136話 友好
「あいつ、強そうだなぁ!」
「さっきアークデーモン吹き飛ばしたばっかりでしょ。ククールも止めてよ!」
「……」
「デレッデレしてるわ、聞こえちゃいない」
神鳥の力を借りて未開、というよりは未踏の地に着いた僕達は見慣れない上に強い魔物達と戦うはめになっていた。
とはいえ、僕達も正直強くなっていて、手こずるとは言っても進めないほどじゃない。いざとなったら魔力まで手にしたトウカと、元祖魔法系アタッカーのゼシカが全部粉微塵にしてくれると思う。
でもって、本質は欠片も変わらないトウカがワクワクしながら剣を振りかざしているからそれは止めたい。早く進みたいんじゃなくて、こっちの胃的な意味で。全力で楽しんでいても、なんか、進む速度は変わらないんだから……!
そんな、そこまで僕達と離れずに楽しそうなトウカの髪の毛は、短い。僕とそう変わらない。風に吹かれても邪魔にならないって、トウカがご機嫌になるくらい、短い。
理由は単純で、「ざんばら、不揃い、こんなみっともない髪型で兄上に会ってたなんて……!」とか言い出したトウカがばっさり長いところを切ったから。これでまた、男装としか言いようのない貴族令嬢の出来上がり。服装もどこかで鎧を手に入れてきたのか、服装の貴族っぽさまでなくなって、腰にも剣をたくさん吊り下げて、完璧に剣士トウカの風貌だし。
え、ククールの反応? 今更髪型や鎧ぐらいで何かが揺らぐわけないじゃないか。強いていうなら……チョーカーとか露出面積の少なさでうなじとかが完全に覆い隠されているのをすごく残念がっていたかな……。君ってそういう……そうなの? もともとトウカって露出少なかったじゃないか。顔半分しか肌が見えていなかったよね?
だいたい、ナイフでめちゃくちゃに千切ったのを整えたのはククールだし。整えてもらいながらククールみたいにリボンを結べるようになりたいなぁとか、その時は結んでやるとか、なんか二人がいちゃついていた記憶は……今すぐ忘れよう。なんだかこの二人、ツッコミ不在でどこまでもハートをまき散らすタイプみたいだし。
その癖、戦闘でよく見かけたように近くにいるだけで用事がなかったら互いに触れようともしない。なんだあれ。
実は二人きりになるといちゃつくとか、そういう……? うーん、人の恋路に首を突っ込むのはやめよう。
「あ、見えてきた! なんか空から見えてたよね! 位置的にもあれかな!」
「あんな場所があるって初めて知ったけど……手がかりあるのかな……」
「兄上が導いてくれているんだもの、間違いないよ!」
ぴょーんと、ククールを小脇に抱えて、というか鷲が獲物を捕まえたみたいにがしっと掴んで、大きく跳躍したトウカが先にどんどん行ってしまう。なのになんとか追いつける速度なのは器用にも程がある。
去り際、流石に高速移動の恐怖に顔を歪ませたククールに合掌、僕らも駆け出すことにした。多分着地には失敗しないと思うから……うん。耐えるのは恐怖だけだよ。
気休めばかりのスクルトの赤い光が目の前で虚しく弾けていく。
すれ違いざまに斬り付けられたらしい哀れな魔物の青い光の残滓をすり抜け、馬車を気遣いながら僕たちもその集落に足を踏み入れた。
先に入った前の二人からのリアクションが特にないのが気になるけど……なんだろ?なんか、立ち尽くしている……?
「おーい、どうしたのさ」
「……」
後ろから呼びかけても返事がない。なんだろう。ちらりとヤンガスとゼシカの方へ目配せすると、二人も頷いてくれた。二人が揃って魔法かなにかで行動不能とか……考えたくないけど、そうだったら困る。
陛下を最大限に守りつつじりじり近づくべきだよね……。
と、思った瞬間、トウカが普通に振り向いた。
「世界平和の一端を見たよ、エルト」
「そうだ、全てこうなら俺も喉が枯れるまで魔法を唱えなくても済むんだな」
なんか感動してる。二人の視線の先にはぴょんぴょんと飛び跳ねる人影。ふさふさの髪の毛、緑を基調とした服、手には斧、ぱっちりとした目……どう見ても首狩り族とかいう魔物に見える。でも、敵意や殺気は何もなくて、それどころか、こちらに対する歓迎の方が大きく感じる。
「なんでも、ここは人と魔物とエルフが共に過ごしている三角谷って場所らしいんだ。だから魔物がいても普通で、別に誰かを襲うわけじゃないって。みんな仲良く過ごしてるって、最高なんじゃないの!」
画期的、だね。みんなが受け入れられるなら。でもトウカ、それ本音じゃないでしょ。
「強い相手と合法的に試合できる……命のやりとりじゃなくて。最高……」
「だよね」
「一瞬でも俺の喉に安寧が訪れると思ったのが馬鹿だった」
「フォローするなら、国にいた頃には訓練でもあざ一つ作らない品行方正、時折大暴走だったからそこまで心配しなくても」
「時折大暴走……」
それはあれだよ、魔物を間引くのは先導はモノトリアがやってたから。
戦いが大好きだという本質は今も昔も変わらないトウカが、最強の名を欲しいままにしている上にただ僕と同じく兵士をやってた時期は今思えば力を持て余しに持て余していて、だからこそ戦闘で高ぶったテンションでたまに大暴走してたんだと思う。
でも、大暴走、とは当時の意味で今考えてみればごくごく普通に元気なぐらいだね。今のトウカは常に暴走しているようなものじゃないか。
「まてよ、ここなら陛下もお心に憂いなく過ごされることが出来るのでは?」
「あ!」
「魔物が普通にいるなら、容姿なんて全く問題にされないよね?」
地面に軽やかに降り立つ音が聞こえた。
「よくぞ言った、トウカ! ではわしに続け! 情報収集も安息も全てわしが先導してやるぞい!」
そう宣言された陛下が吊り橋を駆けていく。慌ててトウカが姫の元に駆け寄り、僕は陛下の方を追いかけることにした。
魔物の歓迎人は陛下の姿を特に驚くことなく見送ると、お人好しそうな様子でにこにこと僕達を見守っていた。