UM☆アルティメットマミさん   作:いぶりがっこ

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二話「あなたが死ぬしかないじゃない!」

『起きるのだ、巴マミよ』

 

「ン……」

 

どこか懐かしい響きを持った男の声に促され、巴マミがその瞳を開ける。

ゆっくりと辺りを見渡すと、そこに広がっていたのは、

奇妙に揺らめく赤一色の世界であった。

上も下も右も左も分からない奇妙な空間を、

まるで羊水のプールにでも揺られるように呆然と漂う。

 

『目覚めたか、巴マミ』

 

「あなた、は……?」

 

かろうじて頭を上げて、声のした方向を見上げる。

そこに居たのは赤色のスーツと銀色のマスクに身を包んだ巨人。

その身の丈に反し、不思議と威圧感は感じない。

 

『落ち着いて聞くのだ巴マミ、実は君は、既に死んでしまったのだ』

 

「……死んだ、私、が?」

 

『ああ、実に痛ましい、だがこの星においてはありふれた事故の一つによってな』

 

巨人の声を反芻するように、マミが在りし日の記憶の糸を辿る。

最後に脳裏に焼き付いていたのは、玄関のドアを開ける両親の笑顔。

 

「……お父さんとお母さんは? 私の家族はどうなったの?」

 

『――残念だが、私が発見した時には、もう……』

 

「そんな、そんな事って……」

 

『いや、悲しむ必要は無い。

 私の肉体と魂の一部を分け与えさえすれば、

 君たち家族は蘇る事ができる、もう一度人生をやり直せるのだ』

 

「ほ、本当に?」

 

『ああ、ただしそのためには、私の頼みを聞いてもらわねばならない』

 

「あなたの、頼み?」

 

『ふっふっふっふっふ……』

 

いかがわしい巨人の笑い声と共に、揺らめく空間に光が満ち始める。

白色が網膜を埋め尽くす寸前、巴マミはその声を聞いた。

 

『僕と契約して、UFOマン子になってよ!』

 

 

「いやああああああああああああああああ―――ッ!!??」

 

喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げ、巴マミはベッドから跳ね上がった。

 

『どうしたマミさん! 何だか凄いうなされていたぞ』

 

「あ……、UFOマン」

 

はあはあと大きく息をついて周囲を見渡す。

何の変哲も無い夕暮れの自室。

そして目の前には、かつての面影も無残な二頭身のマスコットの姿。

 

「夢……、そう、悪い夢をみたの、

 ああ、でもそれは夢じゃなくって……!」

 

『泣くな巴マミ、

 大丈夫、君が辛い時には、いつだって私が傍についているぞ』

 

「ぐすっ、ありがとうUFOマン、でも私はそれが嫌なの」

 

よろよろとベッドから起き上がり、力なく机の上に突っ伏す。

 

「ねえUFOマン、どうしても私が戦わなければならないの?」

 

『――これは何度も話した事だがな、マミ。

 私が地球を訪れたのは、人類の力を悪用せんとする者から、君たちを守るためだった。

 M.O.E.や魔法少女の祈りに限った話ではないが、

 君たち人間の感情が生み出す膨大なエネルギーは、

 一部の邪な者たちにとっては格好の資源、あるいは食料となり得るからな』

 

「ええ……」

 

『だが着任早々、私は君たち親子を救うために、自らの肉体を分け与えてしまった。

 一人では変身できない身体になってしまったのだ。

 あの強大な魔女の力に対抗する為には、

 どうしても君の協力が、UFOマン子の力が必要なんだ』

 

「……本当に私でなくちゃダメなの?

 何かもっと、他に良い方法は無いの?」

 

『ギクゥッ!』

 

「ああーっ! 今『ギクゥッ!』って言ったわねッ!」

 

巴マミがガバチョと立ち上がり、たちまち涙目でUFOマンへと詰め寄る。

 

「非道い、非道いわUFOマンッ! やっぱり何かと理由をつけて、

 私をエロ酷い目に合わせたかっただけなのね! 同人誌みたいに!!」

 

『違う! 誤解だマミさん、私はただ君たち一家の被るリスクを考えてだな』

 

「五月蝿いわよ、バカ、バカ、バカァ~~~!

 もう、早くその別の方法ってのを教えなさいよォ~」

 

『……そこまで言うなら仕方ないな。

 巴マミ、私は君たち家族に肉体の一部を分け与え、結果、

 一人では変身できない体になってしまったワケだが』

 

「……? それが、どうかしたの?」

 

『私と合体するのは、別に君じゃなくても構わない。

 つまり、君のお父上かお母君に……』

 

「やめてぇ!? こんなしょうもない事に家族を巻き込まないで!」

 

『私だって嫌だ。

 マミママさんはとにかくとして、巨大ナイスミドルの全裸なんて誰が得をするんだ。

 一家の大黒柱がわいせつ物陳列罪で捕まった日には、社会的リスクも半端ないしな』

 

おお、と声にならない嗚咽を漏らして、へなへなとマミの腰が砕ける。

 

「……どうあっても、私が戦わなくちゃならないって事なのね。

 嗚呼、せめて佐倉さんみたいなカッコいい魔法少女になりたかった」

 

『ヨソはヨソ、ウチはウチだよマミ。

 彼女たちにもきっと、彼女たちなりの労苦があるに違いないのだ』

 

「……それは、そうかもしれないけれど」

 

ちらりとマミの脳裏に、数少ない理解者である佐倉杏子の姿が浮かぶ。

一見、サバサバと割り切った性格に見えた彼女であったが、

そんな気持ちの良い少女であっても、

魔法少女にしか理解できない悩みを抱えているというのであろうか?

 

『そんな事よりマミ、私はもうお腹がペコちゃんだ。

 早いところ夕飯にして、夜のパトロールに行こうぜ』 

 

「はいはい、何か持ってきてあげるから、少しだけ大人しくしててよね」

 

『ンッン~、マママミさんの手料理、何かな何かな~?』

 

「もう……」

 

どこまでもお気楽な正義のヒーローの姿を前に、巴マミは再び深くため息をついた……。

 

 

――PM7:00、見滝原市内某所。

 

工業地帯にほど近い廃ビルのさらにその奥、

人目には決して触れる事の無い迷宮の奥深くを、黒髪をなびかせ一人の少女が悠然と突き進む。

 

魔法少女・暁美ほむら、別時空のキュゥべえ曰く「時間遡行者」

 

限定的に時間を操る能力を有し、

絶望的な盤上から唯一絶対の詰み筋を求め、永劫の時間を繰り返す少女。

 

戻した時の長さと等量の魔女を屠り、等量の少女たちの涙に触れ、

心まで兵器の一部に同化しつつある彼女にとって、

結界内の探索は既に、日常の一部と言っていい行為ではあったものの、

その日の彼女は珍しく、自身の内の波立つ感情を持て余しているようであった。

 

(……イレギュラーが多すぎる)

 

危険極まりない魔女のホームにありながら、それでも胸中湧き上がる雑念を抑えきれない。

バタフライエフェクト。

風が吹けば桶屋が儲かる。

繰り返す世界の中で、自らの選択がもたらす因果の結末を見続けてきた少女である。

彼女の歩む道程は、決して馴染んだ風景という訳ではない。

極端な話、目覚めた彼女がベッドから降りる時、右足と左足のどちらから踏み出すか、

そんな些末な選択の一つ一つによって、運命はその姿を変容させかねないのだ。

 

(けれど、それにしたって……)

 

不測の事態が多すぎる。

早すぎる魔女の目覚めに加え、

今の彼女は警戒する敵は愚か、守るべき最愛の友の姿までも見失ってしまっている。

ここまで来ると、自身の不始末だけで説明しきれるものではない。

にわかには考え難い可能性ではあるが、これではまるで、前提が狂っているとしか……、

 

「――!」

 

後背より迫る気配に、扉に掛けた右手がピタリと止まる。

魔力を持たぬ人間には目にすることも叶わぬ結界の奥である。

今宵、ここまで侵入しうる魔法少女は二人、

だがその片割れである佐倉杏子にとって、ここは「縄張り」の外、

この、今宵生まれたばかりの魔女を狙いに来るとしても、駆けつけるのはしばらく先であろう。

 

「……と、なると、やはりあなたでしょうね。

 巴マ……っえ! ええええええええっ!?」

 

と、万全の分析をもって背後を振り返ったほむらであったが、

次の瞬間、全力でキャラが崩壊するほどの、素っ頓狂な叫び声をあげるハメになった。

 

「ハァ……、ハァ……、ま、また新しい魔法少女、なの?」

 

「マ、マミさ……、巴、マミ……?」

 

「……えっ? な、何であなた、私の名前を知って……?」

 

「――ッ! そんな事はどうでもいい!

 それよりも巴マミ、あなた……、あなたなんで 全 裸 なのよッ!?」

 

新手の魔法少女からの、至極当然な反応を受け、マミの両肩が思わずビクン、と震える。

 

「うっ、ひぐっ、だ、だって仕方ないじゃない。

 変身の度に服が破れるなら、先に脱ぐしか無いじゃないッ!?」

 

「一体、何を言っているのよ?

 結界の中に変身もせず、って言うか服すら着ないで来るなんて、あなた正気なの?」

 

「へ、変身? する、するって言ってるでしょ!

 だから全部、脱いで来たんじゃないの!」

 

「あなた、一体……」

 

『ええい! 今はそんな問答をしている場合か!?』

 

「――!?」

 

突如として二人の間に割って入ってきた謎の生物に、ほむらの体が硬直する。

 

『時間が惜しい! ここで 合 体 して突っ込むぞ、マミ!』

 

「ま、また知らない女の子の前で!?」

 

『もう素っ裸を見られちゃってるでしょ!

 これ以上、何が恥ずかしいって言うの!?』

 

「うう……、もう、どんどんこの状況に慣れていく自分がイヤァ~」

 

思考停止に陥ったほむらの眼前で、UFOマンが漢の魔法ステッキを勢い良く伸ばす。

必死に胸元を隠しながら、巴マミが震える片手をブツへと伸ばす。

 

『ふぉおおおおおぉぉ!! 萌え上がれ! マミの小宇宙ォ!!』

 

「セ、セインティア~ッ!!」

 

性座の神話に導かれ、UFOマンの小宇宙がマミの一糸纏わぬ肢体に降り注ぐ。

壮麗なマミさんのテーマが流れる中、

リビドー溢れるベトベターが乙女の柔肌に浸透し、

純情に膨らむ胸が、未来を背負う尻が、浪漫を駆ける太腿が強大なパワーに漲って行く。

 

『変身! UFOマン子、見参!』

 

「い、いきま……、キャッ!?」

 

失敗であった。

巨大な桃尻が思い切り扉につかえ、先に進めない。

 

『し、しまった! せめて扉を開けてから変身するべきだった!?』

 

「バ、バカァ~、どうするのよこれェ~!?」

 

『ええい、時間が惜しい! とにかく力づくでブッこ抜くんだ!!』

 

巨大な雌豹と化した乙女が、力の限り思いきりケツを振るう。

刹那、扉が結界の一部ごとぶっ壊れ、勢いのままゴロンゴロンと乙女が転がる。

 

「マ、マミさ……、一体……」

 

かろうじて、ほむらがポツリと呟く。

その時の彼女は、地響きを鳴らして遠ざかっていくケツを、ただ茫然と見送るしかなかった。

 

 

ほむらとマミがシュールな禅問答を繰り広げていたその頃、

結界の最深部には、流転する光景に戸惑う少女たちの姿があった。

 

「さやかちゃん……、こ、これって?」

 

「うん、何か、ずいぶんとフンイキが変わっちゃったけど」

 

恐る恐る周辺を見渡す。

天井が見えないほどの吹き抜けの空間には、

まるでパースでも違えたかのようなお菓子の山。

その非現実的な世界は、迷い込んだヘンゼルとグレーテルを戸惑わせるばかりである。

 

鹿目まどかに美樹さやか。

この世界、この時間軸においては、未だ普通の女子中学生に過ぎない少女たち。

本来ならば、たまたま魔女の結界に飲み込まれただけの彼女たちに、

舞台の終焉にまで辿り着ける力があろう筈もない。

単なる偶然か? あるいはこの部屋の主に気紛れによって招かれたのか?

 

「――! まどか、あそこ見て」

 

青髪の少女に促され、その指先を目で追いかける。

日常生活には不向きな小高いテーブルの上には、愛らしいぬいぐるみがくたりと座る。

ここがファンシーショップの一角ならば見逃したであろう光景だが、

なぜだか今の二人は、そのありふれた小物から目が離せない。

 

――と、

 

ズン! ズン! ズン!

 

「さ、さやかちゃん!?」

 

「地震かよ!? こ、こんな所で……」

 

彼方から伝わる地響きに、不安げに二人が身を寄せ合う。

だが、その内に異常に気付く。

地鳴りは通常の地震とは異なり、一定の間隔を刻みながら二人を襲う。

さらに注意深く探るならば、地響は徐々に大きく、まるで二人の下に迫るかのように……!

 

「――!? 危ないまどか! 入口から離れてッ!」

 

「ふぇ……、ひゃ! ひゃああああ~!?」

 

 

「 テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ !!(物理)」

 

 

――ドワォ!!

 

謎の技名と同時に渾身のぶちかましが炸裂し、

結界をシリアスな雰囲気ごと破壊しながら、巨大乙女が室内に乱入する。

 

『うぉ!? ま、またなんか女の子がいるぞ』

 

「危ない! 二人ともそいつに近寄らないで!!」

 

「ひょえぇ~! ど、どっちがッ!?」

 

慌てふためく少女たちを内股で飛び越え、懸命な乙女走りがお菓子の館を揺らす。

標的の前で踏み止まっては腰を落とし、その右掌を獲物目がけて思いきりカチ上げる。

 

『どすこ~い!』

 

「ティ……、ティロ・フィナーレ!!(物理)」

 

――ズワォ!!

 

平行世界の列車砲もかくやと言うほどのテッポウが爆音を巻き起こし、

一足遅れの衝撃波が室内に吹き荒れる。

その暴力の前にちっぽけなぬいぐるみなどは一たまりもなく、たちまちその身を爆裂四散させる。

 

『――やったか!?』

 

「みょ、妙なフラグを立てないで……って、え?」

 

異変はその時起こった。

爆散したぬいぐるみから飛び出したもやもやが中空で渦を巻き、

モコモコとトゥーン・アニメのように奇妙な生物の姿を形作り始める。

茫然と立ち竦む巨大乙女の眼前で、原色系の空飛ぶツチノコが、愛嬌溢れる大口を開いて……。

 

 

「 キ ャ ア ア ア ア ア ア ァ ―――ッ!? 」

 

「――!」

 

彼方から響く少女たちの悲鳴を耳にして、ようやく暁美ほむらは我に返った。

迷いなく踵を返し、台風一過のような迷宮の奥地へと突入する。

 

(不覚……、不測の事態が重なったとはとは言え、巴マミの先行を許してしまうなんて……)

 

迷宮を駆けながら、ぎりりと奥歯を噛み締める。

かつての時間軸において、常にベテランの魔法少女として皆を導いてきた巴マミ、

その戦闘力については折り紙付きの彼女にとって、唯一天敵とも呼べるのが、

攻撃力と再生能力に特化し、騙し討ちを得意とするこの館の主であったのだ。

ここで彼女を失う事となれば、この時間軸もまた、これまでの徒労の繰り返しとなるであろう。

 

(いいえ、それだけではない、さっきの悲鳴は……!)

 

「――まどかッ!」

 

と、決死の形相でもって、最深部へと踏み込んだ少女であったが……、

次の瞬間、ようやく立て直したキャラクターがぶっ壊れるほどに全力でズッこけるハメになった。

 

「くううぅぅっ、コ、コイツゥ……」

 

『しっかりしろォ巴マミ! こんなものただのヌルヌルしたヒモだッ!!』

 

「む、ムリ言わないでよ、下手に動いたらこぼれちゃうじゃない」

 

『分かってんの、このままだとまた全裸なんだよ!? ポロリとか気にしてる場合かーっ!?』

 

「そうだァー! 戦えマミさん、あんたの実力はそんなもんかー?」

 

「ちょ、落ち着いてさやかちゃん、私たちまだそんな関係じゃないよ!?」

 

「…………」

 

呆然と、眼前で繰り広げられている茶番を見上げる。

 

コブラツイスト、コブラツイストである。

巨大な乙女が、コブラっぽい魔女にコブラっぽいツイストを仕掛けられている。

いや、より端的に言うならば、でっかいマミさんが緊縛プレイを仕掛けられている。

 

暁美ほむらがエロコメ世界に馴染めないままにも物語は進む。

調子こいたツチノコ魔女が、いかにもトゥーンめいた動きでマミさんの全身を駆け回り、

直後、乙女の全身が叉焼のように中空に吊り上げられる。

 

『き、亀甲縛りだと!? コイツ、何でもありにもほどがあるだろ!』

 

「ひあぁぁ~、お、降ろしてぇ~!!」

 

顔面を真っ赤に沸騰させて、巨大乙女が必死に全身を揺する。

その度に食い破られたスーツから駄肉がこぼれ、

原色ロープの隙間から、むちむちポークがポロリと溢れ出す。

 

「あ、嗚呼……」

 

はらはらと、知らずほむらの両目から涙が零れ落ちる。

そんな感情が自分の中に残っていた事自体が驚きであった。

 

かつて、頼れる先輩として自分を導いてくれた巴マミ。

最強魔法少女の名に恥じず、可憐な必殺技の数々で魔女を葬り去ってきた巴マミ。

その身の孤独を覆い隠し、決死の勇気で敵に立ち向かい続けた、誇り高き巴マミ。

 

巴マミは死んだのだ。

いくら時間を巻き戻したとしても、あの頃の気高く可憐で美しかった彼女はもういない。

 

「マ、マミ……、巴、マ、ミ」

 

「――ハッ」

 

よろよろと、力なくほむらが歩み寄る。

茫漠とした光宿らぬ漆黒の瞳が、巨大な乙女の視線を鷲掴みにする。

 

「あなた、あなたは一体何がしたいの?

 半裸でこんな……、まるで屠殺場の子豚みたいになって……」

 

「あ、あわわ……、あぅ……」

 

じわり、とマミの背に、これまでとは違った種類の背脂が溢れ出す。

 

(あ……、あの瞳、あの色はきっと、『幻滅』だとか『失望』だとか言った類のモノだわ。

 『テメーにゃほとほとガッカリだよ』

 逢った事もない女の子なのに、彼女の瞳が、そう如実に語っている……)

 

かつてない恥辱に、かつてない絶望に、少女の眉が無様に歪む。

 

「ち、違うの! これは、これは違うのォッ!!」

 

『ええい、何をワケの分からん言い訳をしている!? 

 いいから戦え、巴マミ!』

 

「み、見ないでぇ!? 今の私を見ないでぇ~っ!!」

 

『おおっ、何だか知らんがイキナリM.O.Eマックスだ!』

 

溢れ出す金色のエナジーがエントロピーを飛び越して、

ヌルヌルしたヒモを引き千切る剛腕に変わる。

大股で大地を踏みしめ、コミカルに焦る魔女に目がけてキッとガンを飛ばす。

少女の怒りが肉体に連動して大地を走り、天空へ伸びる拳が光速を超える。

 

「こんのオォォ……、テ ィ ロ ・ フ ィ ナ ー レ ェ―――ッ!!(物理)」

 

 

B A G O O O O O O N !!

 

 

実にトゥーンな爆音を響かせ、乙女全身全霊の一撃を受けた魔女が天空へと舞い上がる。

 

「ジェットアッパー! ジェットアッパーだよまどか!!

 すごい、奇跡も車田ぶっ飛びもあるんだよッ!」

 

「こ、こんなの絶対おかしいよ……」

 

「――! いけないマミさん、そいつは再せ……」

 

「ティロォ!!(物理)」

 

ほむらの叫びを遮って、いち早く上空に飛んだマミさんの拳が、

すでに脱皮を始めていたトゥーンの顔面を的確に捉える。

 

「ティロ! ティロ! ティロ! ティロ! ティロ! ティローッ!(物理)」

 

「け、結界のコーナーに追い詰めて左右の連打……、

 巴マミ、あなた本当にどうしてしまったって言うの?」

 

「まっみのうち! まっみのうち!」

 

「調子に乗りすぎだよさやかちゃん!? ずっとそのキャラで行く気?」

 

 

 

『燃え上がれ小宇宙! マミさん流星拳だ!!』

 

「ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ

 ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ

 ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ

 ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ

 ティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロティロ

 

 ティロ……、フィナーレッ!!(物理)」

 

セブンセンシズに目覚めかねないほどの連打がついに再生能力を超え、

魔女の肉体を最微塵にまで粉砕する。

直後、まばゆいばかりの光が周囲にこぼれ、

気が付いた時、舞台はただの廃ビルへと還っていた……。

 

 

大きく肩で息をついて、生まれたままのマミさんがペタリとその場に座り込む。

ほどなく、喜色満面の二人組が彼女を取り囲んだ。

 

『やったな! いつにもして凄い活躍だったぞ』

 

「いや~、カッコよかったな~、さすがアルティメットマミさん」

 

「ア、アルティメットマミさん……? 何それ、さやかちゃん?」

 

「う~んと、まあ、何となく?」

 

『アルティメットマミさんか……、いいかげんに付けたわりには良い名前だな。

 ふふっ、新しいファンが出来たぞ、巴マ――』

 

「――ティロ・フィナーレッ!(物理)」

 

 

――グワラゴワガキーン!!

 

 

と、UFOマンの賞賛を遮って、場外ホームラン級のフルスイングがその顔面を捉える。

正義超人マミさんが見せた突然のヒールターンに、ピシリと空気が凍り付く。

 

『な、殴ったね!? 父ちゃんにもバットでぶたれた事な……』

 

「ティロ・フィナーレッ!(物理)」

 

パロディに走ろうとしたUFOマンの脳天に、再び謎バットの一撃が振り下ろされる。

間一髪、避けた床先でコンクリートが砕けて宙に舞う。

本気の殺意を前に、ゴクリ、とUFOマンが生唾を飲む。

巴マミはしばし俯きながら大きく息をついていたが、

その内にキッと顔を上げて、その悲しみを振り絞るようにして叫んだ。

 

「……UFOマンがエロを生むなら、あなたが死ぬしかないじゃないッ!?」

 

『ゲェーッ!? お、おお落ち着けマミさん!

 きっと何かもっと他に、建設的な選択肢がある筈だ!!』

 

「五月蠅い! あなたを殺して私も死ぬの!!」

 

『重いッ!? 重いよマミさん!』

 

半狂乱となって謎バットを振るう少女の凶行を、固唾を呑んで一同が見守る。

誰が止める事が出来よう。

彼女の背負ったヒーローの悲しみを理解できる者など、この世界には誰一人いないというのに。

 

「このォッ! ティロ! ティロ! ティ……」

 

「――それくらいにしときなよ、こんなのと心中なんて、やめとけやめとけ」

 

「えっ?」

 

振り上げたバットを押さえつけられ、思わず振り返る。

そこにいたのは赤髪をたなびかせるポニーテールの少女――。

 

「あ! さ、佐倉さ……」

 

「どうしてもって言うなら、私がそいつをぶっ潰してやるからさ。

 そんな物騒なモンはもう下ろしなよ」

 

『ちょ、お前は何だと……』

 

「お前は黙ってろ」

 

『はい……』

 

――ただ一人だけいた、巴マミの悲しみを理解する唯一のパートナー。

 

魔法少女・佐倉杏子、ヒーローは遅れてやってくる。

優しい少女の手に包まれて、巴マミの中の乙女が解けて弾ける。

 

「うぅ……、さ、佐倉さぁん!」

 

「おいおい、何も泣かなくたっていいだろ?

 帰ろうぜ、服、とって来てやるからさ」

 

「うん……、うん……!」

 

「……遅くなってゴメンな、マミ。

 ほれ、うんまい棒、食うかい?」

 

「もぎゅ! うう、あいがとう、ひゃくらひゃん……」

 

巴マミが、ひしりとその身を寄せれば、佐倉杏子が、その髪を撫ぜる。

確かな温もりが、二人の少女を包み込む。

 

「ああ、えっと、その……まどか?」

 

「うん、なんか私たち、お邪魔、かなって……」

 

――そして、温もりから取り残された少女たちは、ただ茫然とその場に戸惑うしかなかった。

 

(……この世界は、やはり私の歩んできた時間との差異が大きすぎる)

 

集団から一歩離れた場所で、暁美ほむらが冷静に考察を続ける。

 

(けれど、それでもこの世界は……)

 

ちらりと周囲を見渡す。

 

未だ平凡な女子中学生活を継続している、鹿目まどかに美樹さやか。

既に良好な関係を構築しつつある、佐倉杏子に巴マミ。

 

そして、そして何より――。

 

(巴マミにまとわりついているあの生物、それにあの【合体】

 今までの経験則から行けば、考えられる事では無いのだけれど……、

 けれど恐らく、この時間軸の巴マミは、魔法少女とは違う存在となっている)

 

巴マミが【魔法少女】ではない世界。

想像だにしなかった世界との遭遇に、とくん、と少女の心音が跳ねる。

その事実はなぜならば、彼女の人生をクソゲーたらしめていた前提の崩壊を意味するのだから。

 

ゆえに願ってしまう。

永らく忘れて久しかった、その希望を。

 

(この、混沌とした未知の世界で……、

 私は失った時間の全てを、取り戻す事が出来るかもしれない)

 

 

「ねえまどか、もう私たちの出番ってないんじゃない?」

 

「えっ、嘘!?」

 

 


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