UM☆アルティメットマミさん   作:いぶりがっこ

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四話「女子力が息してないじゃない!」

十六日未明、突如として発生した異常気象を前にして、

見滝原市は近隣住民に対し避難勧告を発令した。

 

避難先となった体育館に多くの人々が身を寄せ合う中、

少女は一人廊下の途中で、窓ガラスを激しく叩く嵐を見つめていた。

 

「マミさん……、みんな……」

 

ポツリとその少女――、鹿目まどかの口から、心細げに吐息が漏れる。

どこにでもいる中学二年生、普通の女の子に過ぎない彼女だが、

それでも彼女は知っているのだ。

気象庁ですら予測のつかなかった天変地異の前触れが、

世を呪う魔女と魔法少女たちの戦いの幕開けである事を――。

 

「彼女たちの事が心配かい、まどか?」

 

「えっ?」

 

久方ぶりに耳にしたその声色に、ぞわり、とまどかの首筋が泡立つ。 

おそるおそる振り返れば、少女の視線の先には。

 

「……キュゥべえ」

 

その名を呼ばれる事を喜ぶかのように、真っ白な尾が緩やかに震える。

キュゥべえ――【インキュベーダー】

魔法少女の生産と放牧を生業とする、四足の畜産業者。

人見知りの女の子を扱うかのように、出会った頃のままの笑顔で悪魔が微笑む。

 

「そう警戒しなくたっていいよ、まどか。

 これまでも僕は、魔法少女と言うシステムが生み出す功利について言葉を尽くしてきた。

 その上でなお、優先されるのは君自身の意志だ。

 きみが魔法少女になる事を望まぬ以上、こちらも強いて干渉を続けるつもりはないよ」

 

「けれど、それならどうして、今更になって私の前に現れたの?」

 

「それは勿論、僕の力が必要になるかもしれないと思ったからさ。

 もしかしたら今日、君が心変わりをして、魔法少女の力を必要とするんじゃないかってね」

 

言いながらキュゥべえが欄干に飛び乗り、

まどかと肩を並べる形で窓の外の惨事を見つめる。

 

「頭の良い君なら、ここまで話せば僕の意図は分かると思うけど……?」

 

「…………」

 

「そう、彼女たちは負けるよ、このままだと確実に。

 敗因は計画段階での単純な見落とし。

 感情と言う現象に対して、僕よりも遥かに知悉しているはずの彼女たちなのに、

 どうしてこんな致命的なミスに誰も気が付かなかったのか?

 君たち人類の思考は、とてもじゃないが理解できないよ……」

 

 

開演の時刻がやってくる。

カトリーナとキャサリンが同時にやってきたかのような荒天の中、

異形のパレード達が行進を始め、かつて少女であった者たちの歓声が響き渡る。

 

二人の魔法少女と一人の超人が天空を見上げる。

渦巻く瘴気のカウントダウンが始まり、そして――。

 

「先行する」

 

ポツリ、と暁美ほむらが呟く。

刹那、開幕を告げるハズの魔女の哄笑をキャンセルして、

対戦車ロケット砲の一人一斉射撃が直撃する。

爆風で流された巨体の先に、これまた狙い澄ましたかのように迫撃砲の援護が火を吹いて、

ドワォズワォと天空を灼熱で染め上げる。

 

「こ、これがサポート……?

 暁美さん、第三次大戦でも始めるつもりなの?」

 

『あ……、ありのままに起こった事を話すじょ。

 魔法少女のお手並みを拝見するつもりが、気が付いたらコマンドーを見ていた!

 ポルナレフ状態だとかヤムチャ視点だとか言うレベルじゃない、もっと恐ろ――』

 

「問題ない。

 原作のファンにとっては、いつもの見慣れた光景よ」

 

わざわざメタい事を言う為だけにテレポートして戻って来たほむらさんが、

しかし次の瞬間には、遥か彼方の川底から秘密兵器と共にせり上がってくる。

時を駆ける魔法少女の放つ渾身の地対艦ミサイルがドテっ腹に直撃し、

とっておきのダメ押しトマホークともども爆裂する。

圧倒的な近代兵器の実力が、古の魔女を吹っ飛ばし、そして……!

 

「よっしゃあァッ!!」

 

飛んだ先には穴ッ!!

何故かたまたま掘ってあった、

魔女の体がまるごとすっぽり収まるような、悪戯を超えた超落とし穴。

底深い穴の底で、まるでわんぱく少年のように杏子が大槍を振り回す。

 

「ドンピシャじゃねえかっ! こっからは私が仕切らせてもらうよ」

 

爆薬数十トンよりも頼もしい魔法少女、佐倉杏子が威勢良く啖呵を切る。

振り回す豪槍が幾段にも分離して、坑道の外周より螺旋を描いて魔女を襲う。

坤の一節一節より枝分かれした数多の穂先が、鉤爪のように魔女の全身に喰らいつき、

その全身を縛り上げながら、捻じれた一本の巨木のように力を収束させていく。

この段になっても、魔女は勘触りな高笑いを止めようとしない。

 

「ニヤついてんじゃねえェ―――ッ!!」

 

激昂のままに杏子が石突きを振りかざして大地を叩く。

直後、絡み付く棍が巨大な槍となって天を貫き、異形の巨体を逆さまに磔にする。

 

「準備はいいぜ! マミ、ドテッ腹ブチ抜いてやりな!!」

 

『おおッ! さすがは杏子さん、

 今までロクな見せ場が無かったのがウソのような活躍ぶりじゃないか!』

 

「お前は私を何だと思ってたんだッ!?」

 

「ようし……、アルティメット、イクわよッ!!」

 

メイン・ストリートを一直線に、大股のストライドで乙女が駆ける。

 

『ホップ!』

息を弾ませ大地を踏み切り――、

「ステップ!」

交差する左足で河川を飛び越え――、

 

『カール・ルイスッ!!』

 

敢えて定石を破り、勢い良く両足で踏み抜いて乙女が跳ぶ、

前方ではなく、巨体は遥かに上空を目指して弧を描く。

目測を大きく誤った前方宙返りは、標的のはるか手前に落下する。

 

――かに見えた刹那、菅原文太もかくやと言う勢いでカッ飛んできたトラック・ガールが、

  中空でマミさんと横一文字に交錯する!

 

「フィニッシュ・ムーヴよ、飛びなさい、マミ!」

 

『おおっ、ほむほむを踏み台に!?』

 

「デュワ!」

 

空中で幻の四段目を踏切り、鮮やかなムーンサルトで天空へと駆け上る。

遥か眼下に獲物を見据え、少女の瞳に猛禽のきらめきが宿る。

 

『イケる! この高さがあれば通常の三倍の回転が狙えるぞ』

 

「ティロ……、フィナアアァ―――レエェェェ――――――――ッ!!(物理)」

 

全身に強烈な捻じりを加えながら両足を繰り出す。

 

通常の巨漢レスラーの十倍に匹敵する、アルティメットマミさんの百六十文キック。

両足で勢い良く踏み出したならば、倍率ドンの三百二十文ロケット砲。

更にそこに通常の飛翔天女の二十倍の跳躍と、

通常の三十倍のスクリュースピンスライディングが加わった時、その威力は――!

 

160×2×20×30 = 192,000文キック!! 

 

実に一万二千馬場力と言う驚異的なエネルギーを得て、

一条の弾丸と化した乙女が本丸へと吶喊する。

 

「…………ッ!」

 

迫りくる脅威を前に、初めて魔女の哄笑が止まる。

対抗する暇も与えず、究極少女が鳩尾に深々と抉り込む。

 

『「 い っ け え え え ぇ え え ぇ ぇ―――ッ!!」』

 

少女と宇宙人のユニゾンが大気を震わし、魔女の全身が激しく波打つ。

その一念は万物を貫き、繰り返される舞台劇に終止符を打つかのように思われた。

 

――だが、

 

≪ キ ャ ァ ー ハ ハ ハ ハ ハ ハ ッ ッ ッ !!!! ≫

 

「――!?」

 

再び、狂ったような嘲笑がこだまして、邪悪が鎌首をもたげて圧力を増す。

大きく弾かれたマミさんが、反動のままに川面を転がり水しぶきを上げる。

 

「や、破られた、の? 渾身のティロ・フィナーレが……?」

 

「来るぞマミ、いつまでも呆けてるんじゃねえッ!?」

 

「~~~~~ッ!」

 

束の間の思考を打ち破り現実へと戻ったマミの前に、

突如、炎を纏った高層ビルが砲弾と化して突っ込んでくる。

回避の猶予は無い。

 

『マ、マミッ!?』

 

「くううぅ~ッ! こ、こんなモノォ―――ッ!!」

 

大きく腰を落とし、超質量を真っ向勝負で受け止める。

勢いのままに大きく弾き飛ばされながら、それでもマミが咆哮を上げて立ち向かう。

土俵際一杯で踏み止まると、渾身の水車投げでベクトルを上方へとハネ上げる。

しばしの間、大きく肩で息をついた巨大乙女の背後で、大地がズン、と激しく揺れる。

黒煙に揺らぐ視界の彼方で、磔刑を脱した魔女の高笑いが絶頂を迎える。

 

「……あの一撃に耐えきるなんて、

 どう言う事なの、アイツ、この戦いの中で成長したとでも言うの?」

 

『いや……、間違いなくヤツにもダメージはある。

 ほむら君の立てた計画も、君たち三人の連携も完璧だったと言っていい。

 過ちを犯したのは私だ。

 今のアルティメットマミさんには、敵に最後の一押しを加える決定打が欠けていたのだ』

 

「UFOマン……、それは、一体?」

 

ピコーン、ピコーンと言う絶望的なアラームを響かせて、シンデレラの舞踏会が終わりを告げる。

蕩けるスーツの隙間から肌色が広がり、柔らかなわがまみボディが重力に惹かれてたわわに踊る。

その段になってようやくマミにも、自分の身を襲っている異常事態の正体が理解できた。

 

「そんな……、力が、M.O.E.が溜まらない……?」

 

 

「M.O.E.とは、思春期の少女たちが抱く羞恥心と言った感情を

 瞬間的に爆発させて生み出すエネルギー。

 これは初めて彼らに出会った時、他ならぬUFOマン自身が教えてくれた事だ」

 

一切の感情が宿らぬガラス玉の瞳を窓の外に向けて、キュゥべえが淡々と言葉を紡ぐ。

 

「そして羞恥心とは、

 自身の醜態が他人の目に曝されていると言う自覚があって、初めて成立する感情だ。

 アルティメットマミさんが本来の力を発揮するには、周囲にそれなりの観客が必要だと言える」

 

「一体、何を言いたいの?」

 

「分からないかい?

 今日はその観客となるべき見滝原市民の大半が、この避難所に逃れてきてしまっている。

 戦いの舞台選定の段階で、彼女たちは最悪の選択をしてしまったわけだ」

 

「そんな事……、け、けどこれまでだってマミさんは、

 魔女の張った結界の奥で人知れず戦い続けて来た筈だわ。

 そう、ほむらちゃんや佐倉さんの存在が、マミさんの力になっていたハズ……」

 

「羞恥心、と言う感情を紐解くのに重要なのは、

 当人と対象との距離感、心の壁の存在だと僕たちは解釈している。

 今の巴マミは、暁美ほむらや佐倉杏子に対し、実の家族にも等しい信頼を置いている。

 けれどまどか、肉親の前で肌を晒すのを恥ずかしがる子供なんているかい?」

 

「それは……」

 

「更に付け加えるならば、

 巴マミが、こと戦闘に関して天才的な資質を有していたのも仇となった。

 限られたエネルギーを効率よく運用し、一撃で確実に相手を仕留める。

 彼女の才能は短期間の内に見違えるように開花し、結果、

 M.O.E.の限界値自体が大きく減衰している事に、

 誰一人として気付かないと言う異常事態に陥ってしまったんだ」

 

「…………」

 

「僕の言葉なんて信用できない、かい?

 でもまどか、状況が今、まさに僕の推測通りに運んでいる事は、

 直接現地を見るまでもなく理解できるはずだ」

 

言いながら頭を振るい、窓の外を見るよう促す。

荒天はなお激しさを増し、落雷が視界を白色に染め、一足遅れの轟音が窓ガラスを震わせる。

 

「スーパーセルの上陸より、すでに十分近くが経過した。

 通常のアルティメットマミさんなら、とっくに活動限界を迎えている頃合いだ。

 それでも未だに戦闘が続いている、当初のプランは完全に崩壊している筈だよ」

 

「そんな……、そんなのって……」

 

「――さて。

 鹿目まどか、今の君には、採るべき選択肢が二つある。

 彼女たちの奮闘が奇跡を起こす事を信じ、ひたすらここで耐え続けるか、

 それとも自ら魔法少女となって、より確実な勝利を手にしておくか?

 選択権はあくまで君にある。

 君自身の意志で、後悔のない道を選ぶと良い」

 

「私、わたし、は……」

 

「――まどかッ!!」

 

渡り廊下の角より現れた美樹さやかが、二人の姿を見咎め叫ぶ。

 

「キュゥべえ……、なんだって今更! まどか、今すぐそいつから離れてッ!」

 

「さやかちゃん……、ゴメンね、でも、私……」

 

一瞬、まどかがさやかの姿を寂しげに一瞥し、しかしすぐに視線をキュゥべえに戻す。

 

「それじゃあ、教えてくれるね?

 まどか、君は何を願って魔法少女になるんだい?」

 

「私の、願い、は……」

 

 

「きゃあああぁ―――っ!?」

 

伝説の魔女の暴威が乙女を襲い、その五体を容赦なくビルディングへと叩きつけられる。

崩れ落ちる瓦礫の中でついに時間は尽きて、光に包まれた少女の姿がみるみる縮み、

ついにはただの灰かぶりへと返ってしまう。

 

『マミッ!? 大丈夫かッ!!』

 

「ぐっ、まだ……、UFOマン、もう一度変身を……」

 

『馬鹿を言うな! 今の状態では君の体が持たん!

 仮に変身できたとしても、ものの数秒も戦えるものか』

 

「UFOマン、だけど……!」

 

「そいつの言う通りだ、お前は少しそこで休んでんな」

 

「杏子!?」

 

朋友からの戦力外通告を受け、マミの眉間が悲痛に歪む。

対し、佐倉杏子はどこかバツが悪そうに笑った。

 

「こいつは罰さ、嫌な事も辛い事も、全部お前ひとりに押しつけちまって、

 それでおいしい所だけ持って行こうだなんて、私らは虫が良すぎたんだ」

 

もう一度軽く自嘲して、手にしたグリーフシードを軽く放る。

パシリ、と乾いた音を立て、暁美ほむらが片手で受け止める。

 

「佐倉杏子の言う通りよ。

 やはり魔女は、魔法少女の手で決着を付けるべき存在。

 それがあるべき形に返っただけの事よ」

 

「暁美さん!」

 

マミは一瞬、ほむらが全てを諦めてしまったのかと思った。

だが違う。

浄化を終えたばかりのソウルジェムは、今や彼女の掌の上で、

これ以上に無い澄んだ輝きを放っていた。

 

「マミさん、私はこの世界が好き。

 いくつものイレギュラーを乗り越え、ようやくみんなで辿りつけた、この世界が」

 

「…………」

 

「この戦いを乗り越えた先に、どんな未来が待ち受けているのか見てみたい。

 だからもう、私は時間を巻き戻したりしない。

 全ての決着は、今日、この場所でつけて見せる」

 

「暁美さん……」

 

「おしゃべりは終わりだ、来るよ!」

 

グリーフシードを打ち捨てて、二人が戦士の顔へと戻る。

見上げた彼方の上空では、舞台劇の魔女の高笑いが最高潮を迎え――、

 

≪キャーハ……≫

 

「……えっ?」

 

不意に、ピタリと嬌声が止む。

いや、途切れたのは笑い声ばかりではない。

舞台劇に欠かせぬ異形のパレードも、耳をつんざく風の音も、

気が付いた時には、魔女をとりまく全ての空気が静止していた。 

無論、時間停止の魔法の類でもない。

唯一それを使える暁美ほむらもまた、今は状況の変化に戸惑うばかりである。

 

――と、

 

不意に彼方の後背より、一筋の光が天空目がけて立ち上っていく。

分厚い黒雲を一直線に穿ち、薄桃色の神秘的な煌めきを周囲に拡散させる。

 

「これは……、なんの光!?」

 

「UFOマン、一体……!」

 

『この光、いや、あるいはまさか、裏M.O.E.……!」

 

暴風が光柱を軸とした竜巻へと変わり、使い魔の群れが、影の少女達が、

そしてワルプルギスの夜の巨体から噴き出した瘴気が渦となり、

光の向かう先へと螺旋を描いて吸い込まれていく。

依るべき者を失った歯車が音を立てて軋み、緩やかに大地に落下を始める。

 

天空に立ち上る暴風と、大地を揺らす衝撃、視界を埋め尽くす閃光――。

 

終末を告げるかのような猛威はいつしかすぎ去り、

後には天井が抜けたかのような青空と、呆然と佇む少女たちだけが残された。

 

「一体……、何が起こった、の?」

 

裸である事も忘れたかのように、ポツリ、とマミが零す。

 

「……ワルプルギスの夜が、消滅してしまった。

 もうこの辺りに、魔女の気配は感じないわ」

 

何をどう説明していいかも判らぬままに、淡々とほむらが事実のみを述べる。

 

「どう言うこった? くそ! 何か納得いかねえ」

 

「これは勝利、と呼べるのかしら、UFOマン……?」

 

『…………』

 

それまでじっ、と亀のように押し黙ったいたUFOマンが、

何とか自説を整理しようと口を開いた、刹那――!

 

 

―― ド ワ オ ッ !! 

 

 

「「「 ――!?」」」

 

突如、天空より飛来した巨大な何者かが、轟音と再び大地を揺るがす。

驚き仰ぎ見た少女たちの真上に、高々と威容の影が差す。

 

三人が目にしたもの、それは今までの魔女たちの異形とは異なり、

あたかもファンタジー小説の1ページから飛び出してきたかのような【竜】であった。

 

一点の曇りもない、眩いばかりの白い肌に覆われたアルビノのドラゴン。

ただ一つ異彩を放つのは、その背に負った白銀の翼、

ばさりと広げた雄大な翼は、翼竜としてのそれではなく、

見る者に優雅な天使の羽毛を想起させる。

 

「なんだ、なんだありゃあ!?

 あのバカでかい魔女が、ワルプルギスの夜を喰っちまったとでも言うのかよ?」

 

『――魔女? 魔女だと言うのか、アレが?

 いや、アレはどちらかと言うと……!』

 

「そんな事はなんだっていい、それよりも、アイツが落ちた先は……」

 

「まどか……!」

 

即座に我に返ったほむらが、条件反射と言うべき速度でもって、

止める間もなく異形の巨体へ向けて風となる。

 

「くっ! アイツ、あの娘の事になると見境なしかよ!?」

 

「待って! 杏子、私も……」

 

「お前は休んでな! ほむらは私が何とかする」

 

マミの叫びを遮って、杏子もまたほむらの後を追いかける。

ポン、とUFOマンが少女の肩へと手をかける。

 

『今の我々が言った所で、足手まといになるだけだ。

 大丈夫、杏子ならきっとうまくやる』

 

「UFOマン」

 

残された瓦礫の跡で、少女がぐっ、と拳を握り締める。

ただの少女に戻ってしまった無力さを噛み締めて……。

 

 

人々の喧噪の流れに遡行して、少女が一人、災厄の中心地に向けてひた走る。

眼端で抜け目なく状況を確認すれば、

これほどの異常事態にも関わらず、以外にも怪我人が少ない事に気が付く。

 

竜の落ちた先が避難場所を逸れていた事に、

一つ安堵の息を吐いたほむらであったが、未だ状況は予断を許さない。

今はただ悠然と天を仰いでいるだけの竜だが、

あの巨体が一たび動き出せば、どれほどの被害が出るのか定かではないし、

何よりもほむらが守るべき少女、鹿目まどかの姿が見当たらない。

 

「おおぉーい! 暁美……、暁美さぁーん!!」

 

遠くからの自分の名を呼ぶ声に足を止める。

ほどなく、見覚えのある青髪のショートカットがこちらに走ってくるのを捉えた。

 

「美樹さやか」

 

「ハァ……、ハァ……、ゴメン、私が目を離したばっかりに……!」

 

「順を追って話しなさい、一体何があったの?」

 

「……キュゥべえが、まどかの前に現れて、何か吹きこんでたみたいなんだ。

 その直後に、まどかの体が光り出して、

 私は思わず、あの娘も魔法少女になっちゃうって思ったんだけど、

 でも、その後、何も分からなくなって……」

 

「……そして入れ替わるように、あの竜が現れた。

 だとしたらやはり、あの竜がまどかの不在と関係している」

 

近づくほどにその威容を増す巨体を見据え、再びほむらが踵を返す。

 

「待って! 暁美さん、私も一緒に……」

 

「気持ちだけもらっておくわ。

 あなたの身にまで何かあったのでは、まどかに合わせる顔がないもの」

 

振り返る事なく、ほむらが一人歩を進める。

 

「まどかは必ず助ける。

 マミさんも、杏子も、それにあなたも……、

 もう、あんなワケの分からないものに私たちの邪魔をさせたりしない」

 

「暁美さ――」

 

美樹さやかの二の句を振り切って、次の瞬間、暁美ほむらは喧噪より姿を消した。

 

 

竜の巨体にほど近いビルディングの屋上に、ほむらが足を踏み入れる。

給水タンクの上に陣取って、冷静に周囲を観察する。

未だ呆けたように佇む異形の姿、だがそこに、探し人の姿を見出す事は出来ない。

 

「まどかぁ―――ッ!」

 

暁美ほむらが声を張り、必死に友の名を呼びかける。

 

「まどか! 私の声が聞こえるのなら返事をしてッ!」

 

暁美ほむらの叫びはしかし、少女ではなく竜によって報われた。

赤色に輝く両眼が、目下の小うるさい少女を捉え、瞬間、

ばさりと開いた翼のひとひらひとひらより、光弾が矢の雨となって降り注ぐ。

 

「――ッ!」

 

反射的に時間を止めてタンクより飛び降りる。

慎重に射線より体を逸らして直撃を避けるも、面となった攻撃を弾き返す事は叶わない。

時間が動き出すと同時に、光弾の群れがビルの壁面を強かに捉え、

ほむらの体が瓦礫と共に床面を滑り落ちていく。

 

「バッカ野郎がァ――――ッ!!」

 

間一髪、瓦礫の雨を縫うように、佐倉杏子が強襲飛翔棍にて飛来する。

左手でほむらを抱えつつ、右手では雀落としを繰り出して、

伸ばした穂先をかろうじて残った柱へと絡ませる。

 

「……ったく、先走ってんじゃねえよ、状況はどんなだ?」

 

「どうもこうもないわ、まずはアイツを何とかしなければ、何も分からない」

 

「ハン、分かり易くていいな」

 

軽口を叩く少女たち目がけ、竜が矢の第二射を走らせる。

瞬間、ほむらが再び時間を止める。

膨大なる光の矢の雨が、ピタリと時間の壁に固定させられる。

 

「おおおおおおおおおおお!」

 

斜めになった壁面を杏子が駆ける。

引き抜いた棍を、今度は静止した矢の一本に向けて撃ち放ち、

勢い良くスパイダーマンのように空中へと踊る。

 

「――! 杏子、アレを」

 

「ムッ」

 

傍らのほむらの意図を理解して、巨竜の頭部目がけて矛先を変える。

近づく二人の視界の先で、竜の額に収まった巨大な宝石が淡い輝きを放つ。

 

「なんだアレは、まるでデッかいソウルジェムみたいじゃねえかッ!?」

 

「アレがもし、魔法少女のソウルジェムに相当する部位だと言うならば……」

 

「攻略ポイント、だな!」

 

杏子が力強く棍を引き寄せ、二人の体が一気に上空へと飛び跳ねる。

煌めく宝石を射程距離に捉え、少女の腕の中でほむらが愛用のデザートイーグルを構える。

 

――だが、

 

「……! 待てッ、ほむら!!」

 

「そんな……!」

 

淡いピンクの煌めきを零すソウルジェム、その正体に二人が気付く。

透き通る巨大な宝石は、まるで琥珀か虫アメのように、一人の少女を体内に捕えていたのだ。

 

「まど、か……?」

 

呆然とほむらが呟く内に、必殺の時は虚しく過ぎ去り――、

 

直後、宝石から放たれた眩いばかりの輝きが、二人の視界を埋め尽くした。

 


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