暗黒神を倒してから、数ヶ月後。
抗いようもなく、両国民の祝福がない婚姻の日がやってくる。
トロデーンとサザンビークに一切の嘘偽りのないチャゴス王子の風評をばら撒き、トロデーン側には私たちの実体験やサザンビークの人間から聞き出したエピソードを交えた、より強い言葉のものを広げる。
サザンビークの国民たちからすればかなり今更なことで、前から父王の許可もなくカジノに入り浸っているだとか、王子としての勉強や修行をサボってだらしない体型になっていることとか、誠実でないところとか……もともと噂が広がっている上婚姻が近いとなれば自然と話題に上がることも増えるからまさかわざと広げているとは思われない。
まぁ、そっちはただの「噂の出処」の根拠として広めただけ。モノトリアの息のかかった商人などの人の行き来があるし、私のところの使用人たちは呪いが解けてからキメラのつばさでヴェーヴィットとかなり頻繁に移動しているし、いくらサザンビークが遠い異国の地でもトロデーンの国民でも姫の嫁ぎ先に興味が無いわけが無いので王子のゴシップに飛びつくのは当然。
国民感情は最悪だ。姫様に同情的で、向こうの国民さえ結婚の破談を望む声があるくらい。
あーあ、私ってばこれまでトロデーン王家を守る騎士気取りをしてたのに今じゃあ悪いマスコミの気分。でも嘘はついてない。絶対に。裏取りだってできるだけできたものを選んだ。
さて、そんなことをしたらどうなるか?
サザンビークに王子の所業を指摘した連名の抗議の手紙くらいはかわいいもの。王家となれば貴族も平民も関係なく慕う存在が多いわけだからなけなしの財産をはたいてサヴェッラへのチケットを買い求め現地に乗り込もうとする者、両国が傾くことを危惧して先んじたクーデターまがいの計画を立てて近衛が何故か勘づいて潰された者、何故かトロデーンの志願兵が増える、身分違いの悲恋物語が流行る、トロデーン城勤めの女の子にモテモテだったエルトが突然モテなくなった代わりに力の種などのドーピングアイテムや主語のない応援の言葉を贈られるようになる、など。
どさくさに紛れて私が養子なことや実は女であることを公表したけどちっとも目立たなかったくらい大騒ぎ。まぁ格好とか行動とか変えてないし、それどころじゃないから単に気づいてないだけかもしれないけどね。
陛下は頭を抱えたけれど、噂を打ち払うように指示されなかったし、あの王子に対して擁護の発言などはもちろんなかった。
だから好きにやっていい、なんて思い上がらないけれど。
私に出来るのはお膳立てできるだけお膳立てして、ちょっと親友の背中を押すことだけだから。幸い、王国同士の距離はかなり遠いからね。戦力も圧倒的に偏ってるし、王子の暗殺……は流石にしないけど、王子が結婚をぶち壊されるくらいなら文句言いたくても出来ないんじゃないかな。
知ってる人は知っているもの。現トロデーン近衛隊長の実力も、モノトリアの剣士の忠誠心も。そこまでは知られてないはずだけど、呪文ひとつ、特技ひとつで天変地異を起こせる男に喧嘩売りたくないと思う。
ところで地獄のいかづちってなんだろうね? そんなのをホイホイ呼べる相手なんだってこともうちょっと宣伝した方が良かったかな? エルトが嫌がりそうだからしなかったんだけど。
そういうわけで、今日は姫様と陛下がサヴェッラに出発される日だ。ここからは気を抜けないね。
「おーいエルト!」
「兄貴!」
「トウカ、ヤンガス! 来てたんだ!」
お城の廊下でばったり会ったのでヤンガスと一緒にエルトに突撃! ククールはあんまり大人数でプライベートな寮に押しかけるのも迷惑だろうってすごく常識的なことを言って廊下で待ってくれている。
私? 私はこれまでも散々入り浸ってきたし、今更かなって!
「一応、サヴェッラ行きの船団の護衛をやることになっててね。陛下のお頼みとあればすぐ戻ったよ」
「姉貴、せっかくの新婚旅行じゃなかったんでがすか? あっしのところにも情報屋伝いで手紙が来てやした。景色の絵葉書がたくさん……」
「ちょっと! 私たち結婚してないのに新婚旅行も何もないさ。ククールは……私のわがままで連れ回してただけだから。ちょっと観光気味だったかもしれないけど仕事だよ」
「あんまり詳しくないけど、偉い人がいる場所ばっかりだったみたいだね。サヴェッラにサザンビーク、ベルガラック、アスカンタ、えっと……マイエラも?」
「マイエラはお墓参りだよ。あとはちょっとね。それは後で時間がある時に話すとして。とにかくヤンガス、伝言があったよね?」
「そうでがした! 馬姫様、いけねぇもう馬姫様じゃねぇや。ミーティア姫様がお部屋でお待ちでがす。迎えに行くでがすよ」
エルトが来なきゃ姫様は出発しないと仰られた。もう向こうに行く前に攫っちゃったらいいんだけど、姫様はそれをお許しにはならないと思う。まだ、ね。
本心ならもうどこにでも行ってしまったらいいんだ。ふたりが想いあっているなら尚更。陛下も、こっそり仰っていた。エルトなら任せてもいいのに、せめてあの王子がエルトの爪の先でも及ぶ存在ならって。いいところないもの。
「ゆっくり行くといいよ。姫様もお城の思い出を噛み締めていらっしゃると思うし。私たちも、護衛部隊もゆっくり集まるからさ」
「ふるさとを離れるのはさびしいでげす。やっと馬姫様じゃなくなったってのにあんな男じゃ……」
「ほんとだよ。せめて顔だけでも良かったらね。クラビウス王は精悍なのになぁ。まぁ、ゼシカの体型について大きな声で言及するくらい助平な王様だし、ある意味親子か。なんて、不敬かな」
「姉貴も言うでがすね。そういうのは娘くらいの歳のむすめっ子に悪気なく言われるのが一番刺さるでがすよ」
「こら、兵舎だからって自由に話しすぎだよふたりとも」
「いいじゃない。何かあれば全部握り潰すから」
「変なところで特権使わない!」
「そろそろ特権無くなるからいいじゃない!」
「トウカがモノトリアじゃなくなってもあの当主様と奥方の目が黒いうちはむしろ周りが勝手に『便宜』はかるから。そういうものだからね?」
なんて話してると兵舎にいた顔見知りの兵士が着替えたそうにしていたので私は退散することにした。
「じゃ、そろそろ行こう」
「トウカ……トウカ嬢? そろそろ兵舎に入り浸るのやめないか?」
「ごめんね。これからは用事がなきゃ入らないよ。じゃ、またねみんな」
割と親しい彼はもう同僚じゃなくなってしまったけど。ぱらりと手を振って退散。部屋を出たらククールがいて、暇してたのか、すぐにこっちにやってきた。
「長かったな」
「ごめんごめん。悪口って盛り上がるじゃない?」
「あの王子の悪口言ってたら日が暮れるぞ。じゃ、エルト。ゆっくり行けよ」
「……うん」
エルトにとってもトロデーン城はふるさとだと思う。そこを離れるって想像しちゃったのかな。
辛いことだ。しかも相手に希望も持てない。最悪だ。
「祖父母の代からの約束なんだってね。昔、トロデーンとサザンビークが約束したの。次代はみんな王子だったから姫様の代まで約束が流れてね」
「産まれる前に決められたってことか。まったく同情しかないね」
「ホントだよ」
「あっしならトンズラするところでがすが、姫様となるとそうはいかないんでがしょうねぇ……」
エルトの背中を見送りながら。
私たちは陛下の待つ外の馬車に向かって向かいつつ、これからのことを思ってちょっと無言になった。上手く行けばいい、と計画のある私は思うし。
とんでもない国家転覆罪なんだよね、という冷静さもあり。
どうせこれからはモノトリア家から事実上放逐されるので評判なんていらないし、何したって一緒だよね、身一つで生きていくんだもの。ククールと。
なら姫様のために暴れた方がスッキリしていいじゃない?
ミーティア姫が嫁いだらトロデーンはどうなるんだ 連合王国にでもなるのか 遠すぎないか などと