一月三日。三が日最後の日である。
世間の店はどこも休みであるが、軍組織である鎮守府は休むわけにもいかない。
しかし、正月を祝わないわけではない。
門松やしめ縄などを飾ったりもするし、食堂の料理だってお餅やおせちと言った正月用の物になる。
幸いというべきか、深海棲艦の活動もやや沈静化していた。そのせいで、横須賀鎮守府全体に緩んだ空気が蔓延していた。
「いや~いいですね、お正月。いつもよりも緩んだ空気がしますよ」
赤城は食堂で、黄粉をまぶしたお餅をもぐもぐとパクついていた。完全に緩んだ空気に浸り切り、幸せそうな顔で餅を口に運ぶ。
にょいーんとお餅が伸びるこの面白さ。普段なら食べづらいと思うだけかもしれないが、正月の緩んだ空気がそれを許容させる。
「ふふ。次はお汁粉に挑戦するとしますかね」
黄粉餅三十個を完食した赤城は、次の目標を思案する。
ちなみに、赤城は黄粉餅の前に砂糖醤油で餅を四十五個も食べているが、その食欲は衰えることを知らない。
「はっ!? そういえばまだお雑煮を食べてませんでしたね……不覚です。お正月にお雑煮を食べ忘れていただなんて」
赤城は歯ぎしりをして、悔やむ。もっと早く気付けていれば、そのぶんお雑煮をお代わりできていたかもしれないというのに。
「もういい加減に飽きたわ!」
その時、食堂の隅で怒声が聞こえた。いや、怒声というよりは子どもの癇癪声だろうか。
赤城が目を向けると、そこには第六駆逐隊の暁、響、雷、電の四名がいた。どうやら大声を上げたのは、暁のようだ。
「毎日毎日お餅ばっかり! もううんざりよ!」
「はわわ!? 暁お姉ちゃん!?」
「毎日お餅ばかりで暴走してしまったようだね」
「ま~気持ちはわからないでもないけどね」
なるほど、確かに駆逐艦娘の子達が言うように、この三が日の間はずっとお餅が続いている。食べ飽きて、文句の一つも言いたくなるだろう。
「大体、私そんなにお餅好きじゃないし」
「うぅ、じ、実を言うと電も暁お姉ちゃんと一緒で……食べづらくて」
「そうだね、確かに食べづらいというのは同意だ」
「味は嫌いじゃないんだけどねー。なんか伸びるし噛みにくいし飲み込みにくいしで、食べづらいわよね」
加えて、駆逐艦娘の子達にはあまり餅の評判は良くない。味そのものというよりも、その食べにくさからだ。
(む~これは嘆かわしいことですね)
お餅は日本の伝統食だが、若い子に好かれているとは言いづらい。このままで近い将来、お餅は日本から消えてしまうのではないだろうか。赤城はそんな危機感を抱いてしまった。
「いけません! いけませんよ!」
思わず、赤城は大声を出してしまった。
食堂中がシーンと静まり、誰もが赤城の方を見ていた。
赤城はそんな場の空気など一切読まずに、第六駆逐隊の方へとツカツカ歩いていく。
暁が少し涙目になっているが、いまはそんなことに構ってはいられない。
「話は聞かせてもらいました!」
このままでは、この子達は将来餅を食べなくなってしまうかもしれない。
一人の大人として、そんなことは見逃せない。
「今から私が子供でも食べやすいお餅を作ってあげましょう」
一流のグルメは、やがて自ら厨房に立つという。材料から吟味し、調理法も時間と手間を惜しまずにかけ、自分のためだけの料理を作る。赤城も一時期その域に達していたが、味見で料理の九割が消えるので料理を完成させることは断念せざるを得なかった。
だが、調理技術ならば問題ない。
味見を極力最小限にすれば、まあ駆逐艦娘四人分ぐらいの量は何とかなるだろう。
「あ、いえ、別にいいです」
「ご厚意はありがたいですが、そこまでして貰わなくても」
と、暁と響が。
「ええ、赤城さんにそこまでやってもらうのも悪いし」
「お気持ちだけいただいておくのです」
続いて雷と電が遠慮がちに断ってくる。
中々遠慮深い子達だ。
まあ、特に親しくもない大人から急にお餅を作ってあげると言われれば、誰だってこういう反応をするだろう。
だが子供なんてものは、
「チョコ味にしますけど」
「「「「食べる!」」」」
ちょろいもんだ。
「よし! 話は決まりました! 厨房借りますよ!」
赤城はズカズカと厨房に入ると、一角を占領して準備を始める。
「あの、赤城さん何作るの?」
暁達も赤城の後に続いて、厨房に入る。
「ふふ。チョコ餅です」
赤城は板チョコレートを取り出す。
まずは餅を細かく切り、それを耐熱ボウルに投入。続いて牛乳を入れて、電子レンジで加熱。餅が膨らんで来たらチョコをボウルの中に入れて、一緒に混ぜる。味にムラができないように、まんべんなく混ぜる。水分が少なくなってきたら、一口サイズに形を整える。
(うん。いい感じですね。念のために味見を)
完成途中のチョコ餅を一個食べる。
(うんうん! いい感じに柔らかくて甘いですね)
少し時間を置いて冷まし、固まったら完成だ。
(出来上がったけど、慢心してはダメ! もう一度味見をしないと!)
十個、口に入れる。
(んふ~♪ 今度は弾力が出てきていい感じになりましたね~。小さいから食べやすいですし、オヤツ感覚でパクパクいけますね。これなら噛みやすいですし、飲み込みやすくて小さな子でも好きになるはず)
もう五口ほど食べておこう。味にムラが無いとも限らない。
(よくよく考えてみれば、大福だってもち米使いますもんね。お餅と甘味のチョコだって相性は抜群ですよ。和と洋の見事な融合、二つの価値観が手を取り合った瞬間ですね)
人間同士、価値観の相違で争いは生まれる。それは国同士でもそうだ。そして深海棲艦との戦争。
いつか、平和な海が来るだろうか。手を取り合うことができるだろうか。
赤城はいつか来るべき平和を思い、チョコ餅を十個口に入れる。
「できました!」
一口サイズのチョコ餅を四つ、第六駆逐隊の子達に分ける。
「あ、あの、赤城さん。一つ聞いてもいいのです?」
「なんでしょう?」
「なんで一口サイズ一個だけなのです? お餅はいっぱいあったのに……」
「ごめんなさい……万全を期すために味見をしていたらいつの間にか」
疑いの目が突き刺さる。『本当に味見のつもりだったの?』という、駆逐艦娘達の心の声が聞こえてくるようだ。
「まぁまぁ! まずは食べてみて!」
赤城は目を逸らして、チョコ餅を進める。
「でも、なんか今更だけど……」
「そうだね。ちょっと食べにくいね」
「よくよく考えたらお餅にチョコというのも変な感じなのです」
「チョコにつられたけど、チョコとお餅は無いわよね」
元来、お餅は和食に使われるものだ。駆逐艦娘達の不評も無理もない。
「じゃあ私が全部食べてもいいですか?」
「「「「いただきます!」」」」
駆逐艦娘達は恐る恐るチョコ餅を口に入れる。
「!? なにこれ美味しい!」
「意外だね。食べやすいし、お菓子みたいだ」
「これならいっぱい食べられるのです」
「おかわりが欲しいわ!」
好評であった。駆逐艦娘の子達は目を輝かせておかわりを求める。作り手として、これほど嬉しいことはない。
「ふふ、ありがとう。じゃあもう一度作るわね」
作りながらもう一度味見をしよう。
そんなことを思いながら赤城がもう一度作ろうとすると、
「赤城さんはもう作らなくてもいいのです!」
「そうだね。作り方は簡単だし、私達だけで問題ない」
「レディであり長女でもあるこの暁がいれば大丈夫よ!」
「だから赤城さんは食材に触らないでね」
「え? あ、ま、待って!」
赤城は駆逐艦娘達に厨房から追い出されてしまい、物欲しそうな目で作られていくチョコ餅を眺める。
「……お雑煮、食べますか」
赤城はお雑煮を注文して食べた。いつもと変わらぬ美味であったが、どこか味気なくも感じる。それは、チョコ餅をもっと食べたかったからという後悔からくるものだったのか、赤城にはわからなかった。
「なんだか、ちょっとしょっぱいですね……」
ほんのちょっぴり、雑煮は塩味がした。