空気をびりびり震わせるドラゴンの咆哮と、聞き慣れたきゃらきゃらとした笑い声。ひっきりなしに唱えられる呪文の詠唱と仲間たちの荒い息遣い。味方の気合いの叫びも敵の雄叫びも、全部混ざってめちゃくちゃだけどいつものこと。
笑い声の発生源であるトウカが飛んでいる。もちろん彼女に翼がある訳でもないし実際は跳んでいるんだけど、あまりにもずーっとぴょんぴょん飛び跳ねているからもう飛んでいる、でいいと思う。
それはもう楽しそうに。水を得た魚というか、剣を持ったトウカというか。うん、そのまんまだ。
顔を真正面から拝めば百点満点の笑顔が拝めるだろうね。爽やかな殺気混じりの。状況的にククールくらいしか喜ばないだろうけど、表情だけならきっとこっちまで楽しくなってくるような笑顔のはず。
親友が楽しんでいるのはなによりだけどさ? 敵の強さと比例して楽しんでいるのは……なによりだけどさ? 命の危険を楽しさに変換するのはどうかとは思うよ!
「そーら、
勢いよく飛び掛かったトウカが竜神王の身体を垂直に斬り込んだ。えーっと、正しいドラゴン斬りならもうちょっと右の方に斬り込むべきだね。そのあたりに竜の気の集中点があるのが見える。ドラゴンスレイヤーがドラゴンの力を無理やりぐいぐい蝕んで結果的には似たようなことになっているから、いいのかな。
……あんなに戦闘センスが溢れている上に戦闘においては特に向上心が貪欲すぎるトウカにあんなわかりやすい敵の弱点がわからないってことは、アレ、見える方が普通じゃないんだろうなぁ。なんで僕が見えるんだろう。
うーん。まぁいいか。
ドラゴン斬り、モドキでいいから槍でも出来たらいいんだけど、そうそう上手くはいかないよね!
なんて、トウカがあんまりにも楽しそうで。ステーキ肉に切り込みを入れるごとく細かく切り刻み、軽やかに飛びながら気軽に脳天を狙い、さっとすれ違いざま腹を深々切りつけるのを見てたら、僕までちょっと気分が浮き立ってきたよ。
やや倫理的にまずい影響を受けてるかも。……まぁ、いいか。
吐き出された灼熱の炎を避けて、目を狙う。うん、しっかり目を狙う。話し合いで解決? なんの事やら。ばっちり臨戦態勢だったのは向こうの方。こっちも殺る気満々といえばそうだったけど、なんの事やら? 一応最初はトウカを止めてただけ感謝して欲しいものだよ。けしかけたのも僕だけど。
正直、これまで戦ってきた中でも「やばい」と言えるような敵だもの、手加減なんてできるものか。我らが
でも、トウカじゃないけど、ちょっと心が軽い。この戦いは別に世界を背負っているようなものではないからさ。この竜神王はあの里を滅ぼすかもしれないけど、僕らの世界を滅ぼすことはない。ここはまるっきり異世界だもの。冷たいかもしれないけど、そうでしょ?
だから気楽だ。戦いを楽しむトウカを止めなくていいし、僕も体を思いっきり動かせることを楽しんでいい。
それに竜神王が正気ならもっと危なかったかもしれないけど、すっかり暴走して我を失って、それこそ獣のように短絡的になっている今なら別にそこまで怖い存在ではなくて……付け入る隙がある。
その破滅的な即死必至の攻撃はこっちが避けなくても盛大に外すこともあるし、使えるのか知らないけどスクルトを剥がす凍てつく波動だって飛んでこない。ものすごい声量の雄たけびだって完全な無防備だったら食らって吹っ飛ぶかもしれないけど、こんな理性的でない相手の動きなんて初見でもある程度は読めてしまう。きちんと身構えていればそうそう身がすくむことはないよ。
持っているスペックは十分に恐ろしいけど、あくまで正気ではない相手だから。
灼熱の炎は何とか耐えそうだけど、あの怒り狂える一撃に当たったらきっと死ぬけどね!
何度かひやっとする場面はあったけど、これまでの僕らの戦いは間違いなく僕らの血肉となっていて、経験値だった。だからあんな大きな怒れるドラゴンを打ち倒せるって思ったんだ。
多少は柔らかそうな首を狙って薙ぎ払う。攻撃範囲を狭めるために目を狙う。出血が多そうなわき腹を突き刺しに飛び掛かる。回復魔法を唱えようとしたら先を越される。短絡的なブレスを避ける。狙われた一撃から飛び退いて逃れる。
決して単調ではないけど、その繰り返しだ。搦め手はない。それなのにトウカは絶好調なんだもの。
しばらくして。体力は確かにこれまで見たことがないくらいあったけど、苦痛の雄たけびをあげてドラゴンが倒れたのは当然の帰結だと思う。
ドラゴンが叫びながら倒れる。私は腕の力を抜く。片方だけ剣をしまう。
利き腕の剣は構えたまま。一応ね。だけど、もう戦えないでしょ。向こうの殺気も消えたしね!
「あら終わりか。みんなお疲れ様」
「おう……」
「いやあこんなに大きなドラゴンと戦える日が来るなんて。人生ってわからないね。暗黒な神さまを相手にしてるから今更かもしれないけど」
「そうね……」
「姉貴は元気でがすね……」
「えー、私も疲れたさ。でも楽しかったからね! 気持ちは元気ってやつ! 今すぐお布団に帰りたいくらいにはくったくただよ!」
「本当かな……」
本当だってば。運動量はエルトと並んで一番だったでしょ!
魔力消費量はククールがダントツだと思うけど! 主に私のせいで!
「竜神王っていうくらいだし……竜神族ってことには変わりないはず。人の姿を捨てる儀式をして暴走したのを止めたんだ。だからきっと人の姿を取り戻す。そしたらエルト、今度は話し合いだね!」
「うん」
「私は役に立てないと思う!」
「うん……背後に立っててくれるだけでいいよ。心強さが違うから」
「そういうのは任せて」
人の姿だったらどんな戦い方をするのかな? とか気になっちゃうし! この期に及んで戦う気があるのかは謎だけどね!
話し合いに参加する気がないのは本当にくったくたなんだよ! ってこと! 戦うなら明日以降がいいね! でもそろそろ元の世界に戻らないとラプソーンとアーノルドがどうなってるのか気になるから二日もこっちにいられないと思うけど。
これで里の問題が解決するといいね。それは心底思ってる。いくら見下されても、知らないひとたちでも。グルーノさんは親切だったし、使用人の人たちも丁寧な方だったし、彼らが困っているって言うなら。
困っているひとがいるからすべからく助けてあげたい、なんて言わないし思わないさ。きっとお人好しなエルトだってそう思ってるでしょ。
それはいいにして。
ほどなくしてまばゆい光がぐったりしたドラゴンを包み込み、それがゆっくりと晴れるとそこにいたのは中性的な容姿の、赤い服を着たひとりの竜神族だった。困惑を隠さないまま、私たちの方を見て、すぐになにがあったのかを悟ったらしかった。そのあたりはさすがは「王」ってこと?