【修正中】戦姫絶唱シンフォギア ~遥か彼方の理想郷~   作:風花

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D.C.Ⅰ

 ――少女の奏でた唱は命で出来ていた。

 

「~~♪」

 

 ――その唱は一人の少女に生きる理由を与え、

 

「~~♪ ――ん、ここは高めにいっとくか。~~♪」

 

 ――親友達の絆に亀裂を生み唱は途中で閉ざされた。

 

「~~♪ ……っと、もう朝か……って、時刻はただ今八時十五分ですと!?」

 

 ――そして再び唱が始まるのは、

 

「予定時刻過ぎてんなら言ってくれよおい! ネクタイネクタイ……ぎゃあっ! 生徒覚えるの忘れてた! ああもういいやっ!!」

 

 ――きっとこれからだ。

 

「んじゃ行って来るな―――“奏”っ!」

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

 私立リディアン音楽院。

 この春、新たにリディアンに入学してきた生徒達。入学初日の初授業とあり全員緊張した面持ちで席に座る中、

 

「――立花さん!」

 

 入学早々怒鳴られている女生徒が一人いた。

 女生徒の名前は立花(たちばな)(ひびき)

 胸には白い猫が抱き抱えられており、場違いながら「にゃあ~」と鳴いている。

 響は一応理由を述べていくが、

 

「立花さんっ!!」

 

 結局怒鳴られてしまう。

 たっぷり五分ほどかけて絞られ、ようやく解放された。

 その時だった。

 

「すんませぇん! 遅れてすんませぇん!!」

 

 女性の声にしては低い声がけたたましい音を立てて開くドアから聞こえた。

 全員が――当然叱っていた教師と響も見上げる――ドアを見上げると、一人の青年――女性にも見える顔だが男だろう――が汗だくになって入ってきていた。小走りで階段状になっている席の合間を縫って下りていく。

 首から下を完全防備と云っていいほど着込んでいる青年。手には手袋まではめている。

 当然生徒達は彼を不審に見つめる。ここはほぼ百パーセント、女子だけが通う学校。なのに何故同年代ぐらいの青年が入ってきているのだろうか

 

「あ、あなたもですか! ――遠見先生(、、)!」

 

 ――は?

 生徒全員の声が重なる。

 遠見と呼ばれた青年は「すいませんでした!」と頭を下げている。

 

「まったく……あなたは教師としての自覚があるんですか!?」

「いや……家を出た時は間に合うつもりだったんですけど、轢かれそうな子猫助けてたら遅れてしまって……」

「遠見先生!!」

「うわっ、ごめんなさい! これ以後注意します!!」

 

 土下座せんばかりに頭を下げ続ける青年。

 叱っていた教師も溜め息を吐き、

 

「謝罪は結構ですから自己紹介してください。入学式に紹介できなかったんですから」

 

 こちらを見下ろす女生徒達の方へ促した。

 青年は苦笑を浮かべ、自分を見下ろす生徒達を見上げ、

 

「はは……、本当は入学式で紹介に預かるはずだった遠見鏡華(きょうか)です。一応色んなクラスを時々受け持つ非常勤講師です。教師と云う身分ですが、皆さんと歳はあまり離れていませんので、休み時間とかは遠慮なくタメ口を聞いてくれると嬉しいです」

 

 そう言った。

 生徒達は呆然としていたが、頭がはっきりしてきた一部の生徒は驚いた声を上げた。

 ——遠見鏡華

 二年前まで人気ボーカルユニット、ツヴァイウィング専属で作詞作曲家(ソングライター)を務めていた青年。

 二年前に死亡されたと噂されていた神童だった。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

 ――二年前。

 立花響は奇跡的に生還を果たした。

 幼馴染に誘われ、人気ボーカルユニット、ツヴァイウィングのコンサートに来ていた彼女はそこでノイズの襲撃に受けた。

 崩れゆくライブ会場で呆然と立ち尽くす彼女が見たのは、謎の歌を口ずさみ、突如武装したツヴァイウィングの二人、天羽(あもう)(かなで)風鳴(かざなり)(つばさ)がノイズの大群を掃討している姿だった。

 その最中、彼女の胸に何かが直撃する。

 そして彼女が最後に聞いたのは、

 

  ――生きるのを諦めるなっ!!――

 

 そう、天羽奏が自分に叫ぶ声とその直後奏でた不思議な唱だった。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

(――そう、それが今の(、、)俺達の始まりだった)

 

 放課後、こってりと行われた説教から解放された鏡華は朝、先に説教を受けていた生徒のプロフィールが書かれた書類に目を通しながら心の中で呟いていた。

 まさかこの学院に入学しているとは思ってなかった。

 二年前の事はある程度、人から聞かされていた。

 致命傷に近い傷を負っていた彼女はそれでも生きた。

 

(奏のおかげ、なんだろうか……。いや、そうだろうな)

 

 奏が響に告げた言葉は今も憶えている。

 

  ――生きるのを諦めるなっ!!――

 

 ――~~♪

 自分の携帯端末から流れる着信音に鏡華は現実に引き戻される。

 

「旦那か……もしもし、俺です。ノイズでも発生しましたか?」

『いや、違う。一時間後にミーティングがあるんだが……来れるか?』

「……そこに翼は?」

『当たり前だが来る。……まだ伝えていないのか?』

 

 鏡華は息を吐きながらか細い声で頷く。

 この二年間、まったく連絡も寄越さず死んだと思わせて隠遁生活を送っていた。あの日から翼は自分を恨んでいると思っている。それは分かっていたことであり、仕方ない事だった。

 

「……ここにいる以上嫌でも顔を合わせるんだ。旦那からは喋らないでくれ」

『……分かった。最後に聞かせてくれ。――奏の容態は』

「………。二年前と変わらず、でお願いするよ」

 

 そう告げて鏡華はケータイを切ってしまう。

 空を見上げれば、あの日と同じ夕焼けに染まりかけていた。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

 ――全ては二年前が発端だった。

 双翼、ツヴァイウィングと作詞作曲家(ソングライター)と云う影から支えるもう一翼。

 天羽奏。

 風鳴翼。

 遠見鏡華。

 最高の三人の最後のライブとなってしまった会場には長蛇の列が並び今か今かと入場したがっていた。

 

 そんな会場裏の一室で鏡華は机に向かっていた。

 床にはぐしゃぐしゃに丸められたコピー用紙が埋め尽くすかのように捨てられている。鏡華は書いては丸めて捨て、書いては丸めて捨てを繰り返している。

 世間では天才作曲家などと云われているが鏡華は決して天才などではない。二人に近付きたいために努力した結果だ。

 そんな鏡華に忍び寄る人影があった。気付かれないように部屋に入り、そして、

 

「きょーかぁ~っ♪」

 

 叫びながら跳躍。鏡華の背中に飛び付く。

 

「うひゃぁっ!!」

 

 まったく気付いていなかった鏡華はすっとんきょうな声をあげ、飛び付いてきた人を掴み、投げ飛ばした。

 

「おっと?」

 

 投げ飛ばされた人物は驚きながらも空中で体勢を立て直し、壁に激突するのを防ぎ滑るように床に下りた。

 鏡華はそこでやっと飛び付いてきた人が誰か知る。

 

「か、奏か……驚かさないでよ」

 

 ツヴァイウィングが片翼、鏡華の親友である奏だった。

 重力に逆らっていた赤髪がふわりと元に落ち着く。

 

「あはは、わりー、わりー。開演するまでの、この時間が嫌なんだよね~」

「だからって飛び付くか普通」

「こちとらさっさと大暴れたいってのに~、そいつもままならねぇからな~」

 

 それより、と奏は言葉を中断しとある一点を指差す。

 指を差したところにはソファがあり、

 

「……」

 

ツヴァイウィングのもう片翼、鏡華のもう一人の親友、風鳴翼がソファの上で体操座りで座っていた。

 

「えっと……翼さんはいつからそこにいたのでしょうか?」

「……。……十五分くらい前……」

「声掛けろよっ!」

 

 思わずと云ったツッコミ返してしまう鏡華。

 だが、翼は同じ姿勢のまま視線だけを鏡華に向ける。心なしか恨みが籠められているような気がした。

 

「掛けたよ! 何回も呼んだのにまったく気付いてないだけでしょ!」

「うっ……それは……ごめん」

 

謝る鏡華をよそに、奏はまるで玩具を見つけたかのような笑みを浮かべると、翼の隣に座りそのまま抱き着く。

 

「もしかして翼、緊張とかしちゃってたり?」

「あ、当たり前でしょ! 櫻井女史も今日は大事だって……」

 

 そんな言葉の途中に、奏は翼の額にでこぴんを見舞う。

 真面目がすぎるねぇ、とまた奏は笑う。

 鏡華も椅子に座り直しながら苦笑する。

 

「奏、翼、鏡華。ここにいたか」

 

 そう言いながら部屋に入ってくる人物。赤いスーツを身に纏った男性。

 風鳴弦十郎。

 翼の叔父であり、翼と奏の上司でもあり、鏡華の後見人でもある。

 鏡華曰く、「人間を超えた超人類並みのおっさん」だ

 なにしろこの弦十郎、足を振り下ろしただけで地面がひび割れ、跳べば小さなビルの屋上ぐらいまで到達するとんでもない実力の持ち主なのだから。

 口々に弦十郎を愛称で呼ぶ。

 

「分かってると思うが……今日――」

「大事だって言いたいんだろ? 分かってるから、大丈夫だって」

「ふっ……分かっているなら、それでいい」

 

 強気な、だけどいつもと変わらない口調で告げる奏に、弦十郎は薄く笑いながら言葉を区切る。

 鏡華も今日の事はある程度聞いていたので心配していたが、彼女の様子なら大丈夫だろうと思い、口には出さなかった。

 

「今日のライブの結果が、人類の未来(、、、、、)をかけてるってことをな」

「まったく……奏、翼。張り切りすぎるな、とは言わないけど無茶はすんなよ?」

「ああ! 任せとけっ!」

「うん!」

 

 ここまで言えばこれ以上鏡華が言える事はない。後は二人を信頼して見ていればいい

 鏡華は脇に置いていた楽譜が入っている大きめのカバンを肩に掛けると、弦十郎と共に部屋を出ていった。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

 程なくしてライブは暗闇から始まりを告げた。

 会場を彩るスポットライトを浴びながら舞い降りる翼と奏。

 ツヴァイウィング。

 流れ始める曲は鏡華が作り上げた三人の絆の証。二人は歓声に応えながら舞い、歌を響かせる。曲に合わせて変化するステージはサビに入るとその天井を開く。

 二人の歌姫をさらに輝かせ、美しくさせる。歌声には力が増し、会場の熱気は最高潮に達していく。

 その発生源がたった二人の歌姫。

 

「まだまだ行くぞーーッ!!」

 

 観客と自分の興奮に応えるかのように奏はマイク越しに叫ぶ。

 全員が胸の内から迸る感情を抑えきれない。だが、それでいい。

 思い切り今と云う時間を各々楽しめば良いのだ。

 そしてそれは鏡華だって例外ではない。

 

「――」

 

 別れてその足で観客席へ訪れた彼は最初から最後まで観客として居続けた。

 ステージの下では極秘裏に研究が行われている最中だが、そちらは弦十郎や教授達に任せればよい。今は眼の前に見蕩れていたい。

 自分が思い描き、詩として生まれたそれが今まさに産声を上げているのだ。それも自分が想像していた以上の美しく力強い唱。自然と汗ばんだ手を嬉しそうに強く握り締めている自分に気付いた。

 ――と、ポケットが小刻みに震えた。手を入れ、携帯端末を取り出し耳に当てる。

 

「はい。遠見です」

『どうだ、そっちは』

 

 相手は弦十郎。

 聞こえやすいように鏡華は屈み出来る限り音を拾えるように姿勢を変える。

 

「最高です。実験は? うまく云ってる?」

『今のところ順調だ。心配する必要は――』

 

 そこまで言った時、会場(こんなばしょ)でも分かる緊急信号(アラート)の音が鏡華の耳に飛び込んだ。

 弦十郎の言葉を疑いながら言葉を掛けようとして、

 

「……え?」

 

 今の今――気付いた。一つの事に集中すると周りが見えなくなる癖。

 眼の前で広がっていたのは、もう最高のステージなんかじゃない。

 阿鼻叫喚の――地獄絵図だ。

 

『……すまない前言撤回だ! 総員――』

「こっちも訂正。――ノイズが来た!!」

『――』

「……切れたのかよ、くそっ!!」

 

 鏡華は吐き捨てるように叫ぶと立ち上がり階段を飛び降り、半分しか開いていなかったドアを全開にして避難誘導を行う。

 

 ――ノイズ

 有史以来、世界各地にてたびたび観測されてきたものであったが、とある年の国連総会にて正式に議題として取り上げられ、限りなく未知に近い既知の存在として、公式に認定されることで一致した特異災害。

 理由は依然不明だが、ノイズは人間を問答無用で襲い、触れた人間を炭化させ分解してしまう。

 対して人間が使用する武器、兵器、どれを以ってしてもノイズには一切効果を与える事が出来ず、現時点で民間人がノイズに対するには逃げ、姿を消すまで身を隠すしかなかった。

 

 このノイズに対抗しうる人類最後の切り札があった。

 ――シンフォギア。

 天敵ノイズの駆逐のため、人類が備えうる、唯一絶対の切り札の保有と、その行使である。

 シンフォギアシステムを身に纏ったものだけが、ノイズに対して効率的、有効な攻撃手段を備え、撃退することを可能とする。

 だが、既存の技術体系とは一線を画す、異端技術の結晶でもあるシンフォギアは、同時にノイズを殲滅せしめる強力な武装でもあるため、米国との安全保障条約や、周辺諸外国に対する影響も鑑みられ、現在の政府与党判断によって、完全に秘匿されている状態でもある

 

 そして、それを扱う者――それがツヴァイウィング、天羽奏と風鳴翼。

 それと――

 

 

  ~♪~♪~♪〜♪~♪~

 

 

 疾る。

 疾る疾る疾る疾る疾る疾る!

 

 誰よりも速く!

 奴らがこれ以上進撃せぬように、翼と奏は走る。

 その身には先ほどのような衣装は纏っていない。戦士として。戦場に相応しい姿だ

 そんな彼女達は、歌う(、、)

 

  ――蒼ノ一閃——

 

  ―閃ッ!

  ―裂ッ!

 

 身の丈よりも長い刀身を持つ刀で両断する時も、

 

  ――STARDUST∞FOTON――

 

  ―輝ッ!

  ―疾ッ!

  ―撃ッ!

 

 大量複製した槍が幾つ、幾十ノイズを突き刺しても、

 彼女達は歌う。

 倒してもキリがない。

 それでも歌い、倒していくしかない。

 避難誘導を済ませ、戻ってきた鏡華にもそれは見えた。

 逃げ遅れた少女が一人、呆然と立ち尽くしているのも。

 

「何やってんだぁ!! 早くこっちに来いッ!!」

 

 鏡華は叫び、少女は我に返ったように鏡華の方を見る。駆け出すが、少女に気付いたノイズも同時に駆け出してくる。

 それを同じように見た奏がノイズの前に立ち塞がる。

 ノイズが何を感じたのかは分からない。

 少女を狙ってきたノイズは標的を奏に変更し、身体を槍状に変化させ襲いかかる。

 

「ぐぅっ……!」

「「奏ッ!!」」

 

 とっさに槍を盾にし防ぐ。だが、既に奏の“時限式”は時間を過ぎている。

 翼は助けたいがノイズが邪魔で行くことができない

 鏡華は駆け出すが、距離が離れすぎている。

 そして、限界がきたのか、奏の槍は耐え切れず半壊し、

 

  ―切

 

 その破片が逃げていた少女の胸に突き刺さった。

 奏は急いで少女の元へ向かい血の池の真ん中に崩れ落ちた少女を抱き起こす。

 

「おい死ぬな! 目を開けてくれ!!!」

 

 叫ぶ。

 これ以上眼の前で命を消してたまるか。

 そんなことはもう嫌だ。

 だから奏は叫ぶ。あらん限りの想いを籠めて。

 

「生きることを――諦めるなッ!!」

「…………ぁ」

 

 声が届いたのか少女はわずかに眼を開く。

 奏は安堵の息を漏らすと、少女を瓦礫に凭れさせ、半壊した槍を手にする

 

「いつか、心と身体――全部空っぽにして、思いっきり歌いたかったんだよな。今日はこんなにたくさんの連中に聞いてもらえるんだ。だから――あたしも出し惜しみはなしでやっていく。とっておきのをくれてやる」

 

 ――絶唱を。

 そして。

 奏は歌いだした。

 透き通るような、しかし芯の通った。

 静かに、しかし激しく高ぶるような。

 天上へと昇らんとする歌を。

 

「奏……? いけない奏ッ、歌っては駄目ェッ!!」

「ば――ッか野郎!!」

 

 言うが早く、鏡華はカバンを投げ出し、さらに駆ける。

 もう、秘密なんて知ったこっちゃない。

 ――全速力だ!

 瓦礫と化した観客席を踏み抜き、驚異的な跳躍を見せる。

 

「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 吼える。

 それを聞いたノイズが襲い掛かる。

 

「鏡華!? 駄目、逃げてぇっ!!」

 

 翼は悲鳴のように叫ぶ。

 だが鏡華は今空中にいる。どこに回避すれば良いのか。

 否――

 

「邪魔をするなぁぁぁぁぁぁ!! ――It's not made to finish with a dream」

 

  ―撃ッ!

 

 回避する必要などなし!

 槍状に身体を変えたノイズの一撃を鏡華は、激昂した声とは裏腹な静かな声で紡ぐ歌と共に繰り出された蹴りで弾いた(、、、、、、)

 

「え……?」

 

 呆然と翼は呟く。

 今、鏡華は何をした?

 生身の身体で(、、、、、、)――ノイズに対抗した!?

 翼の思いとは裏腹に着地した鏡華は歌いながらも一直線に奏に駆ける。

 すでに奏は終焉(サビ)に入らんとしている。

 最後の一歩を鏡華は跳ぶように踏み抜き、奏に飛びつき、紡いでいた口を手で押さえる。

 

「むぐ……ッ!?」

「てめぇ自身が生きることを……諦めんじゃねぇ!! ――An Utopia is in my breast!」

 

 代わりに――鏡華が片腕を突き出し歌いきった。

 突き出した腕の先に光が収束して一つのモノと成す。それは――鞘。

 

「おい、それって……ごほッ」

「ッ、ああそうだよ! 奏の想像通り――ごふっ……だから、黙って生きたいと願ってくれ! 翼のために――俺のために――自分のためにっっ!!!」

 

 共に口から多量の血を流す。

 奏は彼の言葉を聞いて確信した。

 これは――絶唱。

 そして――

 

  ―輝ッ!

 

 奏を覆っていた紅の光は会場に広がり、一瞬にしてノイズを消滅させ、

 鞘から放たれた黄金の閃光は、奏と鏡華を包み込んだ。

 

「お、おお――おおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 軋と

 軋軋軋――と!

 腕が軋みを上げる。亀裂が生まれ血が噴き出る。

 奏を抱き支える腕に力が籠る。

 それでも諦めない。

 だってこれは――守るためにあるのだから!

 そして――

 全てが終わり、ノイズは奏の絶唱で消滅し、奏と鏡華は倒れる。

 翼は重なるように倒れた奏と鏡華に駆け寄る。すでに鞘は消えていたが、そんな事どうでもよかった。

 

「奏!! 鏡華!!」

 

 何度も叫び揺さぶる。

 

「……ッ……が……」

「ッ、鏡華!」

 

 咳き込み、血を吐き出しながら鏡華は起き上がった。

 

「大丈夫……だ。それより……奏は……?」

 

 鏡華に言われ、翼はさっき以上に奏を揺さぶり名前を叫ぶ。

 だが、奏が眼を開けることは無い。

 

「奏! 眼を覚ましてよ奏!!」

「……ごめん」

「ッ、何がごめんなの!? それより早く司令に――!」

 

 知らせないと。

 そう言おうとしたであろう翼の口を鏡華は封じた。翼の腹に拳を叩き込んで気を失わせる行為によって。

 崩れ落ちる翼を抱きとめ、地面に横たえた鏡華はポケットから携帯端末を取り出し耳に当てる。

 

「おっ……ッ、旦那、聞こえる?」

『……。……その声は、鏡華か?』

 

 かなりの時間を要したが、弦十郎の声が返ってきた。

 無事な事にほっと息を漏らす。

 

『無事か!? 翼と奏は……』

「翼は無事。だけど奏が……絶唱を歌った」

『何だと!? それでは……』

「うぅん、命は繋いだよ――俺の唱(、、、)で」

『……そうか。見せたのか――番外聖遺物(アヴァロン)を』

 

 かつて、とある一国を治めた彼の騎士王の失われた鞘。騎士王に不死と不老を与える奇跡の体現。

 そして、これは弦十郎以外誰一人知らない聖遺物。

 研究者である教授こと櫻井了子、翼、奏の誰にも。

 故に――番外聖遺物(エクストラナンバー)

 

「旦那。俺はこれから奏と俺自身の治療のために姿を消す。手伝ってほしい」

『ふっ――覇ッ! それは構わない。だが、翼はどうする? 生活は?』

 

 瓦礫を、恐らく素手でぶち壊しながら弦十郎は訊いてくる。

 鏡華は衣装に戻った翼を奏が助けた少女の隣に凭れさせ、奏を腕で抱き上げ答える。

 

「翼にはいなくなっていた、とでも。生活は手伝ってって言ってるんだけど。――とにかく俺の長いわがままだよ」

『……分かった。もう何も言わん。奏を頼む」

「……うん」

 

 通話を切った鏡華はちらりと翼を見て、

 ――ごめん。

 同じ言葉をもう一度告げ、瞳を閉じる。

 

「Agios, avalon eleison imas――」

 

 どこまでも透明に響き渡る聖詠。

 奏のガングニールや翼の天羽々斬と違い装着することはなかった。

 だが、鏡華を中心に黄金色の光が集まり、

 

「行こう、奏――」

 

 二人の姿は戦場と化した会場より消えた。

 

 

  ~♪~♪~♪~♪~♪〜

 

 

 ノイズによるライブ襲撃事件の詳細は“いつもどおり”(おおやけ)にならなかった。

 ほとんどの情報は弦十郎以下、特異災害対策機動部二課の情報操作によって書き換えられている。

 ツヴァイウィングの二人が戦うことは、特に絶対秘匿(トップシークレット)だ。

 今回国民に報じられた情報は以下のようになった。

 

 ・人気ボーカルユニット、ツヴァイウィングのライブ中ノイズが発生。

 ・死者、行方不明者は約一万三千人。

 ・ツヴァイウィングの天羽奏、ソングライターの遠見鏡華も行方が分からないことから死亡した可能性がある。

 ・ツヴァイウィングの解散を決定。風鳴翼はソロとして活動すると。


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