戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~ (風花)
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D.C.Ⅶ

学院に併設されている病院に緊急搬送され、集中治療室にて明け方近くまで治療が続けられた結果
翼は辛うじて、一命を取り留めることができた
だが、絶唱の反動は尋常な代物ではなく予断が許されない状態は続けられ、今なお医師による不眠の治療が続けられている
弦十郎は診断を報告した医師に深々と頭を下げると、後ろに控えていた部下と共にネフシュタンの捜索に向かった

複数の足音と弦十郎の初めて聞く厳しい声音が遠退いていくのを感じながら、響は一人休憩室のソファに腰掛けていた
今の状況に響は何もできず、ただ紙コップに入った飲み物が小さく震え波紋を作るのを見ているだけ

「あなたが気に病む必要はありませんよ」

そう声を掛けられ波紋から視線を逸らす
向けた先には緒川が立っていた
緒川はいつも通りの笑みを浮かべると、別のソファに腰を下ろす

「アレは……翼さんが自らの意思で使ったのですから」

「……………。緒川さん……あの、遠見先生は」

「さぁ……ただ、かなりショックを受けているでしょう。恐らく、まだ先ほどの場所にいるんじゃないかと」

「そう、ですか……」

響にはそれぐらいしか返すことができなかった
血溜まりに倒れる翼を抱き留めた鏡華は、普段からは想像できないほど衝撃と動揺を受けていた
余りにも“いつも”の鏡華とかけ離れた表情
忘れたくなくても―――忘れられない
まるで、同じことが以前にもあったような―――

「ご存知とは思いますが、以前の翼さんはアーティストユニットを組んでいました」

「……ツヴァイウィング、ですよね……?」

「その時、翼さんとパートナーを組んでいたのが天羽奏さん。今はあなたの胸に残るガングニールのシンフォギア奏者でした」

鏡華君はソングライターとして影で支えていました、と緒川は繋げる
その表情は先ほどまでの笑みを浮かべていない

「二年前のあの日……ノイズに襲撃されたライブの被害を最小限に抑えるため、奏さんは絶唱を解き放ったんです。そして司令によれば、鏡華君も奏さんを守るため、秘匿してきたアヴァロンを解放したそうです」

二年前、響はそれで助かった
そこまでは覚えていなかったが、奏が自分に叫んでくれて、唱を歌ったところまでは覚えている

「それは私を助けるため、ですか……?」

「……………」

緒川は答えない
否―――答えられない
あの時の奏の気持ちは奏本人にしか分かることはない
故にそのまま話を進める

「奏さんは鏡華君と共に行方不明の後、殉職扱い……そしてツヴァイウィングの解散。大切な人達を失った翼さんは、その穴を埋める為にがむしゃらに戦ってきました」

ただ一振りの剣として
同年代の少女が知っているはずの遊びも、友人も、時間も、恋も
全てを削り捨て、暇と云う暇を惜しみ
ただただノイズと云う非日常から人類を守る防人として
未だ二十にも満たない少女は戦ってきたのだ


「分かっているよ緒川さん。翼があんな風になったのは―――俺のせいだって」


声が二人の耳に届き、弾かれたように音源に振り向く
休憩室の入り口には私服に戻った鏡華が立っていた
顔に固まり、取れていない血が電灯の光に反射して赤黒く輝いている

「遠見先生……その顔は」

「あの場所で蹲ってたからね……防護服や甲冑に付着した血は消せたけど、顔だけはどうしようもなかったよ。後で洗うから心配はしないで」

鏡華はいつものような笑みではなく、やるせない笑みを浮かべながら緒川の隣に座る

「翼をあそこまで追い詰めたのは他でもない俺なんだ。俺が二年前、翼の前から消えたから……」

「自分を責めないでください鏡華君。誰も君のせいなんて―――」

「ええ、言いませんよね。でも、自分の咎は自分が一番知っているんです。……でも、翼も翼です。二年前の悲劇を繰り返さないために、俺を引き止めるために、あいつは死すら厭わぬ覚悟で絶唱を使ったんだ」

「遠見先生のため……?」

首を傾げる響
鏡華は「ああ……」と呟くと、自分と翼の関係を話した

「俺と翼は家族みたいなものなんだ。小さい頃に俺の両親が事故で死んで、弦十郎の旦那が後見人として育ててくれて……幼馴染って言ってもいいけど、思い返すとやっぱり家族の方がしっくりくるんだ」

「翼さんはいなくなった鏡華君に再会し、また自分の前からいなくなってほしくなかったんですね。でも、剣としての生き方が言うのを躊躇わせた。だから行動で示したんですか……」

「……不器用なんですよ。俺も、翼も」

これ以上聞いてられなかった
二人の会話に涙が止まることなく流れ落ちる
翼の想いも鏡華の想いも、自分は知らなかった

  ――奏さんの代わりなってみせます――

なにが奏さんの代わりだ
翼の激昂の意味を知った今、もう言えない
だけど、口から出てしまった言葉はもう戻ることはない
どれだけ翼を、そして平静を装っていた鏡華を傷付けたのだろう

「ねぇ、響さん。僕からのお願いを聞いてもらえませんか?」

溢れる涙を拭うことなく響は緒川を見据える

「翼さんのこと、嫌いにならないでください。そして、翼さんと鏡華君のこと、好きになってください」

「……はいっ」

この言葉だけは嘘にしない
新たな決意を胸に、響は深く頷いた



  ~♪~♪~♪~♪~



鏡華達が住む街の郊外に存在する一つの城
それはさながら―――世界と切り離された別の世界
その城の一画に女性が一人テーブルに足を乗せて腰を下ろしていた
その身にはヒールとストッキング以外何も纏っていない
手には古風な電話機を持ち、どこかと電話している
それが終わると、立ち上がり奥に進む
奥には大仰な装置に磔にされた少女―――クリスがいた
クリスに声を掛けているのはヴァン

「苦しい? 可哀想なクリス。あなたがぐずぐず手間取うからよ。手間取ったどころか空手で戻ってくるなんて……」

近付き、クリスの顎に手を掛けようとする
だが、それを撥ね退けるように弾くヴァン

「黙れフィーネ。こうなったのは貴様の情報不足と風鳴翼の絶唱のせいだ。それをクリスのせいだけに……」

「あらァ、誰もクリスのせいだけなんて言ってないわ。あなたにだって責任はあるのよ。何度も相対しているのに、その都度アヴァロンの奏者を逃がすのはどう云うこと?」

「ふん、初めてやり合って帰って来た時言っただろう。遠見鏡華を捕らえるのは不可能に近いと。奴は未だ完全聖遺物の力を抑えている。できる限り引き付けているのだから文句は言わないでもらおうか」

それよりもだ、とヴァンは更に眼を細めながらクリスを見る
息も絶え絶えなクリスは薄目でヴァンを見る

「これ以上クリスにネフシュタンを纏わせるな。詳しいことなど素人の俺に分かるはずないが……負傷し体内に進入したネフシュタンの破片を“電流で休眠させた後除去”など荒療治で治療するモノに危険が伴わないわけないだろう」

「――――――」

「おい、なんとか言えフィーネ―――!」

歌を紡ぎエクスカリバーのみを具現化し、切っ先をフィーネに向ける
だが、フィーネは薄く笑うだけで何も言わない
―――むかつく
本当に心の底からむかついて堪らない
ヴァンはこの女のことを信頼どころか信用すらしてなかった
遠見鏡華の方がまだ信用に足る人間だ
そんな彼がフィーネに従う理由はただ一つ

「……ヴァン……」

「ッ―――」

「あたしは大丈夫、だから……心配すんなよ……」

眼の前の少女がこの女に従うから
残った彼女を守るためだけにヴァンは剣を振るう
全てを失い、いなくなった者との約束を果たすために

「ふふッ、可愛いわよクリス。私だけが愛していると言ってあげられる。どこかの誰かさんと違ってねェ」

「……クリス。この女が何かしたらすぐに呼べ。すぐさま三枚に下ろしてやる」

ヴァンはそう言うとエクスカリバーを消し、その場を後にする
そして最後に、

「それとフィーネ。俺がいる間はせめて下着は着やがれ」

表情を一切変えずにそう言った



  ~♪~♪~♪~♪~



「―――で? こんなところまで来てどうした?」

鏡華に呼び出された弦十郎は学生寮の屋上に来ていた
眼の前には鏡華が背を向けている
その視線は月を仰ぎ、振り向こうとしない
弦十郎は何も言わずただじっと待つ

「―――おっちゃん」

それは久しく呼ばれなくなった元々の愛称
なんだ、と弦十郎は言う
振り向いた鏡華はポケットから缶を二つ取り出し、一つを彼に向かって放る
缶ジュース―――ではなく、缶ビールだ

「未成年の飲酒は違法だぞ鏡華」

「固いこと言わないでくれ。一応ノンアルコール選択してるし……それに未成年にお酒教えたのは俺の両親なんだ。そろそろ命日だろうし、お父さんとお母さんに文句を垂れてくれ」

「そう云えばそうだったな。……もう、十年ぐらいになるか」

遠い眼をしながら弦十郎はプルタブを開け、煽る
鏡華も同じように開け、煽る
相変わらず苦いがこの苦味が一番両親を思い出せる

(もう、十年近くも経ったのか……)

この約十年間、様々なことがあった
喜ぶことも、怒ることも、哀しむことも、楽しむことも
たった数年―――物心付いてからなら短い記憶はすでに磨耗しかけている
朧気で、思い出せることは数少ない
だから、

(さようなら―――お父さん、お母さん。これで、最後だ)

あなた達との記憶を振り返るのは今日でおしまいにしよう
空っぽになった缶をポケットにねじ込むと、深く眼を閉じる
そして、眼を開くと

「―――It's not made to finish with a dream」

唱を奏でる
静かに、激しく
厳かに、緩やかに
本来壊す側である奏者は
創るために唱を奏でる
その唱を弦十郎は黙って聞く
そして―――

  ―輝ッ

光が弾けた
鏡華を、アヴァロンを中心に光は広がり
弦十郎を包み、二人を“世界から切り離す”

「これは……」

「《遥か彼方の理想郷》―――ここはありとあらゆる通信手段を遮断する一つの世界。アヴァロンが内包し、盗まれるまで騎士王を守りきった力の源。……ここなら誰にも聞かれず内密に話ができる」

「……………」

「翼にもいつかは話すだろうけど、それ以外は旦那にだけは話しておく。俺の目的を―――そして、俺に科せられ奏にも科してしまった“呪い”を」

―――話すよ



  ~♪~♪~♪~♪~



「―――えー、君達の担任はお見合いだそうで今日は休むらしいです。代わりに私が務めさせてもらいます。つっても、三十路越えたあの先生が成功するとは思えないのは俺だけか?」

教壇に立ち、朝のホームルームを始める鏡華
あれから約二週間が経過した
ネフシュタンの少女及びエクスカリバーの少年、夜宙ヴァンの行方は掴めていない
ネフシュタンの少女は響限定を標的としていたらしく、二課の情報が漏れている可能性があった

鏡華は変わらず不良教師として教師には疎まれ、生徒には人気だった
翼は未だ意識は戻っていないが容態は安定し、今も夢の中にいるはず
そして響は―――変わり始めていた

「うーんと……あれ? 立花?」

出席を取っていると、響がいないことに気付く
見上げれば、未来の隣がぽっかり空いている

「小日向ー、立花はどうした?」

「あ、えっと……。響は風邪で休むそうです」

「風邪? ふーん、珍しいこともあんのな。ん、了解。―――特に報告することはないからホームルームはここまで。私の授業は二時間目だからまたその時にな」

鏡華は手元の手帳に欠席を記しながらホームルームの終わりを告げる
生徒が席を立つと、未来を教壇まで呼ぶ

「小日向。立花だけど……本当はどうしたの?」

「あ、ええと……実は―――」

未来は今朝起きたら響がいなくなっていることに気付き
枕元には「修業。ガッコーお休みします」と書かれた書き置きが残っていたことを鏡華に話した
へぇ、と返しながら鏡華は納得していた
響は翼の一件から強くなりたいと思い、翌日には弦十郎に弟子入りしていたのである
それから今日まで、空いている時間のほとんどを修業に明け暮れていた
ランニング、足を上げての腕立て、鉄棒に足でぶら下がっての腹筋、中国拳法にボクシング
アクション映画の俳優やアニメのキャラに成りきってやっていた時は流石の鏡華も引いた
一応未来も一人で修業するところを見たことはあったが、やはり心配するのだろう

(ったく……あの真っ直ぐちゃんは……)

頭をぽりぽりと掻き、心配そうな顔をしている未来の頭をぽんと撫でる

「俺も詳しくは知らないけど……立花にも何か思うことがあってやってるんだと思うよ」

「そう、ですよね……」

少し暗い表情になる未来
また彼女の悪い癖だ
悪い方へ悪い方へと考えを繋げて云ってしまっている
このままではまずかな、と思った鏡華は、

「なぁ、小日向」

「はい……?」

「昼休み、演奏聞かせてもらっていいかな?」

いつかの約束を果たすことにした



  ~♪~♪~♪~♪~



―――~~♪
普段使われない教室に音が響き渡る
ピアノを弾く未来
鏡華は壁に背を預けて眼を閉じている
基本、使われている教室に設置されているピアノはグランド・ピアノであるが、空き教室になっているここに設置されているのあまり場所をとらないアップライト・ピアノだ
グランド・ピアノはアップライト・ピアノより連打やスタッカート(音を切り離す)、トリル(その音とその2度上の音を速く反復させて音を揺らす)などを素早くできるのだが

「――――――」

別にそんなこと、未来には関係ない様子であった
まだまだ拙く荒削りな場面もあるが、とても落ち着く
少し眼を開け、弾いている未来を見る

最後の音の余韻を空気に溶かしながら演奏は終了した
鏡華は壁から離れ、手を叩く

「どうでしたか? 私の演奏は」

「評価かぁ……素人の感想でよければだけど、少し緊張してたかな。音に少しだけ硬さが入ってたよ」

「そうですか……」

「ま、悪いと思うところはそれぐらい。いいなって思ったことは、演奏に心が籠もっていたこと、アップライト・ピアノなのにスタッカートとかがすごく上手だった。聴いてて凄く心地よかったよ」

「あ、ありがとうございますっ」

憧れである鏡華に褒められ未来は嬉しそうに顔を綻ばす
笑顔に釣られて鏡華も笑顔になる
音楽と云うのは本当に気持ちが安らぐ
聴けばどんな思いが籠められているか瞼の裏に景色として浮かんでくるし
弾けば自分の思いを他人に見せることができのだ
音楽の前では誰も嘘を付けなくなる

「それじゃあお礼に……」

鏡華はカバンからペンと紙を取り出すと「この曲は小日向のオリジナルだよね?」と訊く
未来が頷くと鏡華は「そうか、よかった」と言ってペンを走らせる

「何を書いているんですか?」

「今の曲の詩を書いているんだよ」

「えっ……詩、ですかっ?」

「うん。聴いている最中から頭に浮かんじゃってね、どうしても歌にしたいんだ」

「あ、ありがとうございますっ! その……鏡華先生に歌詞を決めてもらえるなんて、とっても嬉しいです」

未来の言葉に鏡華は「そっか……」と呟く
鏡華の書く姿を未来はじっと眼を輝かせて見つめる
昔から翼と奏が隣で覗き込んできていたので気にしていない
少しすると、鏡華は咳き込み、口を押さえる

「鏡華先生、風邪ですか?」

「ごほっ……まぁそんなとこ。―――なぁ、小日向」

書きながら鏡華は未来を呼ぶ

「はい」

「立花のことさ、信じてあげてくれないかな」

「え……?」

突然の話題に未来は眼を丸くする
鏡華は詩に眼を落としたまま続ける

「今の立花ってさ、今の俺に似てるんだよ。大事な人に隠したくないのに隠さなきゃいけないことがあるって感じが。今日の一件……いや、最近の様子で小日向も薄々分かってると思うんだけど」

「それは……」

鏡華に言われるまでもなく分かっていた
一ヶ月前から様子がおかしいことも
絶対何か隠していると云うことも
だけど、

「知ってます。……だけど、響は隠しごとはしないって約束してくれたんです。だから……」

「……俺もそうだよ」

「え……」

「昔、翼と約束したんだ。ずっと一緒にいようって、嘘は作らないって。―――だけど、俺は二年前約束を破って翼の前から消えた。こっちに戻ってきてもまだ嘘を吐いている」

「翼さんと、ですか……?」

幼馴染兼家族みたいなものなんだ、と鏡華は言う
ペンをしまうと、未来の前まで歩き、眼の前でしゃがみ片膝をつく
椅子に座っている未来は自然と鏡華を見下ろす形に、鏡華は見上げる形になる

「小日向。どうか立花が隠しごとをしていたとしても許してやってほしい。怒らないでやってほしい。絆を壊さないでほしい。決して俺達みたいになってくれるな」

―――頼む
そう、頭を垂れる
ここまで真剣な鏡華を未来は初めて見た
同時に言葉に籠められた想いも
風鳴翼と鏡華の関係は気になるが、今はそれよりも響とのこと
未来は小さく、本当に小さく「……はい」としか言えなかった
鏡華はそれだけ聴くと表情を崩す
まるで泣いているみたいだ、と未来は思った

「それじゃあこれを―――」

鏡華は手に持った紙を未来に手渡す
正真正銘世界に一つしかない未来の曲に付けられた歌
未来は大事そうに胸に抱えると

「ありがとうございます」

今度ははっきりと、そう言った

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