艦娘には、容姿端麗な者が数多くいる。そのため、公式の行事や式典などに出席して場を華やかにするというのも、任務の一つだ。
深夜。海軍の創立記念式典がようやく終わり、正規空母赤城は一人夜道を歩いていた。煌びやかなドレス姿で、まるで映画の女優のようだ。
「ふぅ、夜風が気持ちいいですね」
鎮守府までの送りを断って正解だった。ピリピリした神経が解きほぐされていくのがわかる。
何時間もお偉いさんを相手にニコニコ笑い、お世辞を言ったりするのは肩がこる。職務の一つとはいえ、これなら深海棲艦と戦っている方が余程気が楽だ。
「何か食べていきたいものですね~」
記念式典では、いつものようにバクバク食べるわけにはいかない。大量の料理を前に最大の理性を働かせ、極少量を食べるだけで済ませた。
もっともホテルの料理など出来合いの冷めた物ばかりだから、赤城としてもあまり食欲が湧くものではない。
「……この時間では、食事処は閉まってますね」
時刻はすでに深夜一時。開いているのは居酒屋ばかり。
「困りましたね。私はお酒をあまり飲みませんし、居酒屋で多く食べるのはお財布にも厳しいですし……」
きょろきょろと周囲を見渡すと、一件の店が目に入った。それは24時間営業の牛丼屋、『吉牛家』であった。
「牛丼……牛丼ですか!」
良い。良いじゃないか! 軽く何かを胃に入れたいときにはベストな食べ物だ。
しかし問題が一つ。
「マズイですかねぇ。この格好は」
今の赤城の恰好は、朱色のパーティー用のドレス。長い髪も結い上げ、薄く化粧もしている。
明らかに、牛丼屋に入る恰好ではない。高級ホテルにジーンズとTシャツで入って食事をするようなものである。
「……ええい、入ってしまえ! 人だって少ないはずです!」
食欲には勝てなかった。赤城は意を決して入店する。
「あ、え? い、いらっしゃいま……せ?」
戸惑うような男性店員の声が、赤城の羞恥心を刺激する。戸惑うのは当然だ。いきなりドレス姿の女性が牛丼屋に入店すれば、誰だって戸惑う。
戸惑っているのは店員だけではない。店には客が十名ほどおり、その誰もが赤城を注視している。
(焦っちゃダメ! 落ち着きなさい赤城! 私はただ牛丼を食べたいだけなのよ!)
赤城は動揺を抑えるべく、内心で喝を入れる。
「牛丼大盛り。つゆだく。味噌汁付きで」
冷静に、動揺を悟られるように注文をする。
「かしこまりました」
席につき、一息入れる。
「ふぅ……」
熱いお茶を飲んで、少し気分も落ち着いた。落ち着くと、店内を見渡す余裕も出てくる。店内にいるのは、汚れたツナギを着ている男ばかりだった。浮浪者という風でもなさそうなので、夜間の工事業者なのだろう。
「おまたせしました」
一分もしないうちに、牛丼が運ばれてきた。
「流石に速い安い美味いを掲げるだけはありますね。では、いただきます」
薄っぺらい肉に、甘辛いツユ。ツユが染みてしんなりした玉ねぎと、ピリっとした紅ショウガ。一つ一つは安っぽい味だが、それらすべてが合わさると、何とも言えない味のハーモニーが生まれる。
(うん。これですよこれ。私にはこういった庶民的で量の多い料理が合ってるんですよ!)
赤城はわき目も振らずに、牛丼をかっ込む。
これはまさに、白米を食べるために生み出されたような料理だ。牛肉が、玉ねぎが、ツユが、白米を美味しく食べさせてくれる。そして白米が、具材を美味しくする。
牛丼を食べ終わると、次に味噌汁を飲む。うん。塩っ辛い、なんとも安っぽい味。だがそれがいい。
「ごちそうさまでした」
一息つき、席を立つ。会計をする。
ふと背後を見ると、客の何人かがこちらをチラチラ見ていた。
赤城は居心地の悪さを感じながら、店を出る。
「……きっと店の中、私の話で持ちきりなんでしょうね~」
ドレスを着た女が牛丼を食べて出て行った。きっとそんなふうに言われているだろう。まさか都市伝説になったりはしないだろうが。
「ふふ」
クスリと、思わず笑いがこぼれた。感じていた居心地の悪さはすでになく、どこか爽やかな気分だけが、赤城の心に残っていた。