【修正中】戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~   作:風花

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D.C.Ⅵ

「くぁーっ、いい天気だぁ」

 

屋上の手すりに凭れながら鏡華は呟く

見上げる空は蒼空と呼ばれるほど蒼く、雲がとても少ない

星を見るには絶好の天候だった

 

「見れるといいなぁ……はむっ」

 

そう呟きながらお手製のハムマヨサンドを口に放り込む

ハム故にはむっと齧る

……とても冷たいシャレだった

確か響と未来も見る約束をしていたはずだ

 

(来んなよなノイズ……。ま、そん時は休ませりゃいいか)

 

空を仰ぎながら咀嚼し思う鏡華

次第にその体勢がきつくなり、体勢を逆に変え下を見るように凭れる

すると、視線の先にとあるグループが見えた

その中に響と未来もいる

響は隣の生徒(板場(いたば)弓美(ゆみ)寺島(てらしま)詩織(しおり)だったか)に弁当を食べさせてもらいながら何かを書いていた

それも必死に

 

「あん……? まさか……昨日提出()したよな……」

 

疑問に思うが、本人に聞けばいいかと思い、鏡華は息を吸い込む

そして、

 

「ぅおーーいっ! 立花響ぃーーーーーっ!!」

 

聞こえるように大音量で叫ぶ

当然誰もが驚き、きょろきょろ辺りを見回す

呼ばれた本人に至っては「な、何ですかぁっ!?」と叫んでいた

そんな姿に鏡華はくくく、と笑ってしまう

相変わらず面白い少女だ

少しすると未来が気付き、指を差して一緒に食事をしていた全員に鏡華の場所を知らせる

鏡華は手を振ると手すりから少し乗り出し、左右を見る

近くを歩いている生徒はなし

教師の姿も見えない

だったら、

 

「そぉい……っと!」

 

手すりから身を乗り出し“飛び降りた”

ちなみに、全校舎は大体三階か四階の造りとなっている

少なくとも地面まで二十~三十メートルはあると云うことだ

それを鏡華は何の躊躇いもなく、飛び降りた

悲鳴をあげる生徒がいたが、気にせず地面に着地する

流石、アヴァロンを身に取り込んでいるだけあって、地味に痛いと云うだけで済んだ

鏡華は呆然とこちらを見る生徒の視線を受けながら響達に近付く

 

「よっ、食事中失礼」

 

「その前に何やってんですかーーーーーっ!!?」

 

いつも通りに声を掛ける鏡華に響はシャウト

 

「何でいきなり人の名前叫ぶんですか!? 何で普通に飛び降りてんですか!? 何で怪我してないんですか!?」

 

「おお、三連ツッコミ」

 

「無視しないでくださいよぉーーーーーっ!!」

 

「うっせぇよ。一番呼びやすかった、一番近道だったから、身体が丈夫だからだ、なんか文句あっか? あん?」

 

「ぎゃ、逆切れされても……」

 

「それよりこれなんだよ」

 

鏡華は響が驚いた時に落とした紙束を拾い集め、眼を通す

それは昨日未来が手伝い、自分も隣で見ていたノイズについてのレポートだった

 

「なんでまた書いてんの?」

 

「え、えっと……それはそのぅ……もう一回書こうかな~なんて……」

 

「鏡華先生、響、朝に再提出するように言われたんです。字が汚いって」

 

誤魔化そうとする響の前に座っていた未来が本当のことを話した

どうせいずれバレることだ

 

「あ、ちょっ、未来~」

 

「大丈夫だよ響」

 

未来はにっこり笑う

反対に鏡華は不機嫌だった

 

「別に字が汚くたって読めりゃいいだろ、読めれば……ったく、あの先生、細かいとこまでうるさいんだよな。だから三十路過ぎても結婚できないんだよ」

 

「ちょっ、トミー先生、それバレるとまずい発言じゃ……」

 

「気にすんな。どうせ奴さん達だって俺のことで文句垂れてるに違いないんだから」

 

安藤創世(くりよ)の声に鏡華は逆に悪態を吐く

トミーとは彼女特有の鏡華のニックネームである

 

「まったく……。立花、もう一本シャーペンあるか?」

 

「え? えっと……ごめんなさい、持ってないです」

 

「あ、私が持ってます」

 

未来はそう言うとポケットからシャーペンを取り出し鏡華に渡す

 

「お、サンキュ」

 

「あの、何する気ですか遠見先生?」

 

「決まってるだろ? 手伝ってやるよ」

 

「えっ……そんな、悪いですよ! それにもし先生にバレたら……」

 

「バレたらバレただ。一応、見ていた俺の責任もあるんだ。それに今晩、小日向と流星群見るんだろ? こんなくだらないことで時間なんて取らせるか」

 

鏡華は自分のカバンからボードを取り出すとそこに響のレポートを貼り付ける

ボードを膝の上に置き、元のレポートをじっくり見つめると

両手のシャーペンを同時にレポートに走らせた

 

「うわっ、凄いっ」

 

「あ、アニメみたい……」

 

創世と弓美が驚いて声を出す

しかも微妙に汚く書いて響の書いた文字に似せている所がまた凄い

 

「ソングライターなんて仕事してるとな、時々期限までに楽譜が書き終わらないなんてことが時々あるんだよ。だから自然と両手で書けるようになるんだ」

 

「へぇ……」

 

響は呟きながら預けていた自分の弁当のおかずを口に運ぶ

二枚一斉に書くだけあり、あっという間に書き終わる

 

「はい、できたっと。ほら」

 

書き終えたレポートをまとめ、響に手渡す

お礼を言いながら受け取る響

 

「はぁ~、久し振りに締め切り気分を味わったぜ。んじゃ、抜けるとしますか」

 

そう言って腕を伸ばすと、立ち上がる鏡華

当然もう少しいて欲しい未来は引き止める

 

「あ、あの、鏡華先生。もう少しお話しませんかっ」

 

「んあ? うーん……つっても俺、男だしさ。女の子の趣味とかは知らないよ」

 

「別に私達のことじゃなくても構いません。えっと……鏡華先生のこととか……」

 

最後の辺りはぼそぼそとか細い声で呟く

それを横で見ていて響達は

 

(ねぇ、ビッキー。やっぱりヒナってトミー先生のこと……)

 

(うん、ご想像通り。私は応援してるけど……)

 

(生徒と教師の禁断の恋……。アニメみたいでいいじゃない)

 

(じゃあ私達は小日向さんを応援しましょうか)

 

小声で応援団らしきものを結成していた

結局悩んでいた鏡華は、

 

「それじゃあお言葉に甘えて、失礼します」

 

もう一度座りなおすのだった

 

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~

 

 

 

夕焼けに染まりかけていた頃

鏡華は街に繰り出し、ふらわーと云うお好み焼き屋で食事を取り帰宅していた

野菜と肉がしっかり取れて、かつ安価なので料理があまり得意ではない鏡華にはありがたかった

 

(食らった食らった、と。相変わらずおばちゃんのお好み焼きは飽きないや)

 

のんびりしていると、ケータイが鳴る

マジかよ、と呟きながら鏡華はケータイを取った

 

「はい、遠見です」

 

『鏡華か? ノイズが発生した、現場へ急行してくれ!』

 

「了解。……あ、旦那。立花には連絡したのか?」

 

『これからだ。どうした?』

 

「……あいつには知らせないであげてほしいんだ。立花、今日は親友と流れ星を見る約束を前々からしてたんだよ」

 

『だが……』

 

「俺がその分働くから。な、たの―――」

 

鏡華は最後まで言うことはできなかった

眼を見開く

できない理由が、眼の前に―――いた

騎士の装甲に身を包み

黄金の剣を手に握る

黒髪赤瞳(しゃくどう)の少年を―――

 

『鏡華? どうした?』

 

「――――――」

 

声を発せない

―――まだいたのかよ

そう言いたいのに声が出ない

すると

 

「――――――」

 

少年は口元を歪め、顎で示す

―――早くしろよ

とでも言いたいかのように

我に返った鏡華は震える声を必死に隠し、

 

「―――ごめん旦那。今の発言は忘れてくれ。立花にも連絡を」

 

一方的に切った

ケータイをしまうと、鏡華は少年に向き直る

 

「……お前、“まだ諦めてなかったのか”」

 

「いや。今日は別件だ。雇い主(クライアント)からお前の捕縛命令が出ている」

 

「……はっ、雇い主(クライアント)か。そいつの名前―――“フィーネってんじゃねぇだろうな”」

 

「さあな。雇い主(クライアント)の情報を標的(ターゲット)に教えるものか」

 

「ちっ、だろうな―――」

 

鏡華は歌わず防護服を身に纏う

 

  ――希望成る騎士国(ブリテン)の赤き竜――

 

具現した剣を、カリバーンを顔の前で掲げる

同様に少年も黄金の剣を、“エクスカリバー”を顔の前で掲げる

そして、同時に騎士の作法にのっとり、見事な礼をとった

もう見ることのできない―――決闘の儀式

 

  ――己が栄光を祖国(きずな)の為に――

 

  ――己が栄光を祖国の為に(フォウ・サムバディ・グロウリー)――

 

すでに彼らには眼の前の騎士(てき)しか眼中にない

もうこれで何度目だろう

未だ決着の付いていない決闘

 

「いくぞ―――遠見鏡華」

 

「上等だ―――夜宙(ヨゾラ)ヴァン」

 

遠見鏡華と夜宙ヴァン

カリバーンとエクスカリバー

二人は同時に構え、互いを目指して駆けた

 

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~

 

 

 

それは月明かりに姿を現した

起動前と変わらぬその攻撃的な鋭い突起

鋼色の装甲が月光を白銀に反射している

顔は上半分がバイザーに覆われ見えないが体躯から少女だろう

 

二年前、あのライブ会場での実験の末に暴走し、結果として紛失した完全聖遺物

 

「ネフシュタンの……鎧……」

 

それが起動し、シンフォギアとなった姿が―――眼の前にあった

 

「へぇ……って事はあんた、この鎧の出自を知ってんだ」

 

少女の声音は推測するに響と同じか一つ上の年頃のほど

しかし、その恰好、声音、どれを取ってしても日常に身を置く雰囲気ではない

明らかに非日常で生きてきた様相である

翼が忘れるはずがない完全聖遺物、ネフシュタン

“己の不始末”で奪われたものを、忘れることなどできない!

剣を構える翼

弦十郎の声が耳朶を打つが、聞いていられない

時を経て、鏡華を除き全てのシンフォギアが揃った皮肉なる運命

だが、翼にはその残酷さが―――ひどく心地よくてならなかった

さあ、歌おう

あの時盗まれたネフシュタンは

今、ここで取り返す!

 

「やめてくださいっ、翼さん! 相手は人です! 同じ人間なんですっ!」

 

腰にしがみ付いてくる立花響

そんな甘いこと―――

 

「「戦場(いくさば)で何を馬鹿なことをっ!!」」

 

何故か敵と声を重ねて叫んだ

気付いてから敵を見て、そして笑う

こんな半端な覚悟の持ち主よりずっと話が分かりそうだ

 

「あなたとの方が気が合いそうね」

 

「だったら仲良くじゃれ合おうかいっ!?」

 

刺々しい鞭を振るい、上段から落としてくる

翼は腰にしがみ付く響を引き剥がして避けると、空に駆ける

 

  疾ッ!

 

  ――蒼ノ一閃――

 

一閃の下に撃ち放たれた斬撃

少女は躱《かわ》すことなく、鞭の一振りのみで軌道を逸らす

 

「――――――ッ」

 

まさかたった一撃で弾かれるとは思わなかった翼はわずかに眼を見開く

落下の加速を籠めた大剣の一撃、不意を突いての《逆羅刹》

その悉《ことごと》くを最低限の動きで避ける

そして、横に薙いだ一閃を容易に防ぐと、

 

  ―蹴ッ!

 

がら空きの腹部に蹴りを打ち込まれる

 

(これが……完全聖遺物の潜在能力(ポテンシャル)……!)

 

だが、それだけではない

ネフシュタンを纏う少女の力も籠められている

これは簡単に終わりそうにない

少女は響を見て、杖らしきものからノイズを生み出していた

あの実力に加えてノイズと云う雑魚の壁

 

(ならば―――)

 

使おうではないか

そして見せてやるのだ

甘ったれた彼女に防人としての覚悟を―――!

 

  ―戟ッ!

 

  ―轟ッ!

 

その時だった

翼と少女のちょうど真ん中に何かが降ってきたのは

地面を砕いたのか、砂煙が舞い上がる

砂煙が晴れると、そこには

 

「くっ……ぉぉ―――!」

 

「っ……ぁぁぁ―――!」

 

鏡華ともう一人の騎士が似た黄金の剣で鍔迫りをしていた

 

「鏡華―――!?」 「ヴァン―――!?」

 

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~

 

 

 

「翼……?」 「クリス……?」

 

かちゃかちゃ、と火花がこぼれるのを間近で感じながら敵越しに仲間の名前を呟く鏡華とヴァン

ああ、そう云えばノイズのこと忘れてた、と鏡華

ああ、そう云えばもう片方の標的(ターゲット)のこと忘れていた、とヴァン

共に後ろをちらりとのぞけば、敵の姿がある

 

「ッ、ネフシュタンの鎧……!」 「ほう、天羽々斬か」

 

また同時に呟く

重なった声に鏡華とヴァンは互いに互いを睨む

 

「「おい、真似してんじゃねぇよっ!!」」

 

またまた重なる

睨みながらも視線を逸らし、

 

「翼! こいつもシンフォギア適合者だ!」

 

「クリス! こいつも標的(ターゲット)の一人だ!」

 

「「だから真似してんじゃねぇよっ!!」」

 

……案外似たもの同士なのかもしれない

鏡華とヴァンは鍔迫り合っていた剣を無理矢理振り払うと仲間の隣に跳ぶ

 

「……あいつは……?」

 

「一年ぐらい前から俺を付け狙う奴だよ。シンフォギア、エクスカリバーの適合者」

 

「……だが、そんなシンフォギア……」

 

日本には記録されてない

鏡華は頷く

 

「たぶん俺と同じ番外聖遺物(エクストラナンバー)なんだと思う。……ところで翼。立花は?」

 

「……………」

 

響のことになると途端に口を閉ざす

一応、剣で場所を教えてくれる

そこに視線を向けて、

 

「「いや、あの捕らえ方はなんかエロいぞ!?」」

 

またもや異口同音だった

睨もうかと思ったが、やめた

 

捕らえられている響だが

ノイズの口(?)から吐き出された粘着性のある液体に動きを封じられている

その姿は何と云うか―――煽情的なので思わず叫んでしまったのだ

だからと云って欲情するわけではないが

 

  ――貫き穿つ螺旋棘――

 

具現化した四槍で動きを封じているノイズを串刺す

解放される響だが、力が入らないのか地面にへたり込んでいる

いや、精神的に辛かったのかもしれない

別の理由もありそうだが―――

 

「翼……ネフシュタン少女の方、頼める?」

 

「愚問だ。あれは私の汚名。雪がなければならない」

 

「……分かった。そのことについては後でじっくり話し合おう。俺が隙を作りエクスカリバーとやるから。無理はしないでよ」

 

「……………」

 

翼は応えない

だが、これ以上構ってやれない

 

―――鏡華、翼はあたしが見ててやるから

 

奏が言う

頷く鏡華は剣を構え、駆け出す

それを見てヴァンも駆け出す

敵が己の範囲(リーチ)に入るのを直感で感じると

 

  ―閃ッ!

 

ヴァンは剣を振るう

しかし、鏡華は振るわず飛び越えるように躱すとその奥

つまりヴァンがクリスと呼んだ少女に迫る

 

「なんだよ……あたしとやろうってのか?」

 

「いいや、ネフシュタン少女。お前―――“フィーネの名前に心当たりは”?」

 

「――――――ッ!?」

 

クリスだけに届く声で訊かれた問いにクリスは息を呑む

答えはしなかったが、それで鏡華には察せれた

にやりと笑うとさらにクリスも飛び越え、後ろからの横薙ぎを回避する

 

「ちっ……クリス、あっちの標的(ターゲット)は頼むぞ!」

 

「あ、ああ!」

 

鏡華を追うように飛び越すヴァン

同時に―――

 

「―――はぁっ!」

 

いつの間にか翼がヴァンが飛びあがった直後にクリスに一閃を繰り出してきていた

驚くクリスはギリギリのところで上体を逸らし回避する

 

「奪われしネフシュタン……今、取り戻し、この身の汚名を(そそ)がせてもらう!」

 

「―――そぉーかいっ」

 

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~

 

 

 

「ちっ、まったく、女みたいな顔をしてやるじゃないか」

 

「……ああそうだよねぇ。女みたいだよな夜宙ヴァン……お前もそう思うんだな?」

 

「……すまん、遠見鏡華。どうやら触れられたくないモノのようだな」

 

会話だけ聞くと何をのんきに世間話をと思うかもしれないが彼らはまさしく決闘の最中にいた

 

鏡華の一撃をヴァンは跳びあがり回避する

鏡華も飛び上がると驚異的な跳躍でヴァンの真下から刺突を炸裂させる

弾き返すヴァンは近くの木を足場にして突撃

それを剣で防ぎ、上空からぶつかり合う鏡華

そして、振り抜かれた剣を流すように捌くとその刀身を素手で掴み、遠心力を加えながらヴァンごと地面に放り投げた

吹き飛ばされても投げられただけなのでヴァンは綺麗に着地すると、同じく着地した鏡華に向かって駆ける

横に振るう一撃をヴァンは上空に跳んで避けながら剣で強襲する

即座に横に構え、防ぎながら()ね返す鏡華

後ろに下がり、追ってくるヴァンに走り跳びながら真上から側転するように斬りつける

止めとばかしにヴァンは後ろを向いて着地した鏡華に向かい振るう

 

はっきり云えば以前翼と戦った時とは比べ物にならない戦闘だった

何故か。それは最初発動した《己が栄光を祖国の為に》が原因だ

《己が栄光を祖国の為に》は一種の決闘儀式だ

発動中は全てのステータスを上昇させることができる

だが、決着が付くか、邪魔をされるか、決闘以上の理由ができてしまうと発動が解除されてしまうし、決闘の敵と決めた敵には剣でしか傷を与えられないと云う欠点を持つ

 

「ッ……」

 

「どうした? 完全聖遺物の力は欠片である俺に劣るのか?」

 

「馬鹿言わないでくれ。完全聖遺物(これ)の全力はこんなものじゃない」

 

「なら何故全力を籠めない」

 

「できない理由があるんだから仕方ない―――」

 

仕方ないだろう

鏡華がそう言いきる前に、

 

―――鏡華ッ!

 

奏の叫びに似た声にはっとする

ヴァンもわずかに顔を強張らせている

唱が―――聞こえる

二年前にも聞いた

透き通るような、しかし芯の通った

静かに、しかし激しく高ぶるような

もう二度と聞きたくない唱を

 

「ッ―――あの、馬鹿……っ!」

 

鏡華が珍しく悪態を吐く

すでに今から行っても間に合わない

アヴァロンは―――使えない

 

「おい、夜宙ヴァン」

 

「把握している。絶唱だろ」

 

「……休戦だ。流石に俺でもあれは防がないと不味い」

 

「だろうな。いいだろう。任務失敗(ミッションフェイラア)になるが……クリスが無事ならそれでいい」

 

「……いや、俺は俺とお前しか守れないけどさ。ネフシュタンの耐久力に期待してろ」

 

「なら貴様は仲間の馬鹿さ加減に頭を抱えていろ」

 

「なんだと……?」

 

「ほら、くるぞっ」

 

「ッ―――!」

 

ヴァンの宣言通り、翼が起こした絶唱の衝撃波が平等に襲い来る

 

  ――護れと謳え聖母の加護――

 

  ―閃ッ!

 

  ―波ッ!

 

  ―轟ッ!

 

  ―裂ッ!

 

鏡華は前方に盾を構え、地面に足がめり込むほど踏ん張る

だが、想像以上に重い―――唱

翼は偶然手に入れた鏡華や無理矢理手に入れた奏と違い、正等な適合者だ

聖遺物との適合率は恐らく一番高いはず

アームドギアより絶唱を放てば、以前奏が放った一撃より重く、また身体に掛かる負担が軽くなる

アームドギアを介せばの話だが―――

 

「ッ―――、ッ―――」

 

「よくやった遠見鏡華、一応礼は言っておく。クリスは恐らく戦闘不能だろう。これで俺達は帰るが……まぁ、今は早く貴様の仲間の下に言ってやれ」

 

一方的に後ろから喋り終わると、鏡華が後ろを向く間に姿を消すヴァン

絶唱に耐え、痺れた腕をだらりと下げながら鏡華は視線を戻し、翼を見る

翼は一歩も動かずただ立っているのみ

ただし―――その手に“何も握ってはいなかった”が

 

「お、おい……まさか……アームドギアなしで唱ったってのか……!?」

 

慌てて駆けつけた鏡華は痺れ、しかし既に治癒が始まっている腕を無理矢理動かし肩を引っ張る

振り向いた翼の顔は―――誰もが見るに耐えないと云う顔

眼から、口から、鼻から止まることを知らないかのように血が流れ出て

胸を伝い、地面へと落ち、小さな水溜りを作っていた

その吐血量は、人間が出していい限界を超えている

 

「私は人類守護の勤めを果たす防人……こんなところで……折れる(つるぎ)じゃ、ない……!」

 

それが限界だったのか

まるで刃が折れるかのように崩れ落ちる翼

地面に倒れる前に抱き止める鏡華

翼の身体はひどく軽く感じる

 

「ッ……ぁ……ぁあ……っ!」

 

「翼さん!」

 

響も慌てて駆けつけるが、抉れた地面に足を取られ転倒する

その時、土煙を上げて急停車した車から転がるように弦十郎も現れた

 

「鏡華! 翼は!」

 

「ぅあ……旦那……翼が……翼が……!」

 

「ッ……」

 

弦十郎は息を呑み、鏡華から翼を受け取ると、響も連れて再び車を走らせた

 

鏡華は一人、翼が作った血溜まりに膝を付いていた

 

「ッ……くそ……くそ……くそっ!」

 

また守れなかった

もう取りこぼさないと決めたのに

そう言って、そう決めて、そう叫んで

この呪い(ちから)と共に己を鍛え続けたのに

何も守れていないではないか!

 

「くっ―――そおおおおおおおぉおおおおぉぉおおおおおおおおっっっ!!!」

 

夜空に轟く咆哮

その叫び(なみだ)を見ていたのは

爛々と輝く月だけだった


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