものはない。
しかも投げられた瓶の飛んできた方向から、6体の内のどれが本物であるのかもタバサには既にはっきりとわかっていた。
杖の先から数本の風の刃が解き放たれ、至近距離からクロトートの体をずたずたに切り刻んでいく。
どす黒い悪魔の血が噴き出し、風に舞って飛び散った。
「ぐ、おぉオォォッ!!」
激痛と自らの計略が破れた屈辱とのために激昂したクロトートが咆え、目の前のタバサに掴みかかった。
怒りで我を忘れているとはいえ、その動きは獣のように素早い。
「……」
タバサは今朝ディーキンと戦っていたワルド子爵以上に鋭いその動きを見て、掴みかかってくる敵の腕はこの距離からでは自分には躱しえないことを瞬時に悟る。
しかし、彼女に動揺はなかった。
今しがたは不覚を取ってしまったが、しかし幸い浴びせられた液体によって目が見えなくなるとか、皮膚がただれたり傷んだりとかいった害が起きている様子はなかった。
微かに甘い香りがしているからただの水ではないのだろうが、強酸などの類でもなかったようだ。
おそらくは、たまたま懐に入っていた香水かなにかを即興で目潰しとして利用しただけか。
(なら、大事ない)
敵が掴みかかってこちらを押し倒すつもりであれ、絞め殺すつもりであれ……その前に片をつけるまでだ。
タバサは杖を持っている腕や喉を掴まれないためにほんのわずかだけ身をひねりながら、淡々と呪文を唱えていった。
クロトートの腕が、タバサの左肩を荒々しく捕える。
「死ね、小娘ッ!!」
疑似呪文能力によって死霊術の力を帯びた掌が、さながら吸血鬼の牙のごとくタバサの生命力を貪ってクロトートに注ぎ込んでいった。
だが、タバサは自分の身体を蝕むおぞましい死の霊気にも怯まずに呪文を完成させた。
それに応じて、彼女の体に浴びせられた薬瓶の中身とクロトートの体から噴き出した血液との中に含まれた水分が凝固していく。
たちまち複数の鋭い氷の槍が形作られ、四方八方からデヴィルの体を串刺しにした。
「……ばかな!」
その攻撃の威力は、奪い取ったばかりの幾許かの生命力によって相殺できる範囲を優に超えている。
幾本もの氷の槍が致命的に体中に食い込むのを感じて、クロトートは抗議の呻きを上げた。
せっかく、獲物に満ちた楽園のような世界にやってこれたというのに。
出世の種が、そこらにいくらでも転がっているというのに……。
(それなのになぜ、この俺がこんなところで躓かねばならぬのだ?)
クロトートは顔を歪めて怨嗟の唸りを上げ、心の中で呪うべき幾人もの相手を思い浮かべた。
いまいましい目の前の小娘と、背後のコボルドを。
無能なイガームを。
この街にろくな人員をよこしてくれなかった上司のデヴィルたちを。
そして、不用意な計画を立てて禍を持ち込んだワルドを……。
上司も部下も、仲間も敵も、およそありとあらゆるものに自分の現在陥っている苦境の責任を押し付け、非難し、罵った。
それも、ほんの数秒後には背後からディーキンに背骨を断ち割られて終わりとなった。
肉体が滅ぶとともに、クロトートの魂は速やかに物質界から引き離されていく。
彼の魂はこれから九十九年の間アストラル界をさまよった後に、故郷である九層地獄へと帰還する定めなのだ。
最後の瞬間にクロトートが願ったのは、帰還の折には降格されるほどの罪を問われずに済むように、そして九十九年の間に自分の名が完全に忘却されて出世の道が断たれてしまわぬように、ということだった――――。
「……。ふ、ぅ……」
クロトートが完全に死んだのを確認すると、タバサは先程捕まえられた肩のあたりを押さえて力なく膝を落とす。
一旦戦いの高揚が去ってしまうと、体が酷く冷えて怠く、力が入らなかった。
「タバサ、大丈夫?」
ディーキンが心配そうに近づいて、顔を覗き込む。
「大丈夫……。怪我はない、疲れただけ……」
タバサはそう言って首を振ったが、その動きは弱弱しい。
元より彼女は耐久力のある方ではないので、先程の《ヴァンパイアの接触》による消耗がかなり堪えているのだった。
ディーキンはすぐに《怪物招来(サモン・モンスター)》の呪文で治癒の能力を持つクリーチャーを招来し、奪われた彼女の生命力を癒してもらった。
「ありがとう……いつも」
タバサが、微かに顔を綻ばせて礼を言う。
その前に彼女が浴びせられた液体のことも気になっていたが、タバサは「なんともない、ただの目潰しだと思う」と言って首を振った。
ディーキンも一応確認してみたが、確かに浴びたあたりの皮膚は何ともないし、液体もタバサが氷の槍を作ったことで既に蒸発して消えていたので、問題はなさそうだと納得した。
もしかすると皮膚に触れただけで効果を発揮する毒か何かだったのかもしれないが、そうだとしても朝食べた《英雄達の饗宴(ヒーローズ・フィースト)》の恩恵がまだあったので影響は受けなかっただろう。
実際のところ、液体に解けてすでに皮膚から吸収された分については確かに無効化されたものの、呪文で完全に水分を飛ばしてしまったために乾燥して吸収されなかった薬の成分が、まだタバサの体のあちこちにかなりの量付着している。
水魔法のポーションに用いられている精霊の体の一部などの魔法的な成分は、単に水分を飛ばしただけで消えてなくなるようなものではないのだ。
もっとも今の2人には、まだそれを知る由もなかったのだが……。
さておき、ディーキンとタバサはそれから手分けして室内の捜索などを行い、麻薬類が収められていた鉛張りの箱やその他のいかがわしい品々、ちょっとした貨幣や財宝にマジックアイテムなどを発見した。
クロトートが持っていた地図には、襲撃に際して傭兵たちを集合させる予定だったらしい宿周辺のポイントにも印がつけられていた。
この2人を始末したことで傭兵たちを集合させるものがいなくなり、襲撃自体が中止される可能性も高いが、念のため今夜はそれらの地点を交代でどこかから見張っておけばいいだろう。
いくらかの物は戦利品として懐に収め、残りはしかるべきところに回収させるための証拠品としてそのまま残しておくことにする。
ただ、連中の背後にあると思われる組織に関する手掛かりは、残念ながら見つからなかった。
まあディーキンとしても、それは仕方がないことだろうと諦めている。
ファルズゴンは回数無制限で《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》を使えるので、必要なやりとりはすべて本拠地まで瞬間移動して行えばいいから、およそこんな場所に手掛かりなど残しているはずがないのだ。
デヴィルを捕えて聞き出せばよかったのではないかと思う向きもあるかもしれないが、鋼の意志力を持っている上に一瞬の隙で瞬間移動や透明化をして逃れかねないデヴィルを生かして捕縛し口を割らせるというのは、あまり現実的ではない上に非常に危険である。
だからこそ、捕縛しようなどという色気を出さずに即座に止めを刺すことにしたのだ。
また、デヴィルのような来訪者をドミネイトするには非常に高レベルの呪文が必要になるし、確実に効くわけでもない。
殺しておいて死体から話を聞こうにも、《死者との会話(スピーク・ウィズ・デッド)》の呪文は発動するのに10分の時間がかかるのに対してデヴィルの屍は死ぬと数分以内に溶解して消滅してしまう……。
したがって、背後の組織に関する詳細な情報を得るのは現状ではかなり難しそうだと言わざるを得なかった。
組織に深く関わっていそうな人間を誰か探し出して捕まえて聞き出す、あるいは最悪その死体から聞き出すというのが、一番現実的な方法だろうか?
アルビオンの反乱軍とやらがデヴィルと関わっているのだとしたら、例えば首魁のクロムウェルとかいう男に……。
(それは今夜、見張りとかしながら考えようかな?)
それよりもまずは、せっかくこの街のデヴィルを始末したのだから、連中の背後の組織が事態に気付いて後任を手配する前に早急に手を打たねばならない。
この街の衛視は誰が買収されているかもわからないし、ワルド子爵も信用できないので、アンリエッタ王女らに直接話を通す方がよいだろう。
しかし、アルビオンへの旅が終わって戻ってから報告するのでは何日後か何週間後になるかもわからないし、明らかに遅すぎる。
王女らはもう城に帰っているかもしれないが、ここは一旦学院に戻ってオスマンにでも事情を伝え、王城への連絡と手配を頼んでおくというのがいいだろう。
もちろん、馬で戻るのでは時間がかかるし、そんなことをすればワルドにも事情を説明しなくてはならなくなるので、《瞬間移動(テレポート)》の呪文で素早く往復するのだ。
そういった案をタバサに提案して同意を得ると、ディーキンはすぐに、彼女と一緒に学院へ瞬間移動することにした。
「早速、訓練したことが役に立つの!」
ディーキンはこちらで自分が果たすべき役割を考慮し、サブライム・コードとしての修行の過程で《瞬間移動》の呪文を習得しておいたのである。
先程ファルズゴンに放った、《次元界移動拘束(ディメンジョナル・アンカー)》の呪文も同様。
デヴィルやデーモンなどの来訪者を相手にしなくてはならないとなれば、それらの呪文は自力で扱えるようにしておいた方がよいと判断したのだ。
「2つの点は1つに。星幽界の守護者よ――」
タバサの手をしっかりと握って覚えたての呪文を唱え、ディーキンは昨日後にしたばかりの学院長の私室へ瞬間移動した……。
ヴァンピリック・タッチ
Vampiric Touch /ヴァンパイアの接触
系統:死霊術; 3レベル呪文
構成要素:音声、動作
距離:接触
持続時間:瞬間
術者は敵に接触することで術者レベル2レベルごとに1d6(最大10d6)ポイントのダメージを与え、なおかつ自分が与えたダメージに等しい一時的ヒット・ポイントを得る。
ただし、術者は対象のその時点でのヒット・ポイント+10点(対象を死亡させるのに充分なダメージ)までの一時的ヒット・ポイントしか得ることはできない。
この一時的ヒット・ポイントは1時間後に消える。