「……?」
「ーー、ーー!」
なんか話し声が聞こえるような……まだ眠いのに……。
違った、いけない、今日は早起きしなくちゃいけなかった!
急いで目を開けたけれどぼやぼやとしている。だけど話し声の主はすぐに分かった。同室のククールとさっそくまた踏み込んできたトウカだ。式に参列するんじゃなかったの? 最近は声を変える必要も無くなったからちっとも聞き慣れないようでよく聞き慣れているような、地声で話している。話し方は変わらないからね。
「……で、……の服の色合いとかはこれでも狙ってないようにしてもらったんだ。本当は緑にしてもらおうと思ったけど、向こうのメンツ的にまずいかなって。だから緑はさり気ない差し色にして、昨日の夜からエルトと背格好が似てるうちの私兵捕まえて作らせたんだけどさ、やっぱり本人が着ないと細かいところは分からないじゃない? 突貫で作ってもらったから多少は仕方ないとしても着て明らかに変だなって思ったら直してもらわなきゃ」
「エルトはこんな服着慣れてないだろ。服に着られないか?」
「私も甲冑の方が着慣れてると思うけどさ、結婚式に乗り込むのに甲冑はちょっと……姫さまとのギャップがすごくないかな」
「……ねぇおはよう、なにか厄介事?」
「エルトにしてはずいぶん目覚めがいいね」
ククールの寝てた方のベッドの方に何かが広げられていて、ふたりはそれを眺めてあーだこーだ言ってたらしい。
眠い目を擦りながら起き上がると、それは靴まで揃えられた一式の服だった。それもかなり上等の。
トウカのかなって思ったけど、既に見慣れた礼服姿だ。髪の毛もきちんとセットしていて準備は終わってそう。
じゃあククールの? というわけでもなさそうだ。もう着替えているし、それにククールは多分お兄さんとの因縁に本当の意味でケリをつけるまで赤い騎士を辞める気はないと思うから。
「これはエルトが今日着る服だよ」
「え、なんで」
消去法で何となく察してたけどわからないよ。
「姫さまの奪取にしろ王子の排除にしろなんにしろド派手にやらかすんだからその如何にもな旅人の格好じゃ、大陸挟んでも美姫で有名な姫さまの晴れ衣装とあまりにも釣り合わないよ。いい服着なきゃね」
「……ぼくが結婚式を挙げるわけじゃないんだよ?」
「そうかもしれないけど結婚式を破壊する男がその辺の旅人に見えるよりもあの王子より強そうでちゃんとしててあの王子よりも相応しいと思わせなきゃ。見た目も大事さ。細かいことは気にしないで早く着た着た。寝癖すごいから帽子も用意したんだからね。
じゃ、私は参列側だしそろそろ時間が危ないんだ。あとはククール頼んだよ」
「トウカの頼みなら仕方ねえな。……ま、俺は野郎の服なんざ剥きたくないから早く着替えた着替えた」
二人とも結局言ってること同じじゃないか!
「クラビウス様、お久しぶりです。その節は本当にありがとうございました。太陽の鏡は大変、役に立ちました。そしてこのような晴れの日に招待してくださってありがとうございます」
「我らモノトリア、我らの姫殿下の良き日に参列できること、大変光栄に思っております」
父上が王子には触れない。私も触れない。ていうか他の人も全然触れない。そんな結婚式ある?
ちょっと面白くなってきた。ぜんぜん笑い事じゃないけれど。
昔からこういう遠出に病弱な母上は参加出来ないから、父上と私が参加するのがセオリーだった。身知った顔に軽く挨拶しつつも一番にホストのところに赴いて愛想を振りまいておく。
メダル王女やアスカンタ王パヴァンがいらっしゃるのは想定内。サザンビークの大臣や各地の有力者が勢揃いだ。
警護の聖堂騎士が何人か顔をひきつらせて私を見ているけれど、コソコソと話すほど行儀は悪くないみたい。
「剣士トウカ。いや……トウカ嬢。遠路はるばる良くこられた」
「これはご丁寧に。チャゴス王子もご機嫌麗しゅう……」
こいつ誰だって顔をされたんだけど。前まで声変えてたからかな。髪の毛切ったからかな。もうちょっとポーカーフェイスというか……エルトがエルトリオさんの息子で本当に良かった。というかすごくイケメンに育ってよかった。
優しくて、強くて、顔もかっこよくて、一途。それが私の大親友なんだから。うんうん、これでチャゴス王子がものすごく良い奴だったら姫さまを奪うのに罪悪感があるじゃない? ストレスフリーでいられてよかった!
ありがちなおべっかなしにすぐに別の有力者のところに父上は連れて行ってくださる。傍目には性別を偽らせてまで大事にしていた一人娘だし、その王子の婚礼の場だし、そもそも親しくないしってところかな。
この場ではもちろん武装はしてない。剣は全部外してるし、普段は仕込んでるナイフもぜーんぶ手袋の中。そう、手袋の中。手袋はしているからほとんど外している意味はないけど一動作挟まなきゃならないし、こういうのは建前だからね。
だからエルトが来たらしばらく素手で暴れようかなぁ。エルトが来なきゃ暴れないけど……なんて考えていたんだけど。父上、もしかして私の肩に手を置いているんじゃなくて抑えてます?
「トウカ」
「父上、姫さまのドレス、楽しみですね」
「……あぁ、この世で最も美しい花嫁だろうな」
父上! 私暴れる気満々ですけど誰にも怪我をさせる気はありませんよ!
……外のみんなが心配だなあ。ヤンガスは手加減できるだろうか。ゼシカは燃やしちゃわないかな。ククールは……あれ、私のせいで剣を抜くのっていつぶりだろう。でもククールがいるなら万が一怪我人がいてもいなかったことになるから大丈夫だね。
エルトは大丈夫。私は信じてる。
幸せになるべき君。そしてエルトなら大丈夫。
クラビウス王もエルトを見たらわかってくれる。自力でアルゴンハートを獲得した男なら、いやでもわかるさ。
……なんだか外が騒がしいな。とうとう始まったかな。
ザワザワとなにか聞こえるような。耳を澄ませているとザワザワが一瞬ピタッと止まって……それで。
バターンと派手な音を立てて大聖堂の扉が開き、そこにはエルトがいたのさ。
こっそりグルーノさんに頼んで持ってきてもらった紙芝居の絵。あれを参考に露骨になりすぎないように緑の差し色をしたエルトの衣装。うん、よく似合ってる!
クラビウス王をちらりと伺うとものすごく動揺した表情をしてた。昨日、エルトから話があったと思うし、アルゴンリングという物証まで見せつけられたと思うけどやっぱり……似てるんだね。
お兄さんが帰ってきたと思ったかな。そういえばエルトの初対面の時、動揺していたっけ。
「あいつ……! ここまできてもボクの結婚式の邪魔をしに来たんだな! おい、あいつをつまみ出せ!」
とはいえ、エルトは招待客じゃない。チャゴス王子の言うことは残念ながらこの場においては真っ当だ。
堂々と大聖堂に踏み込むエルトを止めようとする警護の騎士たちが剣をいつでも抜けるようにしながらジリジリと迫るので、私はぱっと立ち上がった。
強く足に力を入れてジャンプ! とりあえず回し蹴りで騎士たちを全員ノックアウト! ……する前に、止めがかかった。
「その必要はない!」
クラビウス王だった。だから私はこっそり座った。丸く収まるならその方がいいと思ったので。
開け放たれた扉の向こうでヤンガスの楽しそうな声やゼシカの詠唱、剣戟なんかが聞こえてくるのでククールも暴れてるな? 私もそっちに参加したいんだけど、エルトの一世一代の大舞台を見届けるのも親友の役目なのでこっちにいさせてもらおう!
「そこにいるエルトにはこの式に参列する権利があるのだ。
エルトをミーティア姫の婿と認める」
「ど、どうしてです父上! 父上ともあろう方がそのような意味のわからないことを……」
クラビウス王はチャゴス王子、そして他の来賓者にも見せつけるように指輪を取りだした。もちろん、エルトリオ王子のアルゴンリングを、だ。
「これは昨日、エルトから預かった指輪だ」
「は? その石は……まさかアルゴンリングなのですか?」
「然り。これは我が兄エルトリオの遺品……つまりエルトは、亡き兄の息子だったのだよ」
エルトはエルトリオ王子の遺児。そして意図した通り今の格好はかなり当時を知る者にとっては既視感のあるものだったみたいでざわめきが広がる。声を潜めながらも確かに似ている、面影があるという声まであがる。
「祖父の時代の古い約束を守るならば。我が兄の息子のエルトこそミーティア姫の婿に相応しい」
すごい。ここまでしてくれるとは。ちょっと私も想定外。思っていたよりずっとクラビウス王はエルトを認めてくれたんだ。
てことは……あの服を仕立てて本当によかった!