【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
さてさて、遂にやって来た学園祭。
普段触れ合う機会のない一般客も大勢来ることが予想される為、かなりの混雑が予想される。
ましてや男性操縦者が一組にかたまっているのだ…一目見ようとするお客さんも大勢いる事だろう。
これまでの準備はクラスメイト達の努力の甲斐もあって順調に進んだ。
接客、調理のマニュアルは@クルーズバイト経験者であるラウラ、シャルロットを筆頭に雑務担当のクラスメイト達で作り上げた。
基本の下敷きが出来ているため、苦もなく作り上げることが出来たようだ。
マニュアルが完成して皆に褒められた時、ラウラとシャルロットの二人がエヘンと胸を張っているのが、少し可笑しくて思わず笑みを浮かべてしまった。
勿論接客のマニュアルはコッソリと二人の先生方にも回してある。
千冬さんが少しだけゲッソリとした表情だったな…。
店内の調度品は、寮の食堂から借りてこよう…と言う意見があったのだが、これにセシリアが猛反発。
恐ろしい事にセシリアが選んだ調度品と食器を扱う事となった。
これは言い出しっぺだからと言う理由でセシリア持ちである。
貴族って……。
学園祭開始十分前、俺は手を叩き全員の注目を集める。
「執事長である一夏から挨拶がある。全員手を止めて聞いてもらいたい」
「挨拶って程じゃ…んんっ。皆のお陰で学園祭の準備も無事整った、本当にありがとう。これから三日間更に慌ただしくなると思うけど、みんなで乗り切っていい思い出にしていこう!」
「「「「おーー!!!!」」」」
一夏が拳を振り上げると、クラスメイト全員がそれに応えて歓声を上げる。
さて、俺からのサプライズを用意しよう。
「差し当たって、俺から皆にサプライズゲストを用意させてもらった」
「へ?狼牙、何も聞いてないぞ?」
「父様、ゲストってどう言う事なんだ?」
「銀…この間悪い顔をしていたのって…」
クラスメイトたちは皆顔を見合わせ騒然とするが、俺は手を叩きそれを制する。
何だか楽しくなってきて仕方がないな…こういうのを子供心と言うのだろうか?
「皆が喜ぶゲストだ。入ってきてくれ」
俺が教室の入り口へと声をかけると、扉が開き二人が入ってくる。
そう、酒で買収した千冬さんとボランティアの山田先生である。
二人とも@クルーズのメイド服に身を包んでいる。
クールで手厳しい家令とオットリドジっ子メイドといった雰囲気を二人が醸し出している。
「ち…千冬、姉…?」
「な、なんだ織斑…私がこんな格好をしては問題があるか!?」
「い、いや…ビックリしただけだって…よく似合ってるぜ、千冬姉!」
千冬さんは、慣れないメイド服に気が動転しているのか一夏の千冬姉呼びに反応できずに顔を真っ赤にしている。
そんな千冬さんの姿に一斉に皆携帯を取り出しシャッター音が鳴り響く。
「き、貴様等!撮るんじゃない!!」
「酒…」
「くっ…狼牙ぁ…覚えておけよ…」
クック…愉悦…。
無限組手でもなんでも受けて立とうではないか。
俺は顔を背け忍び笑いをしていると、セシリアが此方へとやってくる。
「一体、どんな手品を使ったんですの?」
「何、好物を目の前にぶら下げてやっただけだ…上等な好物を、な」
「悪巧みに全力ですわね…」
「男の子なんでな」
セシリアが若干引き気味に笑えば、俺はドヤ顔で肩を竦めるだけだ。
山田先生もまた、女子に殺到されている。
「まやや、可愛い!!くるって回って!」
「え、えぇ!?こ、こうですか?」
山田先生が生徒達に気圧されてクルリと一回転してみせる。
ふわりとスカートが広がり、立ち止まった瞬間に学園ナンバーワンの大きさを誇る四文字が大きく揺れる。
目に、毒だ…。
ぼんやりと物思いに耽ると、耳を抓られ引っ張られる。
「セシリア、痛いのだが…」
「狼牙さんが鼻の下を伸ばすからですわ!」
「伸ばすのはお前達に対してくらいなんだがな?」
痛みに顔を顰めつつもクスリと笑う。
こう言った嫉妬でさえ心地良いものだからな。
…マゾヒストではない、断じて。
「父様…まさか教k…織斑先生のメイド姿が見れるとは思わなかったぞ」
「学園祭でスーツ姿でうろつかれても浮くだけだし…サプライズにもなるしな。喜んでもらえた様で何よりだ」
ラウラの頭を撫でて微笑み、クラスを見渡す。
もうすぐ時間だ。
「織斑先生達にも接客マニュアルは渡してある。そろそろ学園祭が始まるぞ!」
「スイーツ無料券目指してがんばるぞー!」
「「「おー!!!」」」
「ねね、知ってる!?一組の御奉仕喫茶で織斑君と銀パパだけじゃなくて、千冬様にも接客してもらえるんだって!」
「うそ!?あの千冬様にも!?」
「しかも、ゲームに勝てば好みの人とツーショットも可能…これは行くしかないわよ!?」
学園祭が開始してすぐ、一組のクラスは満員御礼状態でかなり目紛しい。
特にメニュー内にある『スペシャルメニュー』の回転率は凄まじく、考える暇すら与えない。
お陰で千冬さんもツッコミを入れる暇すらなく、ツーショット写真を撮ったりポッキーを食べさせてあげたりと教室内を歩き回っている。
俺もまた例外では無い訳で…寧ろ良く来れたなと思える人物が現れた。
更識 簪その人である。
どうやら四組はお化け屋敷をやっているようで、可愛らしい吸血鬼のコスプレをしてやってきた。
「いらっしゃいませ、お嬢様…此方へどうぞ」
「ろ、狼牙…カッコいい」
「そう言ってもらえると助かるがな…」
簪を席まで案内すれば、座りやすいように椅子を引いてやる。
こう言ったシチュエーションと言うのに慣れているのだろうか…簪は笑みを浮かべたまま椅子に座り此方を見上げてくる。
「ご注文は如何いたしましょう?」
「えっと…それじゃこれで…」
簪の目の前でメニュー表を開くと、執事に御褒美セットと書かれた項目を指差される。
これか…また…。
内心ゲンナリとしつつも、にこやかな表情を浮かべたままメニュー表を閉じる。
「かしこまりました、少々お待ちください」
「は、はい…」
簪は顔を赤くして俺を見つめ続ける。
これから羞恥プレイが待っていると言うのにな…。
素早く他のお客からも注文を取り、厨房へと向かう。
「三番、五番、六番にホットコーヒーを一つずつ。八番に御褒美だ」
「「「はい!」」」
コーヒーは他の接客メンバーに任せ、俺はクラッシュアイスに刺さったポ◯キーと紅茶を手に簪の元へと戻る。
無論、すれ違いざまにぶつかってヘマをする事などはしない。
…なんとも昔が懐かしく思える。
彼方此方へと飛ばされた世界の中で、何故か執事役をやる羽目になって苦労したものだ…。
「お待たせしましたお嬢様。執事に御褒美セットとなります」
「ポッ◯ー?」
簪が不思議そうに首を傾げる中、俺はテーブルに持って来たものを置いていく。
これからやる事に若干慣れてきてしまった自分が怖い。
「失礼します」
「え、どうして…?」
俺は簪の隣の席に座り体を簪へと向ける。
いつもと違う雰囲気だからなのか、簪は顔が真っ赤だ…さて、セット内容を説明せねば。
「こちら執事に御褒美セットは、わたくしども執事にこちらのお菓子を『食べさせる』と言う内容となっております」
「え、狼牙に、食べさせるの…?」
「情けと思って一思いにやってくれ…簪…」
ちなみにこのメニューを考えたのは、布仏 本音その人である。
…覚えていろよ、のほほん…菓子断ちさせてやる…。
簪は、どこかワクワクとした雰囲気を纏ってポッキーを一つ手に取り此方の口元へと運んでくる。
「あ、あーん…」
「ありがとうございます、お嬢様…」
口元まで運ばれれば、親鳥が雛に餌を与えるように俺は食べていく。
…虚しいな…食べさせるなら兎も角食べさせられるとは…。
簪は普段とは逆の様な立場にすっかりご機嫌になり、楽しそうに餌付けをしてくる。
のほほん…よもやこの状況を狙ったのではなかろうな…?
背後から突き刺さるような視線を努めて無視しつつ、次の内容の説明に入る。
「お嬢様、わたくしめとゲームで勝利できれば写真を撮ることができますが…如何いたしましょうか?」
「…や、やる!」
いつも一緒に居てこれである…特別な環境がそうさせるのかもしれないが。
ゲームの内容は三種類。
『ジャンケン』『神経衰弱』『ダーツ』の三種類だ。
これは特定のゲームが苦手な人でも勝てるようにする配慮だ。
チャンスがあるからこそ、人は燃え上がる…か。
ともあれ、今回はジャンケンを簪が選択し数回のアイコの後簪が見事勝利した。
「ラウラ、カメラを頼む」
「了解した、父様」
ラウラを手招きして写真撮影を頼むとカメラ片手にこちらまで駆けてくる。
簪を見ると首をかしげる。
やはり、俺と同じ事を思った様だな…。
「簪、普段父様と一緒にいるのにチャレンジしたのだな」
「大切な思い出作り…枕元に置いておくの」
「なんとも気恥ずかしい…」
簪は俺に寄り添うようにしてしな垂れかかり笑みを浮かべる。
俺はあえて生真面目そうな顔をしておく…その方がそれっぽいだろう?
ラウラがカメラのシャッターを押して撮影を手早く行っていく。
「ありがとう、ラウラ」
「簪、学園祭を楽しんでくれ」
「うんっ」
ラウラが何とも優しい声を掛けるのを見て、自然と笑みをこぼす。
キリッとしていたラウラは何処かへと消え去ってしまったが、その代わりに優しいラウラが来ていたようだ…。
等と物思いに耽ると、いきなり怒鳴り声が上がる。
どうやら、鈴も来ていたようで些細な事で喧嘩となってしまったようだ…いかんせんイノシシだからな…。
俺が仲裁に入ろうと立ち上がった時、思わず固まってしまった…。
生徒会室で陣頭指揮に立っていた筈の楯無が、何故かメイド服を着込んで一夏達の仲裁に入ったからだ。
「お、お姉ちゃん…?」
「なんでここに居るんだ…?」
半ば呆然としていると、黛 薫子までもがやってくる。
なんだろうな…お祭り騒ぎに二人の影アリと言ったところか…?
「どうもー、新聞部でーす。話題の執事とメイドを取材しに来ました〜」
「薫子ちゃんヤッホー」
「あ、たっちゃんじゃん。メイド服似合ってるじゃない。話題のステディとツーショットとっておこうか?」
あー…それが狙いか?
確実にツーショットを撮るための…何とも抜け目のない。
俺は簪の手を取り、手の甲に口付ける。
「すまんな、付き合えるのはここまでのようだ」
「ううん、私もそろそろ戻らなきゃだから…」
「それではお嬢様、お送りいたします」
立ち上がれば、簪を丁寧に出入り口までエスコートしてそこで別れる。
黛 薫子は興奮気味に俺たちまでもカメラの被写体にしていく。
変にネタを捏造さえしなければなぁ。
「銀君、写真撮影するんだってさ」
「ツーショットで、だろう?よかったな、シャルロット」
「え、う、う、うん!」
てへへ、と顔を赤らめながらシャルロットは両頬を抑えて笑みを浮かべる。
何かとシャルロットは一夏争奪戦に出遅れ気味だからな…側から見ている分には微笑ましいので是非ともデットヒートさせていってもらいたい。
「狼牙さん、早く此方に来てくださいまし!」
「今行く。シャルロット、接客の方頼んだぞ?」
「うん、任せて!」
セシリアの元へと小走りに駆け寄ると腕に抱きつかれる。
余程羨ましかったのだな…執事に御褒美セットが。
もはや慣れたもので俺は顔を赤らめることはなく、ポーカーフェイスを気取っている。
「執事とメイド、禁断の恋って感じ?いいねー、いいねー」
「ウフフ…恋していますもの」
「禁断と言えば禁断ではあるな」
黛 薫子は鼻息荒くシャッターを押し続ける。
セシリアは先ほどまでの不機嫌さがなりを潜め、非常に機嫌が良くなる。
…あえて、言おう…チョロい。
「はーい、じゃ次は私の番ね!」
「くっ…名残惜しいですが…」
「いや、いつも一緒に居てそれは無かろうに」
楯無が嬉々として、やはり俺の腕に抱き付いてくる。
お嬢様と言うのはアグレッシブなアプローチが好みなのだろうか?
セシリアは接客へと戻り、俺と楯無での撮影となる。
楯無は若干頬を赤らめている。
「狼牙君、カッコいいわよ…生徒会室にいる時はその格好でいてもらおうかしら?」
「ありがとう…だが、断る…着替えが面倒だからな。…たまには着てやるが」
「フフン、狼牙君は優しいわね」
黛 薫子は相変わらずネタの香りを嗅ぎつけて、撮影を続ける。
店の混雑具合から察するに、一学年の客の殆どがここに集中してしまっているようだ。
楯無との撮影が終われば、ラウラが此方へとやってくる。
「父様…その…抱っこしてもらえないだろうか?」
「そんな目で見るな…何だか悪いことをしている気分になるではないか…」
「銀君は娘に甘いのね〜」
「否定できんよ…もう…」
ラウラを片腕で抱き抱えると、体を支えるために首に抱き付いてくる。
ラウラは小さいからな…かなり軽くて苦にはならない。
…セシリアと楯無から凄い羨ましそうな視線を感じる。
早々に撮影を終えれば、今度は織斑姉弟の撮影となる。
「織斑先生、凄いカッコいいじゃないですか〜」
「撮るなら早くしろ…忙しいんだ私は」
「千冬n…織斑先生一番人気だもんな」
そう、このクラス目玉商品である男性操縦者ではなく千冬さんが一番人気なのだ。
恐るべし、ブリュンヒルデ…世界最強は格が違った…。
全員分の撮影が終われば、箒やシャルロットも機嫌が良く全体の士気が跳ね上がったようにも感じる。
「織斑君、私もう少し手伝ってるし校内見て回ってきて良いわよ?」
「いいんですか?」
「おねーさんの扱きに耐えた御褒美よ」
「でも、俺が抜けると叱られるしな…」
「俺がその分カバーすれば良いだけの話だ。行ってこい、一夏…弾が来るのだろう?」
「悪い…それじゃ行ってくる!」
一夏は少しだけ嬉しそうにして、教室を出て行く。
まだまだお昼前…本当の修羅場はこれからだな…アレも控えていることだし。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
俺は表情を崩すことなく、接客の仕事へと戻っていくのだった。