「でっかい」
うん、まさにそれ。そびえたつ自然の塔は見上げれば首が痛くなる。いつぞや登ったあのライドンの塔よりもよほど大きい。これが勝手にできるなんて……自然ってすごいなぁ。
って、しみじみ感動してる場合じゃなかった。
自分も戦えると言って聞かなかったミシャを馬車に押し込まなきゃいけないんだった。回復もできる、攻撃魔法も使えるって言われてもいざというときに確実じゃないと頼りにできないから、いない方がまだ安全だと思うんだけど、ねえ。でもほっとけないのは確かだけど……なんでだろ、陛下と姫と待っててもらうのが一番だって思ってさ。出会いたてのミシャが陛下と姫に何もしないってはっきりわかるんだ、不思議だね。
それだけ態度が真摯だったというか……まあ、出会いは散々だったけれど!
「……あの、エルトさん」
「?」
「えっと、もう、着いていくなんて言いませんから。その格好だと目立つと思うのでこの布を皆さんで使ってもらえたらと……」
「目立つ?あ、そっか、中も白黒だけだもんね」
「ええ。多少はましになるといいんですけど……」
そうだった。真っ赤な服のククールはともかく、特に僕なんて全然目立たない格好なものだからこの世界で目立ちに目立ってる自覚がなかったよ。……そこまで溶け込んでないって?ひどいなククール。君よりましだって言ってるじゃないか。山吹色、いいでしょ?秋の、特にリブルアーチなら目立たないよね。多分。
その点トウカは最初からモノトーンカラーの服だし、肌も結構白いし、茶色の髪の毛を隠したらぱっと見、分からないよね。え、服装に関しては正装なんだから当たり前?……なんで?
「そりゃそうでしょ。だって私は……まあいいや、そんなこと。今ばかりは脱色現象でも起きたほうが奇襲しやすくていいのにそういう時に限ってならないよね」
「現実はそんなもんだろ」
「ままならないなあ。切り替えができたら便利なのに。エルトと同じにするか、ククールと同じにするか」
ミシャの差し出した布はそこそこ大きくて、そしてもちろん五枚あった。真っ黒じゃなくてくすんだ灰色。背景に溶け込む色だから彼の肌が真っ白くなきゃ持ってることにも気づかなかったと思うほど。なるほど、これを被ってたら休憩の時とかにも少しは休まりそうだね。ほんと、僕たちは遠くからだって目立った仕方ない見た目だからおちおち休んでもいられない。
「ありがとう、ミシャ」
「いえ。その、僕も行きたいところですが、昨日の戦いを見る限り役立たずなのは身に染みてわかってしまったので。どうか、よろしくお願いします」
深々とミシャは頭を下げた。数日行動を共にしていて気づいたけど、明らかにミシャはトウカと同じ上流階級の人間だ。立ち振る舞いとか、雰囲気が。なのに……うん、それだけ大切な主人なんだろうなあ。
「任せて」
ふと振り返ると、僕の後ろで修道女のように髪の毛を包んだトウカがゼシカにも布をかぶせていた。そしてミシャの視線に気づくとありがとうと笑顔で言っている。何故かミシャは一瞬虚を突かれた顔をして……あ、そういえばトウカがミシャに仏頂面じゃないのは初めてかも。そりゃあびっくりもするよね。この様子ならもう大丈夫そうだね。一度認めたのを撤回したりしないだろうし。
問題はトウカの後ろで鋭い目つきを隠そうともしないククールかな……変だなあ、どうしたんだろう。すごく違和感があるんだけど。ククールって、取り繕うの上手い方だと思うんだけど……。いくら、何か琴線に触れてどうしても好きになれない人がいても、睨むかな、ククールが。なんか、本当に変だ。
原因が初対面の時のあれだろうから仲良くしてなんて軽率に言えないしなぁ……。今も関わろうともせずに一人ずつにスカラの重ねがけしてるし。……あ、そうか、先にみんなをスカラで固め切っていたらスクルトを一回唱えるだけで効果の延長が出来るから、だよね?なんで考えつかなかったんだろ、これからそうしたらいいかもなぁ。僕もスカラかスクルト、唱えられたら良かったのに。
にしてもゼシカが布を被ると占い師みたいだね。ヤンガスは、その、コメントはなしで。
その、あとさ。ククールより変だなって思うことはあるんだ。ヤンガスとゼシカがさ、こんなにあからさまにおかしいククールの様子を全く気にしてもいないように見えるってこと。
・・・・
・・・
・・
・
「なんでこんなところに人間が来るんだ?」
「やったことに胸に手を当ててよく考えてみなよ?」
トウカの振り抜いた剣から黒々とした血が滴り落ちる。続けてなんとか僕の目で追える速度で二撃目を叩きつけるもそれは流石に受け止められ、トウカは僕らの方に帰ってきた。
「そこの……闇の世界の住人がなぜ光の世界の人間に力を貸しているのか……まあいい。暇をしていたし、まとめてゲモンさまが遊んでやろうじゃないか。ちょうど卵の見張りも飽き飽きしてきたところだからな!」
「すでにトウカにあちこち切り裂かれててあの威勢って……」
「タフにもほどがあるな」
「つべこべ言ってないで! 来るわよ!」
ゼシカが炎が迫る寸前にレティシアで購入していた炎の盾を振りかざす。目に見えて炎の勢いは弱まったけれど、それでも火傷するには十分な炎が僕たちをまんべんなく襲う。火傷したそばからククールが治してくれた。そして隠密行動には役立ったけれど動きにくい布をみんな脱ぎ捨てた。
というか、トウカは……この世界の住人をも騙せるレベルだったんだね。髪の毛を包むぐらいは邪魔にならないみたいでトウカだけ布はそのままだ。そのほうが剣の光沢の反射はあるものの、そのままの方が目立たなくて飛び込んで切り刻むのにはちょうどいいだろうし。
レティスに比べればただの調理前の肉塊といった守備力の巨体。それにトウカがものすごい速さで懐に飛び込んで切り裂いてはヒットアンドアウェイ、僕が目の前で出来る限り目立つように槍を振るう。薙ぎ払って、振り払われれば突っ込んで雷光一閃突き。それも目とか首とか心臓辺りを狙う。そうしたら放っておくことは出来なくて僕の方を相手にするしかなくなるからね。
多少動いていても僕を見ていない敵に当てるなんて簡単なことだし。その間にトウカが飛び込んで切り刻むからすでに地面はどす黒い血で汚れに汚れているくらいだ。
ちなみにゲモンの速さは……足の速さって意味ならククールまでなら先手を取れるくらい。僕とヤンガスは追いつけない前提で動く。うん、レティスに比べたら大したことないね。彼女は守りも攻撃も捨てて引っ攫わないと追いつけなかったから。もちろんそこまでしたら僕だってゲモンより速くなれるけど無防備なところを鷲掴みされたらちょっと危ないよ。
レティスの硬さに手が対応しているというか……慣れていて、本当にざっくり簡単にダメージが入るんだけど。
僕の一撃がクリティカルヒットし、その追い打ちとばかりにヤンガスが決して無視できないくらい重い一撃をばらばらな方向から斧で突き付けていれば次第にゲモンはイラついてきたみたいだ。
最初の方は明らかにいたぶるごとく狙った痛恨の一撃を食らわせようとしてきたのに今やそれはただの鷲掴みでしかないし。なんか疲労も感じられるというか……いろいろとそうなるの、早くない?
仮に鷲掴みで捕まっても横でちょっかいをかければすぐにそっちにターゲットが移るくらい短気だし。レティスに比べれば本当に大したことがないなあ……。卵を人質に取られてすらいなきゃレティスがこいつを倒すなんて簡単だっただろうに。
仲間を呼ばれても呼ばれるのはただの雑魚だからククールが回復の片手間にさっと切り捨てる。味方全体を炙る炎は痛いけれどゼシカが必ず和らげてくれるから、ゲモンとの物理攻撃の激しい応酬に回復にククールが少々気を取られていても耐えられるし、なんなら僕が回復魔法を唱えても間に合うくらいだよ。トウカがもはや、剣できれいな賽の目に切り刻めるぐらい余裕なんだけど……実は実力を隠してるとか、ないよね?
せいぜい気を付けるのは物理攻撃が結構痛いってことと……それでも痛いってだけで死ぬほどじゃないし、そこまで早くもないから避けるのもそこまで難しくないけどね。全部避けられるほど余裕でもないけどさ。
あとはマホカンタを唱えてくるから前回同様ゼシカが攻撃に参加せずに補助に回ってくれてるってぐらいかなあ。それさえもレティスと違って物理攻撃がよく通るからさ、バイキルトやピオリムの存在がものすごく助かるから全然不利じゃないんだ。
というか本当に弱い。まだ三十分も戦ってないんだけど。でもそろそろ翼を切ってここから突き落とすなりとどめを刺すなりしたほうがいいよね。
気持ちが通じたのか、トウカが無言でゲモンの背後に飛び込んできて、首を切り落とそうと剣を振るう。息を合わせるごとく同じく背後にいた僕もゲモンの前にいたヤンガスがさっと飛びのくのを確認して槍をぶっ刺した。
トウカの剣は信じられないことにゲモンの首の半分くらいまでしか届かなかった。なのに僕の槍はしっかり刺さる。……死角から飛び込んでいたのに……首に来るのが分かってたってこと? つまり今まで手を抜いてたとか……? それならまずい。
途端に嫌な予感がぶわりと爆発するように起こる。反射的に飛び退くと、ゲモンが強大な力で地面にトウカが叩き落されているのが見えた。短気で、はっきり言ってしまえばワンパターンな動きしかしていないゲモンだったけれど力は間違いなく、強い。べしゃりと音を立てて叩きつけられたトウカは地面にめり込んだ。また、また仲間のあんな大怪我を見なきゃいけないんて!
でも、あれ? おかしいな、あんなふうに叩きつけられて……持久力はあれど、耐久力、HPはククールよりもないトウカが即刻立ち上がれるっけ。実はしどろもどろの攻撃で大したことがなかったとか……? それなら嬉しいことだけど……。
立ち上がる勢いでカウンターを仕掛けたトウカは下から思いっ切りゲモンを斬りあげ、続けて横斬りを叩き込んだ。
「なぜ……闇の世界の人間にこんなに強いやつが……! お前、お前! カラドか!」
「ふーっ……はぁ……違う、けど」
カラド……どっかで聞いたような。
大怪我のトウカをククールが無事回収し、二人がかりで後方へ運ぶ。先頭に立つヤンガスがもう持って数分の命であろうゲモンに油断なく武器を構えた。でも、肝心の卵を位置的に回収することは出来なかった。流石にこの警戒で懐に飛び込むのは自殺行為だから。
そう、戦いのさなかでも、背後に回ることは何でもできたけど即刻振り返られた。それを利用して戦っていたけれど、そのせいで卵の回収は出来なかったんだ。
それって、まさか……!
「けけっ! 死なばもろとも!」
「させてたまるかっ!」
自爆技、か!
回復しきっていないトウカが飛び出そうとするけれど……この距離じゃ、いくらトウカが早くたって……絶対に、間に合わない。その上、万全な状態ですらなくて、怪我しているんだ、爆発に巻き込まれるだけだ。そう判断した僕らは上から押さえつけるしかなかった。起き上がられたら二人がかりでも止められないけれど流石に怪我の上に体重をかけて抑え込められてはどうにもならなかったんだろう。
言い訳をするなら、そんなことをするまでもなく爆風で近づくどころか吹き飛んで墜落死しないようにするのに精いっぱいだったけれど。
ああ、もう、最初からゲモンが卵を奪わせないようにしていることに気づけなかったなんて。レティスに比べて弱いからなんだっていうんだよ。慢心なんて、するべきじゃなかったんだ!
じわじわと番外編集も更新してるのでよかったらどうぞ。