赤城さんが食べる!   作:砂夜†

9 / 20
第九話 お子様ランチを食す。

 ここは鎮守府近郊のレストラン。レストランと言っても、気取った高級店ではない。価格も安いし、むしろ家族連れを主な客としているレストランだ。

 

「さあ、雪風ちゃん。今日は好きな物食べて良いわよ」

「本当ですか! 雪風感激です! 幸運の女神のキスを感じちゃいます!」

 

 そのレストランに、赤城は駆逐艦娘の雪風を連れて食事に来ていた。ボブカットの髪に、屈託のない笑顔が眩しい、とても元気な少女だ。

 

「でもどうして雪風にご飯を食べさせてくれるんですか? 今日は記念日でもないのに」

「えっ……そ、それは……その、ね? 雪風ちゃんはいつも頑張ってるから。赤城さんからのご褒美よ」

「嬉しいです! でも、頑張ってるのは雪風だけじゃないですよ?」

「ほ、他の子は遠征とか、都合とかがね? また今度ご馳走してあげるのよ」

「そうでしたか!」

 

 疑問が解決したのか、雪風は机のメニュー表を見始めた。

 

「えーとそれじゃあ……あっ! 雪風はこのチョコレートパフェを食べたいです!」

「じゃあ注文するわね~」

 

 赤城は手を上げて、店員を呼ぶ。

 

「すいませ~ん。このチョコレートパフェと、コーヒー。あと、お子様ランチを」

「はぇ?」

 

 赤城の質問に、雪風は不思議そうな顔をする。当然だろう。お子様ランチなんて頼んでいないのだから。

 

「かしこまりました。パフェの方はお食事の後にお持ちしますか?」

「いえ、一緒に運んできてください」

 

 店員が去った後、なんとも気まずい空気が机を支配した。

 

「あ、あの赤城さん」

「言わないで」

 

 雪風の言葉を、赤城は封じ込める。

 

「わかってる。わかってるわ。なんでお子様ランチを頼んだのか、でしょう?」

「はい。雪風は食べたくないですし」

「……私が食べるのよ」

 

 赤城は少し頬が赤くなっているのを自覚した。

 

「雪風ちゃん。大人はお子様ランチを注文できないの」

「はい。知ってます!」

 

 お子様ランチを頼めるのは、小学生までなのだ。

 

「前に一度頼んだけど、店員の人に大人には出せないって言われたの……」

「赤城さんは大人ですからね!」

「それで私は考えたの。子供と一緒なら食べられるって!」

「あっ! それならお店の人もダメって言えませんね! 赤城さん頭いいです!」

「雪風ちゃん。私はね、今までの人生で一度もお子様ランチを食べたことが無いの。だから一度でいいから、私はお子様ランチを食べたいの! だって、次の戦闘では死んでしまうかもしれないじゃない」

「赤城さん……」

 

 雪風の大きな目に、零れ落ちそうな涙が浮かぶ。

 

「大丈夫です! またここに来てお子様ランチを食べましょう!」

「ええ!」

 

 よかった。どうやら誤魔化せたようだ。

 お子様ランチを一度も食べたことがないのは本当だが、悔いがないように食べておきたいというのは真っ赤な嘘だ。

 食べたい理由はたった一つの単純なこと。ただ、「食べたいから」だ。そこに深い理由もなければ、感傷的な理由もない。

 雪風を騙してしまった後ろめたさを感じ、赤城は心の中で平身低頭して謝る。

 

「おまたせしました~」

 

 注文した料理が運ばれてくる。赤城にはコーヒー。雪風にはお子様ランチとチョコレートパフェが配膳される。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 店員が去って行くのを見計らい、雪風はお子様ランチを赤城に差し出す。

 

「どうぞ! 食べてください!」

「ありがとうね、雪風ちゃん……」

 

 赤城は念願のお子様ランチをまずは目で楽しむ。

 山形に盛られたチキンライス。その登頂には日の丸の旗が立ててある。おかずには、ハンバーグ、エビフライ、唐揚げ、フライドポテト、付け合わせにポテトサラダ。子供の好きなメニューが目白押しだ。

 これはまさに、子どものための料理と言える。だが大人が食べたくない料理か、と言われれば答えは違う。大人だって食べたいのだ。

 

「それでは、いただきます!」

「雪風もいただきます!」

 

 まずはチキンライスを一口。

 

(これは、味が濃いですね。なんというか、本当に子供が好きそうな味。でもこういうのも良いですね~。薄味で素材の味を活かした~なんて料理とは真逆の料理!)

 

 そういった料理も赤城は好きだが、こういうわざとらしいぐらいに濃い味付けをした料理も好む。

 ハンバーグはデミグラスソースではなく、ケチャップ。これでこそお子様ランチ。デミグラスソースなんて大人な調味料は使わない。

 エビフライの衣は厚くてザクザク。しかし中身のエビが小さくてちょっと悲しくなってしまう。

 

(ふふ。なんだか食べてるだけで、遊園地で遊んでいる気分になりますね)

 

 奇妙で、妙に笑えてしまう。

 本当に子どもだったら、もっと楽しんで食べれたのだろうか。

 

(あ、付け合わせのポテトサラダも食べないといけませんね)

「あれ? 赤城さんにもアイスがあるんですか? 雪風のパフェと一緒ですね!」

「アイス?」

 

 はて。そんなものはプレートの上にはないはずだが。

 

「あら、これはポテトサラダですよ」

「ふわぁっ! 雪風、間違いちゃいました!」

 

 雪風は照れくさそうに笑った。

 

(あ、そっか)

 

 きっとこういう物の見方が、子供と大人の境界線なのだ。

 少し物悲しい思いが心の中に溢れ、赤城は苦笑して、チキンライスを一口食べた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。