「……はー……」
「どうしたんだ?」
「体がガチガチで伸ばしたいだけだよ。……このままじゃ本当に血流に悪影響を及ぼしそうだ。いっちょ暴れてあの格子を破れるか試すのもありかもね……」
「……」
「冗談さ」
……。
「試すにしても何か情報がなきゃ……ここを出るのは難しいだろうけど」
それだけ言ってまたすやすや眠ってしまった。俺たちの誰にも例外なく顔に刻み込まれた疲労と隈があるものの、寝顔はどこまでも安らかで俺はひどく安心した。
俺はそっとトウカを寝返りがわりに転がして、壁を背に座る。なんとなく上を振り仰ぐが、染みがあるだけで、その上の空はもちろん透かし見ることすらできなかった。
安らかな顔には安心したが、トウカの太陽のような笑顔をもう随分と見ていないと気づいて、笑ってくれないか……と、そんなことまで考えてしまった。
周りの囚人たちに考えられているように、俺の頭は随分参っちまっているようだ。
ふと気配を感じて見上げれば、こちらをエルトが見下ろしていた。相変わらず、周囲への人当たりの良さの割に乏しい表情を取り繕おうともせずに無表情で、ブレがない。
トウカの前とは随分違うが……流石に自分へ全力の笑顔が向いていれば釣られて笑えるってもんだろう。俺の表情筋も似たようなものだ。好いた相手によく見られたいのは当然だ。
「トウカの様子はどう?」
「……そう悪くはない」
「うん、それは良かった。……あのね、さっき看守が法皇様が亡くなったって話をしてたんだ。多分、……彼がね」
「アイツがか? 今更驚かねぇよ。堕ちるところまで堕ちたってことか。それよりわざわざ話に来たってことは何かあったのか?」
トウカを転がす以外は俺は何もしていないし他に興味もない。もちろん外に出たいのはそうだがよ。
能天気な寝息の音を聞きつつ、声を潜めたエルトは頷いた。俺が思ったよりも動揺しなかったと見て、饒舌になった。
「僕らと一緒にここに連れてこられたニノ大司教が考えがあるらしくて。僕の意見だけど、権力に目がくらんでいる人ではあるらしいのは間違いなくても、法皇様を慕っていたことは本当みたいでね」
「……まぁ、お前の言葉なら信用してもいいぜ。出来るならそろそろトウカを暴れさせてやってほしいが……」
「そこは聞いてからじゃないと分からないかなぁ。……それから、君の見立てでいいけど、本当にトウカは動けるの?」
あー……。
入念に準備すればいけるんじゃねぇか。今のままだと無理だ、というのが俺の見立てだ。
「隠してるのか、気づいているのか、気づかないようにしてるのか。どれだかは分からないが、体中めちゃくちゃだ。傷は治せても、あれだけ死後時間をあけてから蘇生してるんだ……
「だよね……」
目立つ損傷はなかった。それは確かだった。だが俺からすれば体のパーツがすべて揃っているかどうかという話でしかない。
内臓がすべてあるか、手足は揃っているか。そういう話だ。無ければないでその部分を塞ぐように治癒させて蘇生しただろう。
幸いにしてそんなことをしなくても蘇生はできたが、体中のあちこちに貫かれたような傷があった。それはまぁ、普段負ってる傷に比べてみれば大したことはない。だから普通にザオリクだけで生き返させることができた。
この場でなければ、大したことは無かっただろう。
ここではもう、まともに処置はできない。
俺の見立てが無様に外れて、トウカは何ともなくただ大人しくしているべきだから寝ているだけならどれだけいいか。手が動くのは良かったが、では足は?恐らく腕には支障はないのだろうが、立つことがままならなかった時の、強ばった顔を俺は忘れられない。
「ともかく、……なんにしてもだよ。外に行くことが出来ればそれも好転するじゃない」
「……あぁ」
「僕らは何も取り上げられていない。正直、いくらご立派な筋肉をした男が二人いようとも、魔法がなくっても、伸すことは可能だ、そうでしょう?」
俺を説得するというよりは、自分に言い聞かせるようにエルトは言って、ひとつふたつと頷いた。この場においては肌身離さないと言っても過言ではない槍にそっと触れて……もはや俺は何も思わなかった。
トロデーンの兵士は、どうも騎士道精神よりは結果の方を重視しているような気がしてならない。俺の知っている二人は多分一般的な兵士ではないだろうが。
エルトは、紛れもなく、殺る気だった。
比較的、あぁ、普通の人間と比べて温厚かと思っていたんだが。そういえばエルトは温厚とは言い難い戦闘狂の幼馴染だった。
そして自分に向いていないとはいえ殺意に満ちた人間がいるというのに目覚めないトウカはきっと、触れるだけで切れるような牙を折られたのだろう……と、その時は思ったわけだが。
トウカがその程度で牙が折れるような可愛げのある少女なら、俺の恋路に苦労はなく、今頃さっさとこんな危険で先の見えないパーティからトンズラして平和に仲良く過ごしていただろう。
そしてそれがありえなかったのだから。
「聞いててさぁ、ちょいと、杜撰だと思ったわけよ、私は」
「しかし今はそれしかあるまい、モノトリアの」
「分かってるよ、ようはあの鉄格子をなんとか開けさせればこっちのものってことでしょう。その点貴方の考えた作戦は正解だよ。私はどうせ何も出来ないし、反対意見もありません。でさ、あの看守をそれでどうにかしてだよ?」
ククールがトウカを壁にもたれさせるような仕草をした。もちろん、それは周りの目を気にしてのことで普通に起き上がっただけ。
僕は全く動けないわけじゃないんだな、とどこか冷静に考えていた。でも、腕の力で起き上がっただけだった。足を動かす素振りはなくて。
「ここは監獄島。島さ。周りはぐるっと海。脱出はどうお考えで?」
「……」
「まぁキメラの翼もあるし、ルーラ使いもいるけど。少し、冷静になられた方がいいのでは?」
トウカはそうは言いつつも、それは本当に冷静になれと言いたいだけのようだった。ニノ大司教に向かっていた視線は僕へ向き、トウカは少しだけ口角を上げる。
「ね、任せたよ、エルト」
いつもみたいに、自分がどうするかを伝えてくるんじゃなくて。あとは任せたよって、先陣切って言うのでもなくて。ただ僕を見て、任せたよだなんて。
「トウカ、君やっぱり動けないの……?」
「いや、多分立てるし動けるよ。ちょっと足を慣らせば走れると思う。すぐは無理だろうけど」
「……なんでそんな不吉な言い方なのさ?」
「さて。それは言う必要がない。ともかく心配しなくても私だってきっちり参加するよ」
トウカはククールの方を見もせずにうっすら微笑んだまま。
そうび
エルト
→トウカ
ヤンガス
ゼシカ
ククール
E皮のドレス
つよさ
HP 12/120
MP 0/450
Lv 70
マホトン(継続)
トウカにはベホイミで事足りるのに全快を狙ってベホマを使う、それは愛。