UM☆アルティメットマミさん   作:いぶりがっこ

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三話「世界でいちばん強くなるしかないじゃない!」

【緊急企画!! あなたの隣のマミさんを探せ!】

 

「テレビをご覧の皆さん!

 皆さんは今、見滝原で話題沸騰中の巨大アイドル、

 【アルティメットマミさん】をご存知でしょうか?」

 

「ただの夢、ただの都市伝説と侮るなかれ!

 番組には見滝原在住の視聴者の方々から、

 連日山のような目撃証言が届けられているのです!」

 

「それではまずは、マミさんに遭遇したと言う人々のインタビューをご覧ください」

 

 

~ 街頭インタビュー【アルティメット☆マミさんを見た!?】 ~

 

「――ええ、そうです、あまり前後の記憶がないんですが、

 私、廃ビルの屋上から落ちてしまった事があって……、

 その時に彼女が、そう……、巨大な胸で受け止めてくれたんです!

 同僚たちはみんな夢だって笑うんですけど、

 ああ、あの柔らかな感触は絶対に夢なんかじゃありません!」

                         (会社員・25歳 女性)

 

「いや~、全く驚いちゃったよ。

 巨大な女の子がどんどんヌードになっていったと思ったら次の瞬間、鉄拳制裁だよ!

 そう『こんな魔女、修正してやる!』……って感じでさ。

 いや~、あの時ばかりは僕も、女性の持つ芯の強さを見直しちゃったよね」

                         (P.N ショウさん・ホスト)

 

「最初は夢だと思おうとしたんだけどね……。

 けど、見滝原だけの救世主ってのもロマンがある話じゃない。

 私も商売柄、町内会から町おこしの企画を頼まれたりするんだけど、

 彼女の人気を活かして、何か一発興せないかな~、

 とか、ちょっと不純な事も考えたりしてね……」

                   (実業家・3?歳 女性)

 

「UFOマン子? 冗談じゃない!

 あの人の名前はマミさん、見滝原の守護神・アルティメットマミさんだよ!

 そう私が名付けたんだから、間違いないっしょ!」

                    (見滝原中学2年・美樹さやかさん)

 

「どたぷ~んっすよ! どたぷ~ん!!

 こーんな巨大なお尻で怪獣を一発ノックアウトっすよ!

 あんな強烈なヒップドロップは初めて見たっす!

 次回のコミッケの主役はアルティメットマミさんで決まりっすね!」

                    (二子山学園高校2年・T.Mさん)

 

「――アルティメットマミさんは、きっと実在します。

 今はまだ、曖昧な目撃情報しかない現状ですが、

 けれどいつか、彼女の正体を必ずつかんで見せます!

 この二子山学園高校報道部、諸星ま――」

                    (二子山学園高校3年・M.Mさん)

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「いかがでしたでしょうか?

 アルティメットマミさんは、すでにこの見滝原を象徴するヒロインとなりつつあるようです。

 お膝元の見滝原商店街では、マミさんステッカーやマミさん掛け軸、

 マミさんペンシルにマミさんソーセージと言ったキャラクター展開も始まっております。

 怪獣研究家あらため超常現象研究家の岡村さん、

 この辺りのマミさん人気についてどう思われますか?」

 

「だれか今、ブタさんの事マミって言った!?」

 

「誰もそんな事言ってません!

 とにかく! 番組ではこれからも引き続き、

 彼女の情報を追いかけていきたいと思います」

 

「新コーナー、あなたの隣のマミさんを探せ!

 アルティメットマミさんは、あなたの隣にいるのかもしれません!!」

 

 

「思いっきり浸透しちゃってるじゃないッ!?

 この国のテレビ局はどうなってるのよ!?」

 

ダンッ、と激情のままに巴マミがテーブルを叩き付ける。

ティーカップが激しく揺れ、マミハウスに集結した三人がビクリと肩を震わせる。

 

「お! 落ち着いて下さいマミさん!

 まだ都市伝説とかそう言うレベルの噂話に過ぎませんから……」

 

『そうだな~、どうせ浸透するなら、

 UFOマン子の方がインパクトがあって良かったかもな~。

 ……ぁ、オイシ、今日のモンブランはいつにも増してウマいな。

 巴マミ、君はいいお嫁さんになれるぞ』

 

「え~っ? 何言ってんのさ、絶対アルティメットマミさんの方が良いって……、

 ってホント美味しい! まるでプロみたいだよマミさん!」

 

「うぅ……、ひ、他人事だと思ってぇ~。

 ……でも、褒めてくれて嬉しいわ」

 

くすん、と鼻を鳴らして、巴マミが力なくテーブルに突っ伏す。

 

「ああ、私はもうお終いよ。

 こんな事いつまでも続けてたら、いずれは顔バレ名前バレして、

 世の男子生徒たちの格好のオカズにされてしまうんだわ」

 

「マミさん……」

 

メソメソとすすり泣きを始めたポンコツ先輩を前に、

少女たちはしばし、互いに顔を見合わせていたが、

その内にどちらからともなく頷いて、静かに口を開いた。

 

「あの、マミさん、聞いて下さい。

 実はあの戦いの後、私たちの前にもキュゥべえが現れたんです」

 

「えっ? キ、キュゥべえが?」

 

「いやあ、何かさ、私たちにもあの杏子や転校生に負けない資質があるんだって」

 

「それで考えたんです。

 私たちが魔法少女になって、マミさんの代わりに魔女と戦えば……」

 

「……それはダメよ、二人とも」

 

珍しく強い拒絶の色を露わにして、巴マミがすっくと立ち上がる。

 

「あなたたち、自分が何を言っているか分かっているの?

 軽々しく戦いの世界に首を突っ込む事が何をもたらすのか、

 今の私の有様を見ても理解できないかしら?」

 

「え? で、でも魔法少女の契約は、願い事と引き換えに得られる力、ですし、

 マミさんの変身と違って、何か特別なリスクを背負うワケじゃ……」

 

「そんな甘い言葉に耳を貸してはダメよ!

 無償で強大な力を得られるなんて、そんな都合の良い話があるワケないわ。

 それにもし、あなたたちに万一の事があった時、

 私はあなたの親御さんたちに、どんな説明をすれば良いのかしら?」

 

『おお! 立派な事を言うようになったな、マミ。

 おいちゃんは今、モーレツに感動しているぞ!』

 

「……いやいやいや、アンタも反省しろよ反省」

 

「でも、それじゃあマミさんが……」

 

「いいえ、気持ちだけ受け取っておくわ、鹿目さん」

 

ほう、と一つ寂しげにマミがため息をつく。

 

「UFOマンと出会わなければ、私たち親子はずっと前に交通事故で死んでいたの。

 あなたたちとお友達になって、こうして一緒にお茶をする事もなかった。

 本当に彼はスケベでクズでいい加減な人だけれども、

 それでも私は、彼と出会えた事を感謝しているのよ……」

 

『マ、マミ、君って娘は……!』

 

「だから、どんなに悲しい事ばかりでも、

 私は彼の果たすべき使命を引き継がねばならないの、

 そう、これは彼のヒーローとしての宿命を背負った私の――」

 

「ブッ!」

 

「『「――!?」』」

 

突如として紅茶を吹き出した迂闊なさやかちゃんに、たちまち一同の視点が集まる。

 

「さ、さやかちゃん!? 今のは酷いよ!」

 

『笑ったね! ウチのマミさんの悲しみを嘲笑ったね!?』

 

「アワワ! ち、違うんだよ、みんな……、

 ゴメンなさいマミさん! 私、そんなつもりじゃ……!」

 

「いいえ、いいの……、いいのよ美樹さん……」

 

ふくよかな体を小刻みに震わしながら、かろうじてマミさんが口を開く。

 

「む、無理もない話だわ……。

 変身のたびにすっぽんぽんになるのがヒーローの背負った悲哀だなんて、

 石ノ森先生でも加速付けてキックするレベルの失言だもの」

 

「マ、マミさん……」 

 

「け、けれど、だからこそ私は、この悲しみをあなたたちに知ってほしくない。

 あなたたちには普通の女の子としての生活を続けてほしいの、だから……!」

 

ダッ、と一滴の悲しみを残し、マミさんが踵を返す。

 

「お願い! もうこれ以上、私たちの戦いには関わらないでぇ~ッ!!」

 

「ああッ!? 待って、マミさーん!!」

 

『クソッ! やってくれたな、さやかちゃん!!

 これだから青い子はM.O.Eが足りんと言うのだ!』

 

「な、なんだとォ~! 何言ってんのか分かんないけど、

 今、私の事すっごいバカにしただろォ!?」

 

『うっさいバーカバーカバーカ! お前ってホント馬鹿!!』

 

「バカじゃないもん! バカって言う方がバカなんだ~!!」

 

「もう! やめなよ二人とも!

 ……あ、す、すいませんお邪魔しまし、えっ、お、お土産だなんてそんなっ!?」

 

ご家族の方の手厚い歓迎を振り切って、一同が風なったマミさんの後を追う。

無人となった室内には、食べかけのケーキと冷めた紅茶だけが残された……。

 

 

『――と、まあ、マミさんの体を張った演技のおかげで、

 さすがの彼女たちもドン引きだった。

 当分は契約しようとか、バカな事を考える余裕はないだろう』

 

「ドン引きだった……じゃねぇよ!

 お前、またマミの事を泣かせやがったな!?」

 

『な、殴ったね!? 親父にもぶた……』

 

「茶番はヨソでやって頂戴」

 

 

――翌日、UFOマン in ほむホーム。

 

見滝原市最大の魔女対策拠点である暁美さん家には現在、

佐倉杏子、巴マミと言った、現状考えられる魔女退治の最高エキスパート達が集結し、

今後の身の振り方について話し合っていた。

 

館の主・暁美ほむらが、眼前で繰り広げられる漫才の数々を興味深げに見つめる。

 

(――これまで繰り返してきた時間の中でも、ここまで巴マミが弱かった世界、

 いえ、自身の弱さを他者に曝け出していた世界は存在しなかった……)

 

漆黒のその瞳が、この世界における異物、UFOマンの姿を改めて捉える。

 

(魔法少女の概念とは別個の能力……、けれどそれだけではない。

 自身の弱さを他者に依存する事によって、皮肉にもこの世界の巴マミは、

 他の時間軸での高潔であろうとした彼女よりも、遥かに精神的に安定している。

 そして、そんな彼女の一面を引き出しのもアイツ……)

 

「――で? アンタ、暁美ほむらっつったっけ?

 私らをわざわざこんな所まで呼び出して、一体何の話をしようってのさ?」

 

あけすけな杏子の声に促され、ほむらが思考を現実へと戻す。

カチャリ、と手にしたティーカップを一旦下ろすと、おもむろに口を開いた。

 

「おそらくは二週間後、

 この見滝原に【ワルプルギスの夜】が出現する可能性が高いと思われるわ」

 

「!?」

 

「今回に限っては、私の統計がどこまで役に立つかは分からないのだけれど、

 それでも対策は必要でしょう?」

 

「……成程ね、確かにそんなモンにここいらを好き勝手されたんじゃ、

 私としても虫の好かない話だけどね……」

 

「あの……、ワルプルギスの夜って言うのは、何なのかしら?」

 

戸惑いの声を上げるマミに対し、視線はあくまで手にした三食団子に向けたまま、杏子が答える。

 

「魔法少女たちの間で語り草になってる、それこそ都市伝説みたいなモンさ。

 複数の魔女の集合体だの、一夜にして町一つを吹き飛ばしただの、

 トンデモない噂話ばかりが先行してる怪物だよ」

 

「補足するならば、他の魔女と異なり固有の結界を持たず、

 呪いを直接的な物理現象として振り撒く規格外の魔女よ。

 一たび奴が現れたならば、この見滝原も壊滅的な打撃を受ける事となる……」

 

「……もっとも私としては、そんな化物が現れると言う予言自体、

 イマイチ信じられないワケなんだけど?」

 

言いながら杏子が大口を開け、団子の一つを豪快に放り込む。

そこはかとない緊張感に、マミはしばしオタオタと両者を見比べていたが、

その内にふっ、と胸中に沸いた疑問を口にした。

 

「あら? けれど暁美さん、

 それならばあなたは何故、鹿目さんたちが魔法少女になる事を拒むの?

 確かに魔法少女にはリスクも多いんでしょうけど、

 今は一人でも多くの戦力が欲しい時なのではないかしら?」

 

ピクリ、とほむらの指先が微かに震える。

鉄面皮の少女が始めて見せたわずかばかりの動揺に、三人の目が丸くなる。

ほむらは一瞬、瞳を閉じ、やがてより深刻な色を宿して口を開いた。

 

「――あなたたちに全てを話すわ、現在の私が持つ情報の全てを。

 これからの戦いの前に、あなたたちには絶対に知っておいてもらわねばならない話だから、

 けれど……」

 

じっ、と光宿らぬ漆黒の瞳がマミを捉える。

 

「けれど、相当に深刻な話になる、心の準備だけはして頂戴。

 特に巴マミ、かつて私が辿った世界において、

 あなたが真実に耐えられた事は一度たりとも無かったわ」

 

「え……、それって、どう言う?」

 

「おい! まどろっこしいのは抜きにしようぜ」

 

「……長い話になるわ。

 これから話すのは、私がこの見滝原で知った、魔法少女の真実――」

 

 

――そうして、暁美ほむらは訥々と語り始めた。

 

自分が、ワルプルギスの夜との戦いで命を落とした鹿目まどかとの出会いをやり直すために、

限定的に時間に干渉出来る能力を得た魔法少女である事。

 

巻き戻した世界の中で、ソウルジェムの穢れ切った魔法少女が、

魔女へと転化する様を目の当たりにした事。

 

それこそがまさにキュゥべえ……【インキュベーダー】の狙いであり、

少女の希望が絶望に転化した際に生み出される膨大なエネルギーを回収するべく、

無害な生物を装って人類との契約を続けている事。

 

そして、魔法少女の中でも群を抜いた素質を持つ、

鹿目まどかが魔女となってしまった場合、

その呪いは惑星一つを滅ぼすほどの災厄をもたらしてしまう事……。

 

 

 

――語るべきは全て語られ、物語は現在へと戻る。

 

「……私の目的は、鹿目まどかが魔法少女になるのを阻止する事。

 一旦魔法少女となってしまえば、遅かれ早かれ、彼女が魔女と化す事は避けられない。

 けれど、誰かがワルプルギスの夜を止められなければ、

 彼女はこの町を守るために、自ら魔法少女となる道を選ぶでしょう。

 故にワルプルギスの夜とは、絶対に私たちだけで決着をつけなければならない」

 

全ての言葉を吐き出し、ふうっとほむらが大きく息を吐く。

相も変わらず感情の起伏の少ない少女ではあるが、額に滲んだ汗が、その疲労を大きく物語る。

 

杏子も、マミも、UFOマンも一言も発しない。

静寂に満ちた室内で、三者は三様にほむらの言葉の意味を反芻していた。

 

どれほどの時間が流れただろうか。

やがて、おもむろに杏子が口を開いた。

 

「それを全部、私たちに信じろって言うのかい?」

 

「佐倉さん……」

 

「暁美ほむら、アンタの話、確かに筋としては通っているのかもしれない。

 けどそれにしたって突拍子が無いように聞こえるよ。

 たった一人の人間が、地球を滅ぼしちまうだなんて、そんな――」

 

『いや、私は信じよう』

 

杏子の言葉を遮って、珍しく深刻な面持ちでUFOマンが語る。

 

『人間の持つ不確かな感情の奔流の中には、時にそう言った条理を逸したエネルギーが宿る。

 君たちのような揺らぎ易い年頃の少女たちには、特に。

 そしてこの広大な宇宙の中には、

 その種のエネルギーを喰い物にする生物が確かに存在するのだ』

 

「……UFOマンはそう言った生物から人類を守るため、地球にやって来た、だったわね?」

 

『ああ、とは言え、

 人類と接触して特定の感情を引き出す生命体などと言うのは、さすがの私も初耳だがな。

 インキュベーダーめ、

 甘言を弄してピュアーな少女たちの祈りを弄ぶ卑劣な行い、このUFOマン仮面が許さん』

 

キザに闘志を燃やす宇宙人を横目に、杏子が一つ溜息をつく。

 

「……二週間後にワルプルギスの夜がやってくる、そいつは信用できる情報なのかい?」

 

「今度ばかりは、私にも確証が持てないわ。

 さっきも語った通り、この世界はこれまでに比べて、イレギュラーが多すぎる。

 けれど、こちらにもワルプルギスの夜が存在すると言うのならば、

 きっと物語は同じ所に辿り着く」

 

「……ワルプルギスの夜が来て、それで、それでどうするの?

 魔女を、その娘を殺す、の?」

 

力無くこぼれた巴マミの声色に、シン、と室内が静寂に満ちる。

 

「ご、ごめんなさい……、こんな事、言っちゃいけないって、

 思っちゃいけないって分かっているの……、分かって、分かっているの……に……」

 

「マミ……」

 

言葉は途切れ、少女の悲しみはボロボロと大粒の涙に変わる。

慰めようと伸ばしかけた杏子の手が、しかしまるで呪いのようにピタリと凍りつく。

 

佐倉杏子は決断している。

魔女の出自がどうであれ、自分の行く末がどうであれ、彼女は魔女を狩り続ける。

狩り続けた過去を後悔する事もない。

無垢な少女に掛けられる言葉も、あろうはずも無い。

 

「一度、魔女となってしまった者を、再び人間に戻す術なんて無い。

 あなたが罪の意識を感じる必要なんてないわ」

 

冷然と、突き離すようにほむらが言う。

 

「それがどんなに不当な取引であったとしても、彼女たちはとうの昔に対価を得ている。

 その末路について、あなたが同情する謂れはない」

 

「暁美さん、だけど……」

 

「魔法少女は止まれないわ。

 一度歩みを止めたが最後、たちまちにそのソウルジェムは濁り、

 今度は私たちが、世界に呪いを振り撒く魔女と化してしまう」

 

「…………」

 

「魔女は、魔法少女が決着をつけるべき存在。

 巴マミ、魔法少女の理から外れているあなたに対し、

 私から掛けられる言葉は無いし、戦いを強いる事も出来ない」

 

けれど、と言葉を切って、ほむらがマミに向き直る。

 

「都合の良いお願いではあるけれど、もしもあなたに、

 かつての魔法少女であった巴マミのように、この町の人々を守ろうと思う意志があるならば、

 その時は私たちに、どうか力を貸して頂戴」

 

そう言って、ほむらが深々と頭を下げる。

そして室内には、再び静寂が戻った。

 

 

――夕刻。

 

オレンジに染まる自室にて、巴マミはベッドに突っ伏して、

まるで背景の一部でもあるかのように、枕に顔を埋めていた。

 

『マミ、部屋に入るじょ』

 

ややためらいがちに、おずおずとUFOマンが枕元に寄り添う。

いつものお気楽な軽口も、この時ばかりは力とならない。

 

『なあマミ、眠ってしまったのかい?』

 

「……いいえ」

 

力無く、かろうじてマミが横顔を向ける。

泣き晴らしやつれた少女の瞳が、珍しく渋い顔のマスコットを捉える。

 

『すまなかったな』

 

「なぜ……、あなたが謝るの?」

 

『……いや』

 

「ねえ、UFOマン、あなたは魔女と魔法少女の関係に気が付いていたの?」

 

『いいや、

 だが、うすうす悪い予感だけは感じていたよ。

 外来種でもなければ人類の技術で生み出された訳でもない未知の生命体。

 ただひたすらに人類を呪うと言う、彼女たちの性質が、

 果たして何処から来たモノなのか、とな』

 

「そう……」

 

それからしばし、マミは口を閉ざしてそっぽを向いた。

静寂の中、時計の針の音だけが時間の流れを告げる。

その内にふっと、脳裏に沸いたとりとめの無い考えを口にした。

 

「……暁美さんは、他の時間軸では私も魔法少女だったと言っていたわ。

 もしもあなたと出会わなければ、

 私も今頃は、キュゥべえと契約をしていたのかしら?」

 

『――私がこの星に来たばかりの頃、とある交通事故の現場に出くわした。

 痛ましい、けれどもこの星ではよくある事故の一つとして、私は非介入を決め込もうとした。

 その時、凄惨な事故現場に駆け寄ろうとする、奇妙な珍獣の姿が私の目に止まった。

 不吉なモノを感じた私は現場に急行し、

 その生物と、事切れる直前の女の子とのコンタクトを阻止する事に決めた……』

 

「それが、あの日に起きた出来事……?」

 

『そうだな。

 今の君を苦しめている運命、それは本来、私が背負わねばならなかった物だ。

 私がさっき君に謝ったのは、つまりはそう言う事なのだ』

 

「けれどそれなら、それならどうしてあなたは、私たち家族を助けたりしたの?」

 

悲痛な声を振り絞り、巴マミが上半身を起こす。

 

「だってそうでしょう?

 あなたに本来の力さえあれば、魔女退治も私なんかよりずっとうまくやれてた。

 ワルプルギスの夜だって簡単に倒せていた、それなのに……!」

 

『それは……、どうだろうな?

 ほむら君の話によれば、随分と強力な魔女のようだが』

 

「馬鹿よUFOマン、

 私の命なんて、この見滝原とは釣り合わないわ。

 自分のしなければならない事を分かっているのに、

 今だってこうして、暁美さんや佐倉さん、それにあなたを苦しめている」   

 

『マミ……』

 

熱いしずくが二つ、丸っこい銀色の頭部で跳ねる。

少女が落ち着くのを待って、UFOマンは再び口を開いた。

 

『……きっと、その時の私は、チャンスは平等であるべきだと考えていたんだ』

 

「チャンス?」

 

『ほむら君は不当な取引と称していたが、あの時の君にはその代償として、

 魔法少女としての生を拾うチャンスがあった、

 そして、私がそれを奪った。

 だから私は、それに相応しいだけの対価を君に払わねば気が済まなかったのだ』

 

「…………」

 

『ああ、だがそれもただの建前だな。

 そんなへ理屈よりも、私にはもっとシンプルな理由があった。

 なぜならば、私は――』

 

「私は……?」

 

『――私は、地球の女の子が大好きだからな。

 君みたいなチャーミングな女の子とお知り合いになれる機会を、

 みすみす見逃したりするものか、なっ☆』

 

「………… ………… …………え?」

 

きょとんと、マミが両眼をぱちくりさせる。

やがてそれが、UFOマン流の心遣いとようやく気付き、

沈みかけた表情に無理やり笑みを作った。

 

「……もう、ダメよUFOマン。

 そんな言葉はこの国では、本当に特別な女性にしか言っちゃいけないんだから」

 

『ん~、そうかい? でも似たようなモンだろう。

 何せ今の私は君が居なけりゃ、タダのセクハラ宇宙人なんだからな』

 

「あら、そこは自覚があったのね」

 

ハハハ、と二人が空笑いを重ね合う。

 

『まあ、そんなワケだマミ、

 君がどれほど嫌がろうが、私はいつも君と一緒に居る。

 だからキミの重荷の半分、辛い事や悲しい事は私が背負おう』

 

「もう半分、は?」

 

『まどか君やさやか、君のご両親に町の人たち、それにあのほむら君や佐倉杏子も。

 それは君が背負うべきだ。

 私と君のアルティメットマミさんだったら、それが出来る』

 

「……今日は本当にどうしちゃったの?

 何だかいつにも増してセリフが浮いてるわよ、UFOマン」

 

『フフーン、

 こう見えて私も世の女性たちから「初恋ブレイカー」と呼ばれる男だからな。

 どうしてもキザな言葉がサマになってしまうんだな~これが』

 

「えっ、誉められてるのかしら、それ?」

 

『ムムッ、立派な事を言い過ぎたせいか、お腹の方がエネルギー切れだ。

 マミ、食事にしよう。

 毎日モリモリ食べなきゃ、女の子はおっきくなれないぞ』

 

「……それ、私が気にしてるのを知ってて言ってる?」

 

『何を言うか、女の子は多少ムッチムチなくらいが魅力的なんだ。

 体重が増えれば、それだけで単純に攻撃力も上がるしな!』

 

「もう、セクハラよUFOマン。

 そんな事、私以外の女の子に言っちゃいけないんだからね」

 

むっつりと口を尖らせながら、それでも幾分、安堵の表情を浮かべて、

巴マミはゆっくりとベットから起き上がった。

 

 

――明朝、見滝原市内、児童公園。

 

未だ気忙しい老人も訪れぬ薄闇の中、その刻限には似つかわしくない少女が二人、

夜明けの時をただ静かに待ちわびていた。

 

「……このタイミングであなた達に真実を伝える事は、

 私にとっても一つの賭けだった」

 

ポツリ、と黒髪の少女がこぼす。

赤髪のポニーテールは応えず、立ち漕ぎで軽くブランコを揺らす。

 

「ただ一つ、土壇場で彼女が真実を知り、心を折られてしまう事、

 それだけはどうしても避けなければならなかった。

 連携が崩れればワルプルギスの夜には勝てない、

 そして情報の使い所を知るインキュベーダーは、必ずその手を打ってくる」

 

「…………」

 

「彼女を切るしかないのであれば、まだ傷の浅い今の方がいい。

 この前言った通り、魔女は魔法少女が倒すべき存在、

 ワルプルギスの夜とは、私とあなた、二人で戦うわ」

 

「舐めんなよ、暁美ほむら」

 

言いながら反動をつけ、杏子がブランコから飛び降りる。

 

「アンタが何人の巴マミを見てきたのか知んないけどさ、私のツレは――」

 

言いかけた言葉をふっと止め、逆光に目を細める。

様子に気づいたほむらもまた、視線を東へと向ける。

 

朝焼けに煙る街並みを、一人の少女が駆け抜けて来る。

学校指定の真っ赤なジャージに、ピッチに合わせて揺れる金色のカール。

「見滝原中・3-B」と縫い込まれた豊かな胸が、呼吸と共に大きく弾む。

 

巴マミがやってくる。

見滝原最強のヒロイン、アルティメットマミさんがやってくる。

 

『 エ イ ド リ ア ア ァ ァ ――― ン!! 』

 

「ちょっと!? 近所迷惑よUFOマン! しかも微妙に間違ってるし!」

 

謎眼帯でコスプレしたUFOが突如としてコントを始め、

たちまちに早朝の爽やかな空気をぶち壊しにする。

 

「……なっ?」

 

咥えたポッキーを男岩鬼のようにクイッと立ち上げ、

佐倉杏子が会心のドヤ顔を向ける。

 

暁美ほむらは一つ溜息を吐くと、

それでも気持ち表情を柔らかくして杏子の後を追った。 

 

 

『タキシードパワー! メイクアップ!』

 

「魔法少女にかわって、おしおきするわよ!」

 

壮麗なるマミさんのテーマが響き渡る中、歪んだ映像の世界に乙女が足を踏み入れる。

ちらり、と足元を見れば、見上げる二人の魔法少女が頷き合う。

 

「巴マミ、打ち合わせの通りに行くわ」

 

「焦るなよマミ! アンタの道は私らで開く」

 

二人の声にマミが静かに頷く。

その脳裏に、ワルプルギス打倒会議での一幕がありありと甦る。

ただ魔女を倒すのが目的ではない、

限られた時間の中で、強大なる魔女を屠る必殺の方程式を導き出すのだ、と。

 

 

 

 

 

『――ここから先の二週間、私と佐倉杏子は戦闘のサポートに徹する。

 魔女退治のアタッカーは巴マミ、あなたに務めてもらうわ』

 

『おい、正気かよ! マミ一人に汚れ仕事を任せようってのか?』

 

『いや、私もほむら君に賛成だ。

 今のアルティメットマミさんには、必殺の呼吸を掴むための場数が必要。

 何より、君たちが消耗を抑えてグリーフシードの回収に努める事こそが、

 確実に明日の勝利に繋がるのだから』

 

『ぐっ……』

 

『そして本番においても、私たちの役目は変わらない。

 私たちの魔法はサポート、本命はあくまであなたのM.O.E.

 あのワルプルギスの夜の巨体を屠るには、

 どうしてもアルティメットマミさんの力が必要になる。

 巴マミ、あなたの持つ超人の底力、私たちに見せて頂戴――』

 

 

 

 

「――来るわよ、巴マミ!」

 

「タアアァァー……」

 

束の間の思考を振り切って、一直線にマミさんが駆ける。

歪なる映像の世界に右手を伸ばし、髪の毛を掴んで一気に引き摺り出す。

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが絞める!!

魔女の長髪を利して、複雑怪奇に対主を絡め獲るッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × ハコの魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(超人絞殺刑)

 

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが極める!!

中空で激しくもつれ合いながらも、巨大な腕躯が子羊に十字を切るッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 委員長の魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(腕ひしぎ逆十字固め)

 

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが捕える!!

もっさりとしたアフロを根元からロックし、荒々しくも大地に擦り合わせるッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 犬の魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(ブルドッキング・ヘッドロック)

 

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが跳ぶ!!

捻りを加えながら上空に舞い、暗黒を払う一条の星屑となるッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 暗闇の魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(シューティング・スター・プレス)

 

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ オ ォ ロ ォ ロ ォ ロ オ オ ォ オ ォ ォ ―――――ッ!!」

 

マミが吠える!!

乙女の絶叫が魂震わすアートとなって凱旋門を砕くッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 芸術家の魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(アパッチのおたけび)

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが担ぐ!!

交差した両腕が竜巻を呼び、厳寒の日本海へ向けてブリッジを描くッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 落書きの魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ

     (ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックス・ホールド)

 

 

 

 

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ッ !!(物理)」

 

マミが疾る!!

モノクロームの世界を切り裂いて、踏み出した脚が閃光を生むッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 影の魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(シャイニング・ウィザード)

 

 

 

 

 

「 ティロ……、フ ィ ナ ー レ エ エ エ ェ ェ ――――――ッ!!(物理)」

 

マミが投げる!!

捻じりを加えながらなお遠心力を増して、遥かなる虚空目がけて思い切り解き放つッ!!

 

【 アルティメットマミさん ○ ― × 鳥かごの魔女 】

 決まり手:ティロ・フィナーレ(大雪山おろし)

 

 

 

 

猛き情熱を胸に、戦いの時は光陰の如く過ぎ去って……。

 

 

――二週間後、見滝原市某所 天候:スーパーセル

 

 

舞台劇の幕開けの時は、あっという間に訪れる。

荒れ狂う黒雲を前に、川べりには戦いに臨む三人の少女と、一人の異星人の姿があった。

 

「――まるで奇跡ね。

 これだけのイレギュラーに遭遇しながら、アイツの襲来の時だけは同じ。

 確実にツキは私たちにあるわ」

 

「へっ、奇跡なんてえのは、そんなに安っぽいモンじゃねえっつうの!」

 

相も変わらず突き放すようなほむらの言葉に、

やはり杏子が軽妙な軽口で応じる。

 

ふるっ、とボロボロのマントからはみ出したマミの右手が、微かに震える。

 

「大丈夫だよ、マミ」

 

そっと、杏子が左手を添える。

絡めた指先から伝わる温もりが少女を救う。

 

「あれだけの修行を重ねてきたんだ。

 これでアイツを倒せなきゃ嘘っぱちさ」

 

「杏子……、ええ、そうね」

 

「――かつて、私が歩んできた道程の中で、

 幾人かの【巴マミ】が、この舞台まで辿り着いたわ」

 

ゆっくりと、暁美ほむらが振り返る。

 

「けれどマミさん、私は今日ほど、あなたの存在を頼もしいと感じた事は無かった」

 

「…………」

 

「あなた達とだったら、きっと、この先の未来を描く事が出来る」

 

「ありがとう暁美さん、けれどそれは、きっと私一人の力では無いわ」

 

そっと、マミが左手を自身の胸に当て、これまでの日々を振り返る。

 

(杏子がいる……、暁美さんがいる……。

 鹿目さんも、美樹さんも、お父さんもお母さんも、私の帰る場所を用意してくれている……)

 

(そして……)

 

『見えるか、マミ! あの黒雲の彼方に輝く巨人の星がッ!』

 

「ええ、もちろん! けれど今日の私は一介の狩人(イェーガー)よッ!!」

 

 

――潔く、脱ぎ捨てる、裸になる。

 

 

地上に咲く大輪の花となった巴マミが、天空を仰ぐようにその指先を勇おしへと伸ばす――。

 

 

『UFOマン、アルティメットマミさん、イキまァ――――――す!!』

 

「私はもう、何も怖くないッ!」

 

壮麗なるマミさんのテーマが流れる中、

降り注ぐUFOマンの熱情を一身に浴びて、少女の中の激しい乙女が華開く。

たわわなる二つの果実が、まん丸のお尻が、もっちもちの太ももが漲る想いと共に膨らみ、

金色の輝きへと包まれていく。

 

荒天を弾き返さんばかりの勢いで大地をズン! と踏みしめて、

一個の超人と化した乙女が天空を睨み付ける。

 

「アルティメットマミさん、見参ッ!!」

 

『 イクぞマミッ! 俺 た ち の 戦 い は こ れ か ら だ ッ !! 』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わらないわッ!? 物語はもうちょっとだけ続くわよッ!!」

 

『フフ……、  シリアスな 流れムシして お約束   アデュー!』

 

 

                             待て、次回!!

 

 


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