東京喰種【赤鬼】   作:マツユキソウ

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19話を読む前に……

今回のお話は、色々とヤバイです。
今まで積み上げてきたものをぶち壊します。


それでも大丈夫な方のみ、お読み下さい。



また会う日まで

「私を捕マぇルぅ~?」

 

「そうだとも、君は喰種で私は喰種捜査官だ。捕まえるか殺す意外選択肢は無いだろう?」

 

赤鬼の雰囲気が変わってから雨がより一層強くなったが、赤鬼と真戸の会話ははっきりと聞こえる。

亜門は、自分の上司である真戸の様子を見ながら、何時でも撤退出来る様に後ろにいる局員捜査官の二人に静かに声をかけた。

 

「中島さん、真戸さんが一歩でも後ろに下がったら逃げて下さい」

 

「わかりました。しかし……」

 

中島はそこまで言うと口を閉ざす。

亜門は、中島が言いたいことがわかった。

(きっと、ヤツを前にして、逃げられるのか? と言いたいのだろうな)

わかっているのだ。

今の自分たちが、どんなに危険な状態に陥っているのか。

SSレート『赤鬼』

○△保育園襲撃事件をきっかけに、その存在が明らかになった喰種。

あの事件の後から、捜査官殺しを行うようになったヤツを捜査するということで、久土正人准特等捜査官と相棒である広野一等捜査官が担当だった筈だ。

定期的に送られてくる赤鬼の資料に、亜門は驚きを隠せなかったことを覚えている。

まず、赤鬼に狙われた捜査官の殆どが死んでいることに。

普通の喰種ではありえない身体能力、反射神経を持っていることに。

殺傷能力が高く、甲赫でありながら――甲赫が最も苦手とする形質変化をする赫子に。

 

そして……赤鬼が赫者であることに。

『赫者』、同種喰いをする喰種に希に見られる変化で、赫者になった喰種は、赫子を身に纏う様に展開すると亜門が読んだ資料に書いてあった。

(幾ら真戸さんでも、一人で赫者を相手にするのは無理だ。)

撤退の合図が出たら、体力、肉体の強度で勝っている自分が殿を引き受けようと決意する亜門は、クインケを持つ手に力を入れて赤鬼と相対する真戸の動向を見守った。

 

 

 

(さて……困ったものだ。撤退したいのだが、隙が全く見つからんな)

心の中で深い溜息を付いた真戸は、この場から撤退する為に数ある選択肢の中から最も良いものを選ぶ。

 

「さて赤鬼、だいぶ雨が強くなってきたな」

 

「ソウダねぇ、こレじゃあ外で鬼ごっこデキナイねぇええ」

 

それが会話だ。

見たところ、こちらが動かない限りは赤鬼も動く気配はない。

こちらが話せば赤鬼も何か返してくるので、その隙を狙って逃げるというのが真戸の作戦だった。

(赫者には驚かされたが、口調や性格が変わっている。原因は不明だが思考能力が低下していると見て良いだろう)

ならばこうして会話をしてれば、必ず隙が出来ると判断した真戸は、赤鬼を刺激しない様に自然体で話せる様、ほんの少しだけ身体の力を抜く。

 

しかし。

 

「んー……そろそろカウントが終わるけど、逃げなくていいの?」

 

「っ!! 今すぐ撤退だッ!!」

 

「何を?」と問いかけようとした真戸はあることに気がつき、亜門たちに撤退の合図をだす。

亜門は「殿は自分がやります」と言ったが、そんなことをしている場合ではない。

 

「亜門君、殿など無意味だ! とにかく走れ!!」

 

真戸は、自分の考えが間違っていたことに後悔する。

一秒でもこの場所に留まっていてはいけなかった。

赤鬼が「鬼ごっこ」と言った瞬間に逃げなければいけなかったのだ。

 

「3……2……1……ゼロ♪ じゃあ、追いかけるね!」

 

数メートル走った所で、真戸たちの後ろから声が聞こえた。

 

「亜門君! 彼等を逃がす。手伝ってくれ」

 

「はいッ!!」

 

確実に追いつかれると察した真戸は、局員捜査官である草場と中島を逃すために亜門と共に赤鬼と対峙する。

ほんの少しでも時間を稼げれば、局員捜査官の二人が赤鬼の情報を持ち帰ってくれると信じて。

 

「あれれぇ? 逃げないの? 鬼ごっこだよ? ルール知らないの?」

 

「知っているとも。別に逃げるだけが鬼ごっこじゃないだろう?」

 

「あー!! 確かにそうだね!!」

 

「アハハッ、そういえばリョウ君も囮になるために私に向かってきたっけ」と言いながらゆっくりと近づいてくる赤鬼。

両側から出た赫子が、片方は亜門を、もう片方は真戸へと伸びてくる。

 

「……今の君が本当の君なのかい?」

 

真戸が問いかけると、あと少しで真戸と亜門に赫子が届くという所で止まる。

 

「……どっちだと思う?」

 

「ッ!?」

 

赤鬼の口調は、赫者になる前の抑揚のないものに変わっていた。

真戸はわからなくなる。

先程までの明るく、感情の篭った声は赫者になった影響だと思っていたが、今の声は抑揚のない声。

どちらの彼女が本物で、どちらが偽りだ?

 

「ごっこ遊び……知ってる?」

 

「ごっこ遊びだと……まさかッ!」

 

赤鬼の言葉に、真戸は一番考えたくなかったことが真実である事に気付かされる。

呆然と立ち尽くす真戸と、その様子を見てケタケタと笑っている赤鬼。

状況がいまいちわからない亜門は、真戸に問いかける。

 

「真戸さん、先程から何を話し……」

 

「亜門君ッ!! 私は間違っていたッ!! 喰種にほんの少しでも同情した私が馬鹿だった。コイツはッ、この屑はッ!! 紛れもない化物だッ!!」

 

鬼の形相。

亜門でも今まで見たことのない程の憤怒の表情で、真戸は叫ぶ。

 

「クスクス……貴方の様に素敵な表情をするから……ごっこ遊びってやめられないの」

 

「貴様ッ!」

 

「でも、真戸さんの考えは一つ間違ってる。あの時の事件、お前たちが無謀な強行作戦に出たのは確かです……」

 

「なに? それな「でもね!! 子供達を殺したのはワタシ」

 

真戸の言葉を遮った赤鬼の言葉に、真戸と亜門は強い殺意が沸く。

 

「ごっこ遊び……そう、確かに私は保育士ごっこをしていた。でもね、私は本当に人間の子供がダイスキなの。太陽の様に明るく、温かい笑顔がスキ。希望に満ち溢れた顔がスキ。何でも信じちゃう純粋なところがスキ。言いだしたらキリがないくらい人間の子供のありとあらゆる所がスキ………………でもね、だったら私達はどうなの? 生まれてきた瞬間から世界に不必要とされて、子供の頃から一人で生活して、両親も友達も頼れる人もいなくて、毎日命を狙われて、絶望を味わって!! 未来に何の希望もなくてさッ!!!」

 

ゾワリと真戸と亜門の背筋を這う悪寒。

赤鬼から伝わってくる殺意、憤怒、憎悪…………悲しみ。

 

「だから私が殺してあげたの!! 痛みや悲しみ……絶望に歪むあの子達の顔が見たくなかったからさァ!! 人間の子供のくせに絶望なんて似合わないでしょぉ!!」

 

「クズが……」

 

 

真戸はそう言ってクインケを構え、亜門もそれに続く。

彼等に撤退の二文字はない。

勝てる見込みはない、だが、コイツを一秒でも早く殺さなければいけないと思っての行動だった。

 

赤鬼と彼等の戦いが始まろうとした直後――――銃声が響いた。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「店長、お疲れ様でしたぁ!」

 

「お疲れ様大橋ちゃん、また明日もお願いね」

 

「はい! 明日も頑張ります」

 

ビッグガールでのバイトを終えた私は店長に挨拶すると、仕事着から私服に着替えて外に出る。

夕方頃から降り始めた雨は、夜になっても止む気配はなく、むしろ強くなっている様子だ。

家から持ってきた水玉模様の折りたたみ傘を広げた私は、少しでも濡れないように足早にいつもの道を歩く。

 

そういえば、今日のシフトに雪ちゃんも入ってたけどいなかったなぁ……どうしたんだろ。

私は、店長がスカウトしてきた子の事を思い出す。

とても可愛くて、綺麗な白髪が特徴的な女の子、岸花雪。

無口で無表情で目が怖い子だけど、話せば返してくれるし、メールアドレスも交換した私の友達……になりたいな。

 

『わからない』

 

私は、この前雪ちゃんが言った言葉を思い出す。

何時も無表情でいる雪ちゃんがどうしても気になって質問した答えが、『わからない』だった。

あの時の雪ちゃんの顔は、本人は気づいていない様子だったけどとても悲しそうだった。

だから私は、お節介かもしれないけど、雪ちゃんの為になにかしてあげたいと思った。

 

「でもどうすればいいんだろうなぁ……」

 

さっぱり見当がつかない。

だからまずは、友達になるって事を目標にしてるけど……難航してます。

だって「友達になろう!」って言ったら「……私はもう友達だと思ってたのに」って言われたらどうしよう! とか「友達……いらない」なんて言われたらどうしようって思っちゃって中々声をかけれない。

 

えぇい! 何をうじうじしているんだ私!! 友達作りも恋と同じ、当たって砕けろの精神で頑張ろう!

「よーし、頑張るぞー!」と声を上げていた私に、「あの……」と、後ろから声をかける人がいた。

突然声をかけられてビックリしたことと、今の独り言が聞かれていたことに恥ずかしく思いながらも振り返ると、そこには一人の女の子が傘も差さずに立っていた。

雨に濡れているせいか、薄桃色のボブパーマの毛先に元気がない。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……大橋さん」

 

聞いたことのある声。

私は俯いている女の子の顔を恐る恐る見る。

 

「え……雪……ちゃん?」

 

いつも見ていた、とても可愛らしい顔立ち。

私の目の前にいる子は、岸花雪だった。

 

「その髪型どうしたの? 髪色もッ……傘差さないと風邪引いちゃうよ!!」

 

私は急いで雪ちゃんに自分の折りたたみ傘を渡そうとするが、手で止められた。

どうして? と言おうと雪ちゃんを見ると、とても優しい笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう大橋さん」

 

何に対してのありがとうなの? と言いたかった。けど、言えなかった。

私の横を通り過ぎた雪ちゃんが、消えるような声で……

 

「岸花雪は、もういない」

 

そう言った。

 

 





やっちまった。



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