「さあさあ、食べてください! 今日は私の奢りですよ!」
横須賀の飲食店街にある居酒屋。その座敷に、四人の女性がいた。
一人は、正規空母の赤城。あとの三人は彼女の同僚である、正規空母の艦娘だ。
「赤城さんの奢りだなんて、珍しいこともありますね。あなた達、心から感謝して食べなさい」
全身から凛とした空気を醸し出す、髪をサイドテールに結った女性。名は、加賀。
「加賀さんが奢るんじゃないんですから偉そうにするの止めたらどうです? 赤城さん、ご飯ありがとうございます! さすが頼れる先輩は違いますね、どなたかとは違って」
髪をツインテールにしている快活そうな女性は、瑞鶴。
「ず、瑞鶴! 先輩にそんな態度を取っちゃダメでしょ! あ、あのすいません加賀さん。瑞鶴も悪気はないと思いますので……」
おろおろと、妹である瑞鶴を窘めるロングヘアの女性、翔鶴。
「そうですか? 私には悪気しか感じませんでしたが」
「まーまーまー! お二人とも今日はこの辺にしましょう! せっかくの食事会が台無しになっちゃいますよ」
赤城は間に割って入り、一触即発の剣呑な雰囲気を中和する。
「ささ、注文しましょう。何にします?」
「赤城さん。焼き鳥の盛り合わせとかどうですか? これなら量もあるし、みんなで食べられますよ」
焼き鳥。魅惑の単語である。
もも、胸肉、皮、砂肝、レバー、つくね、なんこつと豊富な種類。そして塩やタレの味もまた食欲を増進させる。
「うんうん。焼き鳥、いいじゃないですか! 瑞鶴さん良い選択ですよ」
「ありがとうございます、赤城さん」
ニヤリと瑞鶴はわらった。
「っち」
加賀は堂々と、聞こえるように舌打ちをする。
「あれ? どうしました加賀先輩? 赤城さんが大好きな焼き鳥はお嫌いですか?」
苦々しい顔をした加賀に対して、これ以上ないほどにこやかな顔をしている瑞鶴。
そんな両者の姿を見て、赤城は加賀が焼き鳥を苦手としていることを思い出した。
「心配は無用よ、瑞鶴。味は嫌いではありませんから。赤城さんが焼き鳥を所望するのでしたら、何も問題ありません。ああ、私は七面鳥の唐揚げを注文しようかしら」
「ぐっ……この」
今度は瑞鶴が苦々しい顔をする。
そういえば瑞鶴は七面鳥が苦手だったか。
「翔鶴さんはどうします?」
「あ、私は焼き鳥の盛り合わせだけで結構です」
「それじゃあ、後は飲み物ですね。私は烏龍茶にしておきましょうか」
「私は焼酎をいただきましょう」
「じゃあ私も赤城さんと同じ烏龍茶でお願いしま~す」
「えーと、それじゃあ私はビールにします」
全員の注文が決まったので、店員を呼んで注文を伝える。
注文が来るまでの間、他愛ない雑談が始まる。
航空戦の戦術、戦場全体をどうとらえて戦うべきか、部隊の練度向上のための全体訓練、艦隊の編成案。
女性が数人集まれば、話の内容は華やかな恋の話題か、生々しい他人の悪口の二つになることが多い。だがそこは艦娘。血と硝煙の臭いのする実に物騒な話題の花が咲く。
「お待たせしました~焼き鳥の盛り合わせになります。あと、焼酎とビールに烏龍茶二つですね」
店員が、注文した料理を運んでくる。
雑談は中断され、各々が割り箸を手に取る。
焼き鳥の盛り合わせは中々の量があった。種類も豊富だし、これなら食べても食べても飽きることはないだろう。
「いただきます!」
赤城はまず、皮串を手に取る。
もにゅりと感じる、適度な柔らかさと弾力。一噛みするごとに、じゅわ~っと皮から旨味が染みだしてくる。
「んふ~♪ たまりませんね~」
まさに至福の瞬間である。
「ほら、瑞鶴。七面鳥の唐揚げを小皿に取ってあげたわよ。食べなさい」
「加賀さん。焼き鳥をどうぞ~。食べやすいように串から外しておきましたよ」
加賀と瑞鶴の熾烈な争いが展開されているが、今は食事中だ。見ないようにしておこう。
次に食べるのは、ハツ。タレ焼きの店が多いが、この店は新鮮な肉を使っているのか塩焼きだ。
口に入れると、ほのかな塩の味がハツの淡泊で力強い味をより引き立ててくれる。味だけではなく、噛みごたえある弾力もハツの魅力の一つだ。
(ああ~私今、命を食べてるって感じしますね~)
レバー系は苦手とする人も多いが、焼き鳥のレバーはなぜこうも美味しいのか。まさにこの世の神秘である。
続いて、ねぎまとつくねをいただく。
もぐもぐと食べる赤城だが、ふと気づくと全員あまり料理を食べていないことに気付いた。
「瑞鶴、焼き鳥を串から外すなんて何事? 焼き鳥に対する冒涜とは思わなくて?」
「そんな古い考えに固執しなくていいんじゃないですか? 食べやすいことが重要でしょ?」
加賀は焼酎を猪口でちびちび飲みながら、瑞鶴とじゃれ合いのような舌戦を繰り広げている。瑞鶴の方も、烏龍茶と七面鳥の唐揚げを少し食べるだけ。
「赤城さん、烏龍茶のおかわり大丈夫ですか? あ、ほら瑞鶴、肘に焼き鳥が当たりそうだから気を付けて。あ、加賀さん焼酎をお注ぎしますね」
翔鶴は周囲の世話をするばかりで、まだ何も口にしていない状態だ。
(なんだかなぁ。私一人でほとんど焼き鳥食べちゃいそうだ)
赤城は苦笑しながら、もも串を口に入れる。鳥の旨味が、口の中いっぱいに広がった。