【修正中】戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~ 作:風花
それは何年前だっただろうか。
十数年ぐらいしか経っていないのに、ひどく記憶が曖昧だ。
場所は――確か穀物の名前が入ったところ。
両親と以前から懇意にしていたらしい弦十郎の旦那の三人に連れられ、とある遺跡に行ったのだ。別に何の変哲もない大昔の遺跡だったはず
二人して考古学者をしており、ここがどんな遺跡なのか懇切丁寧に説明する両親。二人の間で手を繋ぎながら初めての遺跡に見入っていた自分。後ろから時々茶々を入れながらも基本は傍観してくれていた旦那。
凄く楽しかった――この時までは。
終点まで見終わり、戻ろうとした時だったろうか。
父親が何かに気付き、ある壁に触れた。
そこからの記憶は、まるでパズルの欠片と
壁から鞘が出てきて、
ノイズがいきなり現れ、
――と――、――が引き裂かれ炭化していく。
――が自分に――を――ながら崩れ去った。
気付けば――
自分と旦那は助けられていた。
自分は瓦礫などによる擦り傷。旦那は瓦礫を殴りつけた軽傷だけと云う奇跡。
両親は――己のことを省みず自分を助けた結果になった。
鞘は自分と旦那の二人だけの秘密となり、周りには「ノイズに襲撃され、自分の両親が死亡」ぐらいしか説明しなかった。
それが、鞘が、
番外完全遺失物、アヴァロンになったのは、
すぐ後だった。
~♪~♪~♪~♪~
「――と、まあ話はしてないけど、あの子に会えたんだ。なんか奏に似てたよ。うぅん、容姿とかじゃなくて雰囲気が」
廃棄されたマンションの最上階一室に鏡華は住んでいた。
過去にノイズの襲撃を受け、住人が住むことのなくなったマンションだが未だに電気とガス、水道は通っていた。
否――
もっとも、それは限られた部屋であって、鏡華が住む部屋がそこだった。そんな部屋で鏡華は所々カビが生えている畳の上に申し訳ない程度に敷いたタオルの上で胡坐を掻いて楽しそうに会話を続ける。
眼の前の、こんな場所には絶対に似合わないベッドには一人の少女が眠っている。
——天羽奏。
二年前から依然眼を覚ましていない。
植物状態――遷延性意識障害に近い状態。
しかし、違う点はいくつもある。
長い吐息を三回。休んで、短い吐息を五回
長い吐息を四回。休んで、短い吐息を三回
長い吐息を二回。休んで、短い吐息を一回
――
「……うん、
それは会話が成立している事。
未だ目覚めることのない眠りについている奏。だが、意識がないわけはなく、耳に入る音は聞こえている。ただし、言葉を発することは不可能だったので、奏は呼吸で言葉を伝えているのだ。
長い吐息であ~わの横十一列を。
休み、短い吐息であ~おと云った縦五列を。
鏡華が気付くにはかなりの時間を要したが。
二年前と比べれば快調に向かっていた。
少なくともこの一年以内に眼を覚ます可能性は五割にまで増している。
それもこれも――アヴァロンのおかげだった。
完全遺失物は一度起動してしまえば、常時百パーセントの力を誰でも使うことが出来る。伝承によれば、アヴァロンは彼の騎士王に不老と不死を与えたとされている。
そして、その身を粒子に変換し騎士王の身体に埋め込むことも。
身を以って体験している鏡華はアヴァロンの半分を奏に埋め込んだ。
半分によって効果は減ることになったが、それでも絶大だった。LiNKERと呼ばれる制御薬を大量に摂取し、すでに限界に迫っていた奏の肉体がこの二年でほとんど完治したのだから。
ならば全部を埋め込めばすぐに眼を覚ますのではないかという考えもある。
しかし、それはできなかった。
何故なら――
「それより……窓ガラス越しだったけど、翼を見かけたよ。旦那経由で聞いたとおり一本の
長短の吐息。
それを頭の中で言葉に直していく。
「……うん。奏の言うとおりだ。あれじゃあ本当にぽっきり折れちゃいそうだった」
俺が原因なんだけどな。
胸の内で言葉を締め括る。
弦十郎から聞かされたあの後の翼。
曰く、眼を覚ました翼には報道と同じ情報を渡した。
曰く、自責の念か、その日より感情を捨て、剣になろうとしている。
曰く、片付けは相変わらず不得手(一応、翼の眼を盗んでマネージャーの緒川と一緒に鏡華が片付けているのだが)。
「あれから二年か……いや、
奏に対して言ったわけではない。
壁に凭れ、手を天井に向けかざす。三人とも始まりは場所も時間も別々だったが、それ以降はずっと一緒だった。ほぼ毎日一緒にいた三人の絆は絶対だった
なのに、それを自分が壊した。
別に奏の治療のために姿を消す必要はなかったかもしれない。一緒にいて、治療すればよかったかもしれない。だけど、それはできなかった。
できない理由があるから――
できる事なら、鏡華は元に戻りたかった。仕事とか戦士とか関係なく、彼が詩を作り、彼女達が楽しそうにそれを歌として紡ぎ笑いあう。そんなどこにでもある関係に、鏡華は戻りたかった。
そう、思いに耽っていると、
――~~♪
携帯端末が鳴る。
「はい。もしも――」
『――、反応を絞り込み、位置の特定を最優先としています』
「――ッ!」
籠もったような遠くから聞こえる声。
鏡華は言葉を呑み、息を潜める。
これは弦十郎からの電話。片方のケータイのスピーカーを最大にすれば両者の言葉を大音量で拾える。
もし場所が近ければこちらが行きノイズを殲滅すればいい。その際、翼と会えれば云う事はあるまい。
しかし――
『反応、絞り込めました! 位置、特定ッ!』
『ノイズとは異なる高質量エネルギーを検知!』
――え?
あちらで何が起こっているのだ。
耳を澄ませる鏡華に衝撃の報告が飛び込んできた。
『まさかこれって――アウフヴァッヘン波形!?』
『
「っな――!?」
驚愕と云った弦十郎の叫びに、鏡華も思わず我を忘れ、
「んだとおーーッ!!!」
あらんかぎりの声で叫ぶのだった。
~♪~♪~♪~♪~
『んだとおーーッ!!!』
モニターに
スピーカーからのような籠った、だが司令室全体に轟く怒声に翼を含め、全員が何事かと振り返る。唯一弦十郎だけが頭を抱えていた。
翼はその怒声の人物を知っていた。
忘れることができないその声の持ち主は。
いつも傍にいてくれて、必ず奏と自分をフォローしてくれ、
いつしか恋慕の情を抱き、ずっと傍にいてほしいと想うようになり、
二年前に奏と共に自分の前から消えた――
「鏡華――?」
弦十郎は珍しいため息をこぼすと、胸ポケットにしまっていた携帯端末を取り出した
『旦那、どう云うことだ! 本当にガングニールなのか!?』
「……ああそうだ。位置も特定した。行くのか?」
『当たり前だ! つーか光が見えた!』
「現場には翼も向かわせる。いいな?」
『あっ……』
我に返ったように呟く鏡華。だが、悪態を吐くと「もちろん!」と叫び通信を切った。
携帯端末をしまう弦十郎に翼は後ろから声をかける。声が震えているのが自分でもよくわかった。
「司令……どう云うことですか……」
「……」
「叔父様ッ!」
それでも弦十郎は答えない。まるで答えられないとでも言うかのように沈黙を続けている。
代わりに声をあげたのはオペレーターの
「あ、新たに高質量エネルギーを検知! 異なるアウフヴァッヘン波形です!」
「該当する識別コード……ありません!」
モニターに表示されるエネルギーの正体。
その姿はまさしく――
「鏡華――!!」
~♪~♪~♪~♪~
——翔る。
翔る翔る翔る翔る!
夕焼けと同じ色を天空に放つ光の柱に向かって鏡華は屋根づたいに天地を翔る。
その姿はすでに私服に非ず。純白のライダースーツ調に漆黒の胸鎧、籠手、脚甲を纏った騎士装束。
(くそっ、ガングニールの適合者!? 奏がいるのにそんなの……)
いるわけがない。
そう思った時、ある思い出が頭に甦った。
二年前、奏が守ったあの少女――立花響。
あの時、彼女は何かが胸に直撃して怪我を負った。炭化しなかったことからノイズではない。あの時は瓦礫の破片か何かと思っていた。
だがもし——もし、あの時受けたのが瓦礫の破片ではなく、
全ての辻褄が合う。
(もしそうなら……奏、お前どんだけ凄いんだ!)
あの時助けた
奇蹟と呼ばずなんと呼ぶ。
そうこう考えている間に――見えた。
鏡華は跳躍のために踏み込んだ足を、
―蹴ッ!
―疾ッ!
突撃に変更し、滑り込むように少女を抱き抱えている響の隣に着地した。
「わあぁ!? ……って、遠見先生!?」
「よっ、立花。よく頑張ったな。もう少し頑張れ!」
驚く響に鏡華を勇気付けるように言うと、静かに歌い出す。
通常、完全聖遺物に歌など必要ないが鏡華はそれでも歌を奏でる。
周りに具現化する数十本の幅広の槍。
――貫き穿つ螺旋棘――
―疾ッ!
―撃ッ!
―撃撃撃撃撃ッ!
同時に射出され何十体ものノイズを穿ち、撃破する。
残ったノイズは一斉に槍と成り三人に襲い掛かる。
「ッ……!」
「やらせないっ! その子を下に入れて姿勢を低くしてろっ!!」
「は、はいっ!」
少女に覆い被さるように蹲る響。
鏡華は突き出すようにして腕を構え、槍状になったノイズに向かって聖母が描かれた盾を具現化し、
――護れと謳え聖母の加護――
―破ッ!
弾き、炭化させる。
それを十、二十、三十と。
全て弾き壊し、響と少女を守る。
「す、凄い……」
驚きの声をあげる響。
もしかしたら、と思うが、次の瞬間には更に焦る。
先ほど自分に襲い掛かってきた巨大ノイズがこちらに来ているのだ。
「せ、先生! あれはどーするんですかぁ!?」
「ん? ああ、あれか。あれは厳しいねぇ……」
「す、凄く他人事に聞こえるのは私の気のせいでしょうか!?」
「いや……だって――」
最後まで言葉を告げる前に、
―断ッ!
何かが天空より飛来し、ノイズを断った。
見上げれば、落ちてきたのは馬鹿でかい剣。そしてその上には一人の少女が立っていた。
「翼、さん……?」
「ま、こう云うこと」
普段どおりに言いながら鏡華はこちらを見下ろす翼だけを見つめていた。
翼も鏡華と、響が纏ったガングニールを見つめて――
~♪~♪~♪~♪~
ノイズの掃討が完了すると、特異災害対策機動部に所属する隊員や研究者が飛び込むように現場に訪れた。当然通じる道路には進入禁止の簡易バリケードが設置され完全に封鎖されている。
ちらりと見れば響が助けた少女と再会を果たした母親が規制事項を機関銃の如く説明され呆気に取られていた。
苦笑を浮かべ歩いていると、響が飲み物をもらっていた。
「あの、温かい物どうぞ」
「あ……あったかい物、どうも」
少し冷まし、一口飲んだ彼女は肩の力を抜いていた。
すると、気が緩んだせいなのか纏っていた防護服が淡く光を発し、元のリディアンの制服に戻った。
「うわ、と、とっ……!」
突然のことでバランスを崩した響はそのままたたらを踏み、後ろから誰かに抱き止められた。
響は慌てて体勢を立て直し、振り返り眼を見開いた。
抱き止めたのは、蒼の長髪と間違えるはずのない容姿。誰あろう、風鳴翼本人だった。
「あ……っ! あ、ありがとうございますっ!」
頭を下げて感謝を述べるが、何も反応がない。見上げれば、翼は響を見ておらずただその奥を見て――否、睨んでいた。
響も振り返ると、そこには自分と同じように防護服を解いた遠見鏡華がいた。
鏡華も何も言わずに翼を見つめている。
その場に居づらくなった響は一歩下がると、
「そ、それじゃあ私もこれで……」
退散を決め込む。三十六計逃げるに如かずだ。
だが、阻む者がいないわけじゃない。
まるで半円のように響と鏡華を囲む黒服達。その中に翼も含まれている。
「あなた達をこのまま帰すわけにはいきません」
「な、何でですかぁっ!?」
「特異災害対策機動部二課まで同行をしていただきます」
まったく視線を合わせず事務的に告げていく翼。
絶句している間に柔和な笑みを浮かべる男性が響の手首全体を覆うほどの手錠をかけた。
次に鏡華の前に立つ。
「やぁ、緒川さん。ご苦労様です」
「いつものことです。すみませんが……」
「ま、規則ですからね」
はい、と自ら腕を差し出す鏡華。緒川と呼んだ男性は苦笑すると鏡華の手にも手錠を嵌める
そのいつものような会話に翼が緒川を睨む。
「緒川さん……まさか鏡華のこと……」
「半年ぐらい前に偶然に、ね。彼と司令から土下座されてまで黙っていて欲しいって言われてましたから」
「……帰還してから司令も含めて全部聞かせてもらいます」
そう言った翼は少し離れていた場所に駐車していた漆黒の車に乗る。鏡華と響も同じ車に乗車する。
終始穏やかにしていた鏡華とは裏腹に響は、
「だから……何でぇええッ!!?」
終始驚き、叫びっなしだった。
~♪~♪~♪~♪~
到着したのは午後九時を少し回った頃か。
場所は――リディアン音楽院。その中央棟に車は停車する。
「あの……、ここって先生達がいる中央棟、ですよね……?」
夜中、それも誰もいない場所を歩くことにわずかに恐怖しながら響は訊ねる。
正直黙っていたままでは、ちょっと恐いのだ。
「そうだよ。つーか、初日早々説教されるなんて思わなかったよ」
応えたのは鏡華。拘束された手で頬をぽりぽりと掻く。
同じように説教された響はあはは、と苦笑を浮かべる。
誰もいない廊下を歩き、今度はエレベーターに乗る。端末にケータイをかざすと壁から何かが飛び出る。翼はこれに掴まり、響も緒川が掴まさせる。
鏡華も掴もうとした瞬間、
―轟ッ!
エレベーターが落下を始めた。
それも尋常ならざる、エレベーターが出していいはずでないだろうスピードで。
当然掴まるのが遅れ、掴まれなかった鏡華は宙に浮き、
「がっ……!」
天井に頭を強打してしまう。
「鏡華!?」
「遠見先生!?」
「鏡華君!?」
手すりに掴まらなくとも大丈夫になり、鏡華が床に落ちると翼が慌てて鏡華を抱き起こす。先ほどまでの冷たい態度が嘘のようだ。
「大丈夫!? 鏡華!」
「~~っ。いったぁ……」
後頭部を押さえながら鏡華は呻く。
つぅ、と額から一直線に赤い線が垂れる。
「大変……!」
翼は膝に鏡華の頭を乗せるとポケットからハンカチを取り出し傷口に当てる。少しずつハンカチが紅く染まっていく。
その間再び無言が続く。
すると、ぽつりと何かが鏡華の頬に落ちてきた。
触れると、少し冷たく水みたいだった。
「翼……?」
「心配、したんだ……鏡華に殴られて、眼を覚ましたら二人が行方不明になって……。探しても……探しても探しても、見つからなくて……。
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙。
それを避けることなく浴びていた鏡華は眼を伏せる。
「奏と鏡華はいつも勝手だ……!」
「……ごめん」
それ以上何も言えず俯く翼の髪を優しく梳く。
奏が豪快に見える梳き方とは真逆の静かな梳き方。
二年前と変わらない梳き方は翼にとって心地よいもの。
一方、
(わ、わーッ! これ、どこのラブコメですかッ!?)
空気となっていた響は近距離で見せられ、視線を右に左に泳がせる。
そんなパニくっている響の肩をそっと叩く人物。振り向けば同じく空気となっていた緒川が指を唇に当てている。
静かに、と云う意味だろう。
もっとも――
―パァン!
「ようこそ! 人類最後の砦、特異災害対策機動部二……か、へ……お?」
熱烈な歓迎を準備してドアが開いた瞬間にクラッカーを鳴らし、驚かせる準備は万端! みたいな弦十郎以下職員に今のシーンは、沈黙を生むのに十分なようだった
結局、最初に響いたのは響と緒川の苦笑。それと、翼の悲鳴と急に立ち上がり後頭部を再びぶつけた鏡華の悲鳴だった。