色々と考えた末に、ひとまずセシリアはプライドを投げ捨てることに決めた。当初はあり得ないと一蹴したが、かと言ってこのまま嫌い嫌われのままでいては駄目だと思い直した。何がどう駄目なのかは計り知れないが。
翌日、セシリアはアドバイス通りに動き始めた。教室に入ってくるラウラの前に立ちふさがり、まずは挨拶だと声をかける。
「よっす! ラウラ」
べたべたと好意的な態度に豹変するのはさすがに無理なので、まずはそこそこの友人に接する感じで声をかけてみた。一から少しずつという手もないこともないが、セシリアの忍耐的に不可能なので数テンポ先を行ったのだ。
その結果は言うまでもない。
「気安く話しかけるな」
見事に拒否られてしまった。互いが互いを初見の時点で敵対視しているというのに、セシリアの態度の変わりよう。何かを企んでいると言っているようなものだ。ラウラがよろしくしないのは当然の末路である。
このやろう。一も二もなく拒絶の言葉を投げつけられたセシリアは爆発しそうだった。キレやすい子供を地で行きそうになっていたのだ。しかし、少ない理性を過労死させかねないほど総動員させて、なんとか踏みとどまる。それもこれも作戦を無事成功させるため。
「邪魔だ」
ラウラの一言に、セシリアの理性の堤防はせっかく補修したというのに決壊寸前だった。もう壊れても構わないほどに罅が入りきっていた。
プライドを捨てると誓った昨日は去年よりも遠い日々に追いやられる。
プライドを捨てるということは人間やめるのと何が違うのか。プライドのない人間なんて獣と変わらない。プライドあってこその人間なんだから限度はある。
邪魔と当てはめられたセシリアは押し退けられた。それが合図だ。
背中を向けるラウラがその姿に反して隙がないことを知りつつも、セシリアは怒りのままに飛び込む。
近くにあったクラスメイトの椅子を掴み、ゆっくりと振り上げる。
後は簡単。想いを込めて振り下ろすだけで全てが片付く。
素人なら雄叫びを上げてしまいそうな状況だったが、セシリアは怒りの色を見せずに呟くだけだ。
「邪魔はないだろ」
邪魔はテメェだ。
落雷のような一撃が放たれた。当たれば脳震盪を起こして倒れること間違いない。下手すれば葬式を開く必要もある。そんな攻撃をセシリアは躊躇なく振るう。
セシリアの攻撃は素人にはできない素晴らしいものではあったが、状況把握の点では素人と言わざるを得なかった。ラウラが警戒を一切解いていないことは把握していたが、周囲に目を配っていなかった。
「きゃぁぁぁぁぁあああああっ!!」
悲鳴が上がる。
朝の教室というものは登校時間前ならともかくとして、今の時間はSHR開始十分前。人の集まり様はすさまじいもので、目撃者の宝庫だった。
振り下ろされた椅子は、背中を向けたままのラウラに受け止められてしまった。
「死にたいんだな?」
「おう。アメリカンジョークだよ、心の友」
先の一撃を放ったことでセシリアの心には余裕が出来ていた。
「私のデータに間違いがなければ、キサマはイギリスの代表候補だったと思うが?」
「じゃあイギリスジョークだ。地元じゃ有名なんだよ。わたくしのジョークを聞いた奴はみんな病院送りになるほど頭を抱えて笑いを堪えるほどだ」
「なら、私のドイツジョークを聞くか? 大抵の奴は、身体中から赤い涙を吹きだしながら笑うぞ」
「最初に言っておかなきゃ駄目だったな。わたくしのは軽いので病院送りだぜ」
「はぁ。理解していないから言っておくが、私のはフェザー級の軽さだ」
地味なことで張り合う二人。第三者からしてみれば仲良しさんだ。ほんの数秒前をなかったことにすれば。
周りがどう評価しようと、セシリアもラウラも本当に嫌い合っている。だから他人が見れば呆れるようなことでも本気で争いあってしまうのだ。とにかく一つでも多く勝ち星を上げたい。勝って勝って勝ちまくって、相手の悔しがる顔を笑顔で観賞したいと思っていった。性格の悪さが滲み出る。
「やるか?」
「構わない。結果は見えてる」
「そーやって言葉でどうにかして、自分の弱さを誤魔化すのはやめろよ」
「……上唇を剥ぐ」
一触即発。セシリアもラウラも互いを容赦なく叩きのめす気満々だ。
「じゃあこっちは声帯を引っこ抜いてやんよ」
「腐った目玉に価値はないからな。私の方で外しておいてやろう」
と言ってもどうでも良い言葉の脅しによる勝負でだ。
「川に沈めるぞ」
「全身の皮を削ぐ」
二人は時間いっぱい脅し合いを堪能したのだった。
昼休みの時間までの間に、セシリアの理性の堤防は何度も決壊を重ねていた。その度にくだらない勝負をラウラと繰り広げ、勝ち負けを均等に重ねていった。
さすがのセシリアも疲れが溜まる。いつもなら購買に突撃してほしいものを掻っ攫って行く時間なのだが、今は机に身体を預けて溜息ばかりを吐き出している。
あのアマ。なにかっていうと抵抗してきやがって。さっさと負けを認めろってんだよ。
暗黙のルールが定められているかのように誰も近づかない席。その座席の主であるラウラを睨み付ける。
セシリアと違い行儀よく座席に収まったラウラは、授業が終わったというのに姿勢を崩さずに正面だけを見つめている。この光景は昨日も複数の人間が目撃していた。
飯を食う気があるのか。外面だけ見たところで窺い知ることはできない。しかし幾つかの授業を受けた後なのだから、よほど燃費がいいか早弁をしていなければ腹が減っていないことなどないはずだ。
まぁ、腹が減ってりゃ勝手に動き出すだろ、とセシリアは結論付けて、自身の空腹を満たす為に動き出す。
と言っても、今から購買に急いだところでまともな物は残っていないことは明白だった。出遅れた以上、残りもので妥協するしかないのだが、セシリアとしては好みの物を食って少しでも気持ちを休めたい。午後の授業は座学のみなので、せめて食事だけは満足行くものが食いたいのだ。
一応、IS学園には古今東西の料理が味わえる贅沢な学食があるのだが、セシリアは初日の一回利用しただけでそれ以降は全く足を運んではいない。
「あれれ~。せっしー何してるの?」
美味い物も食えないのかと、泣く泣く購買の売れ残りを漁りに行こうとしたセシリアに、同じクラスの布仏本音が声をかける。
「本音。飯おごって」
寄ってきた本音に抱き着いて、その柔らかさを堪能しながらも飯の無心をするセシリア。
セシリアが学食にも向かわず購買にばかり手を出すのは、単純に所持金が少ないから。セシリア・オルコットが自由に使える金は、他の生徒に比べると圧倒的に少ない。雀の涙とまではいかないが、毎日学食で食事などできはしない。
はっきり言って毎日のように学食でランチをする一夏が羨ましくてしょうがない。何度も闇討ちを考えるほどに羨ましかった。
「いいよー。私がせっしーを助けてしんぜよー」
本音はのほほんとした笑顔を浮かべてガッツポーズをした。意味は分からない。とにかくおごってくれることだけは分かる。
セシリアはこののほほんとした友人に連れられて生徒会室へと移動していった。