トウカの弾けんばかりの笑顔が相変わらず止まらないまま、でもちゃんと指示通り少し仲間の近くで大人しくしてくれたからなんとかなった。まぁトウカはここが異世界だろうとククールの体を抱えて行きさえすればどこまでも行けるんだろうけど……僕らは五人でひとつのパーティなので。
何度も砂と土で固められた、曲がりくねって空中に浮いた不思議な道と強力な魔物が闊歩する暗い洞窟……明らかな異文化の痕跡が壁画とかに見られる……を繰り返していると。
「あれ……あれって、お墓かな?」
「なんだか突然見覚えのある文化のものが出てきたわね。どこにでもありそうなお墓だけど……誰のなのかしら」
「墓参りするでがすか?」
「そうしようか」
「花はないが仕方ないな」
なんとなく胸騒ぎがするような、しないような。小さな墓はもちろん知らない人のものだろうけど、僕らは立ち止まって一礼した。刻まれた名前までは読もうと思わなかったけど、まぁ行きずりの旅人にしては上出来だろう。
そう新しくはないけど、すっかり風化するほど古くはない。二十年くらい前のお墓かな。
「さぁ行こう。もうすぐ終着点な気がする」
根拠も何も無いけど、僕はなんだかそんな気がした。まだまだ元気いっぱいなトウカとヤンガスは首を傾げたけど、反論する要素がなかったのか頷いた。ゼシカとククールはほっとした様子だった。
「エルトが言うならそうなのかな。この先に待ち構えているのはなんだろうね!」
「兄貴が言うならそうでがすよ!」
純粋に無邪気に好奇心たっぷりの表情でククールを見上げている。僕はといえば、既視感のような、トロデーンに抱く郷愁のような、なんだろう……不思議な心地で、ぽつんとひとりぼっちのような気持ちになっていた。ヤンガスの純度百パーセントの尊敬の眼差しを受けながら。
ひとりぼっちだなんて、そんなわけないのに。気づいた時にはポッケにトーポがいたし、そうでなくても僕にはいつだってトウカという親友がいた。ミーティアという、恐れ多くも幼なじみの姫もいたし、旅では陛下も姫もトウカも、ヤンガスもゼシカもククールもいたじゃないか。いまだって。
なんだろう。この先に何があるんだろう。あの夢はなんだったのだろう。
トウカみたいに、僕も本当の両親の存在を知ることができるんだろうか。僕の故郷はどこだろう? まさか、ずっとずっと昔の異世界の、半分人間から逸脱した存在と高貴な存在の血を引いた至高の姫だなんてことはないよね?
なんて、まさしく半分くらいは当たっていたのだけど僕はそのとき大真面目に冗談のつもりだったんだ。十年来の親友とある意味似たような生まれをしていたなんて! それもトロデーンに同年代で親友として過ごしてきたなんて! どんな確率だって話だよ。
でも先に驚愕の生まれが判明していた親友のおかげで僕はびっくりで心臓を飛びあがらせるのが少しばかりマシだったように思うのでトウカ様様かもしれないね。
「ここが終着点か。扉を開けたら中には何がいるのかな?」
「トウカ、いきなり飛び出して行くとかはなしだぞ。俺の隣にいてくれ。いや、回復魔法が届く範囲でいい。それでいいから頼む」
「大丈夫大丈夫! 扉を開けるのは私じゃないから!」
「なんだっていいさ。いいな?」
「大丈夫! ちゃんと見える範囲にいるよ」
ぽーっと扉を見つめているエルトの背中をぽんと叩いた。かるーくね。
「さぁ、エルト」
「えっ何」
「何ってなにさ! 君が開けるんだよ」
「……わかった」
重そうな扉は押しても引いてもビクともしなかったのだけど、エルトはすっごく真剣な面持ちで扉に向かいなおった。
だから開かなかった時の衝撃たるや。直感で私たちではダメな気がしてたけど、エルトがやれば絶対開くと思ったんだけどな。
「えぇ、ここまできたのに」
「なんてこった、無駄足か?」
「そりゃないぜ……」
みんなも脱力しちゃった。扉を無理やりぶち抜くのは最終手段にするとして、兄上の知恵を借りることにした。地図に触れながら呼びかけると、すぐさま半透明の姿が現れる。
「兄上!」
『はいはい、トウカの愛しのルゼル兄さんですよ。ちょっと失礼』
兄上はみんなにも姿が見えるようにしているようだった。
半透明な青年の姿でふわふわと浮かび、扉を触っているような……触っている?
『越えられないね。俺ってこの通りほぼ幽霊だから物質はすり抜けられるんだけど、強固な封印だ。封印……というよりは戸締りって雰囲気だけどね』
「戸締りですか? この先の存在が僕たちを拒絶しているんです?」
『敬語はいらないよ、俺からしたら君もずっと見えてた存在で、勝手に弟か一方的な友達って気持ちなんだからさエルト。
そう、これは意図的なもの。向こうからなら簡単に開くだろうね。こっち……つまり向こうから見た異世界の存在を拒絶している。上位的な存在さ。俺たちとは術式が違う。雰囲気としては魔物に近いけど、それとも違うな。もっと……なんだか、古い。そこまでかなぁ。どうしても行きたいならトウカに頼めば物理的にぶち抜けると思うよ。
すごい封印ではあるけどやっぱり限界はある。俺のすごい妹ならなんとでもなるよ。すごいよ』
すっと真面目な顔をして手を挙げた。真面目な顔をしているけれど、これはふざけてる。エルトもわかっているみたいで真面目な顔をした。なんとも言い難い。半笑いじゃないかエルト。
「はいエルト上官! トウカいけますよ!」
「同僚トウカ、許可する!」
「やったぁ!」
部分的にとはいえ暴れる許可を貰ったトウカが足を振り上げる。いい笑顔だ。すると突然ポッケからトーポが飛び出した。
「トーポ危ないよ!」
トウカがトーポをひょいっと捕まえようとしたけど、恐るべき速さでトーポはトウカの手をかいくぐった。トウカから逃れるなんて君やるね。
その時、何故か開かずの扉はトウカの強襲を受ける前にゆっくりと開き始めたものだから。なんてタイミングのいい。
「無機物もレディ・トウカのキックは願い下げなのか……」
ククールがしみじみと呟いた。