「あのっ、もしよろしかったら・・・」
そろそろその場を後にしようとしている時に、背後から澄んだ声がかけられた。体全体をその声の方へ向ける。すると案の定、クローゼが声を発していた。
「なにかな?」
「もうすぐ私の通っている学園、ジェニス学園でなんですが学園祭が開かれるんです。よろしかったら見に来てくれませんか?」
少し早口になりつつもそう言ってくる。どうして早口なのかは分からなかったが、それでも彼なりに返事だけはちゃんとしておこうと思った。
「興味がある。近づいてきたらクローゼの空飛ぶお友達で知らせてくれないか。そうしたら見に行こう」
「あっ。ありがとうございます。でも、あなたもジークと話せるんですか?」
――普通の人間は話せないし分からないのか・・・――
「イントネーションでそれなりには・・・な。では失礼する。テレサさん、美味しいおやつをありがとう。(何も無ければそれでいいのだが・・・)」
「ええ、また来てくださればいつでも歓迎しますよ」
子供たちをからかいつつ、テレサのお菓子に集中して食べているエステスはファーが出ていこうとしていることに気づいていない様子だ。彼の気配が微かなものであるせいで、直視していないとわからないレベルであることも関係している。それでもヨシュアは視界に捉えていなくてもかろうじていなくなったことに気づいた。
「あの人はいったい・・・」
「ん、ヨシュア。このお菓子美味しいね~」
「全く君ときたら・・・」
「クスクス・・・」
エステルのぶれることのない様子に半ば諦めたヨシュアと、その様子を微笑ましく思っているクローゼ。
その後、港湾都市ルーアンに準遊撃士の登録を行なうためにクローゼがついて行き、有名どころを案内しつつも無事エステルとヨシュアは登録を行なうことができた。人手が足りないらしくこき使われることは目に見えていた。そしてヨシュアたちと別れて一人でジェニス学園へと戻ろうとしたクローゼの前に彼がいた。
「あっ、ファーさん?」
「・・・(モグモグ)」
両手にはルーアンで買ったものと思われる、加工海産物を持ち口一杯に頬張っていた。
「(ゴクン)クローゼか。どうしたこんなところで?」
「エステルさんたちを案内して帰るところです。ファーさんは?」
「ここまで来たからな、この付近に住んでいる・・・いたかもしれない知人に会いに行こうと思ってな。だが、どこにいるのか町民に聞いてみると王立学園にいるってな。それでクローゼをつてにして会えないか?」
「・・・どなたですか?私がお役に立つことができればよろしいんですが」
「コリンズだ」
「えっ?」
クローゼは学園内にいる友人の顔を脳裏に思い出しながら、目の前にいる男性が何を言ってもいいように構えていたはずだが、予想以上の返事が返ってきたことに若干戸惑った。
「コリンズ学園長・・・ですか?」
「ふむ、学園長などと言う職についているのか。あぁ、俺とコリンズの関係を知りたいわけだな。詳しくは言えないが旧知の仲としか言えないんだが」
「とりあえず正門前まで一緒に来ていただいて、それから確認が取れるまで待っていただいてもよろしいですか?」
「それで構わない。君も予想以上の答えが返ってきてびっくりしているのはこちらでも手に取るように分かったからな。それが人として正直な反応だよ」
「そ、そんなにわかりやすかったですか?」
あぁ。と返事しておく。クローゼの顔が少々赤くなったのは夕日のせいとしておいた。
「(それにしても彼女の匂いがする。嗅ぎなれた匂いが・・・)」
彼は変態ではない。人間より数十倍匂いに関して敏感なので、範囲にいる生物の状況をすぐに把握することができるのだ。それでクローゼの匂いに昔の彼女を思い出していた。
「・・・さん。・・・ァーさん!!」
「すまないな、少しボーッとしてしまったようだ」
「「・・・・・・」」
それから学園の正門前までの街道ではずっと無言だった。気まずい思いをしているクローゼと、何も思っていないファーとの間には考えのズレがあったが、それでも冷たい雰囲気ではなくほんわかとした和んでいる雰囲気だった。
「こっ、ここでしばらくの間お待ち頂けますか?」
「あぁ、待つことにしよう」
「それではっ!!」
クローゼは小走りで学園の門を通りそびえ立つ建物へと入っていった。途中危うくこけそうになりながらもこけずに消えていった。
「ふふっ、彼女は面白いな。・・・俺がこんなにも社交性を表に出して会話するとは・・・」
彼は独りでいることが多かったせいか、社交性に関しては皆無と思っていたが心の中に入り込んでくるアウスレーゼ家の人々には心を開くことが多かった。
数分後、慌てた様子ではないにしても去っていったと同じぐらいの小走りでこちらに向かってくるクローゼを視界に捉えた。
「お、お待たせして申し訳ありません。学園長がお会いになるそうです。私は学園長室までご案内することになりました。どうぞ、こちらです」
「よろしく頼む」
ハァハァと荒かった息を整えてから、ファーを案内するために先を歩くクローゼ。その表情はどこか、疑惑の目に見えた。
~学園長室~
――コンコン――
「失礼いたします。クローゼ・リンツ、ただいま帰りました」
「お帰りなさい。あなたが無事に帰ってきてなによりです」
数枚の書類を片付けているようだったが、その手を止めてクローゼに挨拶する老齢の男性。彼は王立学園の学園長を務めるリベールきっての賢人であり、市長不在時にはルーアン地方の代表も務める人物だった。
「それで・・・ですね。学園長に会いたいという人がいるんですが・・・」
「このような時間にですか?」
「ええ、ファーブラさんとおっしゃる方が(ガタッ!!)が、学園長?」
「か、彼は今どこにおられるのですか?」
座っていた椅子から乱暴に立ち、目を見開いてクローゼに詰め寄りそうになる。
「正門前に待って貰ってます」
「な、なんと!!これは私が出向いたほうが良いだろうか。いや、しかしこれは正式な訪問ではないはず・・・。ご足労願う結果になるかもしれないが来ていただいた方が良いかもしれない」
ブツブツと小声で話し始め狼狽する我が学園の総責任者、コリンズ学園長の初めて見る姿に驚きを隠せないクローゼ。
「こちらに通してください。勿論、失礼の無いようにしてください」
「わ、分かりました」
呟いている姿を見られて恥ずかしかったのか、咳払いをして何もなかったかのように振舞おうとすることにしたコリンズ学園長だった。
~学園長室side end~
「こちらの部屋の中に学園長が待っておられます。・・・ひとつだけよろしいですか?」
「何でしょうか?」
「学園長とはどんな関係ですか?あまり見たことの無い学園長の姿を見たものですから・・・」
クローゼも気になっている様子だったが、部屋の中から『早く会いたい』のオーラが目に見えるぐらいだったので、簡単に返事することにした。
「気になっているとは思うが、明日にしてもらえないだろうか。君の疑問が解決するまで君の前から消えたりはしないさ」
「むぅ。約束ですよ」
そう言って女子寮の方へ歩いて行った。 その姿が見えなくなるまで見、それから部屋の扉をノックした。
「は、はい。どうぞ」
緊張した声が中から聞こえてきた。
「邪魔するよ」
そこには白く長い髭を立派にこしらえた老齢の男性の姿があった。
「おぉ。私が生きている間にこうしてもう一度再会することができるとは思いもしませんでした」
「それはこちらの台詞だ。近くを通ったものでな、友がどうしているのかを知るぐらいの事はしたいものだ。元気で何より」
「もったいないお言葉。感謝致します」
片膝をついて挨拶をしようとするのでそれを留める。
「これは正式な訪問ではない。堅苦しくなくて構わないんだ。椅子に座って暫し語ろうではないか?」
「ええ・・・。それにしても懐かしいです。あなたが私の幼少期に家庭教師としておられたことを思い出すことができます」
「フフフ。そうだったな。君は、物事の根本的な考えを一度覚えたらその応用を考えることができた。それぐらい優秀な子供だった」
「思い出します。一度だけあなたの完全龍化を見た時には驚きましたが・・・」
「それもあった。勉強ばかりでは気が滅入る。だから気分転換がしたいと君が言ったから、腕だけ龍化したら恐るどころか興味津々に近づいてきて『乗せてください』と言った時には驚いたよ」
「若気の至りというものでしょうか。その後、あなたに関する伝承を耳にして真相を知ったぐらいの時期に家庭教師を辞めたんでしたっけ」
「うむ。伝承に捕らわれて君が萎縮しないようにする措置だった。それにこれが最後になるわけじゃないと言いくるめて去った」
「その時は悲しい気分でしたが、それでも再会するときにはあなたに教えられた事が身になったことを教えたくて我武者羅に頑張りました」
いつも一人でうずくまっていた昔の面影はどこにもなく、今目の前にいるのは心身ともに成長したコリンズだった。
「そっか、君も頑張ったんだな。もう坊やとかコリ
「そ、そうですね。アハハハハ・・・。今日は遅いですし、職員寮に泊まられませんか?一つ空きがあるんですよ」
「そうか、世話になる。多分だが、この数日いや数週間の内にこの街は荒れるぞ」
「・・・」
聞こえていたが、コリンズ学園長はファーブラ・イニティウム・ドラコの言った言葉に何も返せずにいた。それは昔から変わらないことであったが、彼が告げたことは全てその通りになるか近いことが生じたからだった。
「それはそうと・・・」
「どうかしましたか?」
くるりと振り返った彼が、思い出したかのようにコリンズに話しかけた。
「ここまで案内してくれた彼女、クローゼと言ったか。今日一日一緒にいて確信したが、彼女はアウスレーゼ家の者で間違いないな?」
「・・・ええ、間違いありません」
「とぼけたっていいんだけれど?」
少し迷ってから目と目を合わせてそう言った。その目には戸惑いなど微塵も見せることなく教育者の威厳を保っていた。
「あなたはずっとアウスレーゼ家と共にありましたから。害を及ぼすことなど出来ないと確信しているんです」
「ほぉ。そこまで高く見てくれているとは・・・。そうであればずっと戻るのに躊躇いを持っていたが、これは戻るしかなさそうだな」
「もしかしてずっと会っていないのですか?彼女は首を長くして待っておられますよ?」
慌てた様子でそう告げてくる。コリンズとファーの言う彼女とは、クローゼのことではないがそれに近しい人物でありファーにとって大切な人、コリンズの幼なじみとも言う存在――今は立場が違いすぎている――であり今でも連絡を取り合う仲だった。
「最近口を開けば『あのお方はまだこられないのかしら・・・』と愚痴をこぼす始末。・・・早く行って元気な姿を見せて安心させてみてはいかがでしょう?」
「考えておくさ。しかしそう遠くないうちに再会すると思うぞ」
楽しい会話というのは時間の経過が早く感じるものだった。
「ふむ、コリンズよ。職務が残っているみたいだな。機密性の高くないものであれば私も手伝おうと思っていたが・・・」
「・・・申し訳ありません。これはそうはいかない書類でして。私以外の誰の目にも触れることが許されていないのです」
先ほどこの部屋を訪れた際に目を通していた書類を、サッと違う書類の下に隠した時点でそれが気密性の高い書類であることは見当がついていたがそれでも尋ねてみるのは本当にコリンズの事を信頼している証と言えるだろう。
「そうか・・・。では私はこれで失礼するよ。どこか空き部屋があればそこを借りたいのだが?」
「ええ、勿論です。時間が許されるならこの学園に留まり続けてもらいたいですから」
二言三言交わしてから部屋を後にし、案内すると言ったコリンズ学園長に対して丁寧に断りを入れてから借りた部屋へと足を向けるのだった。首から下げているのはこの学園の滞在許可証だった。これを持っていることによって不審者として通報されるのではなく、正式に学園長から許可されている人物であることを明らかにしていた。
数分後には学園長から割り当てられた部屋に到着することができた。すでに夜も更けており生徒の誰とも会うことは無かったのも一つの要因だろう。美形とまではいかなくとも、見たことの無い人物がいればそれだけで注目の対象となるのだから。
「ふふ、やれやれだ。コリ
彼は人間嫌いを全面に出しているとはいえ、信頼に値する人には多少の加護を与えて見守っているのだった。今まではブライト家の人々、コリンズ学園長、アウスレーゼ家・・・そして今日であったばかりの孤児院のテレサだった。
「・・・・・・むっ!!あの方角は」
窓を開けて外を見ていると、みるみる間にある一点の方角が煌々と光り輝いてきたのを目にした。それは自然に生じることのない真っ赤な色だった。町からは少し離れた森の中から
「火事か」
一言呟くとその部屋を出て、コリンズがいる学園長室へと走った。
「コリンズ!!」
「ふおっ、ファーさん。どうかされましたか?」
「火事だ。多分あの方向は孤児院の方から出ている。急いで村と遊撃士協会へ連絡をしてくれ。あとクローゼにも伝えたほうが良いだろうか。それはコリンズに任せる。私は現地へ急ぐぞ!!」
「分かりました。急いで連絡を入れます。それとクローゼさんにも私から伝えておきます。何か分かりましたら連絡をください」
扉を蹴破る勢いで入って来たファーに驚きながらも、その内容がただ事ではないことに気づいて急いで各方面へ連絡を入れた学園長だった。この孤児院不審火から始まる事件が、これからの不可解な出来事の序章に過ぎなかったのだ。
学園長云々の過去話は捏造です。それなりに指が走った結果こうなりました。この話以外で出る予定はありません。