「くふ、アハ…アはハハハ、アハハハハハ!」
いつも無口な自分が命を奪っておいてどうしてこんなに笑えるのかわからなかった。
チラっと横目でたった今私が殺したヒトを見る。
両手足を切られ、右目を抉られて息絶えた彼の顔は苦痛と恐怖で彩られていた。
いつもの自分ならこんな風にヒトを殺さない。
私は後ろを振り向く。
そこには、生前はヒトの形をしていたとは到底思えない程にバラバラになった喰種の子供の死体がある。
この子はどうして死ぬ必要があったの?ヒトを喰らう喰種だから……違う。
それがこの子の運命だったから……違う。
『コレはゴミです。私達に害をなすだけのただのゴミ。そのゴミ…』
私はメガネの言ったことを思い出す。
ゴミ……私達は生きてる。さっき殺されたあの子だって生きてた。
あの子にも家族や夢があったはずだ。それを奪っていい権利なんて誰にもない。
……あの時と同じだ。
☆ ☆ ☆
その日は冬なのに珍しく雨が降っている日だった。
外で遊ぶわけにもいかず、部屋の中で積み木やドミノ等で遊んでいる子供達の楽しそうな様子を、私は椅子に座りながら微笑ましく見ていた。
しかし……
突然。ガシャーン!というガラスが割れる音と共にドサっと何かが倒れる音がした。
音がした方を振り向くとそこには血まみれで倒れている男性と、その男性を心配する女性と子供がいた。
突然の出来事でパニックになった子供達を園長先生が落ち着かせることにして、私ともう一人の男性職員は彼等の所に行った。
「だ、大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」
男性職員が声をかけると女性が振り向いた。
「っ!?」
女性の目は血の様に真っ赤に染まっていた。
つまり…この人達は喰種。
「ゆっ雪先生。この人達喰種ですよ!早く喰種対策局に連絡を…」
「……うん」
同じ喰種としてこの人達を助けたいって気持ちはあるけど、私は子供達を守る。
私は携帯を取り出し喰種対策局に連絡しようとするが、どうやらその必要は無かった様だ。
保育園の周りには約一五名の喰種捜査官達がネズミ一匹通さぬ。といった表情で取り囲んでいた。
これで一安心ですね。ですが、この人達が何をするかわかりません。警戒するに越したことはないでしょう……。
私は喰種の親子を見る。
「ママ、パパ、僕達死んじゃうの?」
「大丈夫だ…よ。
「そうよ。アナタは私達が守るわ」
女性の喰種と男性の喰種がこちらを向く。
「喰種である私達が貴方達にお願いするのは間違っているのはわかっています。ですが、どうか、どうかこの子だけは助けては貰えないでしょうか…」
「お願いします。どうか希望だけでも…」
二人は涙を流しながら必死に頭を下げた。
何度も何度も…自分達が人を喰らう化物であるにも関わらず、彼等は頭を下げ続けた。
その光景を黙って見ていた園長先生が彼等の前まで行き。
「彼等を助けましょう」
力強くそう言った。
「しっしかし、園長先生!」
「佐藤先生、確かに喰種は私達の命を脅かす天敵かもしれません。ですがあの光景を見てください。親が子供の為に必死になる。私達人間と何ら変わりません。あんな光景を見て尚、彼等を助けないつもりですか?」
「しかし…」
「佐藤せんせ、僕達からもお願いします。この人たちを助けてあげて」
私達は後ろから聞こえた幼い声に振り向く。
そこには、子供達が真剣な表情でこちらを見ていた。
「お前達まで…喰種は人を食べる化物なんだぞ?それでもいいのか?」
『うん!』
子供達全員が頷いた。
「はぁ、わかりました。喰種を…いえ、この人達を助けましょう!それに…」
佐藤先生はゆっくりと希望君に近づき。
「保育士として、子供が悲しむ姿なんて見たくないからね」
そう言って彼は希望君の頭を撫でた。
例え僅かな時間だったとしても…この選択が世界に何ら影響を及ぼさなくても…
喰種と人が、一つになった瞬間だと私は思った。
私は………私はその光景に涙を流して黙って見ていた。
「さて、そうと決まればまずはカーテンを閉めないとね。中の様子を捜査官さん達に見られたら大変だからねぇ」
……っ!? 涙なんて流している場合じゃないですね。
私は園長先生に言われた通りにカーテンを全て閉めた。
確かに、これなら外から中の様子がわからないので下手に突入できないはず。
何故カーテンを閉めたのか?と聞かれたら喰種に脅されて仕方なく、とでも言っておけば大丈夫でしょう。流石は園長先生です。
「じゃあ次は怪我をしているパパさんの止血ですね。雪先生、保健室から救急箱をとって来て下さい」
「園長先生、俺達喰種は怪我をしても自然に治ります。だから、大丈夫です」
「それでもやっておいて損はないでしょう。雪先生お願いします」
「…はい」
私は救急箱を取りにドアを開けて廊下に出た。
廊下に出た瞬間。左右から喰種捜査官が二人、私の方に走ってきた。
「大丈夫ですか?」
彼等は私を柱の後ろへと連れて行くとそう言った。
「…大丈夫です。でも、」
「ちょっと待って下さい」
私の言葉を遮ると、捜査官が無線を取り出して何やら話している。
『こちら佐賀一等捜査官。宇良準特等、人質を一名保護しました。突入するなら今かと』
『そうだな。クズの為にこれ以上時間をかけるわけにはいかない。全員、一分後に突入!』
『了解しました』
……え…突入?
「……突入するんですか?」
私は彼等が言ったことが信じられなかった。
「はい、ここは危険ですので貴女は避難していて下さい」
「でも、中には子供達が……助けないの?」
私がそう言うと彼等は互いに顔を見合わせた後、大きなため息をした。
「あのな、この状況でガキを助けるのは不可能だ。」
「……でも喰種から人命を守るのが貴方達の仕事でしょ?」
「はぁ、クズ共を狩るには少なからず犠牲が付き物だ。諦めろ」
「……でも子供達の親には何て説明するの?」
「我々が突入した時には、既に手遅れでした。とでも言っておけばいいんだよ」
「そうそう。喰種のせいにしとけばいいんだよ」
意味がわからなかった。
「どうし…『ドォオオン!!』て… 」
私が言い終わらないうちに、大きな爆発音がする。
それを合図に次々と部屋に突入していく捜査官達……
子供達の悲鳴が、泣き声が、佐藤先生と園長先生の叫ぶ声が聞こえる。
静かになった。
私はすれ違う捜査官達を無視して部屋に向かった。
私は部屋に入る。
私が一歩踏み出すとピシャリと血が跳ねた音がする。
私が走れば床に溜まっている血が私の足を、腰まである髪を血で赤く染める。
私は走るのをやめて床に転がっていたリョウ君の顔を持ち上げる。
私がリョウ君を抱えて歩きだすと、他にも様々な大きさの手や足が落ちていることに気づく。
私は立ち止まり周りを見渡す。
子供達も、園長先生も佐藤先生も…みんなが助けようとした喰種の親子もみんな死んだ。
ワタシ……全員殺した。
☆ ☆ ☆
そうだ……そうだそうだそうだ。
この世界を歪めているのはヒトでも喰種でもない。
私は、目の前にいるメガネを見る。
お前達……喰種捜査官だ。