赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第二十話 ピザを食す。

 当然ではあるが、艦娘にも健康診断がある。通常であれば一年に一度のものだが、艦娘の健康診断は一か月に一度と早い間隔で行われている。彼女たち艦娘の職責はとても重く、決して替えの効かない存在だ。気付かぬうちに重病となり、動けなくなったでは済まされないのだ。

 横須賀鎮守府。医務室。そこで、正規空母の赤城は検診を受けていた。

 

「食事制限が必要ですね」

 

 工作艦明石。艦娘の身体と装備のチェックを一手に引き受ける、謂わば縁の下の力持ちという存在だ。

 

「……は?」

 

 明石のその一言を、赤城はまるで理解できなかった。いや、脳が理解しようとしなかった。

 

「あの……それは、どういう……?」

「言った通りの意味です。暴飲暴食、と言っても赤城さんの場合は暴食だけですが、日頃の大食が原因で、消化器系に多大な不可がかかっていますね。特に、肝臓が酷い。お酒を飲んでいないのにこれは……」

 

 明石は「うわぁ……」とどこかドン引きしている様子だ。

 

「つまり……私にどうしろと?」

「どうしろもこうしろも、食事制限ですね。普通の量の食事を半年は続けてください。お代わりしてはいけませよ」

「あ……あ……あ……?」

 

 絶望。深海棲艦の大群に包囲されるよりも、遥かに深い絶望。赤城は生まれて初めて、本当の絶望というものを知った。

 

「食事制限ぐらいでそんな大げさに悲しまないで下さい。とにかく、半年は食事量を落としてくださいね。あと、外食は控えてください。では、お大事に」

「…………はい」

 

 赤城はフラフラと立ち上がり、医務室を出る。

 

「はぁ……夢も希望もあったもんじゃないですよ」

 

 とぼとぼと、重い足取りで空母寮へと戻る赤城。

 

「好きに、自由に食べれないなんて……そんな人生になんの意味があるんでしょう……ん?」

 

 赤城の視線の先にあるのは、戦艦寮。そこにいるのは、最近海外から援軍として赴任してきた戦艦イタリアと戦艦ローマ。その二人が、戦艦寮の庭で妙な事をしている。ローマは煉瓦を積み上げて窯のような物を作り、イタリアはパン生地のような物を練っていた。

 

「姉さん。窯はもうそろそろ温まるころよ」

「こっちも、もう少しで生地が出来上がるわ」

 

 真剣に、とても楽しそうに、二人は作業をする。

 興味を惹かれ、赤城は二人に近づく。

 

「こんにちは。何をなさってるんで?」

「あら、ブォンジョルノ赤城さん」

「見ての通りよ。私は窯を、姉さんはピザ生地を作ってるのよ」

「ピッツァ!?」

 

 赤城は眼を輝かせ、窯とピザ生地を交互に見る。

 つまり、ピザを焼くためだけに窯を作っているということ。そしてピザも生地から作るこだわり。まさに本格志向。食に関しては一切の妥協をしないこの姿勢! 赤城は溢れ出る唾を飲み込みながら、二人の海外艦に尊敬の念を抱いた。

 

「良かったら、食べて行きます?」

「いいんですか!?」

「そんな物欲しそうな目で見られてたら、食べて行けとしか言えないでしょ」

「いや~それは、あはは。恐縮です」

 

 赤城は赤面しながら、苦笑するしかなかった。そんなに物欲しそうにしていただろうか?

 

『食事制限ですからね』

「……あ」

 

 明石の言葉が、赤城の脳裏をよぎった。決して破ることのできない、口約束。軍令にも等しい明石からの忠告を、無視するわけにはいかない。

 

(……でも、それは明日から頑張ればいいですよね? 明日出来ることは明日にしましょう!)

 

「どうかしましたか?」

「いいえ何も!」

 

 聞いてくるイタリアに、赤城は満面の笑みで答える。

 

「ところで、どんなピザを作るんですか?」

「ふふふ。それはですね! ピッツァ・マルゲリータです。我が祖国イタリアが誇るナポリピッツァの代表格!」

 

 イタリアは喋りながら、ピザ生地を丸く伸ばしていく。

 

「トマトソースの赤に」

 

 肌色のピザ生地に、鮮やかな赤が塗られていく。

 

「モッツァレラチーズの白」

 

 トマトソースの上に、雪のように白いチーズが乗せられる。

 

「そして最後に、バジリコの緑」

 

 瑞々しいバジルの葉が三枚、ピザの上に乗せられる。

 

「おお……美味しそうですね」

 

 具材はいたってシンプルだ。だがそれだけにごまかしが通じない。新鮮な素材だからこそできる、一級品のピザだ。

 

「では、ピザを入れるわ」

 

 ローマはピザ・ピールの上にピザを乗せ、窯の中に投入する。

 

「これ、何分ぐらい焼くんですか?」

 

 正直、あまり長い時間待てそうにない。赤城の口の中は涎の大洪水なのだ。

 

「四~五分ぐらいかしら」

「たったそれだけで焼けるんですか!?」

 

 十分や二十分は待つことを覚悟していた赤城だったが、これは嬉しい誤算だった。

 

「ああ、すでにいい匂いが……」

 

 トマトソースとチーズの焼ける匂いが、周囲に漂っていく。

 

「ん……こんな所かしら」

 

 四分程で、ローマは窯からピザを取り出した。

 

「ふおおぉ……」

 

 思わず、感嘆のため息が漏れた。

 取り出されたピザは『じゅううう!』と音を上げ、生地とチーズにはこんがりと焼き色がついている。

 

(ふああ! 良い匂いですねぇ! トマトソースとチーズの濃厚な香りが、私の胃袋に絨毯爆撃ですよ!)

 

 見ているだけでお腹が減ってくる魔力を、このピザは持っている。

 

「では切りますね」

 

 ざふっ! という音と共に、ピザが切り分けられていく。

 

「あちち」

 

 そのうちの一つを、赤城は手に取る。チーズがとろ~りとろける様を見るだけで、涎が出てきそうだ。

 パクリ、と一口。

 

「んっーーーー!」

 

 ガツンとした衝撃が、赤城を襲った。

 

(うわっ! 何ですかこのチーズ! もう、牛乳!? すっごく濃い牛乳な感じですよこれ! モッツァレラチーズって、味がほとんどしないものと思ってたのに、これが本場の味!? それとこのトマトソースが、またチーズに合って、ああ、もう!)

 

 三口で一切れを食べ終えた赤城は、次の一切れに手を伸ばす。

 

(あーもうこれ止まりませんね! チーズとトマトだけのシンプルな具材なのに、パクパクいけちゃいますよ! それにこのバジリコでしたか。初めて食べましたけどいいですね~。シソに胡椒振ったような感じで、良いアクセントになってますよ)

 

 そしてその一切れもすぐに食べ終え、もう一切れ。

 

(美味しー! もう伊太利亜との同盟は恒久的に行うべきですね! 敵対してピザが食べられなくなったら大変な事ですよ)

「あの、赤城さん?」

 

 苦笑しながら、ローマが赤城の名を呼ぶ。

 

「はい?」

「新しいのを焼くので、少しペースを落としていただければ」

「日本人は遠慮深く慎み深い民族と聞いたけど、聞き間違ったかしら?」

「あ……」

 

 気が付くと、既にピザは残り二切れとなっていた。

 

「あはは、これは、失敬」

 

 赤城は赤面しながら、二切れのピザをイタリアとローマに差し出した。


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