「魔物と、人はいるけど……」
「何探してるの、エルト」
「……あ、トウカ」
安全だとほぼ断定したこの谷で、それでも姫か陛下の警護の任務を全うしようとしたトウカはどうやら二方ともに断られてしまったらしい。
久しぶりのお酒に気分を良くされている陛下も、可愛らしくて人懐っこいスライムと子供を助けたことのあるドラキーや愛想のいい魔物達しかいない屋外の姫もトウカにも散策した方がいいと判断なされたのか。
珍しく単独行動していたトウカは僕を見つけると素早くいつものポジション、つまり隣へついた。とはいえ最近はククールとばっかりいるトウカがいるのは久しぶりだ。いや、そうしてくれた方がいいんだけどね。ないと思うけど余計な誤解があったら面倒だし。
この、今は外見的にも勇ましい剣士は案外一人が得意じゃない。鍛錬は別、らしいけど。そっちについてはぜひ、巻き込まないで欲しい。僕には普段の戦闘に明け暮れる生活だけで十分だから。
「入り口の魔物さんが言ってたけど、人とモンスターとエルフの里……というなら、エルフもいるんでしょ。長寿と名高い種族の人なら何が暗黒神について詳しいことがわかるかなって思ってさ」
「なるほどね。それならククールがさっきふらふらっと向こうに行ってたからそっちじゃない? エルフが美人なのは物語の相場だよ。それからククールはそういうセンサーがある」
「あるんだ……あるとは思ってたけど働くんだ……」
「愛の言葉を囁くなら話は別だけど、目の保養って大事だと思うんだ。私は可愛いとは言い難いだろう、綺麗とも」
「反応に困る事を言うのは、やめて欲しい」
というか、旅立ちの日よりも男装度合いが上がっているのにその僕へ対する仕打ちは酷くない? 誰がどう見ても、長子と書いて長男と読んでしまう外見でしょう、それも、わざとでしょ。
「ごめんよ。……まぁ、これに関しては策があってね。あとから言おうと思ってたんだけど……まぁいいや、エルトには言っとく。ここでの情報が出揃ったら私は単独行動をとらせてもらうよ。残る賢者の末裔は恐らく法皇だけでしょう。守るにしても、何にしても、突撃訪問はまずいんだよ。幸い、こっちにも権力という切れる札があるんだからね、利用させてもらう」
「でもご両親は」
確かに教会の人間は権力には屈服しがちだ、というのはククールの愚痴から分かる。そしてトウカの持つ権力はどんな人間でもないがしろにすることは無理だろうし。
……、トウカ、でもそういうの、すごく嫌いのはず。権力をかさにきて意見を押し通したり、実力外からなにかに干渉するのは。
そうも言っていられないよね、もう……残る賢者の末裔は一人だけで、相手はどんどん力を取り戻しているんだから。
「それなんだよね! だからヴェーヴィットの叔父上に頼るさ。でも外見が性別不詳じゃ信憑性に欠けるってもんでしょ。誰がどう見ても世間で通っているように男で、貴族じゃなきゃね。着替えて、貴族のボンボンの、わがまま息子っぽく演出して多少の無茶を通してもらったっぽくやるとか……正規の手段を踏んでいちゃもんつけられないようにするとか。やりようはあるさ」
トウカがわがままな貴族の息子……ねぇ。やっぱりそれって、一番嫌いなタイプじゃないの?
「いいや、もともと私はわがままだよ。まともに同じ貴族の友人を作らなかったからね。みんな私の顔は知ってるけれど、人となりは知らないのさ。関わりあいになりたくなかった。私を利用して欲しくなかった。あと、鍛錬の時間を減らしたくなった。わがままだろ」
「そんなもの、かな」
最後のが本音でしょ、とは言わなかった。時間を減らしたくなかったのに僕といる時間は減らそうとしなかったトウカの優しさに気付いたから。
多分、理由はそうじゃないんだと思う。僕と仲良くしていた理由は、利用とかそういうのじゃないのは明確でも、正確にはわからない。でも、性別が露見して欲しくなかったトウカは関わりを、ことに同世代と持ちたくなかったんだと思う。
……それを理由だと素直にとると、男女の発育の差に気づかない僕が鈍感すぎるとか、並んでも気づかれない僕の顔は一体どんな童顔に見られているのかだとか、ちょっと傷つくものはあるけれど。
「うん。ドレスはなくても、宝石はなくても、武具には随分わがまま言って揃えてもらったし、道楽息子には近かったんじゃないかな」
「それは無理なんじゃないの、国のために戦ってたんだから」
「それは剣士の方。最初、特にトロデーンにそこそこ近いところにいたはずのゼシカとか、剣士とモノトリアが結びつかなかったでしょ」
「……そうだけど、えぇ……」
それって権力ばかりのボンクラ息子だと思わせておいて警備を意識的に手薄にしたところに荒ぶることができるドラゴンを放り込んでいざとなったら暴れるようなものじゃないか。
犬も暴れるし、あちこちとんでもないことになりそう。
「ドラゴンとか言われてもしっくりこないけど。エルトの方が似合ってるよ。……ともあれ、そういう事だから、館ですごく素っ気なかったり、酷い態度を演技する可能性があるってことは、覚えておいてほしい」
「信憑性を持たせるために?」
「そう。わがままを通すためにはそのへんにいた騎士を無礼者扱いしたり、もしかしたら教会の処分の対象者を勝手に気に入って自分のモノにしようとしたり、事情がわからずにみんなが侵入者扱いされていたら勝手に従者扱いにしてお目逃し頂こうとするような、人間をやってみせるよ」
近くにいた誰かをよっぽどな理由もなしに無礼者扱いする、とか、ちょっと出来るかこっちが不安になっちゃうね?なんて。
「んー、それはそうかも。あとでちょっと練習に付き合ってくれる? ちょっと……罵声を浴びるだけさ。さすがに岩に言っても練習にはなりそうにないから……」
「えぇ……」
「ごめんよ、でも、思いついたら鍛錬は必要だなぁって思えてきてね」
「鍛錬馬鹿……」
トウカは僕の背中をぽんぽんと叩いて、知ってるといいながら笑みを浮かべた。