艦娘の任務の一つに、遠征というものがある。
遠洋の海域に行き偵察や調査をしたり、輸送船の護衛、資源の輸送、近海の警備などが主な内容だ。
その遠征の中に、他の鎮守府への出向というものがある。作戦時の戦力不足を補うというものだ。
そして今、横須賀鎮守府に一人の艦娘が出向していた。
名を、榛名。腰まで延びる長い黒髪に、くせ毛なのか左前髪が外側に大きくはねているのが印象深い。
榛名はこの横須賀鎮守府に来るのは初めてなので、旅行と呼ばれる施設案内をしなければならない。
「この食堂のオススメはA定食。毎日食べても飽きない素朴な味がいいですね」
その案内の役目をしているのは、正規空母の赤城。
「は、はぁ」
榛名は困惑した顔で、相槌を打つ。
「スパゲティも中々いい味でしてね。昔ながらのケチャップたっぷりのスパゲティでして、焦げたケチャップがまたたまらないんですよ」
なにしろ食堂の案内が1時間以上続いているのだ。延々と料理の説明を続けられては、困惑するのも当然だろう。
「そうそう。この食堂はお菓子類も充実してましてね、和菓子洋菓子色々あるんですよ」
「お菓子ですか?」
「ええ。色々なお菓子が売ってるんですよ。何か食べて行きますか? 行きましょう!」
「え? あ、はい」
強引にも程があるが、赤城の嬉々とした様子に、榛名は押し切られてしまった。
二人は食堂のお菓子コーナーに移動して、食べる物を物色する。
「ん~悩みますね~……よし、今日はアイスにしましょう! バニラアイス」
今日は少し、気温が高い。甘いアイスで体を冷やすのもいいだろう。
赤城はアイスボックスの中から、カップのバニラアイスを取り出す。
「あ、ゴーフルもあるんですね」
「ゴーフル?」
榛名が手にしていたのは、円形の薄い焼き菓子であった。
少し厚めの炭酸せんべいで、クリームをサンドしたお菓子である。もちろん洋菓子なので、せんべいの生地には牛乳とバターが練り込まれている。言うなれば、洋菓子の材料で作った和菓子だろうか。
サクサクとした軽い触感を楽しめるお菓子で、お茶請けには丁度良い。
「あーそれですか」
「はい。榛名の故郷、神戸のお菓子なんです」
赤城も何度か食べたことはあるが、正直美味しいとは思わなかった。
マズいわけではない。だが、特別美味しいわけではない。
薄っぺらいせいで食べごたえもないし、中のクリームも妙に人工的な甘さで好きになれない。
「えーと、あとは私も赤城さんと同じアイスにしますね」
「アイス? ゴーフルに加えてアイスとは、中々豪勢ですね」
「ああ、これはですね」
榛名は少し照れくさそうに笑うと、アイスをスプーンですくって、ゴーフルでサンドした。
「こうやって食べるのが子どもの頃から好きなんです。子どもっぽいとは思うんですけど、やめられなくて」
衝撃であった。今まで赤城は単品で食べることしか思いつかなかった。だが、そうか。他のお菓子を組み合わせても良いのだ。もっと自由な発想で食事をしてもいいのだ!
「私もやってみます!」
赤城もゴーフルを手に取ると、榛名と同じようにゴーフルでアイスを挟む。
「手づかみじゃ食べにくいですね。お皿とスプーン貰って来ましょう」
厨房から皿を二枚借りて、一枚を榛名に渡す。
「では、いただきます!」
ゴーフルはスプーンで簡単に割れた。
割れたゴーフルの欠片と、アイスを一緒に口に入れる。
「ほう! これは!」
ゴーフルがいい感じに、バニラアイスのくどい味を中和してくれた。バニラアイスだけだと口の中が甘ったるくなってしまうが、ゴーフルが口の中をスッキリさせる。
そしてサクサクとしたゴーフルの食感がまた楽しい。バニラアイスの味が染みたゴーフルがこれほど美味しいとは。
これはまさに、手作りクリスピーサンドともいうべきものではないだろうか。
「ごちそうさまでした。いや~驚きでしたよ。ゴーフルにこんな食べ方があるなんて。まるで神戸の歴史を食べているようでした」
ゴーフルの歴史は古い。何十年も昔からあるお菓子だ。その長い歴史は、どんな食べ方も許容するほど雄大で、奥深い。
「喜んでもらえて、榛名も嬉しいです!」
自分の故郷を褒めてもらえるのは、この上ない喜びだ。
榛名はニコリと、まるで太陽のように笑う。
「他にも何か食べ方はあるんですか?」
「はい! 後はですね、チョコレートと柿の種を挟むというのもあってですね」
「チョコレートと柿の種!?」
また考えたこともない組み合わせだ。ゴーフルの食べ方は無限にあるのではないかと思える。
結局、赤城と榛名は日が暮れるまで食堂で話し込んでしまい、横須賀鎮守府の案内という当初の目的を果たせずに終わってしまった。