【修正中】戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~   作:風花

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D.C.ⅩⅠ

葬式場とは本当に居心地が悪いものだった

鏡華にとって死のイメージが強く描かれるものであり、畏怖している場所の一つ

他にも死のイメージを連想させる場所は他にもあるのだが

葬式場はその中で最も死を感じさせる場所だった

視覚、聴覚、嗅覚、触角―――

味覚以外の四感でそれを感じてしまう

 

「……やっぱ駄目だ。葬式の匂い」

 

「俺は無理強いはしていないからな。苦手なら来なくてもよかったんだぞ」

 

「そうはいかないよ。あの人は関係ないはずなのに両親の葬式に来てくれたんだ。なら、俺だって行かなくちゃ」

 

両親の葬式が執り行われたのは事故が起きてから十年も経ったある日だった

当時鏡華は幼くしてソングライターの資格を取得。一曲目がヒットし世間で神童と囃されていた頃

両親の葬式は自分の金で何とかする。鏡華はそう決めていた

 

「あの時は驚いたぞ。十にも満たないお前に『葬式のお金は自分で集めて、やる』なんて言われたんだからな」

 

焼香と読経を済ませ、外に出る鏡華と弦十郎

朝早いこともあり、朝食を用意してくれていたが、謹んで辞退し車両に乗り込んだ

部下は引き連れておらず、弦十郎が運転し、鏡華は助手席に乗った

 

「まあね。でも、せめてそれぐらいやらないと安心してもらえないって思ってたから……」

 

「そうか。だが……まさかあんなことになるなんてな」

 

「……ああ……」

 

思い出したくない記憶が窓の外の景色に上映される

両親の葬式は滞りなく済んだ。―――葬式は

問題はその後だった

鏡華に質の悪い親戚が増えた

葬式にも出てない遠い親戚から、金を無心する電話や手紙が送られてくるようになった

だが、そんな人間は別に構わない。知らない相手であれば着信拒否や居留守、破り捨てればいいだけだから

弦十郎や翼、奏、仕事関係はすべてケータイにすれば完全に片付けることができた

問題は身近な親戚―――祖父母や叔父叔母関係である

後から弦十郎の調査(私用で使うのはどうかと思うが)で判明したのだが、親類の多くは祖父母を中心に音楽家崩れが多く、鏡華が音楽家になったのは親類にとって恰好の的で暇潰しの種にされたのだ

一応葬式の場で知らせた鏡華の家は“教えてしまっていた”

時には電話で、予告もなくふらりと訪ねて来て

 

「お前の歌詞は幼稚すぎる」

「何を伝えたいのか分からん」

「音楽とはこうあるべきだ」

「神童と囃されて浮かれるな」

「本当の音楽家と云うものは」

「ウチへ来い。音楽界の何たるかを伝授してやろう」

 

正直気が狂いそうだった。一人だったら間違いなく狂っていたはずだ

そして、言いたいことだけ言って、帰り際には必ず交通費をせしめて帰る

―――遺産すら寄越さないんだ。これぐらい安いものだろう

そう言って、交通費以上。最悪徒歩や歩きで来たにも関わらず

―――ああ、そっか

鏡華はその頃にようやく親類達が自分に関わる理由を見いだした

彼らは別に俺が可哀想など“くだらない”理由で接近してきたわけじゃないんだ

ただ、金が欲しくて―――俺と云う名声の成った木が欲しかっただけ

 

「あの後、俺は両親の写真とか何やらを手元に残して家を解体。旦那と翼の家に厄介になったんだよな。一人で生活できない頃みたいに」

 

景色から眼を離し、手袋に包まれた手の平を見つめる

今着ている手袋やコートも父が愛用していたものと同じ品のスペアだ

遺品は風鳴家に保管してある

 

「旦那。そういや、あれから二年経ったけど、ウチの親戚はどうしてんだ? 相変わらず後見人《ダンナ》に手紙送ってんの?」

 

「いや。もう諦めたのか、うんともすんとも言ってきてない。ただ……やはりあちこちで吹聴しているみたいだ。しかも最近はその子供達までもそれを倣って吹聴している」

 

「……ちっ……」

 

「それに、最近世間にお前が生きていたという情報が少しずつだが広まり始めている。親族達に知られるのは時間の問題だろうな」

 

「……ま、それ覚悟で戻ってきてんだ。そこら辺でバレたなら俺がなんとかする」

 

「死亡と発表された当時は鏡華が相続した遺産と鏡華の分の金まで相続する言ってな、事務所にまで乗り込んできたことがあった。当然偽の遺書で全てツヴァイウィング―――翼の資金に回した―――と、しておいた」

 

自分がいなくなってからのいざこざに「ありがと」と素っ気なく返す

ツヴァイウィングが人気になるにつれ、親戚達が手の平を返すことなど予測できていた

 

「……寝る。着いたら起こして」

 

鏡華は背凭れを倒すと瞼を閉じこれからの予定を考える

一人でいても、頭は働かないだろう

だったら、帰ったら翼の見舞いに行こう。仕事は忌引きで休みを入れてある

ラジオから流れる音楽に耳を傾けながら、鏡華は思考を手放すのだった

 

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~

 

 

 

心地よい風が吹き翼の髪を優しく揺らす

耳には囁くような小さく、しかしはっきりした穏やかな歌が届けられる

まるで風を操り、風を楽想しているかのよう

 

朝早く無理して動いていたら、グラウンドで立花と小日向を見た

それから少し疲れたからベッドで横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ

 

  ――胸の痛み、感じてる――

 

  ――私、あなたに恋してるのね――

 

声の主は優しく、切なく歌い続ける

眠っていた少女―――風鳴翼はゆっくりと閉じていた瞳を開く

彼はベッドの横に置かれていたイスに凭れながら歌い続けていた

その手には楽譜があり、ペンが楽譜の上を踊るように動かされていく

また新しい歌を書いているのだろう

 

  ――この想い、聞かせてあげる――

 

  ――応えてくれる、よね――

 

そして

最後まで歌い終わり、彼は

遠見鏡華は楽譜から顔を上げ、翼に視線を向ける

 

「きょう、か……」

 

「おはよう翼。もう昼だよ」

 

―――ああ

どうして、あなたは

あなたはそんなに穏やかに笑ってくれるのだろう

私は死すら厭わずに、鏡華のこともかんがえず絶唱を唱ったと云うのに怒らないの?

ただ、立花に覚悟を見せるために

鏡華にどこにも行ってほしくなくて

 

胸がずきり、と痛む

だけど、それ以上に胸が暖かい何かで包まれる

それは嬉しいと云う―――うぅん、違う

これは恋慕

無機物(つるぎ)では感じられない有機物(ひとのこころ)

 

「鏡華」

 

「うん、なに?」

 

「おかえり。―――ただいま」

 

言えなかった一言

再会した時に言えなかった言葉をようやく私は紡ぐ

そして―――

 

「うん、ただいま。―――翼もおかえり」

 

「鏡華」

 

「うん」

 

「鏡華―――大好きです」

 

「――――――」

 

この想いを彼に伝える

奏は一緒に言おうぜ、とか言ってたけど

わざと私は一人想いを告げる

 

「ずっと―――ずっと、大好きでした」

 

だって―――

奏は私に意地悪だから

だったら私もたまに奏に意地悪していいと思う

 

鏡華は楽譜とペンを散らかっている机に置くと「隣いい?」と訊く

翼は「うん」と頷き、上体を起こすと少し横にずれる

その開いた隙間に鏡華は座ると、翼の手を握る

自分の手袋に包まれた手を絡めて

翼はその肩に頭を預ける

 

「俺も翼が好きだ。愛している。……奏と同じくらいだけど」

 

「……どちらか選べないんだよね」

 

「うん。翼も奏も大切で大好き。どちらかなんて選べない。二股だろうと俺はこの選択しかない。でも―――」

 

―――ごめん

ごめんなさい、と鏡華は言った

口調だけが泣いているみたいだった

 

「どうして謝るの?」

 

 

「だって……だって、俺はもう―――俺と奏は翼と同じ時間を生きられないんだ」


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