そびえ立つ大聖堂、それに負けないほど高い空。こんな日なのに憎らしいほどいい天気。高い空から吹き付ける、冷たく強い風が気持ちいい。
陛下、姫様、そしてみんなとは別で船団の護衛船の人間として勤務してたからちょっと出遅れちゃった。エルトやみんなが護衛してるから大丈夫だろうけど、急いで向かわないと。
私のジャンプでなら十分届く距離では我慢したよ。着岸するかしないかってところまでは我慢したんだから。
一応、誰かに目撃されても常識の範囲内くらいの距離になったら船から飛び降りて走っていくと後ろの方で護衛達がバタバタ慌て出すのが分かった。身近にいる護衛は私のことをよく知っているから逆に落ち着いているけど、この前私の性別やら養子なことやらを公表されてから正体を知った人たちはなんか物凄く慌ててる。
気にしなくていいのに。武器は全部自分で持つから! 運ばせてたらゆっくり歩かなきゃいけないじゃない。
だいたい、エルトかククールの側まで走っていった方がよっぽど安全。ヤンガスと背中合わせの方がずっと快適。ゼシカと一緒ならどんな相手でも全対応。そうでしょ。
素敵なドレスを着ているわけでもあるまいし、私は観光客の邪魔にならないように注意しながら階段を駆け上った。
おっとチャゴス王子のお出ましだ。遠目にあの目立つ金と緑の色彩を見つけたのでどうしよう。
そういえば緑はサザンビーク王家の色だ。クラビウス王もチャゴス王子も、そして紙芝居の中のエルトリオ王子も同じ色の格好だ。ってことはエルトも似合うかな。あんなに似てた父親が着てたんだから似合うよね。
明日のエルトにどんな格好をしてもらうか、どうやってお願いするか考えておかないと。表向きは君主の娘の晴れ舞台だからってことにしたらそこまで違和感ないよね。あの旅の服はエルトらしいけど、婚礼の舞台に踏み込むには物足りないよ。
「陛下、姫様、それからみんな。私も到着しました」
「おぉ、トウカ。船旅ではご苦労だったな」
「滅相もない。ところで、ここは風がお体に障りますので場所は確保してありますので、お時間までご休憩などいかがでしょう。婚礼の準備にはまだお早いかもしれませんが、ここよりは落ち着けると思います……陛下、王子がこちらに向かっているのが見えましたので、どうか」
「む。それならば先導せい」
腕を振ると息を切らして待機していた護衛達が並ぶ。みな私直属の……つまり、屈強な女性だ。私も「屈強」に入るはずなので花のように可憐な姫様や最高に美人なゼシカが尚更美しく見えるんじゃないだろうか。
チャゴス王子が迫ってきているのにこれは危ない。お守りしなくては。
「殿は任せたよ。『何人たりとも』我らの主のご休息の邪魔にならないように」
「はっ」
「それでは、こちらに」
わざとらしくチャゴス王子の進行方向から逸れながら進んでいく。陛下も姫様も担ぎ上げてお運びする訳にはいかないから王子に追いつかれそうになったけれど、護衛達がさりげなく阻止した。
彼女たちの胸元の紋章はモノトリア。形式上サザンビーク王家に仕えるヴェーヴットでなく、婚約者のトロデーン王家のものでもない。強く出ても自分の君主でもない赤の他人王国の王子なものだから思い通りにならなくて怒鳴り散らしてものらりくらりとかわしながら押し留める。
真っ当そうな言い分としては君主の姫君の婚礼が近いため、護衛として厳戒態勢だったため身分証明になる証拠なくして怒鳴り散らすような男性を王子だと断定できなかった。……とかかな?
身分を証明してくれる文官を連れてたら通さざるを得なかったけど、そういう頭がなかったみたいで助かった。そもそも婚礼前に面会の約束があるならこっちが悪くなっちゃうけど王族同士でアポなしでくるとは「普通は」思わないよ。
あっちの護衛は王子の傍若無人さに慣れすぎてるのかな。それとも進言したけど無視された? どっちも有り得そうで嫌だなあ。
あの服装見たらわかるだろとかこんな特徴的な男他にいないだろとかいくらでもツッコめそうだけど、サヴェッラ上空で起きた事件のこと忘れてないからね? 当事者だからね? ヴェーヴィットからは詫びがあったけどサヴェッラ側からはなかったからね? で流そう、そうしよう。
そういう訳で後ろから聞こえる声を全員で聞かなかったことにしてサヴェッラ大聖堂内にある、本来の控え室とは別のお部屋にご案内。
昔から寄付金を積んでたらしいのでそれが役に立った形。まぁこれからは要らないかな? あ、ダメだ。ニノ大司教……今はニノ法皇か。あの人はまともになったんだしこれからの教会内部の浄化のためにも応援していかなきゃ……。
サヴェッラに到着した夜のことだ。いい宿に泊めてもらった俺たちだが、王族同士の結婚という話が広まっている観光客が多い中ではなかなか全員個室という訳にもいかねえ。トウカが厚意で大聖堂の部屋を用意してくれたが、俺は……というか俺たち、今更大聖堂側の「善意」を受け取るなんてしたらだな、背中が痒くなっちまうから断ったという訳だ。
少人数だが、兄貴や俺のことを知っている聖堂騎士もいることだし、トラブルは避けた方がいい。
イビキのうるさいヤンガスと女性のゼシカに優先的に個室を渡すとエルトと俺が同室になるのは自然な流れだった。
トウカはサヴェッラ、つか俺の兄貴に一番被害を受けたが色んな「細かい問題」のせいで大聖堂に部屋を借りたらしいが、やはり眠れそうにもないので寝る段階になったらゼシカの部屋のソファを借りに来るらしい。
「納得いかねえ。あいつの品性のなさ、見ただろエルト!」
「……」
「サザンビークであいつの本性を見ただろ。お前の大事な姫様はあんなやつと一緒になったって幸せになれるわけがない!」
「……うん、わかってる」
その瞬間、バンと部屋のドアが開いて見慣れた白黒衣装のトウカがつかつかと歩いてきた。背中にはいつも通りでかい剣。後ろから護衛たちがこっちを伺っているが部屋には踏み込んでこない。
俺の視線に気づくと彼女たちは何も聞いていませんと言わんばかりに耳を塞いだ。トウカの護衛は王族の護衛より過酷だろうな……。
「そうだそうだ! ククールの言う通り! あ、お部屋失礼するよ!」
「普通に入ってこないでよトウカ」
「ごめん、通りがかったらちょっと聞こえたものだから。明日暴れるなら私も暴れるからね! じゃあお休み! 明日の私は参列側だから別行動だけど、暴れる気配を感じたら参加するからね! 期待してるからね!」
「……すぐ出てったな……」
話の腰を折られたような、いや話の腰を思いっきり前に蹴り飛ばされたような。明日の騒動についてはあとは任せろと言われたような。王族相手にさすがに握り潰せないと思うがどうするつもりなのか。まぁいい。
「なぁ、お前って世が世ならサザンビーク第一王子の息子だろ。あのクラビウス王だってバカじゃないはずだ。自分の息子がどんな人間かなんて分かってるはずだろ?」
「でも、今日を迎えることを、止めることはなかったよ」
「国同士の約束だからきっかけがなきゃ止められねえのかもしれないだろ。ほらエルト、あの指輪があるだろ? 両親の形見のアルゴンリング。あれを見せに行ってやれよ」
「指輪を?」
「お前が誰の息子なのかを教えてやれって話だ。そうしたらもしかしたら、もしかするとだ。少しは気が変わるかもしれねえ」
「そうかな……」
気弱だな。らしくない。無理もないが、無理だと言ったら無理になる。
無理なことなんてない、と思い込め。俺たち散々神話級の相手と戦ってきたじゃねえか。そして勝ってきた。無理を無理じゃなくしたんだ。
普通に考えて異世界のドラゴンに打ち勝ったり、いつからいるかも分からない暗黒神と戦って勝ったりなんてできるわけがないが俺たちは何とかしてきただろ。
気持ちはわかるが相手は男側の親だ。娘さんを貰いに行くわけではない分のハードルは低い。戦力的には勝っている。その上姫の心はどう考えてもお前のもの。娘の親の心を完全に掴んでいるのはエルトだ。どう考えても有利だ。
あの親バカのトロデ王も土壇場になったら婚礼の儀式の最中に暴れてもおかしくない相手だぞ。俺のポーカーに比べても結構分のいい賭けじゃねえか。ついでにダメならトウカともども暴れてやるよ。俺たち今更顔が割れるとかねぇし。
「俺はお前たちが幸せになるべきだと思ってる。姫君も、それからエルト、お前もだ」
「ククール」
「トロデ王もミーティア姫も絶対にそう思っている。国にミーティア姫を連れて帰ってやれ。お前の国にそれを歓迎しないやつなんてひとりもいないだろ?」
「……そうだね、ククール。勇気を貰えたよ」
エルトは笑う。覚悟を決めた顔だった。
「ちょっと出てくる」
「叔父さんと仲良くな」