今日という日の青い空と吹き抜ける風は、ふたりへの祝福なのかもしれなかった。
空が綺麗で、空が綺麗だから海もどこまでも広がって見えて、大地の緑は風に吹かれてさらさらと音を立てて。
見渡す限りの世界は両想いのふたりを祝福していた。
「思えば、長い旅だったな」
「そうだねぇ」
あぁ、白馬が引く馬車が駆けていく。姫さまとエルトを乗せて、陛下の駆られた馬がまっすぐに駆けていく。もしかしたら、小さい姿のグルーノさんも乗っているかもしれないね。
「旅路の果てが親友の幸せならもう、言うことないよ」
「あぁ」
どんどん馬車は遠ざかり、小さくなっていく。手配した船は無事に馬車を迎え入れるだろう。そして幸せになった花嫁は母国に帰り、あぁ、美しい私のふるさとはそれを歓迎する。姫さまを、そしてエルトを迎え入れて暗黒神を倒した日のように歓迎するに違いない。
「さて、あたしたちも帰りましょ。ヤンガスも帰りのキメラの翼くらいあるんでしょ?」
「へぇ。出がけにゲルダの奴に忘れ物だって叩きつけられてさぁ……」
「じゃあパルミドかアジトにすぐ帰れるわね。良かったじゃない。あーあ、あたしも帰ったらちょっと……探してみようかしら」
「そういえば、なんかゼシカのフィアンセを名乗る男、各地で出没してたってこの前聞いたんだけど、その話はどうなったの?」
「あー……あの話、正式に破談になったのよ」
「そうなんだ?」
「元々親に勝手に決められた話だからせいせいしたわ。あっちもあたしが家出するような女だって知ったから文句もないみたい。まぁ、そういうわけだし。とりあえず家に帰るわ」
「じゃあ、竜の試練、行けそうになったらまた連絡してもいい?」
「……」
エルトの方が落ち着いたらすぐに行く気満々だったんだけど、ゼシカは私の顔を見て、ククールの顔を見て、勇ましい笑顔になったヤンガスを見て、それから私の顔を見て、にっこり可愛く笑った。
「トウカは出会った時からちっとも変わらないわね。もちろんあたしも誘ってね」
「わぁい! ヤンガスも行くよね?」
「もちろんでがす! それまでにもっと鍛えておかなきゃならないげすなぁ」
「あたしも最上位呪文のその上を目指してみようかしら。じゃあ一番魔力消耗の激しいククールにこれ返しとくわ。トウカに返してもどうせこっちにいくでしょ」
ゼシカは荷物から次々にエルフの飲み薬を取り出すと……多分旅の途中で私が仲間にばらまいてたもの……ククールに全部押し付け、そのままキメラの翼で帰っていった。ヤンガスもゼシカに手を振ったあと、ゲルダさんのところに旅立って行った。
なんでも、暗黒神との戦いの前に預かった、返さなきゃいけないものをまだ返していないことに気づいたらしい。旅が終わってから何度も会ってたって聞いたのに? ゲルダさんが忘れるわけないのに指摘してこなかったなんて不思議だね。
それはつまりそういうこと。ふたりのお祝い、もう考えておく段階なのかもしれない。
そして、そこでふたりきりになった。
「ククール」
「なんだ?」
周りには誰もいなかった。護衛たちも父上のところに置いてきたし、みんな帰るべきところに帰ってしまった。やろうと思えばすぐにでも会えるけど、ここにはいなかった。
世界は静かで、風の音だけが少しだけして、まるでこの世でふたりきりのようだった。
太陽に照らされて、ククールの銀髪がキラキラと輝いていてとても綺麗だった。アイスブルーの目も、よく似合ってる赤い衣装も全部全部何よりも綺麗に見えた。
おかしな話だ、と思った。ククールは確かに天使みたいに綺麗な人だけど、きっと私が「こう」じゃなきゃただ綺麗な人だなと思っただけだったと思う。なのにこんなに目を離せないのはそうじゃない要因があるってことだった。
そして、私はもう答えを教えて貰っていた。
「綺麗だよ、ククール。私には君が誰よりも綺麗に見える。なんでだと思う?」
「……もしかして、今俺は口説かれてるのか?」
「そう。私、ククールを口説いているの。口説かれてよ」
色男みたいに上手くはいかないなぁ。なんて思いながら見上げる。私のことを大事に思ってくれているその目をしっかり見つめるために。私は「両目」で瞳を捉えて、それからにっこり笑った。
「君のことが大好きだから」
伝わったかな? そう思う間もなくククールは泣きそうに目を細めた。なんの表情でも絵になる色男は、ぽつりとつぶやく。
「……これは夢か?」
「夢じゃない。それならこのまま竜の試練いく? 夢ならきっと無双できるよ」
「みんなで行くんだろ、トウカ」
「そうだよ?」
締まらない会話をしながら、私たちはどちらともなく踵を返す。
「これから『細かい問題』はあるけど大丈夫。戦うことよりも、家のためよりも、いちばん綺麗な人を離したくないから」
「あー、最難関はもう越えたぞ。だから、トウカ。突然口説くのは心臓がもたないからやめてくれ」
「口説くのはククールの特権じゃないからやだ」
軽口。いつも通り。
だけどいつも通り過ぎるのもつまらないので、私は手袋を外した。今日は結婚式に参加するための礼服だからさすがに手甲まで装備していないからそれでもう素手だった。
ククールの手はいつも通りの革手袋がつけられているけど、まぁいいか。ひとそろいの衣装でそうもキマってるんだものね?
「!」
そっと手を滑り込ませてみる。それからにぎにぎしてみる。できる限り優しくね。痛くないかな? 力加減できてるかな? 音はしてないから骨は折ってないよ。なんて思いつつと顔をあげると、ククールは完全に固まっていた。
「やっぱり夢かもしれねぇ……」
「ちょっと!」
「俺のお姫様、俺も手袋を外しても?」
「いいよ」
繋ぎなおした手と手が重なる。
これまでの冒険で幾度もなく傷つけられた私たちの手に傷跡はひとつもない。何度も何度も回復魔法を浴びて、そのお陰でどんな古傷だって薄くなるってものさ。ライティアにつけられた傷もそのうちなくなるんじゃないかって思うほど。つまりその場で負った傷なんて残るわけがない。それはククールのお陰。
だけど私たちの手のひらは皮膚が分厚くなって、豆ができてボコボコになっている。それはここまで生き抜いた証だ。
私の手は、女の手にしてはあんまり触り心地の良い手じゃなかったけど、でも、あんまりにも君が幸せそうなので、しばらく戻ろうともせずに私たちは手を繋いだままそこに立っていた。
静かに、ただ言葉のない私たちの間を吹き抜ける風が気持ちいい、そんな涼しい日だったのに繋いだ手はいつの間にやらじっとりと汗ばんでいて、なのにそれが不快じゃなかった。
この話は今後別連載としてリメイクし、ハーメルンに投稿する予定ですがそれはそれとして。
長い話でした。こんなに長い話をほかに書いたことはありません。
大好きなゲームの話です。書いている間に3DSのリメイクが出てしまいました。
書いては戻ってきて、その繰り返し。
中の人は高校を卒業し、大学を卒業し、コロナ禍に就職し、仕事を辞め、職業訓練に通い、再就職を決めてしまいました。時間をかけすぎたあまり。
最後まで読んでくださった方には感謝しかありません。
連載を始めた頃はきっと絵がこれから上手くなるだろうからそのうち挿絵でも書くぞ〜とか思っていたのですが9年以上経ってまぁ多少は上達したのですが小説に情熱を極振りしたあまり大して上手くもなりませんでした。無念。
長いこと書きすぎたあまりなんだかこれで話が終わった気もしません。
トウカは1ヶ月くらいしたら仲間たちを集めて竜の試練に挑み、そのうちふたりで7竜連戦でもして親友にお土産(竜神装備)を持ち帰ると思います。初戦以降はスケジュールを合わせられず、結局2人で戦ってるんじゃないか。そんな想像が容易にできます。
負けないものの戦闘が長引くためククールの喉は更なる進化を遂げ、無詠唱かつ同時魔法の極地に達するに違いありません。
とはいえ、その後の話は想像に任せるのがいい小説らしいのでそうします。後語りはこれまでにして。
連載期間、9年2ヶ月11日。
これにて一旦完結です。長い間お付き合いくださりありがとうございました。
また新連載でお会いできたら嬉しいです。
四ヶ谷波浪/ryure
リメイク開始しました→https://syosetu.org/novel/339429/