赤城さんが食べる!   作:砂夜†

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第二話 牛丼を食す。

 艦娘には、容姿端麗な者が数多くいる。そのため、公式の行事や式典などに出席して場を華やかにするというのも、任務の一つだ。

 深夜。海軍の創立記念式典がようやく終わり、正規空母赤城は一人夜道を歩いていた。煌びやかなドレス姿で、まるで映画の女優のようだ。

 

「ふぅ、夜風が気持ちいいですね」

 

 鎮守府までの送りを断って正解だった。ピリピリした神経が解きほぐされていくのがわかる。

 何時間もお偉いさんを相手にニコニコ笑い、お世辞を言ったりするのは肩がこる。職務の一つとはいえ、これなら深海棲艦と戦っている方が余程気が楽だ。

 

「何か食べていきたいものですね~」

 

 記念式典では、いつものようにバクバク食べるわけにはいかない。大量の料理を前に最大の理性を働かせ、極少量を食べるだけで済ませた。

 もっともホテルの料理など出来合いの冷めた物ばかりだから、赤城としてもあまり食欲が湧くものではない。

 

「……この時間では、食事処は閉まってますね」

 

 時刻はすでに深夜一時。開いているのは居酒屋ばかり。

 

「困りましたね。私はお酒をあまり飲みませんし、居酒屋で多く食べるのはお財布にも厳しいですし……」

 

 きょろきょろと周囲を見渡すと、一件の店が目に入った。それは24時間営業の牛丼屋、『吉牛家』であった。

 

「牛丼……牛丼ですか!」

 

 良い。良いじゃないか! 軽く何かを胃に入れたいときにはベストな食べ物だ。

 しかし問題が一つ。

 

「マズイですかねぇ。この格好は」

 

 今の赤城の恰好は、朱色のパーティー用のドレス。長い髪も結い上げ、薄く化粧もしている。

 明らかに、牛丼屋に入る恰好ではない。高級ホテルにジーンズとTシャツで入って食事をするようなものである。

 

「……ええい、入ってしまえ! 人だって少ないはずです!」

 

 食欲には勝てなかった。赤城は意を決して入店する。

 

「あ、え? い、いらっしゃいま……せ?」

 

 戸惑うような男性店員の声が、赤城の羞恥心を刺激する。戸惑うのは当然だ。いきなりドレス姿の女性が牛丼屋に入店すれば、誰だって戸惑う。

 戸惑っているのは店員だけではない。店には客が十名ほどおり、その誰もが赤城を注視している。

 

(焦っちゃダメ! 落ち着きなさい赤城! 私はただ牛丼を食べたいだけなのよ!)

 

 赤城は動揺を抑えるべく、内心で喝を入れる。

 

「牛丼大盛り。つゆだく。味噌汁付きで」

 

 冷静に、動揺を悟られるように注文をする。

 

「かしこまりました」

 

 席につき、一息入れる。

 

「ふぅ……」

 

 熱いお茶を飲んで、少し気分も落ち着いた。落ち着くと、店内を見渡す余裕も出てくる。店内にいるのは、汚れたツナギを着ている男ばかりだった。浮浪者という風でもなさそうなので、夜間の工事業者なのだろう。

 

「おまたせしました」

 

 一分もしないうちに、牛丼が運ばれてきた。

 

「流石に速い安い美味いを掲げるだけはありますね。では、いただきます」

 

 薄っぺらい肉に、甘辛いツユ。ツユが染みてしんなりした玉ねぎと、ピリっとした紅ショウガ。一つ一つは安っぽい味だが、それらすべてが合わさると、何とも言えない味のハーモニーが生まれる。

 

(うん。これですよこれ。私にはこういった庶民的で量の多い料理が合ってるんですよ!)

 

 赤城はわき目も振らずに、牛丼をかっ込む。

 これはまさに、白米を食べるために生み出されたような料理だ。牛肉が、玉ねぎが、ツユが、白米を美味しく食べさせてくれる。そして白米が、具材を美味しくする。

 牛丼を食べ終わると、次に味噌汁を飲む。うん。塩っ辛い、なんとも安っぽい味。だがそれがいい。

 

「ごちそうさまでした」

 

 一息つき、席を立つ。会計をする。

 ふと背後を見ると、客の何人かがこちらをチラチラ見ていた。

 赤城は居心地の悪さを感じながら、店を出る。

 

「……きっと店の中、私の話で持ちきりなんでしょうね~」

 

 ドレスを着た女が牛丼を食べて出て行った。きっとそんなふうに言われているだろう。まさか都市伝説になったりはしないだろうが。

 

「ふふ」

 

 クスリと、思わず笑いがこぼれた。感じていた居心地の悪さはすでになく、どこか爽やかな気分だけが、赤城の心に残っていた。

 


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