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「どういう理論なの?!」
「理論なんてそもそも数術ぐらいにしか役に立たないから!」
確かにこの世界では魔法があるからそうだけどさ、エルト!
崖に激突すると思ったら、思わず目をつぶっちゃってさあ! 至極人間らしい条件反射ってやつだけど、普段から武人を名乗ってるならそれぐらい我慢しろって話だよね! 圧倒的に修行が足りないよね!
つい視界を閉ざしたほんの一瞬で私の眼前に広がっていた崖は綺麗さっぱり消え失せ、眼前には広がっていたのは洞窟に変わっていたんだけど! 船もどこも欠けることなく、だから私たちにも欠片も怪我がなくてさ、普通にスイスイと前に進んでるんだけど! えぇ、こんなのなおさら目をかっ開いて通る瞬間を見ておきたかったよ!
それに怪我がないのは嬉しいけど、これって不思議にも程があるよね? なんでぶつからずに素通りしたのか、とか、どうして素通り出来るならこの島についてもっと知られていないのか、とかさ。気になるよ!
この世界の歴史は古代人という今の人間ではない人間がいたところまで遡るし、そこまで深い歴史があるなら誰かが偶然に入るなんていくらでもありそうじゃない? なのに知られてないって。こうやって入るのは……こんな風に容易だけど出ることは出来なくなっていて、だから伝わっていないとか……? え、それは……だいぶ不味くない?
「……って、閉じ込められたってこと?」
「外に出られたらルーラできるから、それは大丈夫じゃないかな……」
「あ、そっか。船は飛んだらなんか着いてくるし、大丈夫だね」
なるほどね! 魔法が使える人間の発想は流石だね! キメラの翼で、とか考えもつかなかった私はまだまだだよね、本当にもう! 不思議なことがいっぱいで何が何だか訳が分からない!
不気味なほど穏やかで静かな洞窟の先には光が見えていて、そうこうしているうちに陽の光の下に出た。身構えてこんなに緊張したのになんてあっけないんだろう。
さんさんと降り注ぐ陽の光は海上よりも何度か暑い気がする。トンネルを越えたら雪国のオークニスだったように、この島も気候が違うみたいだ。涼し気なヤンガスはいいけどククールは全然大丈夫じゃない服装になる、よね。植物も独特の雰囲気で如何にも暑い地方に生えているって感じのものだし。
船から降りてみたら足元の感覚はなんだか普段の草原と感触が違う気がしてすごく新鮮。走り回るだけで楽しそうだね!
……私は、前世のテレビでこういうのを見た事があるから分かるけど、もしかして他のみんなは暑い地方っていったら砂漠は知っていてもサバンナやステップみたいな気候は知らなかったりするのかな?なんだかすごく物珍しそうにしてるし。
「なんだか不思議なところね……」
「おい、なんか来るぞ!」
きょろきょろと辺りを見回していたゼシカと対照的に周囲を警戒していたらしいククールは叫ぶ。慌てて剣を引き抜き身構え……ようとして、殺気や敵意を感じないどころかその「来る」相手の気配すらまったくもって無いのに気づいてびっくり。
でも、「来る」のは確かにわかった。視覚的に。
巨大な鳥の影が私たちを出迎えるように旋回し、ぐるりぐるりと何かを確かめるように周囲を何度も何度も回って、そして急にどこかへ飛び去ったように急に消えたんだ。鳥の影、と言ったようにその姿自身は見えなかったけれど。
にしても、大きかった。影だから本当の大きさ……実態がない「現象」かもしれないけど……までは分からないけれど、私たちを背中に乗せても余裕な大きさ。……ていうか、今のがレティス、何じゃないかな?
えぇ、あれにどうやって助力を借りるっていうんだよ……? あんなの、影だよ?
「また、とんでもないのが出たな」
「そうだね。しかも追っかけようにも見失っちゃったし、暫くまた捜索だね。……その為にも涼しい格好した方がいいんじゃない?」
「守備力を失うのは勘弁して欲しいんだが」
「あー……」
なるほどね。これは……ヌーク草ならぬサーム草が必要な展開じゃない? そこらに水色の冷たそうな薬草、生えてないかなぁ。そこらの草に水草のカビを生やしたりしたらいけるかも? それとも錬金で作れないかな? 我らが回復マスターを熱中症にするわけにはいかないから! 主に私が死んじゃう!
「斯く言うトウカも相当な厚着だけど大丈夫なの? 僕、もう汗かいてきたぐらいなんだけど」
「水分補給をきっちりするから平気だよ」
これでも真夏の灼熱の中でも性別バレを防ぐためにしっかり着込んでたから慣れてるからね。でも駄目だったら着替えるつもりだし。そうだね、鎖帷子が皮膚を噛まないようにインナーを着て鎖帷子を剥き出しにするとか。金属の熱吸収の方が暑いかなぁ?
「……これじゃあククールも痩せ我慢ね」
「そうだね……」
え、なんでさ?
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「強い! 大きい! すごーい!」
「ちょっと、後ろ、後ろ!」
ワニバーンが巨体を勢い良く尻尾を振るい、見た目に似合わない速度の一撃がトウカを吹っ飛ばす。当然、派手にトウカはがはっと鮮血を吐き、吹っ飛んでいく。あの重量の防具を身に着け、今日も今日とて巨大な剣を両手に握っているというのにあの吹き飛び方。ワニバーン……あれって、どれほどの力を持っているんだろう。恐ろしい。
トウカへの心配? ……心配というか、うーん、怪我を僕が認識して肝が冷える前に回復が飛んでいくのに心配する暇もないんだよ。あるのはククールへの全幅の信頼。
吹き飛んだ端から、まだ空中に吹っ飛んでいるときにもベホマを唱えてククールが回復し、バク宙みたいに空中で回転して見事な着地を決めたトウカはすかさず前に吹っ飛ぶように距離を詰めるコンビネーションを見せる。一瞬だけすれ違っただけなのに見事にスカラをバトンタッチみたいに決めるあの魔法技術はすごいよね。
で、飛び出して何をするかって……ワニバーンの三枚おろしだったみたいだけど。すごいね、本当に。あんな巨体を軽々三枚おろしにしてもう次のワニバーンに飛びかかるなんて。
僕なんてそんな人間離れした動きをやろうとも思えないから襲いかかってくる見慣れない魔物を串刺しにして倒すなんていう受け身の体勢なのにね。来なきゃ倒さないってどうなんだろう。平和主義かな? あぁ、でも相手はとても強いから敬意を持って脳か心臓を貫くようにしているよ。工夫はそれだけかな。
悠長なことを言ってるけど結構大変なんだけどね。今の戦況。
数はそこそこだけど強さが今までとは全然違うんだ。ゼシカのイオナズンすら一撃で魔物を葬れなくなっちゃって、少しずつ彼女は補助に回る始末。バイキルトをもらった瞬間力加減を間違えて魔物の首ごと吹っ飛ばして倒しちゃうぐらい補助も十二分に頼れるんだけど、やっぱり前よりは殲滅に時間がかかるようになってさ。
ヤンガスの重い一撃か、トウカの無慈悲な一撃のどちらかが有効でそれ以外は滅多刺しにするぐらい串刺しにしまくるか、ザラキで息の根を止めてしまうしかない。これまでのゼシカの物量攻撃に頼りきった戦法は見直す必要がありそうだね……。
「ディパインスペル!」
「イオナズン!」
えっと……。
「ディパインスペル!」
「マヒャド!」
あ、そっか。倒しきれないなら呪文自体の威力が足りないってあきらめるんじゃなくて、相手の耐性をトウカみたいにマイナスにしてしまえばいいってことなんだね。それなら通るし、今までと同じで大丈夫か。
うーん、ククールの負担がますます増えていくように思うんだけど……。
どう見ても右手からはベホマが出て左手からはディパインスペルが出てるように見えるんだけど、ククールって実は七賢者に匹敵する僧侶だったりするのかな……。
タンバリンとは言わせない。