UM☆アルティメットマミさん   作:いぶりがっこ

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五話「私がイクしかないじゃない!」

「ン……」

 

眩しい日差しを瞼越しに感じ取り、暁美ほむらが苦しげに瞳を開く。

徐々にクリアーなっていく視界と思考の中で、現在の自分が置かれた状況を確認する。

 

自らの格好を顧みれば、それは見滝原中学の制服姿。

おそらくは戦いの最中に気を失い、変身が解けてしまったのであろう。

ゆっくりと両手で結んで開いてを繰り返す。

先の攻撃によるダメージは奇跡的に皆無であったが、

ほむらはしかし、自分自身の体から、どこか言い現わしがたい奇妙な違和感を感じていた。

 

「――よう、ようやく起きたか?」

 

「暁美さん! 良かった」

 

ゆっくりと声の方を振り返れば、そこには同じく私服姿に戻った佐倉杏子と、

学校指定のジャージに身を包んだ巴マミ。

それに先ほどより、幾分落ち着きをとりもどした美樹さやかの姿があった。

 

「佐倉杏子、あなたの方は大事無いの?」

 

「おかげさまで、腹立たしいくらいにピンピンしてるよ。

 何せ久方ぶりの、健康な生身の肉体だからね」

 

「――生身の、体?」

 

杏子の迂遠な言い回しを受け、ハッ、とほむらが違和感の正体に気付く。

 

「……私、ソウルジェムを!」

 

「粉々に砕かれちまったよ、アイツに。

 何だか知らないが、私たちは魂を無理やり元の肉体の方に戻されちまったんだ」

 

言いながら杏子が忌々しげに目を細める。

見据えた彼方に映るのは、先ほど二人を襲った【竜】の姿。

異形の巨体は相変わらず不動のまま、悠然と天空を見上げているものの、

心なしかその両翼は、先ほどより白銀の輝きを増しているように見えた。

 

杏子の言葉の意味を、呆然とほむらが反芻する。

ソウルジェムこそは魔法少女の魔力であり、命そのものである。

生身の肉体など、彼女たちにとっては外付けのデバイスに過ぎない。

その一線が、魔法少女と生身の人間の運命を分かつ境界であった筈なのに……。

 

「そんな、まさか……、

 魔法少女は絶望によって魔女に至る一本道のハズ、

 インキュベーダーの狙いは、魔法少女が魔女に孵化した際のエネルギーを回収する事。

 その魔法少女から絶望を奪う魔女だなんて、存在自体が矛盾しているわ」

 

『……だが、もしもあの竜が、魔女とは別の存在だとしたら、どうかな?』

 

と、それまで沈黙を決め込んでいたUFOマンが、意味ありげに呟きをこぼす。

 

「魔女とは別の存在……、あなたには何か、心当たりがあるのね?」

 

『多分、アレはきっと我々が【怪獣】と呼ぶ生物だ。

 恐らくは幾つかのアクシデントが重なった事により、

 彼女――、鹿目まどかは魔法少女とは別の生命体となってしまったのだ。

 強いて名付けるならば、そう……【 大 怪 獣 ま ど ゴ ン 】に!!』

 

「…大!」

「……怪獣」

「………まど」

「…………ゴン?」

 

「………… …………」

 

『……ん? どしたのみんな、そんな怖い顔して?』

 

シン、と白けた空気が周囲を支配する。

遠い目を明後日の方角に向けるマミ、無言で首を振る杏子、

冷然と凍えるような視線を浴びせるほむら、がくりと大きく肩を落とすさやか……。

 

「……あのさあ、やめなよアンタ、こんな時に。

 こっちは真面目な話をしてるんだからさあ」

 

『な、何だと!? 私だって至って大真面目に……、

 いや、分かった! と、とにかく名前の方はもういい!』

 

「私たちに分かるように話して頂戴。

 そもそも、あなたの言う怪獣と言うのは、一体、何なの?」

 

『ウム。

 その前に、私の方でもいくつか確認しておきたい事がある。

 ……と、言うワケでそこの珍獣、いい加減に出てきたらどうだ?』

 

UFOマンからの唐突な指名を受け、瓦礫の影よりのそり、と白い獣の前脚が覗く。

あっ、とマミが小さな呟きをこぼす。

 

「キュゥべえ、あなた……」

 

『ようやくお出ましか? きゅっぷいランドの白い悪魔め』

 

「やあ、君にその名で呼ばれると言うのは、

 僕としても中々に感慨深いモノがあるのだけれど……」

 

『おい、思ってもいない嘘を吐くなよ?

 お前らにそんな繊細な感情があるのなら、

 まどか君をあんな姿になるまで追い込んだりするものか』

 

「それはとんだ誤解だよ。

 現在の状況は、彼女が自分の意思に基づいて行動した結果もたらされたものだ。

 それに彼女が決断しなければ、君たちはワルプルギスの夜に敗北していた可能性が高い。

 僕の助言が、あの場面において不適切なものだったとも思えないよ」

 

「こ、こいつ、よくもしゃあしゃあと……!」

 

涙目で詰め寄ろうとするさやかを遮り、UFOマンが渋い表情で言葉を重ねる。

 

『一つだけ確認しておこうか。

 インキュベーダー、お前はまどか君との契約をしくじった。

 そのせいで彼女は、通常の魔法少女とは異なる変態を遂げてしまった……、そうだな?』

 

「……その点については返す言葉もないよ。

 確かに僕たちは、鹿目まどかと言う特異点の存在を軽く見過ぎていた」

 

などと、口では殊勝な事を言いながらも、

一切悪びれる様子もない珍獣の懺悔が始まる。

 

「あの時、鹿目まどかが願ったのは、

 現在、過去、未来全ての魔女を滅ぼして、魔法少女たちの絶望を呑み込む事。

 その望外過ぎる願いはやがて、この宇宙の因果律までをも捻じ伏せて、

 今頃はまどかと言う新しい神様の元、世界の秩序が再構築される……筈だったんだけど」

 

『そこでヤツらに出し抜かれたと言うワケか。

 フン、宇宙の深淵を覗いた事もない青二才が、

 世界の管理人気取りで火遊びを繰り返すから、こう言うしっぺ返しを喰らうハメになる』

 

「その口ぶりからすると、

 やはり君には、鹿目まどかを襲った敵の正体に見当がついているようだね?」

 

『……【宇宙生命体】と呼ばれる、原始的な生物がいる。

 普段はスライムかアメーバーのような姿で宇宙を漂っているが、

 知的生命体の持つ、ある種の感情から生み出されるエネルギーを捕食して、

 我々が怪獣と呼ぶ姿へと変貌を遂げる。

 おそらくまどか君はその変態の最中、怪獣の(コア)に取り込まれてしまったものと考えられる』

 

「ある種の感情……、それは例えば、M.O.E.みたいなものかしら?」

 

ぽつりとこぼれたマミの疑問の声に、珍しく神妙な面持ちでUFOマンが首を振るう。

 

『奴らが専ら好餌とするのは、裏M.O.E……、

【M(見てくれ!)O(俺の)E(エナジー)】と呼ばれるエネルギーだ。

 君たちの言葉を借りるならば、自己顕示欲や情熱と言った類の感情だな。

 内に高まるM.O.E.とは真逆の、外に向かって発露する力と言えるだろう』

 

「自己顕示欲、かい?

 確かにあの時、鹿目まどかはあらゆる時空を超えた全ての魔法少女達に、

 自らの存在を知らしめようとしていた。

 彼女の純粋な願いが、図らずも裏M.O.E.に

 類似したエネルギーを生み出してしまったと言う事だね」

 

『そして、更にタチの悪い事に、怪獣たちの行動原理、能力は、

 核を構成する裏M.O.E.の性質に準拠する。

 まどか君の願いが、魔女の消滅と魔法少女の救済であったと言うのならば……』  

 

「あの怪獣の前では、全ての魔女は魔力を奪われ消滅し、

 魔法少女は問答無用でタダの少女に戻されてしまう。

 成程、それでようやく理解が追い付いたよ。

 世界中の魔法少女たちが現在進行形で力を失いつつあるのは、そう言う事情だったんだね」

 

『……! な、何……だと……?』

 

「おや、流石にそこまでは気付いていなかったのかい?

 もう一度、あの怪獣の足元を良く見てごらんよ」

 

キュゥべえに促され、一同があらためて怪獣の全容を見つめ直す、

よくよく観察すれば、相も変わらず白一色の上半身に対し、

その爪先はまるで大地に根を張ったかのように深々と喰い込み、

およそ生物とは思えない茶褐色に染まり始めていた。

 

「……あれは、何なの? アイツ、まるで植物の根っこみたいに」

 

「おそらくはその表現で正解だよ、美樹さやか。 

 あの怪獣は、大地と一体化した足元から、この地球にネットワークを張り巡らして

 地上に溢れる全ての魔力を探索しているんだ。

 今頃世界中では、多数の魔法少女たちを相手取って

 先ほどの君たちのような絶望的な戦いが繰り広げられているはずだよ」

 

「……ッ、他人事みたいに言ってんじゃねえッ」

 

どこまでも達観した珍獣の態度が腹に据えたのか、

佐倉杏子が苛立つように真っ赤なポニーテールをかき上げる。

 

「何が宇宙生命体だよ。

 おいキュゥべえ、お前らは有史以来、

 何千年も地球の女の子を喰い物にしてきたのが自慢だったよな? 

 それが何だって今更、よりによってこのタイミングで、

 そんなワケ分かんねえのに出し抜かれたりしちまったんだよ?」

 

「その件についても、今ならある程度の仮説が立てられる。

 彼ら宇宙生命体がこの地球に飛来した理由。

 それはきっと、あの特異の魔女、

 ワルプルギスの夜が活動を盛んにしていた事が原因だね」

 

キュゥべえの断定に、渋々ながらUFOマンが頷く。

 

『ああ、恐らくはな。

 他の魔女と違い、固有の結界に隠れる事を由とせず、

 己の力を誇示するかのように災厄を振りまいてきた【舞台劇の魔女】。

 奴ら宇宙生命体にすれば、彼女は高濃度の裏M.O.E.を常時放出する好餌にも等しい。

 彼女の存在が呼び水となって、宇宙の辺境にいた奴らが呼び寄せられたに違いあるまい』

 

「けれど彼らが地球圏まで辿り着いた時、

 肝心の魔女は、君たちの活躍によって少なからず疲弊していた、

 そして時を同じくして、件の魔女以上の新鮮なエネルギーを放つ少女が現れた」

 

「……それが鹿目まどか。

 結果、あの子は、まどかは怪獣の体内に取り込まれてしまった、のね?」

 

ぎりり、と暁美ほむらが奥歯を噛み締める。

一度はもう、時間を巻き戻さないと心に誓った少女であったが、

その【力】そのものを奪われた現状は、

どうしようもない歯痒さをもって少女の心を傷つけていく。

 

「で、でも、それじゃあ、この後、まどかはどうなるのさ?」

 

震えるさやかの声色に、シンと周囲が静まり返る。

 

「まどかは、元の姿に戻れるんだよね?

 このまま世界から全ての魔女がいなくなって、彼女の願いが叶ったなら……」

 

『さやか君……』

 

「残念だけど現状のままでは、彼女の願いは半分も叶ったとは言えないんじゃないかな」

 

深刻な空気も物ともせず、感情なき知的生命体が、淡々と事務的に事実を告げる。

 

「鹿目まどかの願いは、全ての魔法少女の救済。

 現在を生きる君たちは、確かに彼女の力によって、ソウルジェムを砕かれ無理やりに救われた。

 将来再び魔法少女たちが悲劇を繰り返す可能性も、ほぼ潰えたと言っていい。

 けれどそれだけでは、過去に魔法少女であった者たちが救われた事にはならないだろ?」

 

オオォォ、とキュゥべえの言葉を肯定するかのように、

彼方より怪獣の寂しげな咆哮が轟く。

 

「ご覧よ、あの竜の広げた翼の輝き。

 あの羽の一つ一つが魔法少女たちの魔力、祈り、奇跡の力そのものだ。

 この惑星を十回焼いても釣りがくるほどの莫大なエネルギー。

 それはつまり、この上まだ、彼女が次の局面を想定している事の証だよ」

 

「だけど、そんな力があった所で……、

 もう死んじまっている奴らを、一体どうやって救おうって言うんだよ?」

 

「さあ、流石に僕にもそこまでは?

 あの怪獣の頭を開いて見るわけにもいかないしね」

 

無責任に首を振るうキュゥべえの傍らで、

珍しくも深刻な表情の異星人がゆっくりと顔を上げる。

 

『――その昔、退廃に向かう母星の危機を救うため、

 故郷に小惑星を落下させて、

 人が住めなくなる程度に破壊しようと考えた男が居た……』

 

ポツリ、と零れたUFOマンの呟きに対し、

たちまち少女たちの頭上にクエスチョン・マークが浮かぶ。

 

「……ええっと、UFOマン、こんな時に何のたとえ話かしら?」

 

「何なのそいつ? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

『ああ、確かに今にして思えば、そいつってホント馬鹿だ。

 しかも心の中ではいつもお母さんを探し求めている純粋な人で、

 タイマンで負けた途端すごい勢いで負け惜しみを始めるような情けない奴だった。

 だが、それでもその男の行動は、一つの真理を示しているのだ。

 即ち……、土台を治そうと思ったら、

 まずは積み木を全て崩してしまう方がてっとり早い』

 

「――! ビッグ・バン……、

 大怪獣まどゴンは、現行の宇宙を消滅させるつもりだとでも言うのかい!?」

 

「――!?」

 

ビッグ・バン。

SF小説か、さもなくば超インフレバトル漫画くらいでしかお目にかかれないキーワードの登場に

たちまち少女たちが色めきだつ。

 

「いや! いやいやいや、いくら何でもそんな……」

 

「あり得ないわ!

 宇宙を一度滅ぼした所で、魔法少女を救えなかった事実が消えるワケじゃない。

 そんな不条理、あのまどかが選択するとは思えない」

 

『暁美ほむら……、あれはもう、君の知っているまどか君ではない。

 怪獣の根幹にあるのは、あくまで原始的な本能のみ。

 アイツに知性や愛情などを求める事はできんよ』

 

「それに、本当にあの怪獣に、ビッグ・バンを引き起こす力があるかどうかは、

 僕らにとっては大した問題ではない。

 一つだけ確かな事は、あの膨大な魔力が一度に解き放たれたならば、

 少なくともこの銀河系は丸ごと吹っ飛ぶと言う事実だけだ」

 

『フン、ざまあないなインキュベーダー。

 せいぜい次の宇宙では、

 エントロピーを危惧する必要がない世界が生まれる事を祈っておくといいさ』

 

「おや、君もずいぶんと投げやりになったね?

 けれど、その気持ちはよく分かるよ、UFOマン」

 

感情が無い、と言う謳い文句を証明するかのように、

この段になってもどこか他人事のようにキュゥべえが語る。

 

「彼女は幾つもの偶然の積み重ねによって誕生した、文字通り魔法少女にとっての天敵だ。

 勿論、現行の人類の兵器が束になった所で太刀打ちできる相手では無いし、

 彼女に勝てる駒を用意するような時間もない。

 僕の方は文字通り万策尽きた、まさにお手上げってやつだ」

 

「あら、そのセリフはちょっと違うわよ、キュゥべえ」

 

「――え?」

 

言いながら、巴マミが軽く一伸びして、

しかる後に完璧なシャフ度でもってインキュベーダーに振り返る。

 

「遠まわしに逃げ道を塞いでいくのが、いつもの貴方のやり口らしいけど、

 そんなんじゃ人の気持ちは動かせないわよ?

 それとも感情を持たない貴方たちでも、

 自分より下等と見下す相手に頭を下げるのは、嫌なものなのかしら?」

 

「お願いしますマミさん、どうか僕たちを助けて下さい」

 

いともあっさりと、事務的に、清々しくもキュゥべえが頭を下げる。

ふぅっ、とマミが呆れたようにため息を吐く。

 

「まあ、貴方たちならそんなものなんでしょうね。

 ……UFOマン、もう一度だけ変身するわ」

 

『ああ、とは言え本日もう二回目だからな、あまり長くはもたないぞ』

 

「ワンチャンスあれば十分よ」

 

「って? お、おい、待ってって!? 無茶だマミ!」

 

まるで休憩明けの部活動にでも望むかのように、軽く腰を上げた二人に対し、

あわてて杏子が立ち塞がる。

 

「アイツはワルプルギスの夜ですら呑み込んじまうような化物なんだぞ!

 万全の状態のアルティメットマミさんですら、

 あの魔女には太刀打ちできなかったって言うのに、今更――」

 

「それは、私が、M.O.E.と言う物の本質を履き違えていたからよ、杏子。

 けれど今は違うわ」

 

そっと、巴マミがほっそりとした指先を向ける。

その先には、呆然と天空を仰ぐ白竜を取り囲む群衆が見えた。

 

「見て、避難所を飛び出してきたあの人だかり、それに報道のヘリまで……、

 今やこの見滝原市中の全ての目が、あの怪獣の動向に注目していると言えるわ」

 

「……そうか、そう言う事か」

 

「あ、あんな所に巨大化して飛び込むのは、

 想像しただけで恥ずかしくて、死にたくなるほど辛い事なんだけど、

 けれど、だからこそ、あそこでなら今までに見せた事も無いような、

 最大レベルのM.O.E.を放つ事が出来ると思う」

 

「アルティメットマミさんの能力なら十分に勝機はある。

 それは僕からも保障させてもらうよ。

 まどゴンは確かに過去最強の魔法少女を素体とする怪獣だが、

 そのリソースの大半は【魔女を滅ぼす】と言う特性に費やされている。

 額に十分な衝撃を与えさえすれば、その核を砕く事も可能なはずだよ」

 

「核を砕く……、待って!

 そんな事をしたら、まどかは……、まどかはどうなるの!?」

 

振り絞るように放たれた、ほむらの悲痛な声に、

明るくなりかけた雰囲気が再び陰る。

 

『……裏M.O.E.の結晶体である核を破壊する。

 それ以外の怪獣の攻略法を、私は寡聞にして知らない。

 そもそも、生身の人間が怪獣の核に取り込まれてしまう事自体が異例のケースなのだ』

 

「イヤッ! そんな話、聞きたくは無いッ!!」

 

「……暁美さん」

 

「……お願い……、お願いマミさん、まどかを殺さないで……」

 

水を打ったように静まり返った空気の中で、ただ少女の慟哭のみが響き渡る。

もしもこの世界が、未だ魔女の呪いに縛られたものであったならば、

少女の祈りと絶望が、近い将来に新たな局面を作り出していたかもしれない。

 

だが、この世界にもはや魔女はいない。

ただの少女と、その少女たちをこよなく愛するヒーローがいるだけだ。

 

「……もう、ダメじゃないUFOマン。

 ちゃんと彼女に分かるように、最後まで説明してあげなきゃ」

 

「えっ?」

 

ぱちくりと瞳を瞬かせるほむらの前で、マミがぷっくりと頬を膨らませる。

 

「暁美さんには、前に話した事が無かったかしら?

 UFOマンには、他人の肉体を再生させる特技がある。

 その力で私は過去に一度、彼から命を救われたんだ……って」

 

「あ……!」

 

「私のM.O.E.で怪獣の核を破壊したら、すぐに変身を解除する。

 その後でUFOマンが鹿目さんの肉体を再生させれば、それで全て解決よ」

 

「マミさん……、本当に?」

 

『おいおいマミ、君は簡単に言ってくれちゃってるけどさ~。

 アレは一回やっちゃうと、

 私、ものスゴ~~~~~~っく疲れちゃうんだけど?』

 

「男の子でしょ? いちいち文句言わないの!」

 

予定調和の掛け合いを重ねつつ、UFOマンが見事なイチモ……、もといをにょきりと伸ばす。

 

「暁美さん、さっきも言ってわよね?

 魔女は魔法少女が決着をつけるべき存在だ、って」

 

「…………」

 

「だとしたらやっぱり、あの怪獣は私とUFOマンの力で倒すべきだわ。

 だから大丈夫、後の事は全て、私たちに任せておいて」

 

「……マミさん、ま、待って……!」

 

『――さあ、イクぞマミ! 準備の方はいいか?』

 

「ええ、今度こそ本当に終わりにするわ!」

 

思わず引き止めようと差し出された暁美ほむらの手をすり抜けて、

巴マミがUFOマン自身をぎゅっと握りしめる。

 

『たかが怪獣ひとつ! 私とマミで押し出してやる』

 

「――アルティメット、フィナーレ」

 

どこか寂しげに瞳を閉じたマミの頭上に、ヒーローの無垢なる情熱が降り注ぐ。

エントロピーを飛び越して高鳴る少女の想いが、

その手に、その腕に、その脚に溢れだして、無限の力となって膨らんでいく……。

 

(……ありがとう、UFOマン)

 

(ン? どうしたマミ、今更になって……)

 

(さっきの、私の嘘に、話を合わせてくれた事)

 

(……ウム、さっきはほむら君の手前、ああ言ったものの、

 私の力ではもう、どうする事もできん。

 今の私には、まどか君に分け与えるための肉体が、もう残されていないのだ)

 

(それを聞いて安心したわ。

 彼女の蘇生に費やせる肉体さえあれば、

 鹿目さんを助ける事が出来る、そうでしょ?)

 

(何を……、ま、まさかッ!?

 巴マミ、君の体を……!

 馬鹿な! 私にそんな残酷な事をしろと言うのか!?)

 

(ねえUFOマン、彼女は、鹿目まどかは何も悪くない。

 ただひたむきに、私たちの幸福を祈ってくれただけの女の子よ)

 

(…………)

 

(彼女の事を、絶対に諦めたくない、絶対に助け出したい。

 だからお願い、私の我侭を聞いて下さい)

 

(……マミ、君は)

 

 

「ああーっとォ!? み、みなさん、あれをご覧下さい!

 スーパーセルの到来に震える見滝原市を襲った、突然の怪獣騒動!

 混沌とする現場に呼応するかのように、今、新たな巨人が姿を現わしましたッ!!」

 

「あれは……! に、似ている……。

 黄色と白のツートンカラーのスーツ、額に輝く青色の宝石、

 滑らかなロールを描くブロンドのツインテール、

 そ、そして何より、見るもの全てを虜にすると言うあの巨乳~~~~ッ!!

 彼女の姿は、全てがあの【アルティメットマミさん】の目撃条件と一致しますよッ!」

 

 

――アルティメットマミさん、現る。

 

 

巨大なおもちゃ箱を引っ繰り返したかのような災害と怪獣騒ぎの果て、

満を持して登場した見滝原のヒーローの勇姿を前に、

取り巻く野次馬のそこかしこからざわめきが溢れだす。

 

「アルティメットマミさんだって!?」「あんなの、ただの噂話じゃ……」

「間違いないわよ、あんな凄いおっぱい、忘れたりしないわ」

「そう言えば私も、夢の中で、会った、ような……?」

「馬鹿な、お前ら揃いも揃って……」

 

 

「いい加減にしてよッ! みんな!!

 アルティメットマミさんは、現にあそこにいるじゃないッ!?」

 

 

――周囲のノイズを引き裂いて、青髪の少女が悲痛な叫び声を上げる。

 

 

「みんな、誰も知らないかもしれないけれど、

 それでも彼女は、いつもああやって一人で、この町の平和を守り続けてきたんだよ!

 それがマミさん、アルティメットマミさん……、 

 みんなが覚えてなくたって、私たちの最高のヒロインなんだァ―――――ッ!!」

 

「うんにゃ! ボクは忘れてはいないっすよッ!!」

 

「――! つ、つぼみ先輩!? いつの間に……?」 

 

「みんな、全てはさやかちゃんの言う通りっす!

 白絹! ヴィヴィ! こう言う時は絶唱と相場が決まっているっすよ!

 ボクたちの全身全霊を込めた【 マ ミ さ ん の テ ー マ 】で、

 彼女にフォニックゲインを届けるっす!」

 

「うん……! うん! さすがつぼみ先輩、頼りになるっす!」

 

遥かな因果を捻じ曲げて、今、ガチリと固い握手を組んだ二人の少女。

奇跡が繋いだ魂のクロスオーバーに、オオオオ、と歓声が巻き起こる。

 

 

 

「ようし、そう言うワケだよ町内会長!

 これまでアルティメットマミさんには、散々甘い蜜を吸わせてもらって来たんだ。

 ここであの子たちに遅れを取るようじゃ大人が廃るよ!」

 

「オウよ詢子さん! オレたち見滝原商店街の底力を見せてやるぜ」

 

「高校生特派員、諸星真、出撃!!」

 

「時に中沢くん! 男とは何ぞや? 大鐘音? それとも喝魂旗?」

 

「えええええっ!? お、押忍、両方じゃないかと……」

 

「ん~~~~~~~~、その通りです!! じゃあ旗手お願いね!!」

 

「話は全て聞かせてもらった! マミさんのテーマは僕が弾こうッ!」

 

「か、上条くんッ!? いつ退院なされたんですの?」

 

「現代医学ナメんな! ファンタジー!」

 

「院長先生!? そんな、キャラまで変わって……!」

 

「きょ!にゅ!うっ! きょ!にゅ!うっ!」

 

「落ち着いてください岡村さん!? 全国放送ですよッ!」

 

「ようし……、俺の体を、マミさんに貸すぞォ!!」

 

「ショウさんホントそう言う引出し多くて羨ましいッスよ」

 

「ヒャッハーッ! マスターロリのステージだぁ道を開けろォ!!」   

 

「見滝原がダメになるかどうかの瀬戸際なんだ! ヤッてみる価値はありますぜ!」

 

「まみあん! まみあん!」

 

「そうだねタッくん、マミさんだね」

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――ッ!!!!!」

 

 

 

燃え盛る熱狂の中、中沢少年一世一代の雄叫びが遂にエントロピーを凌駕して、

見滝原商店街名物【アルティメット☆マミ塾旗】が、遥かな天空へとそそり立つ。

朋友の勇姿を見届けた上条が、愛用のバイオリンをゆっくりと構える。

 

 

――やがて見滝原の空に、史上もっとも流麗かつ素朴なマミさんのテーマが響き始めた。

 

 

「さーるてぃー ろいやーりー♪ たまりーえー ぱーすてぃあらーやー れーすてぃんがー♪」

 

「さーるてぃー ろいやーりー♪ たまりーえー ぱーすてぃあらーやー れーすてぃんがー♪」

 

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

 

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

 

 

「ガンバレー! アルティメットマミさん!」「あなたの後ろには私たちがついているわ!」

「私たちの未来を!」「大切な友達を!」「自分自身の夢を掴み取れ、マミ!」

 

 

「さーるてぃー ろいやーりー♪ たまりーえー ぱーすてぃあらーやー れーすてぃんがー♪」

 

「さーるてぃー ろいやーりー♪ たまりーえー ぱーすてぃあらーやー れーすてぃんがー♪」

 

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

 

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

「フレェ―――ッ フレェ―――ッ マーミーさんッ!」

 

少女たちの無垢なる歌声が、男たちの命の叫びが輪唱となり、

巴マミの胸の奥で柔らかな鼓動を刻み始める。

 

「……聞こえるか、巴マミ、君の名を呼ぶ彼らの声が?

 君がこの見滝原で続けてきた孤独な戦いは、ちゃんと彼らにも届いていたんだ」

 

「ええ、ありがとう、UFOマン。

 私、わたし……、わたし今、 す ご く 恥 ず か し い 」

 

万雷のエールを一身に浴びながら、

アルティメットマミさんが、一歩、また一歩と歩みを進める。

 

「 オ オ オ オ オ オ オ ォ オ ォ ォ ―――ッ!!」

 

大きく変わってしまった流れを取り戻さんばかりに、大怪獣が狂乱の咆哮を轟かせ、

直ちにありったけの光弾の嵐が超人目がけて降り注ぐ。

煌めく光の矢が命中する度に体を覆うスーツが爆ぜ、白磁のような白い肌が、

豊かに実りの時を迎えた豊丘が、健全な魅力にあふれた大ぶりの太ももがこぼれだす。

それでも尚、アルティメットマミさんは悠然とした歩みを止めない。

 

「聞いて、鹿目さん」

 

一足一刀の間合いに及んだマミが、剥き出しとなった両手を広げ、

その神々しいばかりの裸身を大らかにも曝け出す。

巨大乙女の全身からこぼれ出した淡い輝きに怯えるように、怪獣が一歩後ずさる。

 

「鹿目さん、私たちを脅かす悪い魔女はもういないわ。

 暁美さんも杏子も、普通の女の子に戻る事が出来た」

 

幼子を諭すような優しい声色で、更にゆっくりと一歩を踏み出す。

 

「全部、あなたの優しさのおかげよ。

 ありがとう鹿目さん、私の大切な友達を助けてくれて」

 

「……オォオオォォン」

 

巴マミの言葉を理解したかのように、優しげな瞳の竜が一つ嘶く。

 

「だから、だからね鹿目さん、もう頑張らなくてもいいの。

 後は全部私に任せて。

 私にも少しだけ、先輩らしい仕事をさせて」

 

広げた両手を前へとかざして、そっと竜の両頬を包み込む。

陽光が透き通る氷を溶かすように、親鳥の温もりが卵の目覚めを促すように。

神秘的な輝きを放つ竜の宝石に、ピシリ、と薄くヒビが入る。

 

 

 

 

(…………ん)

 

柔らかな光を受け、鹿目まどかがゆっくりと瞳を開ける。

透き通るようなクリスタルのフィルターの先で、

在るがままの姿の乙女が、まどかの良く知る笑顔で微笑んでいる。

 

(マミさん……、キレイ……)

 

知らず少女の両頬を、つ、と一筋の涙がこぼれる。

野生の獣がそうであるように、惜しみなく生きる者の姿はそれだけで美しい。

 

「大丈夫、もう何も怖くないわよ、鹿目さん」

 

ゆっくりと巴マミが瞳を閉じて、その淡い唇を竜の額へと近づけていく。

 

「……ティロ・フィナーレ」

 

 

 

――そして淡い輝きが満ちる中、少女がポツリ、と最後の必殺技を口にした……。

 

 

 

 


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