目の前に並んで座るトウカの義両親。いや、両親。父親はトウカくらいの娘がいるとは思えないほどかなり歳を重ねているように見えるがこの夫婦は同年代だそうだ。母親は年齢相応で、日に焼けたことさえ一度もなさそうな白い肌の……姫君の気品がある、本物の貴族。
儚い美女と随分年配に見える渋い父親。その風格はまるで絵画の中から出てきたようだ。
まぁ、絵になるという点においてはこの俺も引けを取らないつもりだがね。……などと、少し現実逃避をしてみる。
にしても、応接間にしてはセオリーから外れた変な内装だった。マイエラにいた頃、面食いのお偉い貴族の家に行って聖堂騎士としての「お祈り」をやらせて頂いたこともあるがね、もっと色調があった。調度品や豪華な絵の着いたタペストリーで威圧感があるものだった。
その代わり護りの魔法がこれでもかと込められていたが、そのほとんどが複雑だが数百年前の残骸でしかなく、その装飾のなさと相まって事情を知らないでいたならば没落貴族かと勘違いするほど質素だ。
最近掛けられたらしい護りの魔法は目の前のトウカの母親の魔力と同じ匂いがして、それだけでも王城並みの護りだがね。
「君が噂のククールか。トウカとルゼルから昨日、君の話を沢山聞かせてもらったよ。
これはなかなかの手練を連れてきたじゃないかトウカ」
「ククールは世界一の回復魔法と補助魔法の使い手ですよ、父上」
「そうだろうね。この若さでよくもまぁこんな練度に仕上げたものだ。日々、魔力を外部から何らかの補給手段で無理やり流し込みながら喉が枯れるほど呪文を唱えて来たのかい? いや、すまない、神を討伐したのであれば、まったくその通りだったのだろうが」
「血の薄れた末期のモノトリアでもやりませんよ、そんなこと……でも、そうせざるを得ないほどの大変な旅路だったのですね。娘が五体満足で戻れたのはあなたのおかげです。トウカを無事に帰してくださって、本当にありがとうございます」
比較対象は大空でラプソーンと戦った時。闇の世界でアーノルドと対面した時。そして異世界で竜神王の攻撃が掠めた時だ。そして今はそのどれよりも安全なはずだが、別の方向で生きた心地がしない。腹の底がスースーするような緊張感と、俺らしくもなくピクリとも動けないほど気圧されている。
そりゃあ、話に聞く限りだが一人娘の父親にとって彼氏と初対面の時ほど戦闘力が上がる場面もないからだろう。
少なくとも表面上は穏やかで丁寧な父親だが、例え想定できる中で一番穏当だとしてもそれはそれとして緊張が止まらない。
「そう緊張しないで欲しい。まだ本決まりではないが、我がモノトリアは遠くない未来に解体される。トロデーンの守護者は世継ぎがいないことで終わりを迎える。トウカは俺たちの娘だが、同時に我が一族が永劫の時を待ち続けた真の主だったのだから、重い立場と不自由を背負わせるなんてことは許さない。俺たちのトウカは今後、立場に縛られない自由な存在になれる。つまり、愛し合うふたりを無理矢理に引き裂く野暮な暗黒神の再来はいないというわけだ。身分の壁はないし、君は俺たちより強いのだから、堂々としているべきだ。トウカが魔法なしでその力を認めさせたように。
とはいえ、娘は俺たちを倒した者にしかやれないと思っていたが……ぐうの音も出ない方法で強さを証明された相手を見つけてくるとはね」
「ご謙遜を。あなたたちはそこいらの王侯貴族たちとは場数が違うと見受けましたが?」
まさかトウカの両親らしく戦いを挑まれるんじゃないかってドキドキするんだが。トウカが大人しくしているから大丈夫だと信じていいんだな?
「それはこっちのセリフだとも。七賢者にもラーミアにも叶えられなかった神殺しを成し遂げた一行の生命線に敵う存在がこの世に何人いるのかね。これほど娘を任せるのに安心できる相手もいないさ」
「トウカは古すぎるしきたり通りに、決められた通りに生きてくれたのよ。望みを自由に叶えられるならわたくしたちは喜んで叶えるまで」
大丈夫そうで心底安心した。大貴族の割にはトウカの両親らしく仰々しさよりもフレンドリーさが勝る。それからほんの少し感じる、安堵というかな。
父親の心境として強い人間に任せたくとも父親も強けりゃ娘はもっと強く、お手上げだった感じがしなくもない。俺は彼らとは全く分野が違う戦闘力で測られているからどっちが強いだとかを論ずることはできないと思うが、合格点に達していたようで何よりだ。
これで許されなかったとしたらだ。エルトに頭を下げて最上位の回復魔法であるベホマズンを習得しなきゃならなかっただろうよ。完全蘇生呪文ザオリクより使い手が少ない、伝説級の全体完全回復魔法。真っ当に運用するのはどう考えてもそうそうあり得ない事態であり……竜の試練でがっつり世話になりそうだが、それはそれとしてだな。
俺たちがほっとしたのを察知したのか、今度はトウカの母親に主導権が移った。
「それで? トウカのどんなところに惹かれたのかしら。ああ、いちばん最初ね。今の気持ちも後でゆっくり聞かせて欲しいけれど。この子は危険が少ないように男装させていたからどこかで気づいたんでしょうし、旅のどこかで皆に打ち明けなければならなかったのでしょうけれど」
隣のトウカを見る。髪が短く、服装もどっちかといえば男に見える、パンツスタイルの正装だ。俺には見慣れた旅での服であり、いつも通り多少服の裾がひらひらしている。エルトといいトウカといいトロデ王といい、トロデーンは服の裾をひらひらさせるのが好きらしい。
……俺もか。
まぁ、服装からして先入観なしなら小柄な青年には見えるかもしれないし、最初は迷ったものだったが、俺には元気なレディにしか見えない。本当のいちばんの最初から。
「実のところは一目惚れでした」
「変声器までつけてたのに初見は看破されちゃってたの。その後しばらく誤魔化したけど、すごいと思います」
「うちの子は可愛いですからね。まあそういうこともあるでしょう」
「確かにうちの子は男装しようが関係なく可愛いが、外の自由恋愛ではそういうものなのかね」
「トロデーンの人は他よりおっとりしているし、外ではそうなんじゃないですか、父上」
「おや、小さなトウカにしては世界を知ったような口をして。その辺はまた、聞かせてもらおうか」
そうして存外、和やかな時間が過ぎていった。
解決しなくてはならない「細かい問題」がたくさんあるのは全員わかっていたが、まぁ、世界の平和が脅かされるよりは大した問題ではないことも確かだったので。
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「ヤンガスはあっちの大陸に戻って、ゼシカもリーザスに戻って、エルトは昇進。なんだかみんな忙しそうだし、こっそりふたりで竜の試練に行っちゃいたいくらいだけど、そういうわけにもいかないよね」
「だなぁ」
「んー、これは内緒でお願いしたいのだけど、今後の予定としてミーティア姫とチャゴス王子の結婚式がサヴェッラ大聖堂であるんだけど。それもまだ数ヶ月は先だから反対するにしても……姫の意見に従うにしても、行動を起こすには早いんだよね。ルーラもキメラの翼も使わないから、国の間のやり取りって長い長い。お断りのお手紙なんか入れたら返事に兵隊がやってきそうだし、来たら倒すけどそういうわけにもいかないよね。穏便にしないと、最悪エルトが姫を守るキラーマシンになるしかなくなるし……」
「これ俺が聞いてていいのか?」
「聞かなきゃ困るでしょ。黙ってたって助けてくれるでしょ、あのふたりのこと」
「それはそうだが」
警備の穴をつくか、警備の穴を作るか。同じか。
「とにかくあの人格の王子に姫は渡せない。サザンビークのヴェーヴィット家の解体ついでにちょっぴりあっちに行ってるから、エルトを唆すの、お願いするね」
「ちょっと待て、何してくる気だ?」
「誰も怪我しないし怖い思いもしないから大丈夫。チャゴス王子が失脚してくれないと困るんだもの」
「それは同意だが……」
あの二人いとこ同士なんだよね。ちっとも似てないなあ。紙芝居が正しいならエルトはお父さんに似てるのに、チャゴス王子も容姿のパーツは父王に似てるのに、不思議だ。太りすぎててよく分からないとも言う。
大丈夫、脅したりしない。大丈夫、ちょっとサザンビークのヴェーヴィットの権力を解体して、治安維持から手を引いてもらうだけ。悪化させるように働きかけたりなんてしない。あっちの国民は悪くないからね。
ただ、以前からチャゴス王子はアングラな商人とのつながりがあったから、それが以前より緩くなればいい。クラビウス王は愚王じゃないからね。
今後、歴史ある王国が滅ぶような人間に嫌がる姫を妃にとらせようなんて思わなきゃ、いい。それだけなの。
私に忠誠心は残ってる。これでもかって溢れんほどに。それがなくても表と裏の世界の私というのが本当なら、姫様は絶対に幸せにしなくちゃいけない。
馬の呪いよりも酷い目に遭うなんて嫌に決まってる!
ふと見たら、このペースでは10周年迎えかねないので迎えないで終わらせたいです。
概要欄にも書いてありますが、完結次第全編書き直して別小説として投稿予定ですが、当時、早くも受験に追い込まれた高校一年生だった拙い文章をブラック企業戦士から転職をした眠い社会人が読んで精神が耐えられるというのか。