東京喰種【赤鬼】   作:マツユキソウ

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……貴方の為に運んだわけじゃないから

「クソ! 寝坊した!」

 

枕元の時計を見ると十一時まで残り三十分。

本当だったら九時に起きる予定だったのに……こんなことなら深夜アニメなんて見るんじゃなかった。

いつもより少しお洒落な服を着て急いで家を出ると一目散にとあるお店に向かう。

 

「こんにちはー!」

 

「こんにちは」

 

途中。すれ違う人達に挨拶をするが、体力がない俺にはかなりキツイ行動だ。

でも、挨拶は大切だから。 しっかりしておかないと親父に怒られる……

急いで走っている俺は、何だか朝遅刻しそうになってパンを口に咥えて学校に向かうアニメの主人公みたいだ。

まぁ、俺は主人公でも何でもない只のモブだから、曲がり角で可愛い女の子にぶつかる事も突然現れた悪の組織から世界を守るなんてこともないんだけどな。

 

そんな事を考えながら走ること五分。

息も絶え絶えにお店に到着した俺は目の前に広がる長蛇の列に絶望する。

嘘だろ…まだ開店二十分前なのに……。

列の最後尾に着き、並んでいる人を見ると皆、男性ばかりで女性は五人ほどしかいない。

三十人位いるだろうか、開店前からこんなに人が並ぶことなんてかなり珍しいことだ。

別にこの店限定のグッズが売っているわけでもない。有名人の握手会があるわけでもないし数量限定の何かを売るような店でもない。

 

アメリカ発のチェーン店、「ビックガール」。

老若男女、その名を知らぬ者はいないほど有名なステーキ店で、俺のオススメはビッグハンバーグだ。

っと、今日は昼食を食べに来たのはオマケで俺の目的は別にある。

この店で働いているとある女性スタッフを一目見ようと、あわよくば料理を運んで貰おうと思ったからだ。

このお店で働いている女性スタッフは可愛い子が多い。ってか全員可愛い。

その中でも特に人気なのが大橋という苗字の女の子だ。

ショートの黒髪を元気に揺らし、笑顔で接待する彼女に心を奪われた者は少ない。俺もその中の一人だ。

だがしかし。俺の目的の子は大橋ちゃんではない! そして、多分こいつ等も違うんだろうなぁ。

俺は列に並んでいる人を見る。どれも顔がパッとしない……年齢=彼女いない歴みたいな奴らばかりだ。

まぁ、俺も彼女いないんだけどな……何だか悲しくなってきた。

 

コホン! それで、俺の目的は最近入ったばかりの岸花という苗字の女の子だ。

その子は大橋ちゃんとは真逆の子らしく、挨拶の声は小さいし終始無表情。他の子が笑顔で接待しているにも関わらずだ。

普通ならそんな子。面接の時に落ちるんだろうが、なんと店側がその子をスカウトしたらしい。

つまりだ、岸花ちゃんはかなり可愛い! いや、ただ可愛いだけではない! 

俺はチラシに写っている彼女を見る。

 

『……貴方の為に、運んだわけじゃないから』

そんな見出しと共に上目遣いで写っている岸花ちゃん。

新雪の様に真っ白な肌。腰まである髪は白銀の様に輝いている。顔立ちは……パーフェクト! 文句の付け所がない。 生気のない目が少し気になるが、それも味があって良いと思う。

そしてこのチラシ道理なら、岸花ちゃんは他の女性スタッフとは違いツンツンしているということだ。 

それがお店の方針なのか、岸花ちゃんが元々そういう性格なのかは知らないがこれだけは言える。

 

岸花ちゃんは俺の嫁。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「ふぁ!?」

 

……い、今一瞬だけすごい寒気がしました。風邪かな?

私は額に手を当てるがどうも風邪ではないらしい。

きっと、疲れているんですね。ここ最近忙しかったですから。

 

 

 

 

 

……今すぐにでも十一区に帰りたい。

私は誰にも聞かれないように深い溜息をつき。

 

「……臭い」

 

鼻いっぱいに広がるこの吐き気を催す匂いにまた深い溜息をつく。

うぅ、タタラさんの頼みなんて聞かなければ良かった。

「捜査官狩りを行う」と知らされたあの日。私だけは何故か「二十区に行って欲しい」と言われたので理由を聞きにタタラさんの所に行ったのです。

タタラさん曰く、「二十区の『あんていく』という名前の喫茶店を見張って欲しい」との事でした。

どうやら、そこにいる喰種が中々に面倒な人達が多く邪魔されると作戦に支障が出るらしいです。

面倒とはどういうことなのかはわかりませんが、私も一度だけあんていくに行ったことがあるので場所はわかっていますし、見張るだけなら何とかなると思い頷いたのですが……

 

私は自分の姿が軽々と写ってしまう鏡の前に立つ。

普段は履くことのない短いスカートに黒のハイソックス……恥ずかしいです。

周りを見渡せば私と同じ制服を着ている女の子達。

 

アメリカ発のチェーン店、『ビックガール』

私は今ここでスタッフとして働いています。

……運悪くここの店長さんに目を付けられて「是非ともウチで働いてくれ」と頼まれた私は、暫く二十区にいるならお金も稼げて丁度良いと思い頷いてしまいました。

 

どんな仕事なのか確認しなかった私の行動は軽率でした。

お陰でこんな恥ずかしい服を着せられて、匂いを嗅ぐだけで吐きそうになるこんな場所で働かされています。

ですが、他の子達とは違い「笑顔でいなくてもいい」という事ですし、話し方も「このマニュアル通りに話してくれれば大丈夫」とのことでしたので、無駄に神経を使わなくていいので幾分かは楽です。

 

………でもやっぱりこの匂いだけは我慢できません。気持ち悪い。

 

「岸花ちゃん大丈夫? 何だか顔色悪いよ?」

 

一緒に働いている大橋さんが心配してくれて声をかけてくれました。

この子は面倒見が良くて明るくて……私とは全然違う子です。

 

「大丈夫」

 

喰種だからこの匂いのせいで気持ち悪くなっているんです。なんて言えませんからね。

耐えろ私。 少しの辛抱……あれ? そういえば、何時まで見張っていればいいのか聞いていませんでした。

ど、どうしましょう。 

 

「無理はダメだよ? よーし! みんな開店時間だよ。今日も頑張ろ~」

 

『おー!』

 

彼女が声をかけると、全員が右手を上げて反応する。

私も……色々と頑張ろう。

 

 

 

「沢山のヒト……」

 

私が店内を見渡せば、ヒトヒトヒト。全ての席がヒトで埋め尽くされていました。

そして、どういう訳か殆どのヒトの視線が私に向けられています。

……気にしたら負けです。私はいつも通り注文を聞いて料理を運べばいいのです。

 

「……注文?」

 

すぐ近くの席で私を凝視していた若いヒトに聞く。

まだ注文する物が決まっていなかったのか、慌ててメニュー表を見た彼は直ぐに決まったようでメニュー表を閉じる。

 

「ビ、ビッグハンバーグを一つお願いします」

 

「……わかった」

 

「めっちゃ可愛いっす!」

 

「そう」

 

ここに来るヒトは皆さん同じことを言いますね。

まぁ、ヒトに褒められて嬉しくないことはないのですが、私が働き始めてもう何百回と聞いたセリフなので動じません。

馴れとは怖いものです。

 

 

 

「……どうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

ジュウジュウと肉が焼ける音と不快な匂いのするビッグハンバーグ…… とてもじゃないですが口に入れたくないモノですね。

注文のビッグハンバーグを持っていくと男のヒトは何かを待っている様にジーッとこちらを見る。

……はぁ。

 

「……貴方の為に、運んだわけじゃないから」

 

「うぉおおおお!!」

 

何故かこのセリフを言うと、ヒトは皆叫びます。

 

「……迷惑。静かにして」

 

「す、すみません」

 

「……じゃあ私は行くから」

 

私はマニュアル通りのセリフを言い、彼にお辞儀をすることなく去る。

 

「ヤバイ、可愛い。俺の桃源郷はここにあったのか」

 

去り際に彼が変な事を言っていましたが無視です。

 

癒されたい……子供がいる席はどこでしょう?

私はキョロキョロと周りを見渡す。

しかし、世界は残酷なもので目に付くのは私を変な目で見ているヒトばかり……絶望です。

 

……貴方達の為に働いているわけじゃないですから。

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「……お疲れ様です」

 

「お疲れ~またね」

 

バイトの時間が終わり、大橋さんに挨拶した私はそのままの服装で喫茶店『あんていく』へと向かう。

普段着もあるのですが店長が、「君がウチの制服を着て外を歩いてくれれば宣伝効果抜群だよ!」という事でしたので仕方なく着ています。

あと……お客さんが増えたら給料も上げてくれるとのことでした。そっちが狙いです。

喰種は「欲しいモノがあったら奪う」という考えの方が大半を占めていますが、私は「買えるなら買う」という考えです。変に事件を起こして目立っても嫌ですからね。

 

私が奪うのは喰種捜査官の人生だけ……くふ、アハハ……。

 

『あんていく』に向かう途中で何人かのヒトに「一目惚れしました付き合って下さい」「ハァハァ、お願いです踏んで下さい」等と言われたので誰も見ていないのを確認して眠っていただきました。

それにしても月山さんといい先程のヒト達といい二十区は変な……

 

ドン!

 

「っ……」

 

「いてて」

 

私とぶつかった若いヒトは尻餅をついてしまった。

……何時もなら気づくはずなのに、前方不注意でした。

 

「大丈夫?」

 

「あ、はっはい! 大丈夫です」

 

私が手を差し出すと私の手を取ることなく慌てて立ち上がった彼は、ペコリとお辞儀をして足早に去ってしまった。

……少しショックです。

ふと視線を下に向けると一冊の本が落ちていたので拾う。

 

「タイトル……虹のモノクロ」

 

彼の物でしょうか? 私は読書をしないのでどういった本なのかはわかりませんが落とし物なら今度会った時に渡さないといけませんね。

私は本を手提げバックにしまい歩き出す。

 

数分ほど歩き『あんていく』に着いた私はドアを開ける。

 

「いらっしゃい」

 

「こんばんは」

 

珈琲の良い香りと共に『あんていく』の店長である芳村さんが笑顔で出迎えてくれた。

私は芳村さんの目の前に座り周りを見渡す。

もう少しで閉店なのか店内には私以外のお客さんはいない。

 

「今日もバイトだったのかい?」

 

「……はい」

 

私がそう答えると「それは大変だったね。お疲れ様」と芳村さんが言って、何時も私が頼む珈琲を出してくれた。

 

二十区に来てから毎日の様に『あんていく』に行くので芳村さんに顔を覚えられたのか最近はよく話しかけられます。

私としては放っておいて欲しいのですが、しょうがないです……

 

珈琲を一口飲み、何となくテレビを見ていると芳村さんがケーキを私の所に置く。

 

「……頼んでない」

 

「あぁ、これは何時もバイトを頑張っている君に私からのプレゼントかな」

 

芳村さんは笑顔で答える。

とても嬉しいのですが……嬉しいのですが……

私は目の前に置かれたケーキを見る。

喰種は人肉しか食べれません。ヒトの食べ物を喰種である私が食べると吐き気を催すので食べたくないのですが……

チラリと芳村さんを見ると笑顔を崩さないまま私をずっと見ています。

食べるしか……ないですね。

私はケーキを一口食べる。噛んでしまうと吐きそうになるのでそのまま飲み込み、何回か噛むふりをする。それでも、何とも言えない味が口の中に広がる。

 

「美味しいです……」

 

吐きそうです。 でも、私が喰種だとバレると厄介なので我慢……我慢です。

「それは良かった」と芳村さんがまたも笑顔で答える。何でしょう悪意があるように見えます。

ケーキを食べ終わった私は珈琲を飲み干して珈琲の代金を払う。

 

「最近、物騒な事件が起きているから帰り道は気をつけてね」

 

「はい、また来ます」

 

『あんていく』から出て数歩だけ歩く…………トットイレは何処。

私は、全速力で駆け出した。

 

 

 

 




喰種であることを隠し人間社会に久しぶりに溶け込んだ?主人公。
何とかバレずに生活できそう、と安心する彼女だが…
しかし、彼女は忘れていた。とある人物の存在を……

何となく予告みたいなのを書いてみたかっただけです。


お気に入り60件……本当にありがとうございます!
色々とツッコミどころ満載な小説ですがこれからもよろしくお願いします。

あと少しで原作突入です。

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