グルーノさんが語ったのはある異種族の悲恋。
ちょっぴり劇画混じりの紙芝居を交えて語られたのはグルーノさんの一人娘ウィニアと当時のサザンビーク王子エルトリオの愛の話。
エルトリオ。サザンビーク現王クラビウスの兄の名前だ。確か王子時代に行方不明になったとか。クラビウス王の子どものチャゴス王子が私たちと同世代だから……ドラゴンさんと時間の感じ方は違うかもしれないけれど、少なくともこの話においてはそんなに昔のことじゃないね。
娘ウィニアは好奇心旺盛。人間の世界に飛び出して、エルトリオ王子と知り合う。二人は引かれ合い、恋をし、結ばれようとした。だけど結果として二人は一緒になれずに……エルトリオさんは里の近くにあった墓に眠る。ウィニアさんは愛する人の死を知って、エルトを産み落として亡くなる。
……あのお墓、里のすぐ近くだったよね。単身あの強い魔物の巣窟に乗り込んで、あそこまできたっていうの? 相当の手練だったんだな。それにしてもあと一歩だったんじゃないか。しかも紙芝居が正確なら、彼が手にしていた剣は「兵士の剣」だし。それでたったの一人であの洞窟をほぼ踏破? ぜひお手合わせをお願いしたい人物だった……。
当時二人の仲を反対したことを、グルーノさんはそれはそれは悔いていた。エルトはそれを責める様子はなかったし、それなら私たちは何も言うことはない。
異種族で見た目も寿命も、なんなら住む世界さえ違う二人が好きになったとしても幸せになれるかどうかなんて……きっとわからないことだった。異種族混血のエルトがこうしてちゃんと生まれて立派に育つかさえも未知数だった。上手くいったのは結果論だし、エルト以前の混血は育たなかったのかもしれない。
だから、私たちはなんにも言わなかった。エルトは渡された指輪を握りしめて、掠れた声で「母の墓は?」なんて聞くものだからびっくりした。
ウィニアさんはこっそりエルトリオさんの墓に葬られたらしい。二人は死後一緒になれたんだね。
全部の話を聞いたあと、エルトは流石にいっぱいいっぱい。頭がパンクしちゃったみたいだから一旦お暇して、昨日泊めてもらった部屋に連れてきた。みんなも一緒に。ちなみに今日も泊めてもらうことになった。あ、エルト、実家に帰省していることになるね。
ともかく反応の鈍いエルトをベッドに座らせて、頭を抱えてあーとかうーとか唸っている姿をみんなで眺めていた。
生まれ故郷、判明おめでとう! とは言い難いけれど。なんたって一般ドラゴンさんたちの態度は最悪だもの。
おじいちゃんやここの使用人さんには愛されている様子で、それはおめでとう! なんだけど、なんていうか、エルトがなにかリアクションするまではみんな黙って見守っておくことにした。すぐには消化しきれないよね。
小一時間でようやく顔を上げたエルトは、開口一番に、叫ぶ。
「もしかして、エルトリオの子どもだからエルトってこと?!」
そこなの? たしかにそうかも。
「あとで聞いてみればいいじゃないか。ね? きっとグルーノさんなら知ってるよ」
「……そうだね。
その……トウカ。僕半分人間じゃなかったみたいなんだけど、これからも友達でいてくれる?」
なんて不安そうな小動物なんだ。
私だけじゃなくてみんなもいるんだけど、いっぱいいっぱいでキャパオーバーなエルトには幼なじみしか見えていない様子だった。なんだか私の大親友が可愛い。ねぇこれ私でいいの? 姫様をいますぐ連れてきた方が良くない? とは言い出せず。
だって、エルトが求めているのは共感だ。私だって到底普通の生まれじゃなかったし、なんなら進化の至宝とやらで普通の年齢で老いて死ねるかさえ微妙だ。エルトも私もここまで年齢なりに歳をとってきたけどこれからはどうなるかわからない。そんな焦燥感をぶつけられるのはきっと私しかいない。
そう、私がいた。幸いなことに! 分かち合える相手がいるっていうのは幸いだよ。私も異世界出身みたいなところあるし。ほら、死んだ女の子の記憶もあったくらいだしダブル異世界出身みたいなところあるし。
闇の世界出身と竜の異世界出身か……世界一人情に溢れたパワー溢れる元山賊に世界一の魔女にもうなっているであろう魔女の卵、世界一の回復魔法使いにして聖騎士と並んでも恥じない出生じゃないか。ね、気後れするんじゃないさ。
「私に言うのそれ? 私なんて、なんかヤバい実験の結果生まれたヤバい男の娘でしかもとっても戦闘狂なんだけど、これまで友達でいてくれているんでしょ? エルトがなんであっても大丈夫! 私だけじゃないよ、みんなもね。きっと陛下や姫だって、そんなことでエルトの手を離したりしないよ。
びっくりはゆっくり飲み込んでさ、聞きたいことをいっぱいおじいちゃんに聞けばいいよ。そうだ! 甘えたらいい、いっぱいチーズ奢ってもらっちゃえ! 十八年分の誕生日プレゼントをねだったらいいんだよ、そうでしょ?」
「おじいちゃんに……」
「うん。おじいちゃんっていうのは孫が一番可愛いものなんだよ。可愛くなきゃ十年もネズミの姿で一緒にいてくれたりしないよ。エルトの事を十年も見てたらもう大好きも大好きさ。何貰う? 槍とか?」
「……うん、ありがとう」
エルトは今度こそ顔を上げた。半分にやけ顔で見守っている他のみんなのことも目に入ったみたい。
「あっ……」
「おー、バッチリ見てたぜ。じいさん優しそうで良かったな?」
「その、いろいろ分かっておめでとうと言うべきなのかしら? あのチャゴス王子とイトコということも同時に判明したのだけど……」
「げぇ! ゼシカの姉ちゃん、気づいても今の兄貴に言うことじゃないでゲスよ! あっしはこれまで通り兄貴にどこまでもついていきやすので……。兄貴の底知れない力の源もわかった気がするでがすな」
あー! そうだ! 亡きエルトリオ王子はクラビウス王の兄なんだから、ばっちりイトコじゃん!
これはエルトと姫が幸せになれるチャンス! さらにチャゴス王子にダメージを与えることまでできるなんて一石三鳥まである!
「うわぁ、世が世ならエルトがミーティア姫殿下の許嫁だったかもしれないってこと? 絶対その方がいいな……家来としても女としてもそう思うよ。
……私、チャゴス王子の闇討ちをコッソリサックリやりたいんだけど、どうかな? 姫の婚約者の席が宙ぶらりんになったら陛下の許可もらって奪っちゃえ! エルトならもう陛下の息子みたいなところあるし、大丈夫大丈夫。ねぇどう? サザンビーク城下町の外からでも城のバルコニーくらいなら剣の遠投で殺せる自信あるよ。証拠品に剣がまずいなら単なる投石でも十分頭蓋骨貫通してみせるよ! 肩には自信があるよ!」
「できるだろうけど……何言ってるのさ……」
「エルトも出来なくはないよね? ね? でも大丈夫! 私がやっておくからさぁ! 私がやりたいんだよぉ!」
「物騒すぎる殺人計画なんて聞こえないよ! あーあー!」
「いい子ちゃんなんだからもう!」
実のところ私たちの方こそ大混乱しているみたいで、その後はあーでもないこーでもないとくだらない事を話し合って夜が更けていく。
エルトはしゃんとすぐに立ち直った。落ち込んでた訳じゃないけれど。
手に、両親の形見のアルゴンリングを握って、嬉しそうに微笑んでいた。その夜、みんなでもう一度お墓に手を合わせに行った。
石は何も語らない。だけど、エルトは間違いなくそこにいた。二人の愛の結果として。
翌朝。荷物をまとめながら。寝癖をバンダナで抑え込みつつ、とうの昔に準備のできている親友の声が頭にガンガン響く。
トウカはいつも早起き、僕はとびきり朝に弱い。うーん、うるさい。
「エルト! 竜の試練に行きたいよお! ねえダメかな? お願い!」
「ラプソーンを倒したら行けばいいよ……」
「そうなったらもう私、こんなに好きに出歩けないよ! お父様とお母様を説得しても流石に異世界はダメでしょ! ねぇお願い!」
「ダメ」
ククールが僕の頭を刺激しないようにそーっと寄ってきた。ククールはその気遣いをトウカを黙らせる方向で発揮して欲しいのだけど、ククールは絶対にトウカを黙らせたりしない。なぜならククールはトウカの声を出来るだけ聞いていたい人だからだ。
お熱いことで涙が出るね! 朝イチだからちょっぴり機嫌が悪いんだよ、僕だって人間だもの!
半分人間じゃなかったけど!
「あー、エルトさん? 竜の試練をクリアしたらなにか褒美が出るみたいだし、暗黒神に挑む前だ、俺たちの腕を磨くためにも一回だけ行ってやったらどうだ?」
「トウカにいつでもどこでも激甘なククールはそう言うけどもね、喉が潰れるほど回復魔法唱えさせられるのは君なんだからね? ダメだよ。とりあえずは向こうの世界に戻って現状を把握しないと。アーノルドさんが劣勢なら早く暗黒神を倒しに行かなきゃだし」
「つまり父さんが余裕そうなら行ってもいいってこと?」
「そうじゃないよ! そんなに挑みたいならククールとあとで旅行に行く気持ちで行ってらっしゃい」
「ちょっと待て、あの化け物に二人で挑ませる気か?」
「場合によってはククールを脇に抱えて飛び回るトウカ単体の方が強いでしょ。トウカってあれでも後衛を庇って動いてるわよ」
「……庇われていたのか?」
「ククール倒れるとパーティ半壊じゃ済まないからね! ククールのいのちだいじに!」
見事に撃沈したククールをヤンガスがつついている。そんないつも通りの騒がしさでやっと目が覚めてきた気がする。みんなが何にも変わらないから、僕は頑張れる。
ということでトウカの全力の駄々こねを払い除けて、僕はルーラを唱える。決戦前夜は陛下とも話し合い、三角谷に泊まることになっている。
トーポ改めおじいちゃんも今まで通り着いてきてくれるらしい。表向きには今まで通りトーポとして。そのうち陛下に紹介出来たらいいな、と密かに思っている。いますぐはびっくりさせてしまうかもしれないけれど、落ち着いた後なら。
今まで育ててもらった恩があるのだから、生まれがわかったことはきちんと伝えたいな。
あれ? ルーラしたのに浮かばないんだけど。おかしいな。
「もー! じゃあエルトに有給取らせて付き合わせるからね!」
「トウカの仕業か! ルーラを握り潰すのはやめてくれないかな! わかったから!」
「やったぁ!」
「あら、エルトは誘うのに私たちは誘ってくれないの?」
「! 誘っていいならもちろん! ゼシカもヤンガスも行こう行こう!」
ククールと行くのは決定事項らしい。それに気づいていない色男には言ってやらない。
それじゃあ二人きりの旅行にはならないと思うんだけど、落ち込み気味の色男にトウカは気づいていないらしい。まぁ竜の試練に色気どころかまるっと戦っ気しかないしまともなデートにも旅行にもならないか。
まぁそれがトウカらしいし僕ららしいよね。
ということで改めてルーラを唱える。
というかさ。竜の試練に挑むことにゼシカもククールも、もちろんヤンガスも乗り気だったけど。いや正気? 僕もなんだかんだ嫌じゃないし、この旅でかなり感化されちゃったのかな。
暗黒神を倒せば、こんな風にみんなで旅なんて出来ない。分かっているけれど。特にトウカなんて色々判明したとはいえ、大貴族の一人娘だ。色々と忙しいに決まってる。
でもそういう楽しみがあるからこそ、みんなで生きて帰れるってものでしょ?
だから、僕はトウカの駄々こねを退けた。きっとトウカならなんだかんだで叶えてくれると信じてるし。なによりもう挑みたくてしょうがないんでしょ。戦うためならなんとでもやるよね? そういうのは信じてるよ、親友?