ここは鎮守府近郊のレストラン。レストランと言っても、気取った高級店ではない。価格も安いし、むしろ家族連れを主な客としているレストランだ。
「さあ、雪風ちゃん。今日は好きな物食べて良いわよ」
「本当ですか! 雪風感激です! 幸運の女神のキスを感じちゃいます!」
そのレストランに、赤城は駆逐艦娘の雪風を連れて食事に来ていた。ボブカットの髪に、屈託のない笑顔が眩しい、とても元気な少女だ。
「でもどうして雪風にご飯を食べさせてくれるんですか? 今日は記念日でもないのに」
「えっ……そ、それは……その、ね? 雪風ちゃんはいつも頑張ってるから。赤城さんからのご褒美よ」
「嬉しいです! でも、頑張ってるのは雪風だけじゃないですよ?」
「ほ、他の子は遠征とか、都合とかがね? また今度ご馳走してあげるのよ」
「そうでしたか!」
疑問が解決したのか、雪風は机のメニュー表を見始めた。
「えーとそれじゃあ……あっ! 雪風はこのチョコレートパフェを食べたいです!」
「じゃあ注文するわね~」
赤城は手を上げて、店員を呼ぶ。
「すいませ~ん。このチョコレートパフェと、コーヒー。あと、お子様ランチを」
「はぇ?」
赤城の質問に、雪風は不思議そうな顔をする。当然だろう。お子様ランチなんて頼んでいないのだから。
「かしこまりました。パフェの方はお食事の後にお持ちしますか?」
「いえ、一緒に運んできてください」
店員が去った後、なんとも気まずい空気が机を支配した。
「あ、あの赤城さん」
「言わないで」
雪風の言葉を、赤城は封じ込める。
「わかってる。わかってるわ。なんでお子様ランチを頼んだのか、でしょう?」
「はい。雪風は食べたくないですし」
「……私が食べるのよ」
赤城は少し頬が赤くなっているのを自覚した。
「雪風ちゃん。大人はお子様ランチを注文できないの」
「はい。知ってます!」
お子様ランチを頼めるのは、小学生までなのだ。
「前に一度頼んだけど、店員の人に大人には出せないって言われたの……」
「赤城さんは大人ですからね!」
「それで私は考えたの。子供と一緒なら食べられるって!」
「あっ! それならお店の人もダメって言えませんね! 赤城さん頭いいです!」
「雪風ちゃん。私はね、今までの人生で一度もお子様ランチを食べたことが無いの。だから一度でいいから、私はお子様ランチを食べたいの! だって、次の戦闘では死んでしまうかもしれないじゃない」
「赤城さん……」
雪風の大きな目に、零れ落ちそうな涙が浮かぶ。
「大丈夫です! またここに来てお子様ランチを食べましょう!」
「ええ!」
よかった。どうやら誤魔化せたようだ。
お子様ランチを一度も食べたことがないのは本当だが、悔いがないように食べておきたいというのは真っ赤な嘘だ。
食べたい理由はたった一つの単純なこと。ただ、「食べたいから」だ。そこに深い理由もなければ、感傷的な理由もない。
雪風を騙してしまった後ろめたさを感じ、赤城は心の中で平身低頭して謝る。
「おまたせしました~」
注文した料理が運ばれてくる。赤城にはコーヒー。雪風にはお子様ランチとチョコレートパフェが配膳される。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が去って行くのを見計らい、雪風はお子様ランチを赤城に差し出す。
「どうぞ! 食べてください!」
「ありがとうね、雪風ちゃん……」
赤城は念願のお子様ランチをまずは目で楽しむ。
山形に盛られたチキンライス。その登頂には日の丸の旗が立ててある。おかずには、ハンバーグ、エビフライ、唐揚げ、フライドポテト、付け合わせにポテトサラダ。子供の好きなメニューが目白押しだ。
これはまさに、子どものための料理と言える。だが大人が食べたくない料理か、と言われれば答えは違う。大人だって食べたいのだ。
「それでは、いただきます!」
「雪風もいただきます!」
まずはチキンライスを一口。
(これは、味が濃いですね。なんというか、本当に子供が好きそうな味。でもこういうのも良いですね~。薄味で素材の味を活かした~なんて料理とは真逆の料理!)
そういった料理も赤城は好きだが、こういうわざとらしいぐらいに濃い味付けをした料理も好む。
ハンバーグはデミグラスソースではなく、ケチャップ。これでこそお子様ランチ。デミグラスソースなんて大人な調味料は使わない。
エビフライの衣は厚くてザクザク。しかし中身のエビが小さくてちょっと悲しくなってしまう。
(ふふ。なんだか食べてるだけで、遊園地で遊んでいる気分になりますね)
奇妙で、妙に笑えてしまう。
本当に子どもだったら、もっと楽しんで食べれたのだろうか。
(あ、付け合わせのポテトサラダも食べないといけませんね)
「あれ? 赤城さんにもアイスがあるんですか? 雪風のパフェと一緒ですね!」
「アイス?」
はて。そんなものはプレートの上にはないはずだが。
「あら、これはポテトサラダですよ」
「ふわぁっ! 雪風、間違いちゃいました!」
雪風は照れくさそうに笑った。
(あ、そっか)
きっとこういう物の見方が、子供と大人の境界線なのだ。
少し物悲しい思いが心の中に溢れ、赤城は苦笑して、チキンライスを一口食べた。